コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


ファッション・ファッション

 なんでも屋さん、というのがそもそも、彼女の本来の仕事である。それ自体を『仕事』と表現して良いのかどうかについては、個人の判断によって分かれることになるだろうが、とまれそれが彼女の仕事である。
 ファルス・ティレイラがその日、アンティークショップ・レンから声をかけられたのも、それが理由だった。碧摩・蓮(へきま・れん)が経営しているそのお店では、彼女が扱っている不思議な、或いは怪しげな品々と同じくらいに、不思議な、怪しげな依頼も舞い込んでくるので。
 お邪魔しますと言いながら、お店の入り口をくぐる。中には相も変わらず不思議で、怪しげな品々が溢れていたけれど、その中に当たり前の顔で座る蓮が一番、店の中でも群を抜いて不思議で怪しげだとは、たとえ思っても言ってはいけない。
 やって来たティレを見て、蓮は「あぁ」と声を上げた。

「いらっしゃい、よく来たね」
「こんにちわ。お仕事を紹介してもらえる、って話でしたけど‥‥」
「えぇ。実はあたしのお客様で、あんたにぴったりな依頼を持って来た人が居てね」
「私に‥‥ぴったりの‥‥?」

 蓮の言い回しに、何か不審なものを感じて、思わずティレは言われた言葉を繰り返しながら、小首を傾げる。何度でも言うが、ティレの職業はなんでも屋だ。言われれば能力の及ぶ限りにおいてなんでもするが、そんなティレに『ぴったりの』仕事なんて、ちょっと思いつかない。
 そんな不審が、表情に出たのだろう。ちらりとティレを見た蓮が、軽く眉を上げて、そうして何も言わなかった。
 その表情に何となく、ぴんと背筋を伸ばして居住まいを正すティレである。幾らなんでも、仕事を紹介してもらえるというのに、ちょっと失礼な反応だったかもしれない。
 ぴくり、尻尾が動いた。それを目を細めて見つめてから、実はね、と蓮が話し出したところによれば。
 とある場所に、魔法や呪術が籠められた服やコスプレ衣装など、怪しげな衣服類を売っている、とあるブティックがある。そこの女店主がつい数日前、新作衣装の効果を試す実験台役を探しているのだが、とアンティークショップ・レンを訪れたのだ。
 何しろ、女店主が自ら試すわけにはいかない。と言って生半可なモデルでは、折角の新作の効能が確められないし、何より見ていて女店主自身が楽しくない。
 そんな訳で、誰か良い人物は居ないだろうかとやって来たその女店主に、それならば適任がいる、と蓮はティレを紹介したのである。

「そ、そんなぁ〜‥‥」

 蓮の言葉を聴いて、思わずティレは眩暈を感じ、愕然とした声を上げた。それは、何だろう、まったくもってティレが適任、と言うのは色々と間違っている気がする。
 おまけに、ただ新作の衣装のモデルになるのではなく、魔法の籠められた衣装、というのがこの上なく、嫌な予感がした。日頃、お姉さまと敬愛する魔法の師匠に、しょっちゅう彫像に変えられては愛でられているティレだからこそ、働いた予感というやつだ。
 だから。どう考えても、この仕事は引き受けては、いけない。
 そう思い、断ろうと意を決して口を開いた、ティレをじっと蓮が見た。う、と思わず気圧されて、黙ってしまったティレに、そうして言い放った事には。

「あんた、なんでも屋なんだろ?」
「は、はい‥‥」
「なんでも屋ってのは、なんでもやるからなんでも屋って言うんだよ。それを名乗っておいて、いざとなったら仕事の選り好みかい?」
「う‥‥」

 理屈としては正しい。正しいが、どこか、間違っている気がする。間違っている気がするのだが、あくまで理屈としては正しいので、有効な反論が思いつかない。
 ぱたぱた、激しく尻尾を動かしながら、ティレは必死に考えた。どうやって、蓮のこの正論を突き崩せばいいのだろう。でも正論だから、なんだかやっぱり、間違っているのはティレのような気もしてくる。
 ぐるぐる、ぐるぐる。
 考え、悩むティレをじっと、蓮は赤い眼差しで見つめる。その眼差しがまるで、さぁどうするんだい、と叱られているようで、ますますティレは焦りながら必死に考えて。
 ――結局、その仕事を引き受けて店を出るまでに、そう時間はかからなかった。





