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【SOl】タマムシイロ
東京某所の歓楽街。
それを見つめる、一人の男がいた。
「こんな街は」
こういった街に、人が抱く感情は千差万別である。
ある者はその華やかな表側に夢を見、
またある者はその裏にある語られぬ現実を思う。
ある者はこれも需要と供給の結果と冷たく割り切り、
またある者はそれでも「それ以上の何か」を求める。
「こんな街は」
だが、この男の抱く感情は、そのどれでもなかった。
男は「虚無の境界」の能力者であった。
この汚れきった世界を破壊し、新たなる理想の世界を打ち立てる。
そんな理想に酔っている男の目に映った、この街の姿は。
彼が嫌い、憎み、倒そうとしている、「汚れ」の象徴に他ならなかった。
「こんな街は……もう、滅ぼせ!」
〜〜〜〜〜
「…………?」
不意に店の中が慌ただしくなったのを感じて、深沢美香(ふかざわ・みか)はふと顔を上げた。
誰かが来店したとか、そういった類の慌ただしさではなく……何か、パニックに近い様子なのは気のせいだろうか?
不安に思って、誰かに様子を聞きに行こうとしたその時。
血相を変えて飛び込んできた同僚の口から、信じられないような言葉が飛び出した。
「表で変なヤツと化け物が暴れてる! このままじゃここも危ないかも!」
いくら怪奇現象に慣れており、またそういった方面の知り合いも多いと言っても、美香本人はそういった脅威に対処する術を何ら持ち合わせてはいない。
したがって、今の彼女にできることと言えば……とりあえず、ここから避難することだけであった。
話を聞く限り、状況はだいぶ差し迫っている可能性が高い。
現に、彼女に異変を教えてくれた同僚は、それだけ伝えると「自分の義務は果たした」とでも言うかのように、すぐに逃げていってしまっていた。
となれば、悠長に着替えている暇があるとは思えず……店の制服であるバニーガール姿で表に出るのに抵抗がないわけではないが、この際そんなことは言っていられない。
着の身着のまま、美香は大慌てで店を飛び出した。
〜〜〜〜〜
通りの中央では、一人の黒服の男が鉄笛を奏でていた。
その旋律に合わせ、男を中心に無数の悪霊が渦巻き、一部はポルターガイストを引き起こす。
風が渦巻き、物が飛び、窓ガラスが割れ、壁に亀裂が入る。
さらに、その男の両脇には、明らかにそれとわかる「人ならざるもの」が控えていた。
無謀にも、何処かの店の用心棒とおぼしき男が、その笛の音を止めようと向かっていく。
だが、当然のように脇に控えていた「何者か」が、その男の行く手を阻み。
手にしていた「何か」で、男の側頭部を思い切り殴りつけた。
気を失ったのか、それとも死んだのか、男は倒れたままぴくりとも動かない。
その様子に、さらに辺りのパニックはひどくなり……。
美香が店から出てきたのは、ちょうどそんなときだった。
表にいた人々はすでにだいぶ離れたところまで逃げ去っており、その中でただ一人「動くもの」となった美香は、嫌でも目立ってしまう。
何が起こっているのかを把握しようとして、辺りを見回した時……運悪く、鉄笛の男と目が合った。
その氷のような視線に、背筋を冷たいものが走る。
理屈ではなく本能がはっきりと伝えている――目の前の男は危険だと。
すぐにその場から離れようと、美香は懸命に走った。
だが。
「……っ!!」
着替えずに逃げてきた判断の是非はともかく、ヒールのまま逃げてきたのは間違いだった。
無情にも片方のヒールが折れ、バランスを崩してその場に倒れる。
どうにか起き上がり、懸命に逃れようとしたが、倒れた際に足首を痛めたらしく、とても満足に走ることはできなかった。
「娘よ」
背後から聞こえたその声に、おそるおそる振り向くと。
いつの間に追いついてきたのか、先ほどの男たちは美香のすぐ後ろにいた。
「案ずることはない。
汝はこの汚れた世界より解き放たれ、やがて来る楽園に再び生を受けるのだから」
冷たい笑みを浮かべたまま、男がそう口にする。
それに応えるかのように、左側にいた「何者か」が、その腕を振り上げ――――。
美香は、思わず目をつぶった。
〜〜〜〜〜
訪れた衝撃は、しかし、想像とは全く違った種類のものだった。
間一髪で誰かに突き飛ばされ、そのおかげで一命を取り留めた。
そのことを美香が理解するまでには、少し時間が必要だった。
「大丈夫か!?」
鉄笛の男たちを牽制しつつ、その「誰か」がそう叫ぶ。
礼を言おうと、美香は改めてその「誰か」の横顔を見て。
それが、見覚えのある人物であることに気付いた。
「あ、は、はい……って、鷺沼さん!?」
「SOl」副長官、鷺沼譲次。
どういう経緯で副長官の彼が真っ先に駆けつけてきたのかは不明だが、何にしても「地獄で仏」とはこのことである。
「何で俺を……って、誰かと思ったら美香ちゃんか。
お互い、あんまり会いたくないところで会っちまったな」
少しばつが悪そうに笑う鷺沼。
そんな彼に、鉄笛の男がこんなことを口にした。
「汚れきったこの世界……そしてこの街はその象徴。
故に、浄化せねばならない……なぜ、理解しようとしない?」
その言葉に、鷺沼は一瞬たりとも悩むことなくこう言い返す。
「っざけんな!
