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<東京怪談・PCゲームノベル>


Another One
 物部・真言 (ものべ・まこと)が古書肆淡雪にて遭遇したもう一人の自分――アナザーワンは相手の姿は今より少しだけ幼い自分の姿だった。
 アナザーワンは古書店から駆け出す直前、一瞬だけ真言の方へと視線を投げかけてきた。
 驚く程に暗く、憎しみをたたえた目。
 何故、と問い正したくなる程に。
 だが彼は駆け出した。古書店の外へと。
 古書店店主、仁科の話によれば、アナザーワンは真言に近しい者や近しい場所を破壊し始めるという。
 そして、真言にはあの年頃のころに自身がどのような悩みを抱えていたのかしっかりと覚えていた。
(「確か、あの頃俺は……」)
 考えて、そして真言は自身の手を見つめる。
(「……俺は、あの頃から変われただろうか……?」)
 今もその悩みが完全に消えたわけではない。彼の心の中には未だくすぶっている部分もある。
 それでも、放っておけば何が起るか?
 真言に近しいもの、近しい人。恐らくアナザーワンの狙いは――。
 小さく舌打ちし、真言もまた東京のビル街を駆け抜ける。
 ――アナザーワンを追って!

 綺麗に整えられた森の中。所どころ差し込む陽射しが神聖さを醸しだしていた。
 ここは一般には鎮守の杜と呼ばれる場所。神社の境内と俗界を分けるのに一役かっている森。
「……ここに来るのは久しぶりだな……」
 森の入り口にあった赤い鳥居を眺め、真言は小さく呟く。
 それもそのはず、ここは彼の実家。彼にとって縁深い場所。
 アナザーワンが狙うとしたらここしかない、という確信が真言にはあった。それはある意味相手が「自分自身」であるが為の感覚かもしれない。
「居るんだろ?」
 ぶっきらぼうに真言は森の中へと問いかける。
「狙いは俺だろ。出てこいよ」
 声に答えるように、一人の青年――もう一人の真言が姿を現わす。
「なああんた……いや、俺、か。いつまでそうして他人の顔色をうかがっているつもりだ?」
 アナザーワンが口を開く。
 彼の言葉は真言の心を鋭く刺した。
 幼い頃に抱えたこの「言霊の力」。その為に真言は他者へと気を使い続けた。
「他者の為の能力だ」と考えて。
 この力があるから、他者を救わなければならない。
 この力の為に、他者が傷ついているのをいち早く気づかなければならない。
 力があるが故の責任のようなもの。それを彼は感じ続けたのだろう。
 真言が家を出たのはそんな重責から逃げたかった……という部分もゼロではあるまい。
「壊せばいいだろ? その『顔色を伺わなければいけない原因』を」
 もう一人の真言が更に続ける。その目は相変わらず怒りに燃えている。
「あんたのふがいなさには反吐がでる。だから俺が代わりに壊す。回りの連中も、そして……ふがいないあんた自身も!」
 じり、とアナザーワンが真言へと距離をつめる。だが真言はただじっと彼を静かに見つめ返す。
「だがそうしたらあんたも消えるぞ」
「構わない! この能力さえなければ俺は普通の人として過ごせた……だからこんな力を持つ俺も消えて仕舞えばいいんだ! それに……」
 もう一人の真言……アナザーワンは苦々しげな表情で真言を見やり、そして吐き捨てるように叫んだ。
「能力を抱えたままにも関わらず、普通の人間のつもりで暮らしているあんたに吐き気がする!」
 アナザーワンはただその一言を告げた後、下を向き拳をブルブルと振るわせ立ち尽くすのみ。
 もう一人の自分。
 あまりに人間的な感情を露わにする自分。
 真言にとってもそれはあまりに意外なものだった。遠慮に遠慮を重ねてもはや感情を露わにする事など忘れてしまったと思っていたのに。
 それとも、自分自身が相手という事で躊躇いが無くなっているのだろうか?
(「吐き気がする、か……」)
 真言は告げられた言葉に内心苦笑する。もしかしたらこんな大人になるつもりは無かったのかも知れない。
 だが、今の真言には彼の問いへの答えがあった。
「確かに俺はあんたから……いや、18歳の俺からみたらふがいなく見えるのかも知れない。家から出て、答えを出さないままに、一人でふらふしている……」
 彼が家を出たのは18歳くらいの時の話だ。
 悩みになやんで答えを求めた結果、彼は様々な事柄に接触した。
 だからこそ、真言は18歳の自分にむけてはっきりと言い切った。
「だが俺はこれだけは断言できる。今まで過ごした時は無為じゃなかったと」
「なんだって……?」
 アナザーワンが顔を上げる。
「今まで俺は色んな人や、色んな存在に逢った。この能力のせいで厄介な事にあった事も少なく無いし、辛い事だってあった。だが……この能力で誰かを救えた時、それでも誰かを少しでも救えた時、その人が喜んでくれる度に、俺も嬉しくなった」
 淡々と語る真言にアナザーワンがかみつく。
「それでもあんたはその力を行使するのを強制されているようなものだろう? それに納得してるのかよ」
「確かに俺の力が他者に向けられるのはあたりまえだと思う人もいる」
 どこか悲痛なアナザーワンの問いに真言は答える。
「それでも俺は思うんだ。喜んでくれて、感謝してくれる人もいて……そういう人が居る世界は思っている程悪くは無いし、この能力もそれほど悪いものじゃない」
 力を持つが故の責務。そんなものを感じたことも少なく無かった。
 それでも、救えた時、人は喜び、そして笑顔を向けてくれる。
 最初は面はゆくおもった事もあった。その面はゆさの後ろに何があるのか? 真言はそれを考えた。
 答えはただ一つ。『嬉しい』という感情。
 誰かが喜び、それを分かち合う。それに気づいた時真言は理解したのだ。
 ――世界はそんなに悪くはないのだと。
「あんたは……あんたはそうかも知れないが、俺はそこまで耐えられない……」
「大丈夫だ」
 苦しげに呟いたアナザーワンに真言は直ぐさまこう答えた。
「24歳になった俺が、今もこうして生きている。それが証拠だ」
 能力に対し抱えた疑問全てに答えが出せたわけではない。
 それでも彼は答えを着実に自身のものにしつつある。それをもう一人の真言も理解したのだろう。
「証拠……か」
 少しだけうつむき、そして18歳の真言は顔を上げ、24歳となった真言の瞳をしっかりと見据える。
「解った、あんたを……いや、自分自身を信じてみるよ」
 その瞳に、もはや怒りの色は無かった。

