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<東京怪談ノベル(シングル)>


哀と欲望の特殊情報部

●とある大企業の閉鎖空間

(……なんで日も沈まぬ内から、こんな事しなきゃいけないわけ?)
 龍宮寺・桜乃は憮然とした表情で、2台のモニターを眺めていた。

 断じてサボっている訳ではない。
 これも歴とした仕事の一つなのだ。桜乃の所属する特殊情報部の、重要な任務の一つ。
 今閲覧している映像は、当社の機密情報漏洩事件に関連する最大の手がかりなのだ。
 桜乃だけが持つ『絶対感覚』によって、この映像に隠されているはずの、ある『情報』を見つけ出す事。
 それが本日、社長直々のご指名で彼女に任せられた重大任務なのである。

 ほの暗い室内。人気がなく静まり返った室内には、ただ、再生されるDVDの音声だけが響いている。
 光源となるのは壁の比較的高いところに位置する、明り取り用の窓から差し込む僅かな西日。
 それから彼女の前に置かれたモニター、それのみであった。

 これで隣にイケメン上司(状況により部下とか同僚でも可、但しデキる男に限る)が座っていれば、まさしくメロドラマの世界だ。
 モニターに映し出されるロマンティックな映像を2人で見つめて。
 ふと視線を感じて隣を見れば、彼の瞳はモニターではなくこちらを見つめているのだ。

 で、
 ――社長……だめですまだ社内には人がいるんだから!
 ――いや大丈夫だ龍宮寺君。今日はノー残業デー、誰も残ってはいないさ。
 ――しゃ、社長っ(はーと)
 とまあ、そんな感じ。そんな感じになる……はず、なんだけど。

(これ、社長直々のご命令じゃなければパワハラで訴えてもいいレベルだわー)

 思わず眉間に皺が寄る。
 零れ落ちるため息の数は、もう数え切れないほど。
 否、それも仕方のない事かもしれない。
 なにせ彼女の前に映し出されている映像……詳細なチェックを命じられたその映像は、いわゆるオトナの夜のお供なのだ。


●職業に貴賎はなけれど、そもそもまだ夕方だし

 何より、契約上の職務にこんなイレギュラーなケースは書かれていないのである。
 おかずだけ無理やり食べさせられてごはんはお預けなのである。しょっぺぇ。
「……あー」
 思わず零れる、色気もへったくれもない、げんなりとした声。
 無理もない。
 大人の事情で詳しくは描写できない大人の情事が……まさかまさかのサラウンドなのだ……。
 右から左へ受け流そうにも、左からも攻めてくるアグレッシブAV。あ、オーディオビデオの略です。
 しかも模細工様がお仕事を半ば放棄してあそばすって。
 目を細くしたら新しい世界が見えそう。あえて目を見開く所存。なんというか絶望的である。いろんな意味で。
 それでも目をそらすことは出来ないのが、社長命令の怖いところで悲しいところ。
 忘れられるものなら忘れたい。このまま帰宅してみろ、夜大変な事になるぞ。

 ……しかし、本当にこの映像の中に証拠があるのだろうな。
 今更ながら疑心暗鬼にかられる桜乃。
 DVDは既に本番。あ、出演者が本気出す物語の佳境ってことです。
 これだけ血眼で前――置きから早送りせずに鑑賞してきて、結局出たのが謎の白い液体だけでした、じゃ笑えない。
 こっちはいろんな意味で心身削ってるのだ。桜乃は今日何度目かもわからなくなったため息を吐き出す。

 そもそも何を探しているのかといえば、発端は当社の機密情報漏洩事件であった。
 幸い、持ち出した犯人自体はすぐに割り出すことができた。
 後一歩遅ければ東京駅に逃げ込まれてお手上げ。けれど無事捕まえ、然るべき措置を経て痛い目に遭ってもらっている。
 けれど事件の全容は未だ闇の中なのである。
 実行犯だけ潰したところで、本元に存在する第三者――真の犯人を捕まえなければ、再び同じことが起きるだけ。
 この犯人の能力が、どうやら「情報を既存の音声や映像に潜り込ませられる」力だということが分かったので、超常現象を引き起こす力には、同種の能力をもって対抗するしかないと、桜乃へお鉢が巡ってきたという訳だ。
 ぱっと見、並べられた2つのモニター映像は同じものにしか見えない。
 けれど実際には、普通は認識できないレベルの差異が存在しているのだとか。
 そこで活躍するのが桜乃の能力――絶対感覚と絶対記憶による2つの映像の瞬間比較。
 之を以てして、犯人達の秘密を暴き出すべく、特殊情報部が動いたのだ。


●なうプレイング(DVD的な意味で)

「それにしても……計画段階のやりとりとかメモとか残すのに、あえてこの手の映像を使うか……」
 犯人の意図がいまいち分からない。
 まさかこんなところに! という先入観を持つ事を望んでいたのだろうか。
 むしろこんなタイトルわざわざ鞄の中に忍ばせた事によって「情報入ってます」感が増している気がしないでもないが。
 それとも解析する人間への、ある種の精神攻撃なのか。
「……あっ、だからこんなにマニアックで激しいセレクトなの?」
 なるほどようやく合点が行く。
 画面の向こうで、夫婦と夫の上司の計3人は今も絶賛パーティ中。
 モニターに映し出されるサンドイッチ(※考えうる限り最高にきれいな比喩表現)を眺めながら桜乃はぽんと手を打った。
 ごめんね犯人、あなたの趣味を疑っていた訳じゃないんだ。……ほんとだよ、疑ってないってば。

 ダメよ桜乃。これは社長の命令。社長の命令なんだから……しっかりしなきゃ……。
 分かっているのに、何度自分に言い聞かせても、気になって仕方ない。
(だって映像の三文芝居、社長室舞台なんだもん……!) 
 なんでよりにもよって。
 社長と、愛人と、愛人の夫(専務)とか。ピンポイントでそんなん。

 手にしていたメモとペンを、ばんっと机に置いて、桜乃はいきなり席を立った。
 いくら、いくら社長の命令だと言ったって――これは私に対する故意の挑発としか思えんっ!
 携帯電話を手に取り、桜乃は慣れた手つきで社長の携帯へ電話をかける。
 もう辛抱しきれるものか。一言がつんと言ってやる。
 そんな鬼気迫る表情のまま。活火山の如く、静かなれど激しい怒りを胸に秘め――
「社長! 敵対会社と内通者の割り出し完了しました。――今から情報持っていきますから報告終わったら潔く【大人の事情で見せられません】して貰いますからね!」
 ……って、おい。そっちかよ!

 なお、その夜の話はあえて言及するまでもなく。
 翌朝のオフィスには妙に清々しい顔をした桜乃と、ここ数日で一番顔色の悪い社長の姿が目撃されたとか、なんとか。