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<東京怪談・PCゲームノベル>


Scene1・スペシャルな出会い / 藤郷・弓月

 雨が降った後の空気は好き。
 汚いものを全て洗い流したような匂いも、少しだけひんやりし風も、全てが愛しく思える。
「空も、綺麗に見えるしね!」
 そう零した藤郷・弓月は、お気に入りの傘を手に、制服の裾を翻した。
 その上で胸いっぱいに息を吸い込むと、体の中の悪いものが、澄んだ空気にかき消されていく。そんな気分に、知らず知らずの内に笑顔が零れる。
 朝から降り続いた雨は午後であがって、空は気持ち良いくらいの快晴。だから午後の授業は特別にサボり。
 勿論、普段もそれなりにサボったりするけど、今日は理由が特別だから、特別ってことで。
「もう直ぐ梅雨だし、こんないい天気がいつくるか、わからないしね」
 誰ともなく呟いて、拘束された世界からの解放に腕を伸ばす。
「んー……気持ち良い♪ 確か、この先に商店街があったよね。美味しいクレープ屋さんがあるって、ウワサも聞いたし、そっちに行ってみようかな♪」
 ウワサのクレープ屋さんは、クラスの何人かは既に利用済みらしい。
 聞いた所によると、クレープの種類が豊富で、しかも凄く甘くて美味しいのに、後味は爽やかでしつこくないんだとか。
 女の子にも人気だけど、男の子にもそれなりに人気があるらしい。
 だから、というか、やっぱり、というか。
 そこのクレープ屋さんはいつもすごく混んでるらしい。長蛇の列に並ぶ価値のあるお店と言っても、並ぶ時間が無ければ買えない。
 今日は特別記念日だし、並ぶ時間も充分あるから買えるだろう。
「なに食べようかな。イチゴにバナナ、ウワサだとドリアンもあるって聞いたけど……ドリアンって、アレだよね」
 珍メニューの1つらしいドリアンクレープ。
 頭の中に浮かんでくるのは、大きくて丸い、固いトゲが付いた物体。割ると中から異臭がしてくる、アレだ。
 よく、バラエティー番組で罰ゲームに使われているけど、アレがクレープで販売されているとは驚きである。
「……誰が食べるんだろ」
 食べれる人が居たら、その人は勇者確定。
 そんなことを考えて、商店街への近道を曲がる。
 本当は大通りを抜けた方が人通りもあるのだけど、特別記念日、イン・ザ・サボり! な身分なので、ここはコッソリ路地から。
 そうして角を曲がって住宅通りに入ったところで、弓月の足が止まった。
 なんだか変な感じがする。
 それに変なのは、感覚だけじゃなくて……
「……何かが腐ったような、そんな臭いがする……」
 爽やかな風に混じって香る臭い。
 腐敗臭とでもいうのだろうか。鼻の奥を裂く様に侵入してくる臭いは、思わず鼻を抑えたくなるほどにキツイ。
 例に漏れず、弓月も鼻を手で覆うと、眉間に皺を寄せて辺りを見回した。
「……ま、まさか、誰か勇者が!? これがドリアンクレープの臭いなの? ……想像通り、凄い」
 徐々に近くなる臭い。
 明らかに自分から寄ってきている臭いは、意志を持っていると言って良いだろう。つまり、誰かが所持していると考えて良い。
「どんな見た目なんだろう……やっぱり、毒色とかそんな奇妙な色かな」
 わくわく、ドキドキ。
 そんな目でやってくる人物を待った。
 しかし、期待して待つ彼女の目に飛び込んできたのは、ドリアンクレープでも、それを持つ人でもなかった。
「へっ……な、なに、あれ……」
 子供くらいの大きさの奇妙な物体。
 色は黒くて、形は人間なのに、お腹が大きく膨らんでいて格好が悪い。確か、昔だか何だかに読んだ本で、似たようなお化けを見た気がする。
 ギョロリと剥いた大きな目が、呆然と立ち尽くす弓月を捉えた。
「い、いやっ、何事ッ!?」
 危険を察知する間もなく飛び掛かってきた存在。
 それに慌てて駆け出すものの、ちょっと待ってください!
 状況判断が追いつかない上に、危険なことこの上ないんですが!!
