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吸血鬼に永遠の眠りを
廃墟のビルの中、満月の輝く夜に似合わない激しい爆音が鳴り響く。
「―ぐっ…こんな仕事、引き受けるべきじゃなかったな…」
左肩に受けた傷を右手で止血しながら、武彦は生温かい自分の血の感触を味わっていた。
「フ…、人間風情がこの私と戦おう等とは嗤わせる」
ツカツカと革靴の音を鳴らしながら、おおよそ人とは思えない恐ろしい形相をした
吸血鬼が武彦へと歩み寄る。
「…あぁ…、全くだ…。吸血鬼なんて、常人が勝てる様な相手じゃねぇよ」
諦めたかの様に笑みを浮かべた武彦が吸血鬼たる相手へと告げた。
「伝説上の生き物退治なんて依頼、受けなきゃ良かったと後悔してるさ」
「ならば後悔と共に血肉を屠ってくれる」
吸血鬼が詰め寄り、鋭い爪を振り翳す。
高額な資金を積まれ、武彦が引き受けた吸血鬼退治。やはり一筋縄で片付く様な
相手ではない。
「…とまぁ、一人だったら無理な仕事だったろうな」
武彦は自分の背後に立つ人物の気配を感じ、静かに呟いた。
「やれやれ、随分遅かったじゃねぇか…」
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『やれやれ、じゃないわよ。随分ボロボロじゃない』
「草間さん…、怪我が…！」
対照的な二人の女性の声が響き渡る。美香と、その特異な能力を得たおかげで美香の相棒となったユリカが姿を現した。
「いたわってくれる美香に比べて、お前ってヤツは…」
『あら、私にそんな事期待してるの？』クスっと小さく笑いながらユリカは武彦を見つめた後で吸血鬼を睨み付けた。『“古い時代の産物”と、まさかこんな時代に対峙する事になるとは思わなかったわね』
「…ふむ。どうやら二人の小娘かと思いきや、貴様は人間ではないらしいな」吸血鬼が顎に手を当てて呟く。
『美香、時間を稼ぐから傷の手当でもしてあげるのね』ユリカがそう言うと、美香と武彦の前へと歩み出る。『悪いけど、力もらうわよ』
「うん。気をつけて、ユリカ」美香が目を閉じると、美香の身体から白くゆらめく光がユリカの身体を包み込んだ。
『さて、見た目もタイプでも何でもないし、さっさとくたばってもらおうかしら？』光が収束したと同時に、ユリカが身体を縮める様に膝を曲げる。瞬間、地面を蹴ったかと思えばユリカの姿がその場から消え去った。
「…っ！ はや―」
『残念。アンタが遅いんじゃない？』ユリカが一瞬で吸血鬼の背後へ姿を現し、強烈な蹴りをねじ込む。と、同時に吸血鬼の身体の動きが極端に遅くなる。『はぁっ！』
残像が残る様な素早い連撃が吸血鬼の身体へと次々に打ち込まれる。
「…な、何だあれ…」武彦が思わず呟く。
「ユリカの得意技ですよ」美香が武彦の傷を止血する為に服の袖を引きちぎり、傷口をしっかりと締めながら答えた。「“速度の二重付与”。一撃でもユリカの攻撃が入ったら、ユリカの攻撃は止まりません。あの子、性格通り攻撃的ですから」
「…確かにな」武彦は思わず心の中で呟いた。ユリカをからかうのはやめておこう、と。
『ふぅ、バイバイ』ユリカがパチンと指を鳴らすと、初撃の衝撃と共に横へ身体を吹き飛ばされながら、連撃が身体へと襲い掛かる。速度をあげた吸血鬼の身体は壁に叩きつけられ、その壁には亀裂が走った。
「がっ…はっ…！」
『美香、これじゃアンタの出番はないかもねー』ユリカがひらひらと手を振りながら美香へと告げる。
