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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 吸血鬼に永遠の眠りを 






  廃墟のビルの中、満月の輝く夜に似合わない激しい爆音が鳴り響く。

「―ぐっ…こんな仕事、引き受けるべきじゃなかったな…」
 左肩に受けた傷を右手で止血しながら、武彦は生温かい自分の血の感触を味わっていた。

「フ…、人間風情がこの私と戦おう等とは嗤わせる」
 ツカツカと革靴の音を鳴らしながら、おおよそ人とは思えない恐ろしい形相をした
吸血鬼が武彦へと歩み寄る。

「…あぁ…、全くだ…。吸血鬼なんて、常人が勝てる様な相手じゃねぇよ」
 諦めたかの様に笑みを浮かべた武彦が吸血鬼たる相手へと告げた。
「伝説上の生き物退治なんて依頼、受けなきゃ良かったと後悔してるさ」


「ならば後悔と共に血肉を屠ってくれる」
 吸血鬼が詰め寄り、鋭い爪を振り翳す。

 高額な資金を積まれ、武彦が引き受けた吸血鬼退治。やはり一筋縄で片付く様な
相手ではない。
「…とまぁ、一人だったら無理な仕事だったろうな」
 武彦は自分の背後に立つ人物の気配を感じ、静かに呟いた。



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「やれやれ、遅かったじゃ―」
「―…アイス、いる?」不意打ちの一言。アリアは武彦にアイスキャンディーを突き出しながら小首を傾げている。「…アイス…」
「いや、アリア…」シリアスな雰囲気を一瞬にして粉砕してしまうアリアの表情を見て武彦は思わず溜息を漏らす。「あいつを倒さない事には、アイス食ってる場合じゃないんだよ」
「あいつ…?」アリアが振り向いた先には恐ろしい形相をした吸血鬼が立っていた。「…アイス―」
「―いや、吸血鬼がアイス食う姿なんて俺は見たくない」武彦が瞬時にツッコミを入れる。
「…あの人、吸血鬼?」アリアが武彦へ尋ねた。
「あぁ、強いぞ…」武彦が肩の出血を押さえながら呟く。
「…吸血鬼の攻撃…武彦ちゃん怪我してる…」
「あぁ、大丈夫だ、これぐらい―」
「―…吸血鬼になったり、しない?」
「…おい、心配するのはそこじゃねぇだろっ」武彦のツッコミにアリアは小首を傾げていた。
「お遊びはそろそろ終わりかな?」吸血鬼が嘲笑を浮かべる。「妖魔の少女…。私と渡り合うつもりか?」
「…? …武彦ちゃん?」
「いやいやいや、お前に向かって言ってるんだが…」
「まぁ良い…。邪魔をすると言うのなら相手になるぞ!」吸血鬼が襲い掛かる。
「来るぞ!」武彦がそう言って腰を落とすが、アリアはボーっとしたまま吸血鬼を見つめて微動だにしない。「おい、アリア!」
「武彦ちゃん、聖水とか売ってなかったよ」アリアがクルっと身体を捻りながら吸血鬼の突き出した鋭い一撃をあっさりとかわして武彦へと言った。「何処に売ってるのかな…。近所には売ってないって言われた…」
「おいおい…そんなあしらう態度で伝説上の妖魔と渡り合えるのか、お前は…」思わず武彦が呟く。
「があぁっ!」不意に吸血鬼が突き出した右腕を抑えながら苦しみ出す。「氷…っ!? 氷雪の妖魔だと…!」
 吸血鬼の右腕が白く染まっていく姿を見ながら、武彦は改めてアリアが妖魔の血脈だと実感する様に息を呑んだ。
「…凍りきらない…」吸血鬼を見つめながらアリアが呟いた。
「…フ…ハハハ…ハハハハ!」吸血鬼が狂気に満ちた笑い声をあげた。「面白い…! 実に面白い!」
「な…、笑ってやがる…」
「我らの住処にやってきた事を後悔するが良い!」
 吸血鬼の声と共に、その背後に幾つもの影が現われる。その数は実に二桁を越える。