 依頼人である、コスプレ店‥‥もとい、ブティックを訪れたのは、その日のうちのことだった。依頼人が急いでいるからと、蓮に指示されたのである。。
 何しろ依頼内容が依頼内容であるから、一度は引き受けた仕事と言え、本当は数日おいて、覚悟を決めておきたかった。これがただのファッションモデルの仕事と言うのならともかく、魔法や呪術の実験台としてやってくるのだから、尚更だ。
 だが依頼人の、そして仲介人の要望となれば、そうは行かず。ここね、と渡された地図だけを頼りに、ティレは訳もわからないまま、そのブティックへとやってきたのだ。
 ティレの内心とは裏腹に、皮肉なほど良く晴れた、うららかな昼下がり。ブティックの外見は少なくともマトモに見える事に、僅かな安堵を覚えながら、ティレは引き攣りそうな顔に営業スマイルを浮かべ、うん、と頷いた。
 これはお仕事、と言い聞かせる。お仕事、お仕事。幾らなんでもそうそう、おかしな事にはなるまい。
 そう考え、ティレはブティックへと足を踏み入れた。

「こんにちわ! アンティークショップ・レンの紹介で来ました、ファルス・ティレイラです!」
「蓮さんのご紹介の? うわぁ、可愛らしいお嬢さん!」

 お待ちしてたわ、と店の奥から出てきた女店主は、少なくともティレが想像していたよりもはるかに『普通』の女性だった。多くのブティックがそうであるように、自店のブランドと思しきファッショナブルな衣装に身を包んだ彼女は、蓮と同じ位の若さに見える。
 もちろん、店内には見るからに『イタイ』衣装であるとか、もはや元ネタが何なのかも解らない、少なくとも小説か何かの登場人物が身につけているのだろうという事はかろうじて解る衣装が、所狭しと並んでいた。けれども、いい意味で印象を裏切られたティレにはそれも、物珍しいだけで好意的に受け止められる。
 良かった、と胸を撫で下ろした。どうやらティレが心配するほど、おかしな事にはならなさそうだ――具体的にどんな事が起きるか、ティレも想像出来ていたわけではないが、だからこそ怖い、と言うのもあるではないか。
 フレンドリーな態度で「こっちに来てくれる?」と手招かれ、店の奥へと連れて行かれる頃にはだから、ティレの警戒心は殆ど薄れかけていた。こんな気の良い人の依頼だったら、早々変な事にはならないに違いない。
 そう――考えていたティレの期待は、あらゆる意味で裏切られる。

「こぉんな可愛い子が来てくれるなんて思ってなかったわ〜。うわぁ、いっぱい試しちゃおう〜♪」
「あの、具体的にはどれを‥‥」
「うふふ、もうちょっと待ってて? 貴女に似合いそうな服やアクセがいっぱいあるのよ〜、誰かで試してみたかったの〜♪」

 うきうきと、実に楽しそうに店の奥から色とりどりの布の塊を引っ張り出しながら、実に楽しそうに言う女店主の周りには、音符マークが飛び交っているように見えた。そうして出てくる衣装をちらり見て、あれ、とティレは目を丸くする。
 それらは表のお店に並んでいるのとはまったく違う、何と言えばいいのだろう、どこか妙な雰囲気を持っていた。魔法や呪術の籠められた服、と蓮が言っていたのを今更ながらに思い出す。
 人の良さそうな、無邪気な――それゆえに、純粋な好奇心だけでなんでもやってしまいそうな、女店主を、見た。