「…っ！ ユリカ、避けて！」美香の声と同時に赤黒い閃光が吸血鬼の口からレーザーの様に放たれる。
「…クッ…ハハハハ…！ よくぞ避けたな、小娘…」
間一髪、ユリカが自分の速度を加速させて美香の方へと避けた。赤黒い閃光はコンクリートの壁をいとも容易く貫き、夜空が顔を出している。
『…あぶな…』
「もう、すぐ油断するのダメな癖だよ」美香が呆れた様に呟き、ユリカの隣へと歩み寄る。
『はぁ、アンタにそこまで言われる様になるのも癪ね』ユリカが呟く。『それにしたって、皮膚も異常に硬いし。あれだけの連撃浴びせたのに無事なんてね』
「皮膚の硬化。妖魔って柔らかいのもいれば硬いのもいるんだね」美香が腰を落とす。
「どうした、怖気づいたか？」吸血鬼が立ち上がり、美香とユリカを睨み付ける。
『…美香、やるわよ』
「うん」
ヒュっと風を切る様な音を立て、ユリカが横へと移動し、目の前から姿を消す。それを追う様に吸血鬼もまた尋常ではないスピードでユリカを追う。
「おいおい、見えやしねぇぞ…」武彦がユリカと吸血鬼の姿を目で追えずに呟いた。
突如美香の目の前でユリカと吸血鬼が姿を現した。お互いの打撃で衝撃波が生まれ、砂塵が舞い上がる。
「ひ弱な身体をしている割になかなか重い攻撃だな」
『フン、加速して衝撃を乗せてるのに平然と受けながら言われても、お世辞にしか聞こえないわよ！』
ユリカと吸血鬼がお互いに背後へと飛び、間合いを取る。平然とした表情を浮かべ、嘲笑を浮かべる吸血鬼に対し、ユリカは苦しそうに肩を揺らしながら息を整えていた。
「ユリカ、一度休んで」美香が前へと足を踏み出す。
『なっ、まだ私はやれるわよ！』
「ううん、私はもう準備が出来てるから」美香がそう言って吸血鬼目掛けて歩み寄る。
『…早いわね。解ったわよ』ユリカが小さく笑う様に呟き、武彦の近くへと歩いて行き、その場に座り込んだ。
「あの女と同様に、貴様も普通の人間ではなさそうだ…」吸血鬼が美香へと飛び掛る。「全力でいかせてもらおうか！」
「美香――！」
『―黙って見てなさいよ』武彦が叫ぶ横でユリカが静かに口を開く。
飛び掛った吸血鬼の振り上げた右腕。鋭い爪を携えた拳が美香目掛けて振り下ろされようとした瞬間、美香がくるっと身体を捻り、その右腕の攻撃をあっさりと避ける。一瞬開いた右の脇腹へと美香が右腕を突き出し、その衝撃で吸血鬼が側面の壁へと叩き付けられる。
「…成程、なかなか…―！」吸血鬼が立ち上がり、美香へと口を開こうとした瞬間、口から血が垂れている事に気付く。「…バカな…」
「ユリカの言う通り、皮膚は確かに硬いみたいですね…」美香が構える。「でも、もうあなたには勝機はありません…」
「…ユリカ。あれは…？」武彦が尋ねる。
『あの子は私が攻撃した箇所に連撃を集中的に加えている。例え皮膚が硬くても、一箇所に集中した攻撃は身体の芯に届かせる事が出来るわ。それに…』
「…それに…？」
「この私が血を吐くとは…。だが、勝機がないとはどういう事かな？」口元についた血を拭いながら吸血鬼が立ち上がる。
「ユリカとの戦いを見て、あなたの戦い方には弱点がある事に気付きました」美香が静かに伝える。「もう、あなたに勝ち目はありません。退いて下さい」
『…さっきの話の続きだけど』ユリカが口を開く。『あの子は私程の能力の乱用は出来ないわ。その代わり、必要最低限の中で能力を最大限引き出して戦える計算力を持っているわ』
「…猪突猛進のバカじゃないって事―」
『―殴るわよ』
「…もう殴られてるんだがな…」武彦の腹にユリカの拳が突き刺さっている。