「…ひー、ふー、みー、たくさん…」
「いや、数えるの諦めるの早いだろ」武彦が再びツッコミにまわる。「それにしたって、まさか一匹で済まないとはな…」
「…洋服汚れちゃうかも…」アリアは困った様に自分の服を見つめながら呟いた。
「心配する場所が違うっ!」武彦の言葉と共に吸血鬼の群集が跳びかかる。
「武彦ちゃん、隠れてて…」アリアはそう言って吸血鬼へと振り向く。
 次々と襲い掛かる吸血鬼達の鋭い攻撃。武彦は後退りながらその光景を目の当たりにしていた。アリアは次々襲いかかる攻撃を身体を捻りながら避けてみせる。時に後ろに下がったかと思えば、吸血鬼の詰め寄るリズムを崩す様に一瞬で前へ飛び出し、翻弄していく。アリアは襲い掛かってきた吸血鬼達をあっさりと置き去りにして前へと静かに着地した。アリアは身体から冷気を漂わせ、そのせいか周囲が徐々に白く染まり出していた。
「…なんてヤツだ…」武彦の身体が思わず強張る。一瞬の攻防。アリアは無駄のない動きで吸血鬼の攻撃全てを避け、服に汚れがついていないかを確認している。その姿はまるで、吸血鬼すら足元にも及ばない実力を物語っている様だ。
「おのれ、小娘がぁ!」攻撃を避けられ、激昂した吸血鬼達と待機していた吸血鬼達がアリアを前後から挟み込む様に襲い掛かる。
「…力に頼り過ぎだと思う…」アリアの口元が静か動き、そう呟く。瞬間、分厚い氷がドーム状となってアリアを包み込む。
「その程度の氷で我らの攻撃を受けきれると思ったか!」
 吸血鬼達の攻撃は一斉にアリアを覆っていた氷を貫き、氷を砕いてみせた。
「…っ! アリア――!」
「―大丈夫。私はここ…」武彦の目の前でアリアが突然声をかける。
「どわ!」思わず武彦が驚いて後ろへ座り込む。
「…砕けて混ざって、また弾ける…」アリアがパチンと指を鳴らす。
「ぐあぁ!」
 吸血鬼達が貫き、砕いた氷が四方八方へととてつもない速度を帯びて周囲へ弾け飛ぶ。コンクリートに覆われた壁にすらめり込む程のスピードと破壊力を備えた氷のつぶてが吸血鬼へと一斉に襲いかかった。が、吸血鬼達はその場で倒れず、ダメージを受けながらもアリアへと振り返った。
「…やっぱり、それなりに強いね…」
「うおおぉぉ!」
 怒りに満ちた吸血鬼達の咆哮が響き渡る。ビリビリと大気を震わせ、武彦は思わず耳を塞いで腰を抜かしそうになる。大気が静まると同時に、再びアリアへと吸血鬼が襲い掛かる。
「…うるさい…」アリアが左手に氷の刃を具現化させ、上半身を倒しながら一瞬で前へ飛び出した。
 初撃を放つ吸血鬼の腕をアリアは身体を回転させながら左腕を振り降ろし、斬り落とした。斬り口から氷が吸血鬼の身体を侵食しだす。その左右から他の二匹の吸血鬼が襲い掛かるも、アリアはひらりと宙を舞う様に後方へ回転しながら飛び、右腕を翳した。すると巨大な氷の手が現われ、二匹の吸血鬼を叩き潰すかの様に襲い掛かる。氷の手を砕こうと腕を振り上げた吸血鬼の攻撃はどぷっと鈍い音を立てた。どうやら中は水になっているらしく、吸血鬼達の身体をあっさりと覆い、そのままパキパキと音を立てながら凍らせた。
「…三匹セット…」アリアが微かに笑う様に呟く。そんなアリアへと更に大量の吸血鬼が襲い掛かる。「…でも、あまり綺麗じゃないよね…」
 アリアは右腕を地面にぴとっとくっつけると、身体から放っていた冷気を凝縮させ、一瞬にして右腕から放出した。アリアを中心に、一瞬にして地面や壁が全て氷に覆われていく。足元が凍った瞬間、地面に足を触れていた吸血鬼達もまた一斉に氷によって身体を侵食され、氷像の様に氷の中に封じられた。
「おいおいおい…! 勘弁してくれよ!」反射的にジャンプした武彦は一瞬で凍った足元に足を取られ、一人その場で転んで悶絶していた。どうにか凍らずに済み、武彦は痛みを堪えながらアリアを見つめた。