男が女に惹かれるのは自然の摂理、夜の街は男の夢なんだよ!」
……理解があるのはいいのだが、そこまで言いきるのはどうなのだろうか?
美香でさえ少し戸惑ってしまうその返事に、鉄笛の男はなおも続けた。
「そんな……そんな汚らわしいものを、夢と呼ぶのか?」
「ああ、呼ぶね!
必死こいて生きてるヤツには夢を見る資格がある、
そしてその夢を見せることで必死に生きてるヤツもいる!
それを『汚らわしい』の一言で切って捨てようなんて、お前は一体何様のつもりだ!?」
そのセリフが、はたして後ろの美香を意識したものだったのか、そうでないのか。
きっと「そうではない」だろう、と美香は思った。
だって、美香を意識していたとすれば、きっと鷺沼は「あえて言わなかった」だろうから。
ともあれ。
「なるほど……我らが理想とは相容れぬ、か」
これ以上の問答は無用と悟ってか、鉄笛の男が戦闘態勢をとる。
「もう少し時間稼ぎたかったんだけどな。
民間人は素早く避難を……と思ったんだが、逃がしてくれっかね」
鷺沼も苦笑しながら、ポケットから……何も取り出さず、小さく肩をすくめた。
「俺が戦ってなんとかできりゃよかったんだが、あいにく今日は非番で、手元にロクな装備がない」
……ヒーローの仕事で来てくれていたのではなく、ただ単に遊びにきていて「たまたま巻き込まれた」だけだったのか?
だとしたら――一時は助かったかと思ったが、再び絶体絶命のピンチに逆戻りである。
「殺れ」
男の合図で、左右の「化け物」が同時に腕を振り上げ。
――振り上げられた腕は、振り下ろされることなく揃って宙を舞った。
「……副長、ご無事で」
二人の前に現れたのは、右手に日本刀、左手に三日月刀を持った黒髪のNINJAだった。
彼が「化け物」の腕をまとめて斬り飛ばしたことは言うまでもない。
「野辺か! いいところに来てくれた!!」
鷺沼の言葉に、野辺と呼ばれた男は一度だけ小さく頷く。
それに続いて、今度は背後から別の聞き覚えのある声がした。
「副長……こんなところで何やってたんですか?」
振り向くと、怒り笑いを浮かべたMINAの姿があった。
「わざわざヤマネコさんとお休みの日入れ替えてまで、何してるかと思ったら……」
問いつめようとするMINAに、鷺沼は美香を指してこう言った。
「そんなことよりMINA、民間人の退避だ。この子を安全なところまで運んでくれ」
「はいはい、わかりました……って、美香さん?」
まさか目の前のバニーガールが美香だとは思わなかったのか、MINAが驚いたような顔をする。
「驚くのは後だ! 野辺が食い止めてる間に早く!」
「あ、は、はいっ!」
鷺沼に急かされて、MINAは大慌てで美香を抱え上げると、いわゆる「お姫様抱っこ」のような体勢でその場から離脱しようとした。
しかし、敵もそうやすやすと逃がしてはくれない。
再び鉄笛の音が響き、呼び起こされた悪霊たちが二人の方にも向かってくる。
「み、MINAさんっ!」
慌てる美香に、MINAは自信満々の笑みを浮かべた。
「大丈夫です! こんなときこそ新兵器の出番です!」
そう言うと、彼女は腰のあたりにぶら下げてあったボールのようなものを一つ手にとる。
そして、刺さっていたピンのようなものを引き抜くと、ロクに振り向きもせずに後ろに向かって放り投げた。
すると、次の瞬間。
そのボールが暖かな光とともに弾け、追いかけてきていた悪霊たちをまとめてかき消した。
「今のは一体……?」
得意げな顔をするMINAに、美香はそう尋ねてみた。
「一定範囲の悪霊だけを選択的に除霊し、それ以外の存在には全く無害な光を放つ。
新兵器『ホーリー・クラッカー』……だそうです。
この前はこれのせいで行けなかったんですが、その甲斐はあったみたいですね」
