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<東京怪談ノベル(シングル)>


類は友を呼んじゃう!?

●アンティークショップにて

 アンティークショップ・レンは、その道の人間には極めて有名な場所である。
 どこにあるか分からない。望み、必要とする人間だけが辿りつく事のできる不思議な場所。
 曰く付きの店なれば、扱う物品――そして取引先もまた曰く付きなのが世の理であるからして。

 そんな店の女主人こと碧摩・蓮の元には、今日もひとつの依頼が舞い込んでいた。
 先方はある種の同業者。但し、蓮の店とは違って『曰く付きの衣装』を専門に扱う、服屋である。
 例えば、他人の注目を集めるように、魅了の魔力が込められたドレス。
 例えば、着た者の生命を徐々に吸い取っていく呪いのガウン。
 例えば、マニア垂涎の某学園女子制服。
 ――そんな怪しげな洋品店の女店主が、蓮に相談に来たのだ。
 聞けば何やら、完成した『新作』の効果を試したいらしい。
 けれど、なかなか店主の希望条件と一致する協力者が現れない。どうしたものか、と言うことだった。
「可愛くて若い女の子、好奇心が強くて、素直で、清楚な感じがベストなんだけどね」
 ぼやく店主の姿を見ながら、はて、そんな娘がどこかに居たような、と首をひねる。
 暫しの後、蓮の脳裏にぽんと浮かんだのは、いつも店に届け物をしてくれる何でも屋の少女――ファルス・ティレイラの姿だった。
 そうと決まれば、早速連絡を取ってみることにしよう。
 こうして蓮は、慌ただしくティレイラに連絡を試みるのだった。


●翌日、件の洋品店にて

「ごめんくださーい……」
 木製の扉を軽く叩き、ティレイラはおずおずと、その店に足を踏み入れた。

 蓮に「この店の主人が仕事を頼みたいそうだよ」と紹介されて、やって来たはいいけれど。
 誰かの手助けになるのなら、と快く引き受けてみたものの、よく考えれば詳しい仕事の内容を確認するのを忘れていた。
 思いもよらない重労働だったりして、役に立てなかったらどうしよう。
 今更そんな不安が胸をよぎるけれど――いや、きっと大丈夫。
 蓮は、ティレイラこそ適任だと言って、この仕事を紹介してくれたのだから……、彼女の言葉を信じよう。

「いらっしゃい。あなたが何でも屋さん?」
 上質な生地で誂えられたワンピースの裾を揺らし、主人と思しき女性が店の奥から現れる。
 ティレイラはぱっと姿勢を但し、礼儀正しくぺこりと頭を下げてみせた。
「はい! ファルス・ティレイラと言います、よろしくお願いします」
「蓮さんから話は聞いているわ。どうぞ、入って」
 後ろ手に扉を締めて、ティレイラは店の中へ進んでいく。
 洋服や服飾雑貨を扱うお店だということは聞いていたけれど。
 想像していた以上に広くきらびやかな店内に、綺麗なもの大好きなティレイラの好奇心が疼かない訳はない。
「すごい……」
 思わず零れる、感嘆の声。
 素直な少女の態度に、店主は気を良くした様子で陽気に語った。
「古今東西、色々なものを仕入れているの。どれも綺麗でカワイイでしょ?」
 店内に揃えられた色とりどりのドレスやアクセサリーは、彼女の言う通り様々な時代、様々な地域で流行したデザイン。
 所狭しと並べられ、まるで宝石箱をひっくり返したようにきらきらと輝いて見えた。
「はい! すてきなお店ですね」
「気に入って貰えたみたいで嬉しいわ……それで今回のお仕事なんだけど、今製作中の新作を試着してみて欲しいの」
 可愛らしい衣装が沢山試せそうだ、と満足げに微笑む店主。
 彼女の真に意図するところを知らぬまま、純粋なティレイラは目を輝かせて彼女の後ろをついていくのだった。


