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翼と空に飛び立てる乙女
記憶とは、今では見向きもされなくなったフィルムムービーのようなものだ。
再生する度に劣化し、主観という編集により変化し、歳を重ねれば古いフィルムは新しいフィルムに埋もれやがて再生されることもなくなり、そのまま放置される。
だが、埋もれているとは言えそこにあるのだから取り出して再生することができる。
劣化と変化はあまりにも感情に左右されやすい。
あれは、そう、海に近い――お台場。
空と海の青さは鮮明に蘇るのに、どんな会話をしたのかが酷く曖昧で、けれど内容だけははっきりと思い出せる。
失恋したのだ。
相手はややイケメンの男子高生だったが、好きだったその顔にはノイズが走り、はっきりとは思い出せない。
学生服の少年とセーラー服を着た少女の会話は列車の音にかき消された。鮮烈な印象として記憶に根付いたのだ。
それこそ映画の中の出来事のようだった。
死のうかと思った。
そのくらい好きだった。大好きだった。
その想いだけは、今も胸の奥底で熾火のようにチリチリと熱を持っている。
フィルムを交換するようにその後に起きた出来事を思い出すと、苦いものがこみ上げてきた。
国会での風景だ。
科学省保有の宇宙船に批判が集中した時のことだ。
財政難のおり、売却や廃止の意見が根強く、紛糾している。
宇宙船廃止を叫ぶ野党が文科相の問責決議案を担ぎ出し大変な事になっていた。
冗談ではない。
それは三島・玲奈(7134)の死に直結する問題であった。
例え宇宙船であろうと、まともな人でなかろうと、自分は生きているのである。
失恋をし、死を覚悟した。
だがこんなわけのわからない批難で、マスコミに煽られた民衆のせいで、どこかの政治家が馬鹿をしたせいで殺されるなどまっぴらだった。怒りよりも嫌悪感が勝った。
矛盾しているかもしれないが、一度は死を覚悟した玲奈の生への執着を自覚させることとなった相対する記憶である。
あまりにも矛盾した想いをそっと並べて再生機から外した玲奈は微笑を浮かべて、『現在(いま)』を瞳という録画機に捉えた。
オランダ女王直々の妖怪退治の依頼。
自分を必要としてくれている、それだけで心は歓喜に打ち震えた。
(亡命しよう。麗しい女王陛下の為に生きよう)
玲奈がそう決意したのを誰が咎められようか。
世界でたった一人の私だけに許された
何度でも蘇る
熱い血潮の風切り羽
あの星を愛でていいのは この私だけなのよ
可憐にして凄艶、単機にして圧倒。
唸るドライブ最大戦速チェイス(チェイス)
エネミー キリング!
私はスターシップ!
無限無敵の航空戦艦
熱い想いを歌声に乗せて妖怪を蹴散らす玲奈号の強豪さは瞬く間に諸侯の知るところとなった。
そしてカリブ海、キュラソー国。
オランダ王国の藩である。
紺碧に白砂が輝き、瀟洒な街並みと舗装したての滑走路がある。
女王陛下の肝いりで出来た宇宙港でのロケット打ち上げを記念し、キュラソー藩の藩王以下、祝典が開催されている。
例によって玲奈号は警備にあたっていたのだが、宇宙港近くの海岸の異変にいち早く気付いたのも彼女だった。
虚無の境界が放った巨鳥、サンダーバードの群がロケット打ち上げを妨害しようと迫ってきたのだ。
「女王陛下、出撃のご命令を」
緊急事態だというのにオランダ女王は微笑みを浮かべ、鷹揚に頷く。そして動揺の欠片もなく玲奈に勅命とも言える言葉をかけた。
「貴女に、期待しています」
「‥‥はい!」
玲奈は頬を紅潮させ、喜びも露わに駆け出した。これ以上ない主の信頼が涙が滲むほど嬉しかった。
息が弾む 時を刻む 羽搏いている
自前の翼を広げると式典用の服が破けるが今はそれも気にならない。
導いてる 願いと思いを乗せた翼
虚空へ飛び立った玲奈の手にはその可愛らしい姿には不似合いな剣が握られている。
君の瞳 闇の隣 未来のギアぐっと押した 無限の空に飛んでく
その姿を人々が指し示し、歓喜の声が湧く。
舞い上がれ 憂いはいつも風切り羽を すり抜けて行くよ
正確無比に振るわれる剣は次々と巨鳥を討ち、
信じてる 当ての無い旅だけど命を抱いて 翔けぬけばきっと届く
左目から放たれる破壊光線が群れを薙ぎ払い分断する。
残った数十羽は宇宙船玲奈号が軌道上から放ったレーザーで塵と化した。
翼手にして 夢追いかけて加速して
女王の指示か、ロケット花火は予定通り打ち上げのカウントダウンに入る。
離陸して心をゴッと噴かす
それを守る守護天使のように、玲奈は剣を持ったまま中空で待機のため羽ばたく。
掴もう愛を明日の星へ
つきぬけろ蒼々シャイン めざすは蒼々スタ−
人々の歓声が、女王を讃える歌声が、そして玲奈への感謝の感情が熱気となってロケットと共に打ち上げられる。
玲奈は達成感を全身に感じていた。
ここでなら生きて行ける――新たな門出を祝すようにロケットは無事宇宙へと旅立って行った。
たくさんの思い出が『現在』を埋もれさせようと、今この時、この瞬間の想いを忘れることはない。
玲奈は自分を見上げる数え切れない観衆を網膜に焼き付けようと、まばたきさえ惜しんで見つめたのだった。
それはまるで一人の少女を主人公にしたフィルムムービーのようであった。
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