 しかも飛び掛かってきた物体は、弓月を獲物と認識したのか、一目散に追い駆けてくる始末。
 その足は想像を絶する程に早くて、今にも追いつかれそうだ。
「な、なんで追い駆けて来るのっ! あ、でも、化け物って始めて見たかも……って、そうじゃなーい!」
 化け物を見たのは初めてだが、そこに勘当を覚えたら危険である。
 それに初めて見たのだから、対処法だって不明。立ち止まって何かあったら如何するの。
 自分にそんなツッコミを入れて、急いで角を曲がる。
「確か、ここを抜けたら商店街――……あれ?」
 弓月の思考が停止した。
 てっきり商店街へ到着。そう思っていたのに、ここは何処?
 しかも曲がった先は行き止まりとか。どんな展開なの!
「か、壁をよじ登ればいける。いや、ここは助けを待つべき?」
 案外冷静だった。
 ぶつぶつ考えるが、ドリアン臭を放つ物体X(エックス)はすぐ後ろに迫っている。と、ここで閃いた。
「そ、そうよ! ドリアン臭がするんだもの。臭いに釣られて誰か来るはず!」
 そもそも弓月に壁をよじ登る体力などない。だって普通の高校生だもの!
「ここは素直に助けをま、ぁぁぁああってぇぇぇぇぇ!!!!」
 待ちませんが何か?
 じゅるりと垂らされた涎に加えて、剥き出しにされた爪。大股開きで飛び上がったソレが目指すのは、もちろん弓月だ。
「いやぁぁぁぁああ!!!!」
 頭を抱えて蹲った彼女に、容赦なく物体Xが飛び掛かる――のだが、いつまで経っても痛みどころか、突撃音もしない。
「……もしかして、私の言うこと、聞いてくれたの?」
 物体Xさん、良い人だった?
 そう思って顔を上げたのだが、何やら様子がおかしい。
 さっきまでは物体Xと弓月しかいなかったのに、何やら別の背中が見える。
「……誰?」
 詰襟の制服に、燃えるような赤い髪。自分よりも遥かに高いのに、腰が細――こほん。腰は関係なく、長身のスラリとした男の子が立っている。
 彼は弓月を振り返る事無く、彼女を背に庇う形で立ち塞がると、物体Xに向き合ったまま言い放った。
「自分の身は自分で護っとけ。まあ、さっきみたいに丸まってても問題ねえが」
 低く笑う声が耳を突き、かあっと頬が熱くなる。
 良く考えたら、さっきのは身を護るでもなんでもなく、単純に襲って下さいと言っているようなものだ。
 例えるなら、森の中で遭遇したクマを前に死んだふりをする感じ。つまり、とっても危険。
「た、助けてくれるの?」
「知らねぇよ」
 ぶっきらぼうに返された言葉だったが、その行動は誠実そのものだった。
 確実に弓月を護れるように距離を開け、出来るだけ物体Xに近付く形で刀を振り上げた彼に――……え、刀?
「……銃刀法違反……?」
 チッ。
「! ご、ごめ――」
「丸まって黙ってろ!」
 舌打ちされて思わず謝ってしまった。
 しかもそれに対して投げやりな言葉が返ってきて、今度は別の意味で頭を抱えたいです。
 でもそんな事などお構いなしに、男の子は物体Xに斬り掛かって行く。
 その動きは風のようで、とてもしなやか。
 素人目にもわかるほどの実力差で、あっと言う間に物体Xを窮地に追い込んで行く。
「心配ないと思うけど。怪我……しないと良いな」
 無意識にそう呟いて、ふと初めて怪我の可能性に気付く。
 良く考えたら、彼は物凄く危険な事をしているのではないだろうか。
 刀を持って物体Xと闘って、本当なら怪我の1つもしておかしくない状況のはず・だが、その心配は必要なかった。
 無駄なく斬り込む太刀筋に、物体Xは押されるばかり。
「……凄い」
 彼は物体Xを瀕死の状態まで追い込むと、一気に急所である胸に刃を突き入れた。
 その瞬間、黒の瘴気が上がって、物体Xが崩れ落ちる。そうして姿が完全に消えると、弓月は呆けたようにその場に座り込んだ。
「……戦えるのって格好良いなあ」
 思わずそう零して、物体Xが居た場所から、男の子へ視線を移す。と、その目が紅い目とぶつかった。
「!」
 うそっ、結構なイケメン!
 息を呑んだ瞬間に頭を過った感想。
 仕方ないんです。普通の女の子なんだから、これが普通の反応なんです!