●いわくつきの衣装たち

 見た目は、ごく普通の――あるいは少しだけ派手なパーティ衣装にしか見えなかったのだ。
 ゆえにティレイラは油断していた。
 だが、ある程度の報酬が支払われる位以上、ただの衣装モデルで終われるほど世の中甘くないわけで。
「て、店長さん助けてぇぇっ!」
 数分後の店内にあったのは、涙を浮かべて助けを求めるネコ娘……もといティレイラの姿。
 そして、困惑する彼女の様子を見つめてにこにこ笑みを浮かべる店主の姿だった。
「どうして〜? とっても似合ってるのに。ネコ耳メイドさん」
 店主に言われるがまま、出されたメイド服に着替えたまではよかったのだが。
 なんとこの衣装、着た者にネコの耳と尻尾を生やす謎の魔法がかけられていた。
「こ、このままじゃ恥ずかしくて帰れません……っ」
「うーん残念。自信作なんだけど、お気に召さないなら仕方ないわね。じゃあ、これはどう?」
 項垂れるティレイラの首に腕を回し、今度は店主、大粒の宝石があしらわれたネックレスをつけさせる。
「これは――きゃあっ!?」
 状況を理解するより先に、まばゆい光に包まれる。
 気づけばティレイラの肌は、まるで水飴かゼリーで表面をコーティングしたようになっている。
 よくよく見れば、肌を包むそれはペンダントの宝石に良く似た色をしていた。
『今度は何ですかぁぁっ!』
 身動きはほとんど取れないけれど、辛うじて話すことは出来る。
 混乱しつつどうにか説明を求めるが、ティレイラの苦労をよそに、いやまるで楽しんでいるかのように。
 店主は意地悪げな笑みを浮かべている。
「素敵! やっぱりとっても似合う。すっごく可愛いわよぉ」
 のほほんとした口調のままパチパチと拍手まで始める始末だ。
『可愛くなくてもいいから……その……出してくださいぃ……』
 涙目で懇願するティレイラの姿に、さすがの店主も良心が痛んだのだろうか。
「仕方ないわねぇ、これは外してあげてもいいかな。ただし最後にもう1着だけ、着るって約束してくれるなら」
『分かりました、着ます。だから出して下さい……っ』
 ある意味、これも売り言葉に買い言葉なのだろうか。
 ティレイラが自分の発言を激しく後悔するのは、ほんの数秒後のことである。


●後日談

「蓮さん、この間は可愛い子を紹介してくれて本当にありがとう!」
 数日後。
 アンティークショップ・レンを訪れた、件の店主はひどく上機嫌だった。
「ティレイラちゃんだったわね。最後に着てもらった衣装が本当に似合ってて……叶うならあと数日、あのまま飾っておきたかった」
「……その最後の衣装とやらがどんなものだったかは、聞かないでおこうかねぇ」
 悔しそうに唇を尖らせる同業者に向け、蓮は静かに冷たい眼差しを向ける。
 しかし生き生きとした表情の女店主、相手が聞いていようがいまいが関係ないとばかりに語り続けるのであった。
「今回の作品は魔法効果の硬直時間が数時間しか無かったのが敗因。だからリベンジでね、次の作品はもっともっと長い時間、相手を束縛できるものにしたいなって思ってるのよ」
 あの子になら、どれだけ報酬を積んだって構わない。
 1分1秒でも長く、手元に置いて眺めていたい素晴らしい出来だった。
 熱の篭った口調でそんなことを語り続ける店主を前に、蓮は呆れて頭を抱え。
(ティレイラちゃん……家で泣いてないか……)
 ただの客なら構いやしないのだが、なんでも屋の彼女はいわば出入り業者である。
 なんだかんだ言って、もう店に来ないなどと言われたら困るわけで。
 とにかく事後フォローをしておこうと、アンティークショップの店長は「らしくない」ため息を吐いたのだった。