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<東京怪談・PCゲームノベル>


Another One
 千影・ー (ちかげ・ー)が古書肆淡雪で目にしたのは、肩まで黒髪を伸ばした女性。すらりと伸びた手足といい、恐らく二十歳くらいだろう。
 彼女の瞳は千影と同じく緑色をしている。
 しかし――。
 彼女の瞳は千影と違い、輝きが無かった。
 全く感情の読み取れない無表情。
 そして千影の背には黒の翼があるが、彼女のものは――。
「……っ!?」
 千影でさえも息を呑む、痛々しささえ感じさせる造形。
 彼女の翼は白骨が露わになっており、所どころ黒の羽根が名残惜しげに貼り付いている。
 まるで幽鬼の如き姿。
 そして彼女がこちらを見た。
 ただ、虚ろな緑の瞳だけをむけて。
「アナタ……」
 千影が声をかけようとした直後、女性は古書店から出て、そのまま夜空の下へと飛び立った。
 ――白骨化した翼で。
 
 今、千影の視線の先には赤い鉄塔がある。
 半世紀以上にわたってこの地にあり、東京のシンボルとして在り続けてきた。
 千影は夜風に髪を流しながら鉄塔を見上げる。恐らくあの女性はこの鉄塔の天辺に居るはずだ。古書店店主の話によれば、彼女は千影と縁深い場所に居るはずなのだから。
 背の小さな翼を羽ばたかせ、彼女は鉄塔に沿い上昇する。鋭く夜闇を切り裂き佇む赤の頂上へ。
 本来なら誰も訪れる事が出来ない頂点には、予想通りの人物が居た。
 肩までの黒髪に、緑の瞳。そして白骨化した翼を持つ大人の女性。
 宙に浮いたまま、彼女は千影の姿を見るなり問いを発する。
「なぜ貴様は、心を……己を得ている!」
 彼女の言葉には憎悪の響きがあった。
 千影、いや、千影や「彼女」はZodiac Beastと呼ばれる存在。
 本来自我無く育てられるはずのモノだ。
 そんな中では千影は規格外の存在だった。
 自我を保ち育てられた彼女は、自由に、そして奔放に過ごしてきた。それにより彼女は様々な感情を、心を得たのだ。
 目前の女性も恐らく千影と同じくZodiac Beastだろう。
 だが、目前の女性にも心が存在する。恐らく彼女もある意味で規格外のハズだ。
 ただし、彼女の心は千影のものとは違う。負の感情――それも憎悪しか無い。
「チカの心は、ご主人様と一緒に暮らす事で身につけたものよ」
「下らない!」
 千影の答えを女性は一笑に伏す。
「なんと下らない答えだ。こんなモノが私と同じ存在などとは吐き気がする」
「でも、アナタも心を持ってるでしょ?」
 Zodiac Beastとして育てられた以上は、何らかの形で自身の心に幾重にも重ねられた鎖を断ち切らない限り、心を得る事はありえない。
 そもそもが、まずは「心」という概念を持つ事が無い。
 だが彼女はそれを何らかの形で知り、そして自身を拘束する鎖を断ち切ったのだ。
 その為にはどれだけの代償が必要となったのだろう。
 ――代償。
 言葉を思いついた瞬間、千影は「それ」を思い出す。
 Zodiac Beastが自我を得る為、存在する禁忌の業の存在を。
 千影の表情が普段の愛らしいものから険しさをもったものへと変わる。
「アナタ……自分のご主人様を、食べたね……」
 そもそもその業は普通ならば知る事無く生を終えるものだ。どうやって目前の「彼女」はそれを知ったのだろう? その知識を得る為にも多大な犠牲を払っている事は想像に難くない。
 千影の問いかけに目前の女性――もう1人の千影が口の端へと酷薄な笑みを浮かべた。
「それがどうした? 貴様のような温い手段ではなく、私の自我は勝ち取る事で得たものだ。貴様のぬるさには反吐が出る。甘い感傷で生きる貴様も、貴様の腑抜た主も腹立たしい……貴様らを始末する為に私は次元を歪めここに来た」
 淡々とした言葉。にも関わらず言葉の裏には薄暗いモノが潜んでいる。それがはっきりと分かった。
「だからそんなに強い力があるの? でもチカ負けないよ」
 千影は連れていた黒色の長耳兎を長杖へと変化させ構えた。
 隙無くアナザーワンへとその先端を突きつける。同時にアナザーワンもまた自身の掌から凶々しい気配を纏わせた杖を出現させる。
 もしかしたら、彼女は弟分すらも喰らったのかもしれない。
「チカがここで負けたらアナタはチカになり替わる……あの人の所には行かせない」
「貴様ごとき弱い存在が、たった1人でこの私に勝てると思うのか?」
「チカは1人じゃないもん!」
 嘲う彼女にむけて千影が魔長杖を振りかぶる。
 アナザーワンと接触した瞬間の事だった。
 そこから、夜闇を切り裂く閃光が走った。
 光は球状となり2人の千影を呑み込み、更にその範囲を広めていく。
 赤の鉄塔も、その下に群がっていた住居も全てを舐め尽くし、光は全てを溶かしていく――。

「……さん、お嬢さん、起きてくれるかな」
「……にゃ……」
 低めの声に千影が目を擦り身を起こすと、もっふり柔らかな毛布の感触。
 そして彼女をじっと見つめる眼鏡の男性の姿。
「折角ぐっすり眠っている所を起こして悪いね。ただ、もう閉店時間なんだ」
 状況を把握しきれないままに千影は周囲を見渡す。漂う古本の臭いと、周囲を埋め尽くす本の山にここが古書店だという事に気づく。
 どうやら古書店内に置かれたテーブルで本を読んでいるうちに眠ってしまったらしい。毛布は古書店店主が風邪をひかないようにとかけておいてくれたもののようだ。
 ――何か嫌な夢を見た気がする。その為か千影の寝起きはあまり良くなかった。
 コトン、と小さな音をたて、冷たい緑茶の入った湯飲みが置かれた。
「よかったらどうぞ……それにしても随分長い事眠っていたみたいだけれど、疲れてでもいるのかな?」
「そうじゃないけど……でもやな夢を見た気がするの」
 千影は記憶をたぐるがおぼろげな形しか思い出せずどうにももやもやする。
 何か、大切な事だった気がするのだが――。
「……そろそろ帰るね」
「ああ、今日はもう夜遅いし、家に帰ってゆっくり休むといい。何か気になる本があるならば、また時間がある時に遊びにおいで」
 古書店店主、仁科・雪久に見送られ、千影は立ち上がろうとし、テーブルの上にその本が置かれている事に気づいた。
「これ……」
 それを確かめた千影の表情が曇る。
「多分君が眠る前に読んでいた本、じゃないかな?」
 雪久はそう告げたものの、テーブルの上に置かれたその本のタイトルは――。
「別次元の自分」
 タイトルを見た瞬間に、何かが心にひっかかった。
 もしも、自分の主人が今の方でなかったなら。ごく普通の「Zodiac Beast」として育てられていたら。一体どんな生き方をしていただろう?
 一瞬過ぎったガラにもない考えを振り切ると、千影は古書店を後にしたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3689 / 千影・ー (ちかげ・ー) / 女性 / 14歳 / Zodiac Beast

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■         ライター通信          ■
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 初めまして。ライターの小倉澄知と申します。
 色々悩んだのですがこのような結末となりました。
 ちなみに猫バージョンで物語を進めようかとちょっぴり悩んだのは秘密です。
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。