(‥‥あれ?)
「はい! じゃあ、まずはこれ、お願い! 気になるなら、着替えはそこのフィッティングルームを使ってくれて良いから!」

 もちろんここで着替えてくれても良いわよ、とウィンクしながら手渡された、衣装はひらひらふわふわとした、ふんわり膨らんだスカートが如何にも可愛らしいカントリー調のワンピース。見たところ、どこもおかしなところはない――見たところは。
 もちろん、同性とはいえ見知らぬ相手の前で着替えるなど、全力で遠慮したいものである。ティレは女店主の好意に甘えて、フィッティングルームを使わせてもらうことにした。何故か見送る女店主の眼差しが、酷く残念そうだったのは、意識して気にしないようにする。
 指先でふわふわのワンピースをつまんで、表を見て、裏を見て。見た感じは、すごく可愛い。可愛い、けれど、これを着たらどうなるんだろう。
 考えながら、それでもこれは仕事だと言い聞かせ、深く考えないようにして服を脱いだ。代わりにワンピースの袖に腕を通し、背中のファスナーを引き上げる。
 ふわり、スカートが揺れた。フィッティングルームの鏡の中で、カントリー風に変身したティレが恐る恐る、こちらを見ている――うん、よく似合ってる。

(‥‥じゃなくて!)

 思わず見惚れてしまってから、ぶんぶんと首を振った。これは仕事なのだ。とにかくさっさと依頼人にこの姿を見せて、どんどん進めていかなければ。
 そう、フィッティングルームのカーテンをジャッと引き開けた所で、ティレは不意に違和感を感じて動きを止めた。背筋が、ざわざわとする。と同時にぎしりと、身体の関節がなった、気がして。

「わ、わ‥‥ッ!?」
「きゃぁぁぁぁぁッ♪ やっぱり思った通り、可愛い〜〜〜〜ッ♪」

 その違和感に、何が起こっているのか解らず混乱するティレを見て、けれども女店主は歓声を上げた。その、満面喜色の笑みがみるみる遠ざかり――ことん、とティレの身体が床に落ちる。
 そう、ティレはカントリー調ワンピースを身に纏う、精巧な人形へと変化していたのだ。危機として女店主がティレの人形を抱き上げ、色々な所を覗き込んだり(ちょっと乙女としては見られたくない所まで!)、手足を動かしてみたり、抱き締めたり、逆さまにしてみたりと、確かにティレが人形になっている事を確める。

(こ、これが魔法‥‥ッ!?)

 ようやく気付くが、物言わぬ人形となったティレにそれを口にする術はない。それに気付いた女店主は、うーん、と悩む素振りでティレの纏うワンピースのファスナーを下ろした。
 ぽんッ。
 間抜けな音と共に、ティレの身体が元通りになる。拍子に、ファスナーの下りたワンピースがすとんと肩から抜けそうになるのを慌てて抑えるティレに、じゃあねぇ、と嬉しそうに女店主は言った。

「次はこれ、この服を着てみて? これなら見た目がお人形に変わるだけで、動いたりお喋りしたりできるはずだから〜♪」
「え‥‥えぇぇぇぇッ!?」

 そこからティレの苦行(?)が始まった。ふりふりのエプロンドレスを身に付ければ、女店主の言ったとおりにヌイグルミ風の人形に変化したティレに、歩いて、喋って、踊ってと注文がつく。ラビット革のキュートなベストを着たら、頭にぽんとウサ耳が生え、ついでに手足がヌイグルミ調にデフォルメされたウサギの手足になる。
 極めつけは、きらきらと輝く幾つもの宝石をあしらったチョーカーだ。何しろ、幅広のチョーカーを首に巻き、留め金をとめると途端、繊細な金具がまるで生き物のように蠢き始め、ティレの手足を拘束した挙句、宝石が見る見る大きくなってティレを閉じ込めてしまうのである。
 その度に、女店主からは「きゃぁぁぁぁ♪」「可愛い〜〜〜〜〜♪」と歓声が上がった。けれども現に、実験台になっているティレからすれば、一体次はどんな事が起こるのか、戦々恐々である。
 ついに、ティレが悲鳴を上げた。

「もう勘弁して下さい‥‥ッ!」
「えぇ〜‥‥? せっかく、すっごく、とぉぉぉぉっても可愛かったのにぃ‥‥」

 そこに至ってもまだ、山積みの衣装のどれを次は着せようか、うきうきと選んでいた女店主は唇を尖らせ、見るからに残念そうな表情になった。けれども、うぐぐ、と泣き出しそうなティレを見て、仕方ないなぁ、と苦笑する。
 じゃあね、とにっこり微笑んで差し出したのは、古代ギリシャの女神を模した衣装。