 空中から飛び掛っていた吸血鬼は三匹。更に奥には何やら異様な妖気の塊を作っている吸血鬼がいる。
「…これだけあれば、あとは良いよね…」アリアは空中から迫る吸血鬼に右手を翳す。「…はりせんぼん…」
 アリアの言葉と同時に、左右の壁から氷の槍が一斉に宙にいた吸血鬼を貫いて左右の壁へと磔にした。吸血鬼の身体は一瞬で凍らされ、物言わぬ氷像と化した。
「死ねぇ、小娘ぇ!」奥にいた吸血鬼が真っ黒な球体となった妖気の塊を放つ。凄まじい勢いで真っ直ぐと放たれた黒い球体は中央に立っていた他の吸血鬼の身体を砕きながらアリア目掛けて一直線に飛んで来る。
「おいおい! あれはマズいんじゃ――!」武彦が叫ぶ声を無視し、アリアが「よいしょ」と呟きながら地面に手をついた。
 アリアが手を着いた途端、地面の氷が隆起して上空へと徐々に角度を向ける、いわばスキーのジャンプ台の様な道を作り上げた。球体はアリアの作った氷の滑走路に誘導される様に上空目掛けて飛んでいく。天井を貫き、遥か上空へ舞い上がる球体を、アリアは手を額に当てながら見つめて呟いた。
「…た〜まや〜…」アリアの声と共に、上空で巨大な漆黒の爆発が広がる。
「…な、何故…だ…!」吸血鬼が呟く。「妖魔弾をあっさりと受け流すなど…出来る筈がない…っ!」
 思わず武彦も吸血鬼も唖然とする中、滑走路がパキンと軽快な音を立てて砕ける。アリアが砕けて舞う銀色の氷の塵の中から、今までとは違う、明らかに冷徹な瞳で最期の吸血鬼を睨み付けた。
「…私のコレクションを、壊した罪。その命を以っても償えないと知れ」今までにない冷たい声と共に、アリアが手を翳すと、吸血鬼の身体がみるみる氷に侵食され、身体だけを氷によって自由を奪われる。
「…っ! な、何をするつもりだ…!」怯える様に表情を歪ませながら、吸血鬼が叫ぶ。アリアは静かに吸血鬼へと歩み寄り、左手に具現されていた氷の刃を振り翳す。「やめろ…! やめろおぉぉ!」
「その表情のまま、凍れ」アリアの言葉と共に、首元で止まっていた氷の侵食が一瞬にして顔を覆い、凍らせた。
「…終わった、のか…」武彦が思わず呟く。アリアはそんな武彦に目もくれず、周囲にある吸血鬼の氷像を見て歩き出す。
「…やっぱり、最期の子が一番良い顔してる…」アリアはそう呟くと、目を閉じて指を鳴らした。最期の吸血鬼の氷像を残し、全ての氷が銀色の粉塵となって砕け、宙を舞う。「…武彦ちゃん、報酬だけど…―」






 アリアの家の前に着く頃には、すっかり夜は明けようとしていた。武彦はぜえぜえと息を切らしながら吸血鬼の氷像を運び終え、その場に倒れる様に座り込んだ。
「ったく、怪我人に無茶言いやがる…!」
「…武彦ちゃん、傷口凍らせてあげようか…?」
「善悪の意識ない辺りがホントに怖いからやめてくれ」
「…吸血鬼って、不死だよね…」アリアが氷像となった吸血鬼を見つめて呟いた。「…ずっとずっと、このままでいてくれるよね…」
「…あぁ、そうだろうな」


 アリアの放った言葉は、武彦を一瞬だが恐怖させた。そんな武彦の心情など知る由もなく、アリアは氷像となった吸血鬼を見つめて小さく笑っていた。




                               FIN



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いつも有難う御座います、白神 怜司です。
お届けがギリギリになってしまって申し訳ありません。
ちょっと私事でバタバタしていました。

さて、今回はアリアちゃんの戦闘でしたが、
圧倒的な戦闘センスと強さを描写させて頂きました。

気に入って頂ければ幸いです。

それではまた、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司