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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【始まりの音4】 +



「俺はお前を写す<鏡>。さあ、この瞳を覗きお前の心の中で『俺』を確固たる存在として認めろ」


 青年はそう口にした。
 俺はその瞳を――黒と蒼のヘテロクロミアを見返して……そこに『過去の自分』が写り込んでいる事に涙を零した。



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 本当はずっと怖かった。


『止めて……止めてよぉ』


 本当はずっと怖かった……怖かった……、――でも誰も助けてくれない……。


 人体実験をされることも、研究所の人間が俺を性的な目で見てその行為に及ぶ事も本当は全部怖かった。でも奴らは力があった。自分は子供で、相手は大人。そして子供は大人に逆らってはいけない生き物なのだと、彼らから教えられていた。『刷り込み』により俺は決して彼らには逆らえない。本当は能力を使用して逃げる事だって出来たんだ。動物を嗾けられて殺す事には慣れていた。それと同じ要領で人間にも力をぶつければいい……それだけなのに。


『やだぁ……ひ、っく、やめ、――やぁ!』


 でも刷り込まれた事は子供だった自分には逆らえない事ばかりで、能力を研究員にぶつける事など一切出来ず、されるがままの日々を送っていた。薬物投与、能力増強訓練、動物との対峙……研究員の性欲の発散。
 それらはどんなに嫌だと叫んでも俺の要求が通る事はなかった……。


『…………もう、いい』


 やがて心は疲弊する。
 子供の心が開放的だなんて誰が決めた。そんな事は有り得ない。子供だって人間だ。どれだけ特殊な能力を保持していようが、研究員達と同じように人間……だ。
 そう、俺は『人間』……なのに……。


 諦めるしかなかった。
 あいつらの言いなりになった。
 だってそれしか自分の身を守る術がなかったから。


 室内に押し込められて欲を押し付けられながら俺はただただ時間が過ぎることを祈る。
 点滴を受けている最中は壁や天井のしみの数を数えて過ごし、余計な事は考えないようにした。研究員が圧し掛かってくる間は相手の顔を見ないようにする努力だけ勤める事にして、必死に耐えていた。


―― 誰も俺を『人』として見ない……。


 心が凍っていく。


―― 俺はあいつらの玩具だから……。


 パキパキ、と自分の心を守ろうと冷たい氷が包み込んでいくのが分かった。
 痛みを感じるのならば痛みを感じる回路を切ろう。苦しさを感じるならば苦しさを感じないよう快楽に変換しよう。身体が悲鳴を上げるというのなら、悲鳴をあげないよう慣れてしまえばいい。
 パキ……パキ。
 心が凍っていく音が聞こえる。
 それともこれは心が硬化して壊れていく音か。


 苦痛を身に受け、それでも俺は手を伸ばす。
 何も無いと知っている。
 誰もその手を取ってくれる事などありえないと知っている。
 だけど伸ばさずにいられないのは何故だろう。押し込められた部屋の中、一人ぼっちの空間で俺は助けを乞う。
 もうこの場所には居たくない。
 自分を追い詰めるだけの日々は自分をヒト以外のものへと変えていくから。


『……け、て』


 パキ、パキパキ……。
 それでも心が、心が、心が――最後の足掻きを求めるんだ。


『誰か――俺を、助けてっ』


 あの頃の俺の手は誰も掴んでくれなくて、ただ涙を濡らすだけの毎日だった――。



■■■■■



 ――― だけど。


「俺がお前を掴む」


 はっと沈んでいた意識が急に浮上する。
 俺の手はいつの間にか幼少時代の自分と共鳴していたらしく、どこかに手を伸ばしていた。<念の槍/サイコシャベリン>はいつの間にか消滅し、だけど俺の手は血に塗れていて今目の前に立っている人物を傷付けた事を知る。
 何を求めて伸ばした手か。
 何を期待して伸ばした腕なのか。
 それでもその手を掴んでいる体温が在る事に俺は目を見開き、驚いた。


「お前の悲鳴は俺が聞く。お前の苦痛は俺が和らげるから」


 身体をやや斜めに傾け、俺の手を掴んでくれている青年。
 その特徴的な瞳の中に写っているのは――高校生の自分だった。零れた涙が目尻で溜まり、そして彼の顔が近付いてくる。零れかけた涙がちゅっと吸い取られる感覚。恥ずかしい行為のはずなのに、どうしてか拒めずにいた。


―― あぁ、傍に居てくれたんだ……。


「カ、ガミ……」
「おう」
「カガミ……ぃっ!」
「大丈夫、落ち着け。傍に居るから――俺が此処にいるから」


 そう言ってカガミは俺の頭を包み込むように抱き込み、そして髪の毛を撫でてくれる。その仕草がとても心に良く染み、落ち着いて体中の力が抜けるのが分かった。
 ああ、どうしようか。
 俺はやっぱり弱かった。
 どれだけスガタやカガミを突き放したとしても、俺は最終的には安息の地を求めてしまう。自分の過去を知って尚受け入れてくれる存在を得ようと貪欲になってしまう。
 だって欲しいんだ。
 失われそうになった俺の心が渇望する。欲しい。欲しい。
 俺は、今、目の前のコイツを――。


「なんで……っ、俺に優しくすんだよ! 俺なんか放っておけよ!」


 思わず俺からも抱きしめた。
 抱きしめずにはいられなかった。突き放す言葉とは逆に引き寄せるこの腕。矛盾していると分かってはいるけれど、だってこの手が今欲しいのは――。


 されど、現実はどこまでも残酷だ。


「カガミ、怪我!?」
「あー……今ぐっさりと結構深いとこまで刺さったから」
「う、うわ、そ、それ、お、俺が」
「まあ、お前がやったんだけどよ」
「ごめんっ! 本当にごめん!」
「だけど、お前が『自分を殺す』のだけは俺が見逃せなかったから――いーんだよ、バーカ」


 掌を湿らせる赤い液体。
 カガミの身体は確かに異形だけど、その身体には赤い血が流れている事を俺は知っている。俺は慌ててカガミの背中を見ようと身体を捻る。だが彼はそれを見せまいと同じように捻って逃げた。
 俺が傷付けた。本当は俺が俺を殺すはずだった槍で、傷付けてはいけない人を傷付けてしまった。どうしたらいい。どうすれば許してもらえる?
 わからない。
 わからない、何も。


「――者だ」


 不意に聞こえた第三者の声。
 意識を周囲に巡らせばそこには当然研究員と能力者達がまだ存在している。俺はカガミの前に立ち、それから彼を守るため奴等を睨み付けた。耳に侵入してきた単語、それが聞き違いである事を祈りながら……。


「新たな能力者だ! なんて素晴らしい!」


 しまった、と俺は奥歯を噛み締める。
 カガミは人間ではない。だけど外見は人間以外の何者にも見えない。そんな青年が突如俺の前に瞬時に現れ、そして俺を庇うように攻撃を受けても大したダメージを受けたように見えなければそれはまさに彼らにとって好機だろう。
 そして非常に不味い事にカガミには自己修復能力がある。


―― やばい。コイツら本気でカガミも標的にいれやがった!


 ざわざわと項付近が緊張のせいでざわめく。
 場に立つものの感覚が俺の中に入り込み、彼らはカガミを欲している事を知った。
 だけどそれは絶対に許さない。俺と研究員側の能力者が睨みあう――だけどその後ろではカガミと初老の研究員が大胆不敵に笑っていた。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、四話目となります。
 今回は二人だけの世界、という事でこんな感じで。
 話自体は暗いものだと思うのですが、実は抱擁しあう二人が好きです(笑)