「これだけ、お願い。これで最後にするから。ね?」
「ほんとですか‥‥?」

 これで最後になるならと、ティレはほっとした気持ちでその衣装を受け取った。衣装、というよりはまるで布の塊にも思えたけれども、本来のギリシャ風衣装と異なり、簡単に留め金で着られるようになっている。
 これは、どんな事が起こるんだろう。そう思いながらフィッティングルームに入り、びくびくと着替えた。けれどもこれさえ乗り越えれば終わりだ。さすがに怒られるかと思ったけれども、許してくれて本当に良かった。
 だから最後の仕事ぐらいはちゃんとしなきゃと、ティレは見よう見まねで留め金を留め、何とかそれらしく衣装を身に着ける。古代ギリシャ女神の姿をした、ティレが鏡の向こうからこちらを見ていた――まだ変化はない。
 こんな感じだろうかと、思いながらフィッティングルームを出た。

「これで良いで、す、か‥‥!?」
「ぅ‥‥わぁぁぁぁ♪ エキゾチック〜〜〜♪」

 フィッティングルームを出た所で、そろそろお決まりになってきた変化の感覚に身を震わせたティレが、見る見るうちに硬直する。それを見て、女店主が感嘆の声を上げた。
 ティレが着た衣装――それは、着た物すべてを石膏作りの彫像風オブジェと化し、一定時間そのまま動けなくなる、というアイテム。その効果の通り、ティレが変化したのを見て、彼女は己の衣装の完璧さと、オブジェとなったティレの愛らしさにすっかり感極まってしまったのだった。
 距離を取ったり、間近から観察したり。肌の様子を指を滑らせて確め、うふふ♪ と嬉しそうに笑う。

「ありがとう、あなたのお陰ですっごく参考になったわ〜♪ 蓮さんとお約束した報酬には、上乗せしておくわね♪」
(うぅぅぅぅ‥‥ッ!?)
「うふふふふ♪ 次もまた来て頂戴ね♪ あなたに似合いそうな衣装、い〜〜〜っぱい作って待ってるわ‥‥♪」

 実に、心から楽しそうに女店主はそう言った。そう言って、彫像となってしまったティレが応えられないのも構わず、約束よ‥‥♪ と勝手に自分の中だけで決めてしまう。
 それからふと、小首を傾げて、うーん? と人差し指を唇に当てた。

「その衣装、効果が切れるのはまだ、ず〜っと先なのよねぇ‥‥?」
(そんな‥‥ッ!?)
「うふ♪ せっかくだから、それまでしばらく、ブティックに飾っておきましょうか♪ うちの衣装を着たら、こぉんなに可愛くなれるんだって、お客様に見てもらう良い機会だものね〜♪」
(!!!!!)

 嘘だろうと、ティレは彫像の中で顔色を変えた。けれども勿論、女店主にそれが解るはずもなく、異を唱える事も出来ない。
 ――そうして。それから効果が切れるまでの間、ティレの変化したオブジェがブティックを彩り。しかも困った事に、その珍しさでいつもよりも入ってくるお客さんが増え、売り上げも上がってしまった、のだった。
 その間、女店主がにこにこと上機嫌で、嬉しそうにティレを見つめていたのは、勿論言うまでもない話である。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名     / 性別 / 年齢 /       職業      】
 3733   / ファルス・ティレイラ / 女  / 15  / 配達屋さん(なんでも屋さん)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
ご指名頂いたにも関わらず、納品が遅れてしまい、本当に申し訳ございません(土下座

お嬢様の、なんでも屋さんとしての尊い労働(?)の物語、如何でしたでしょうか。
ぇー‥‥と、お嬢様が彫像になられるのは、相手がどなたであろうともはや、デフォのお話なのですね(笑
いつの間にかブティックの女店主さんがあんな事になっていて、本当にすみません、何だか楽しかったです(ぁ

お嬢様のイメージ通りの、とんでもパニックなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と