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<東京怪談ノベル(シングル)>


復讐は動き出す
(「あたしは……」)
 目下に集う戦士達の群れを見下ろし、白竜となった海原・みなも(うなばら・みなも)は躊躇いを見せる。
 彼らがみなもを、いや、白竜を倒そうとしているのは明白。
 恐らく抗わねばやられる。
 それでも、力を振るう事には躊躇いがあった。
 それに、何故彼らが自分を狙っているのかを考えれば、攻撃する事は出来なかった。
 ――ここは「竜に囚われた姫」と呼ばれる本の世界。
 かつてこの世界に居た姫君は、白竜へと連れ去られ、そして殺された、という事になっていた。
 ただし、それは表向きの話だ。
 実際の所は、その国を併呑した強国が、もともと神聖視されていた白竜を倒すためにでっち上げた嘘に他ならない。
 姫君もまた、その強国の者達の手にかかり、命を落とした。
 姫君はその国の継承権を持っていた。これまでの慣例からすれば彼女がそのまま国を「名目上」支配する事となっていたのだが――強国側としては彼女の存在は目障りだった。何せ、姫君は白竜と仲が良かった。ヘタをすれば彼女は強大な力を持つ白竜を操り強国を攻め滅ぼそうとする旗印になりかねない――という事だったらしい。
 そして、姫君は殺された。
 白竜は姫殺しの汚名を着せられて。
 更に言えば、強国側としては白竜を表立って狩るお題目が出来た……というわけだ。

 だが、今みなもの目下に居るのは、その強国の者ではなかった。

「さあ、あの白竜を撃ち落とせ! 我らが姫の無念を晴らす為に!」
 甲冑を纏った女性の凜とした声に、引き絞られた弓が放たれ、雨のように矢が白竜を襲う。
 ふわふわの毛並みは一見やわらかで矢が容易に貫通しそうに見えたものの、ほとんどの矢をはじき返す。
 若干刺さったモノも主に毛に絡まった程度でみなもとしては痛みはないものの、あまり気分の良いものではないだろう。
(「あの人達、あたしが姫を……ううん。『彼女』が姫を殺したと思ってるんだ」)
 自身に嫌疑がかけられるより白竜の『彼女』に罪を被せられる方が辛い。
 みなもをこの世界に送る直前、雪久は言った。
「この世界では覚悟が試される」と。
 覚悟。
 恐らく彼らを倒せるか否か。
(「倒すか、倒されるかなら……」)
 どれだけ攻撃を加えられようとも、みなもには彼女達を倒すという選択肢は無かった。
 白竜への誤解も解きたい。それに、女性騎士が憎しみに囚われているならば、その感情から救いたいという思いもあった。
「矢が通らないなら……術士隊! 唱えよ!」
 女性騎士は姫君に本当に似ていた。
 しかし、黒の髪を靡かせ部下達に檄を飛ばす姿はあまりに凛々しく。
(「傲慢かもしれない。だけど、あたしは……!」)
 みなもが決意を固めた瞬間、魔道士達が術を放つ。
 視界が真っ白に染められ、そして凄まじい雷撃がみなもの身を貫いた――。

 ――何か、夢を見た気がする。
 遠くで見覚えのある男性が何かを告げようとしていた気がする。
 あの人は、確か、古書店の――。

 がばり、と慌ててみなもは身を起こした。
 まだ全身が痛むものの、外傷らしい外傷は無い。
 もし怪我でもしていて、それを雪久に見られた日には叱られてしまう事だろう。
 ……きっと、丁寧に怪我の手当をしながら。
「……よかった。でもここ……どこかしら」
 身を横たえていたものは只の板だった。全身が痛むのはそのせいもあるのかも知れない。
 石壁に囲まれ、更に言えば空気はひんやりと冷たい。
 牢獄のようだ、と彼女は思う。その時。
「気づいたか」
 木で出来た簡素な扉をあけて、室内へと入ってきたのはあの女性騎士だった。
 彼女が歩く度に金属のこすれるがちゃがちゃという音がする。
 騎士はみなもの前へとやってくるときっぱりと言い切った。
「白竜から人の姿へと変わったから連れてこさせてもらったが……まさかここまで姉姫様に良く似た姿だとは思わなかったぞ」
「あの……それでも、助けてくれたんですよね。ありがとうございます」
 冷たい調子に躊躇いつつも命を救ってくれた事にはかわりは無い。
 ぺこりと頭を下げるみなもに、女性騎士は冷笑と共に剣を抜き、喉元へと刃をつきつける。
「勘違いするな。貴様が姉姫様を殺した事は伝え聞いている。あの心優しい姉姫様を……!」
「そんな、あたしは……」
 言い返そうとしたみなもの喉に、ひやりとした刃が触れる。彼女の言葉を遮り騎士は告げた。
「……私は貴様をこの手で切り裂く為だけにここに連れてきたのだ。貴様がどれだけ姉姫様と似ていようとも、私は騙されはしない。貴様の姿は姉姫様を殺し写し取ったのだろう?」
「えっ……」
 あまりに意外過ぎる言葉にみなもは言葉を失う。
 刃は未だ喉元に触れたまま。
「貴様がその姿をする事は……姉姫様を愚弄する事は決して許されない! 貴様には私の手で引導を渡してくれる」
「ま、待ってください!」
 なんとか彼女に事実を告げようとみなもは慌てる。
「命乞いなら聞かんぞ。貴様の為に姉姫様は命を落とし、国はかの大国に併呑され、そして私は……」
 僅かにだが、彼女の目に翳りが見えた。
 みなもはそれを見のがさない。
「……あなた自身にも、何かあったんですか……?」
 寂しげな表情は一変して先ほどまでと同じく冷徹なものに。
「……貴様に話すことではないな。それに、貴様を殺せば私の願いは成就される。今までの血の滲むような特訓も報われるというものだ」
 がちゃり、と腕を覆っていた鎧が落ちる。右腕には酷いあざの痕。
「この右腕に誓って、貴様を許しはしない」
 恐らく彼女は、この件に遭遇するまでは普通の姫君だったのだろう。そして、これからも皇族として暮らしつづけたに違い無い。復讐の為だけに彼女は剣を手にしたのだ。
 あまりの痛々しさにみなもはつい押し黙った。
 そんな彼女を騎士はあざ笑う。
「もう言い訳は終えたな。あと3日。3日後には貴様はこの国の広場で処罰される。この私の手によって。それまで精々姉姫様に詫びるがいい」
 それだけ告げると彼女は踵を返し牢の外へと歩み出す。
「ああ、それから……白竜の姿に戻って逃げだそうとしても無駄だぞ。この石牢のまわりは術士達が結界を張っている。いくら貴様が凄まじい力を持っていようと、この結界は壊せはしない」
 そんな言葉だけをのこし、木の扉が閉まる。
 突如切られた命の期限。
(「どうしたらいいんだろう……」)
 みなもは膝を抱えしょんぼりと項垂れた。
 自分の命の問題もあるが、彼女が聞く耳を持たない事が辛かった。
 だが、確実に言える事がある。
 間違った復讐に縛られたままでは、あの女性騎士も、姫君も、そして『彼女』も報われない。
(「……どうやってでも、本当の事を伝えなければいけない……よね……」)
 斯くしてみなもは考える。なんとかして騎士へと言葉を、想いを伝える術を――。