『まったく…。とにかく、あの子は能力の器こそ小さくても、扱い方で補いきれるだけの頭の良さを持っているわ。それに加えて、あの体術への心得。自分の体にダメージが残らない様に、打撃は全て掌底か肘。足なら膝。自分の非力さを解っているからこそ、冷静に崩せる』
「…随分よく見てるんだな」
『そりゃあ、あの子と二十四時間毎日一緒にいるんだもの』クスっと小さくユリカが笑う。『可笑しなネーミングセンスもあの子の特徴も、ある程度は解っているわ』
「言ってくれるな、小娘風情が！」吸血鬼が美香へ口を開き、妖気を収縮させる。が、美香は加速を施し、一瞬で吸血鬼の顎を上へと弾き、空いた喉元へと再び両手で掌底を繰り出し、後ろへと下がる。吸血鬼の口から妖気が漏れ出し、周囲へと拡散する。
「ユリカ！」
『解ってるわよ！』
美香の声と共にユリカが飛び出し美香が吸血鬼の体を蹴り上げる。上空へ投げ出された吸血鬼の体の目の前にユリカが現れ、右手に力を込め、吸血鬼の体へとめり込ませる。更にその直線上、体の反対側に美香が掌底を食い込ませた。
「ぐはぁっ！」左右から与えられた衝撃が吸血鬼の体の中心で衝突し、身体の内部を破壊する。
内部から身体を破壊された吸血鬼は力なく地面に叩き付けられた。美香が着地した横に、ユリカも着地する。
「終わり、だね」
『…面倒なヤツだったわね』ユリカがそう言うと、すっと姿を消した。『悪いけど、先に眠らせてもらうわよ』
「あー！ ユリカだけズルい！ 私も眠いのに！」
「…さて、帰るか」武彦が煙草に火を点け、歩き出した。
――。
その日の夕方、美香は草間興信所へと姿を現していた。
「傷はどうです？」
「あぁ、零に処置してもらったから大丈夫だ」包帯を巻いた状態で煙草を咥えながら武彦が呟く。煙草を咥えたまま、武彦が肩を擦る。
「それにしても、何で妖魔退治なんて引き受けたんですか？」美香は相変わらず貼られた怪奇現象を気嫌う張り紙を見つめて尋ねた。
「…あぁ、報酬が良かったからな」武彦が素っ気なく答える。
『へたくそな嘘ね』ユリカが姿を現して言い捨てた。
「うん、私もそれだけじゃないと思います…」美香はそう言って武彦を見つめた。
「…やれやれ、女の勘は手ごわいな…」武彦が諦めた様に呟く。「ちょっと、価値観が変わったんだよ」
「価値観？」美香が小首を傾げて尋ねる。
「あぁ…。お前みたいに、自分を変えていく奴を見てるとな。ちょっと感化されちまうもんなのさ」
『クサッ』
「ユリカ、なかなか良い度胸してるじゃねぇか…」
『アンタみたいなのが柄にもない事言うからよ』
二人の言い合いを見つめながら、美香は笑っていた。武彦が本当に自分に影響されたのかは解らないままだったが、美香は何となく、武彦の言葉が全て嘘とも思えずにいた。
FIN
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いつもご依頼有難う御座います、白神 怜司です。
納品がギリギリになってしまい、申し訳ありません。
せっかくですので、具現化が可能になった美香さんの
活躍を書かせて頂きました。
今進んでいる異界よりも更に時系列的には後のお話ですが、
ここに至るまでの部分を異界でも反映させられればと
思っております。
気に入って頂ければ幸いです。
では、異界の方も追って納品させて頂きますので、
宜しくお願い致します。
白神 怜司
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