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まだらイグニッション! そのはち。
薄く笑うウテナに、決断を迫られている。
ウテナの中に存在している次のステージへの、ゲームクリアへの鍵を選ぶか。
それとも、ウテナを破壊せずにいるか……。
エミリア・ジェンドリンはウテナを凝視していた。
ここは宇宙を模した空間だった。手の届かない星の光に溢れた、場違いな――空間。
*
奇跡は起こるものだと思っていたのはほんの少し前だった。
けれどもその奇跡の代償のように、今度はウテナが残酷な提示をしてきている。
ウテナに異変があったのは確かで。
たしか、で。
エミリアは少しだけ顔を俯かせる。
足元には星の瞬きがちらちらと見えるだけの暗い空間。
幻想的な光景だとは思うが、それだけだ。
(ウテナを使わないとゲームクリアできないだろうし)
思う。
(ウテナを選べば、あたしはおそらくこのまま、出られなくなる……)
思う。
決断をするための二択を。
天秤にかけられたその二つは、エミリアの心の中でかたかたと小さく揺れ、左右のどちらかに動くか決めかねている。
エミリアは瞼を閉じる。そして一つ、呼吸。
顔をあげて、ウテナを見た。
「ねえウテナ」
「はい」
選んだか、とでもいうようにウテナは笑みを深くする。
「どっちか選べっていっても、この選択、厳しいと思うのよね」
「そうですか?」
「進退極まりないけど、あたしはやっぱり犠牲にしないわ」
「犠牲?」
ウテナはそこで初めて、不思議な言葉を聞いたかのようだった。
「そう、犠牲」
頷くエミリアに、ウテナは怪訝そうにする。
「空回りして失敗したり、ほかのやつにも馬鹿にされたけどさ……それでも捨てるには大きすぎるし」
「?」
「探せばほかにもやりようはあるかもしれないから」
「…………」
エミリアが紡いでいく言葉にウテナが無表情になる。
「このまま、納得したくない」
「納得?」
声に尖りがみえる。ウテナのそれに、エミリアは微かに笑う。
「生きてるってこと感じられたなら、もっと色々なものをみせてその素晴らしさを感じて欲しいし、そんなやつと一緒に歩めるのも素晴らしいじゃない」
それだけ情が移ったということだ。
エミリアの真っ直ぐな視線を受けていたウテナはぼんやりとした瞳になり、空を見上げる。
「そうですか」
感想は、それだけだった。
まるで元のウテナに戻ったかのようだった。
なんの感情も浮かばない視線を向けられ、エミリアはそれでも怯まない。
「あたしはね、訊きたい」
「…………」
「なんの為にゲームを停止させてサバイバルゲームのお膳立てをして、参加した連中を巻き込んだのかも問い質したいもの」
「…………」
「高見の見物してるやつがいるのに、このままゲームクリアってわけにもいかないでしょ」
少しいたずらっぽく笑うエミリアは、きっと、ウテナが感情があるならば笑って返してくれると思っていた。
けれどそんなこともなく、ウテナは表情を崩さない。
「選択は決定されました」
ウテナは短く言う。エミリアの決意などどうでもいいように、空に向けて。
「エミリアは鍵を選ばない。エミリアのターンは終了しました」
「それ、いつまでやるの?」
思わずツッコミを入れるが、ウテナは反応しない。
天空に雷鳴がとどろき、一閃の光が駆け抜けた。エミリアは驚いてそれを眺めていたが、視線を元の高さに戻してぎょっとする。
ウテナの衣服が変わっていた。
漆黒に染まったその衣服に、ウテナはエミリアを指差す。
「ウテナのターンです」
「え?」
ウテナの背後に男性体のウテナが現れる。そして薄く笑った。白い衣服の彼は、命じられるのを待っているかのように、立っている。
「ウテナ?」
名を呼ぶエミリアのことなど、まるで、見知らぬ人物のような瞳で。
「攻撃。エミリアの存在を、『逆転』」
*
ぽつ、ぽつ。
ぽつ、ぽつ。
赤い点が。
赤い点が。
空中に散乱している。
これはなに?
星、じゃない。
さっきの空間じゃない。
薄灰の空間。なにもないそこに、ただ広がるそこに、散らばる『点々』。
私はだれ?
私はなに?
ここはどこ?
ここはいつ?