 確かに、男の子は整った顔をしているし、野性味あふれる紅い目も印象的で酷く目を惹かれる。
 ただ1つだけマイナス点を上げるなら、片目を隠す眼帯だろうか。
 怪我か病気かわからないが、綺麗な目が1つでも隠れているのは勿体ないと感じる。
「怪我はないみたいだな」
「あ……す、すみません! あの、ありがとうございました!」
 声に、慌てて立ち上がって頭を下げる。
 だから彼の反応はわからない。
 だって、何も言わないんだから仕方ない。それに傍にいる気配もしないし……ん?
「ちょ、ちょっと待って!」
 急いで顔を上げて引き止めた。
 危なかった。
 何も言わずにいなくなられるところだった。
 弓月は慌てて彼の腕を取ると、逃げないように握り締める。そうして口を開こうとしたのだが、大きなため息がそれを遮った。
「……能天気なのは、頭だけじゃなくて、鼻もか……残念だな」
 目に「迷惑」の文字を浮かべて、もう一度ため息が零れる。
 なんだかものすごく態度が悪いんですけど。
 いや、でも、ここで引き下がったらだめだ。
「お礼がしたいんですけど、何かあります?」
「いらねぇ」
 はい、一言で終了。
――って、それじゃだめなの!
「いらないっていうのはナシで! ナシ、ナシ!!」
「チッ」
 今度はあからさまな舌打ちとため息のミックスですか。
 だからって、引き下がってたまるものですか!
「命に関わる問題だったんですし、私に出来る事なら是非とも!」
 そう、弓月は命に関わる問題を助けてもらった。
 そのお礼をしなければいけない義務がある。
 決して、自分を助けてくれた相手に運命を感じた訳でも、憧れを抱いた訳でもない。興味だってもちろんない。
 と、自分に言い訳しているが、目には好奇心が浮かんでいるし、頬だって少し紅潮して興奮気味だし、明らかに、「あなたに興味があります」と顔に書いてある。
「マジでいらねぇから」
 何度目のため息だろう。
 完全に呆れて、しかも目まで逸らされた言葉に、思わず目を瞬く。
 そうして滑る様に手を放すと、小さく項垂れて視線を落とした。
「……ごめんなさい。無理、言いました」
 本当に迷惑そうな様子を見ては、これ以上は引き止められない。
 そう、素直に思っての行動だった。
 だがこれに、男の子の手が動く。勿論、ため息付きだ。
 乱暴に自分の髪を掻いて「ああ!!」と叫ぶあたり、こういったことは慣れていないようだ。
 面倒、面倒。
 完全にそれしか浮かべてない顔が、弓月に向けられる。
「梓の野郎が居りゃあ押し付けられんのによぉ! 何なんだてめぇは! 礼をしたいならすりゃあいいだろ!」
 吐き捨てるように言われた言葉。
 これに弓月の目が上がった。
「良いんですか?」
「っ……」
 しまった。
 そう顔に書いてあるが、出た言葉は取り消せない。
 食い入るように見つめる弓月に、男の子の口が引き攣り……そして。
「……この店で、売り上げに貢献しろ。それで充分だ」
 そう言いながら差し出されたのは名刺だ。
「……ホスト?」
「違げぇよ!」
 良く見ろ! そう言われて視線を落とす。
 そこには『鹿ノ戸・千里』という名前と、何処かお店の名前と住所、電話番号が載っている。名刺の裏にはメールアドレスまでしっかりと。
「やっぱり、ホスト……」
「サテンだ、サテン!!!」
「サテ……喫茶店でしょ?」
「煩せぇよ!」
 はい、本日すでに数え切れないくらいの舌打ち出ました。
 弓月は食い入る様に名刺を見詰めていたが、千里はそれを待っている余裕はないらしい。
 彼は無言で踵を返すと、全身から面倒事はもう御免。そんなオーラを放って歩き出す。
 だが、弓月は歩き出した彼に、状況無視で話しかけた。
「あの、また会えます?」
「もうねえよ!」
 そう叫んで去って行くのだが、彼は気付いていなかった。
 名刺を渡して店に貢献しろと言った時点で、かなりの確率で会う可能性があるということを……。


 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17歳 / 高校生 】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、こんにちは。朝臣あむです。
この度は「りあ☆こい」シナリオへの参加ありがとうございました。
だいぶ自由に弓月さんを動かしてしまい、性格や台詞回し等、何か訂正箇所がりましたら遠慮なく仰って下さい。
今回のお話がPL様のお気に召していただけることを祈りつつ、感謝の気持ちをお伝えします。
このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。


※今回不随のアイテムは取り上げられることはありません。
また、このアイテムがある場合には他シナリオへの参加及び、
NPCメールの送信も可能になりました。