 それから。
 アナザーワンをもとの世界に戻そうと真言は雪久から預けられた魔術書を開いた。
「本当なら握手の一つもする所なんだろうが、触れただけでも消し飛んでしまうらしいからな……」
 少し申し訳なさそうな真言の言葉にアナザーワンは笑い返す。
「……でも、問題無い。俺としてはあんたに会えただけでも色んなものを手に出来た気がするから。今回の事を胸に、これからも頑張って生きていくさ」
「そうか……」
 淡々と答えつつも、真言はどこか嬉しい気持ちが涌くのを覚える。
「それじゃ、もとの世界に送るぞ」
 真言の指がぱらりと魔術書を捲った。
 途端に込められていた術式が発動し、光の円陣を描き出す。
 一条の光芒が天を貫き、そしてもう一人の真言の姿が光に呑まれるように消えていく。
 消える瞬間、彼の口が何らかの言葉の形に動いた。それは――。
『ありがとう』
 恐らく彼も嬉しかったのだろう。
 そして、真言の思いをきちんと彼も理解した。
 だからこその礼だったのだろう。
 もう一人の自分がもとの世界へと帰ったのを見届けた真言。
 自分自身が嬉しそうに笑んでいる事に気づくのは、もうすこしだけ後の話だ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4441 / 物部・真言 (ものべ・まこと) / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター

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■         ライター通信          ■
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 お世話になっております。ライターの小倉澄知です。
 アナザーワンは悩みを抱えて生きていた真言さん自身……という事になりました。
 ある意味過去の自分自身へのエールになったかも知れませんね。
 これから彼は色々な事を体験し、24歳の真言さんに追いつくのだろうなと思います。
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。