記憶が。
きえる。
*
「決まった」
「決まった」
「選択はされた」
「選択はされた」
盤上にあるたった一つの駒を、片方の人物がことん、と倒す。
くくっ、と室内に笑いが洩れた。
部屋にはドアがない。窓もない。
そこに。
すぅ、と現れたのはウテナだ。プレイヤーとして命令を書き加えられた『ウテナ』。
背後にはカードの機能を残したウテナもいる。どちらも本物。だが、エミリアと一緒にいた『ウテナ』は分裂させられ、本体から切り離された一部分である。
カードのウテナがじゃらん、と鎖の音をさせて消える。それを横目で見遣り、残ったウテナのほうが口を開いた。
「力が足りない」
そのために。
「エミリアを完全には消せなかった」
「そう」
二人は応じる。
白と黒の子供が応じる。その姿は……。
「だけど存在を否定されたわけだから、ある程度は動けない」
「そう。だってここはこの世界は我々の世界」
エミリアの様々なデータが室内を文字として飛び交う。眺めていた二人はウテナを見遣る。
「元の主を攻撃してどうだった?」
同時の声は、重なっていてもまったく不快にはならないものだ。
けれどもウテナは表情がないまま、答える。
「どうとも」
なんとも。
プレイヤーに転じた。それはウテナの能力があってこそだ。
ウテナにはそれでも感情は発生しなかった。
エミリアにみせていた姿はかりそめのもの。すべてここにいる二人の演出だ。
笑顔も。その動作も。口調も。
ウテナは舞台に立つ、意志のない役者。主役を演じる者たちをいかにも助けるように動いていて、実は違う。
彼らカードはここにいる二人の手足となって働く駒。
いつの間にか盤上には山ほど駒が存在していた。それらの形はすべて人の形をしている。
すべてこのゲームをプレイした『プレイヤー』たちだ。
「もしも」
一人が囁く。
「ウテナを選ばず、鍵を選んでいれば」
もう片方が笑う。
「そうすればここに来れたのに」
佇むウテナはなんの反応もしない。
カードには感情はない。そのようにプログラムがされていないからだ。
成長するカード? そんなものはない。奇跡など、ない。
けれども。
ウテナは一歩、一歩と二人に近づいていく。
二人は盤上の駒に夢中だ。
この二人がここで何をしていたのか、ウテナは、カードたちは知っている。
彼らはこのゲームの『基盤』だ。
つまりは、『神』として設定された存在である。『プレイヤー』たちの意志を汲み、その願いをきき、時には裁く存在。
ゲームの絶対者。
作り上げた人間たちは知らないだろう。
彼ら一対の存在がまさか意見が一致したというだけで手を組み、ここまでこのゲームを支配したなど。
だから。
人間に近い感情など不要なのだ。
あってはならないのだ。
存在など、主張するだけ無駄。
あるだけ、邪魔。
必死に、懸命に、ウテナと共にあることを望んだエミリア。ふつうなら、なんらかの反応が起こってもおかしくない。奇跡というものが存在するならば。
だがここは。このゲームの世界には奇跡なんてない。
非情な現実しかない。
そのように設定された。そして『神』もまた、そのように作られた。
近づいてきていたウテナに二人は気づく。
感情をプログラムされた『神』。
「どうした?」
重なる声。
その声を聞きながら、ウテナはちろ、と近くの神を見遣った。そして唐突に神を掴みあげる。
最弱のカードとして、開発者たちが楽しんで作ったウテナ。作られたウテナ。
「な、なにをす、る!?」
「そうだ! ウテナ!?」
慌てる残る片方と、掴んでいる神。ばたばたと足を動かす一方を、ウテナは無理やりのど元に手を遣って静かに言う。
「感情は不要なのです」
「は?」
驚きの声とともに、にぶい音が、した。
神をぼとりとウテナが落とす。
残った神は、現状が理解できずに、いや、したくないのか、震えながら「はあ?」と洩らしている。
「ど、どうしたウテナ? なにをしている?」
「元に戻してください」
それは願いではない。
願いのような声ではなかった。ウテナはただ、命令に、プログラムに従って動いている。
ゆら、ゆら。
ゆらめきながら歩くウテナは、残った神に近づいて覗き込んだ。
瞬きすらしない、その瞳。
エミリアは気づいていただろうか? ウテナが『わざと』呼吸をし、瞼を動かし、いかにも人間のように振舞っていたかを。
ここは架空の世界。そして彼らは肉体のない、架空の存在。
「ぐっ、あ」
喉を掴み、持ち上げる。もがく神に、ウテナはまったく動じた様子はない。
カードに戻せ。
いらない機能など、不要。
そして。
「茶番はもういい」
静かにウテナは言う。
存分に遊んだだろう? 子供のように遊んだだろう? このゲームを、嘆いたから。
最後のステージに辿り着けないように仕組まれた罠。だから躍起になってしまうプレイヤーたち。
悲しさに。
辛さに。
そのことに胸を痛めた神たちは。
支配したこの世界から人間たちを締め出し、参加したプレイヤーたちで『遊んだ』。
無邪気に。
残酷に。
「あ、が、は、」
ぎりぎりと締め上げられる喉。ひゅうひゅうと音がするのは錯覚だ。
架空の存在に呼吸器などない。息などしていない。していると錯覚している。なぜなら。
この神たちは人間たちに近いように作られた。
にぶい音がして、ウテナは神を放り捨てた。
ごとん、と人形のように床に転がるもう一人の神。
動かない神は気づいていないだけだ。彼らもまた、作られた架空の存在。『死ぬ』というのは今の行為では有効ではないことに。
あまりにも感覚が人間に近づきすぎていたために、今のウテナの行動で、『殺された』と思い込んだだけだ。
ばかな。
愚かな。
「神よ」
ウテナは背後に現れたカードのウテナを振り返る。プレイヤーとならねばできなかった行為だった。
辿り着いたプレイヤーはここで神を殺す。そのように組み込まれた、エンディング。
ウテナはそれをしただけだ。たった一人残ったプレイヤー。そして、いるべきもないプレイヤー。
カードのウテナが手を伸ばす。プレイヤーのウテナも同じように、まるで鏡のように手を合わせる。
元の状態のカードに戻ったウテナは元の衣装で、呟く。
「ドアを」
声に応じるように、部屋に両開きのドアが出現する。その扉が開いた。
そこに立っていたのは……エミリアだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【8001/エミリア・ジェンドリン(エミリア・ジェンドリン)/女/19/アウトサイダー】
NPC
【ウテナ(うてな)/無性別/?/電脳ゲーム「CR」の能力カード】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、ジェンドリン様。ライターのともやいずみです。
いよいよ残すところあと一回となりました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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