〜〜〜〜〜
ともあれ。
そんなこんなで、結構な被害は出たものの、歓楽街襲撃犯は無事に捕縛された。
野辺が取り巻きを切り捨て、鉄笛の男と一騎討ちをして注意を引いているところを、味方から装備を受け取った鷺沼がキャプチャービームで捕獲したのだという。
かくして事件は解決したのだが、美香にはもう一つ別の問題が残っていた。
「こういう仕事」が、他の人間からどう見られるか。
人によって程度の差はあるが、基本的に決していい顔はされないことを、美香はもちろん知っていた。
だからこそ、MINAたちには知らせたくなかったのだが……まさか、こんな形で知られることになってしまうとは。
「MINAさん……すみません。今まで黙っていて」
深々と頭を下げる美香。
しかし、帰ってきたのは予想外の返事だった。
「何がですか?」
顔を上げると、きょとんとした顔のMINAと目が合った。
「何が、って……その、仕事のこととか」
「あー……確かに驚きましたけど、それでどうして謝るんですか?」
一切気にしていない様子のMINAに、逆に戸惑ってしまう美香。
「だから……今まで、話してなくて」
そんな美香に、MINAはにっこりと笑ってみせた。
「それは、あたしも特に聞いてませんでしたし。
それに、別に仕事がどうであろうと、美香さんは美香さんですよ」
何を言われても仕方ないと思っていた。
だからこそ、何も言わず受け入れてくれたことが、嬉しかった。
と。
「全くだぜ。美香ちゃんがいるとわかってたら、絶対店行ったのに……って痛ててててっ!!」
いつの間に現れたのか、冗談めかしてそんなことを言いだした鷺沼に、MINAが再び怒り笑いを浮かべる。
「副長……そういえば、さっきの話がまだ途中でしたよね〜?」
「わかった、わかったから耳を引っ張るなMINAっ!!」
そこへ、「いかにも」な格好をしたキャバ嬢らしき女が駆け寄ってきた。
「ジョーさん!」
その声に、鷺沼があっけに取られるMINAを振り払って向き直る。
「おう。無事だったか?」
「ジョーさん」というのは、「譲次」から来た呼び名だろうか。
怪訝そうな顔をする美香に、女は一瞬鋭い視線を向け……いきなり、鷺沼の腕をとった。
「ええ。でも、せっかく私の誕生日のお祝いに来てくれたのに、こんなことになっちゃってごめんなさい」
「なに、手柄を立てられてこっちも儲け物さ。俺のかっこいい活躍を見せられなかったのは残念だけどな」
どうやら、鷺沼は彼女の常連客らしい。
それで、彼女はこんな服装をしている美香のことを「商売敵」と誤解したのだろう。
「それは私も残念だけど、ジョーさんがかっこいいのは『いつも』じゃない?」
「おっ! 嬉しいこと言ってくれるねぇ!」
そんなことを話しながら、連れ立って歩いていく鷺沼とキャバ嬢。
その後ろ姿を見送りながら、MINAはぼそりと一言こう吐き捨てたのだった。
「……あのエロオヤジ」
実のところ、MINAたちがこれだけ素早く動けたのは鷺沼のおかげであった。
事前に「虚無の境界」が何か仕掛けてくる可能性があることを察知した彼が、副長補佐の山脇に「出動態勢を整えておくように」と指示してあったからなのだが……当然、その指示があったことは伏せられており、MINAたちには「山脇の英断」ととられていることは言うまでもない。
〜〜〜〜〜
その後。
一応現場検証やら何やらが行われ、街がもとに戻るには数日を要した。
逆に言えば、わずか数日で「ほぼ」被害から復旧した、ということでもある。
それは、この街の秘める生命力と、それを支える「変わることのない需要」があることを饒舌に物語っていた。
仕事がその人物を構成する主要な要素の一つであることは疑いようがない。
だからこそ、多くの人が「その職業を見て」その人物を判断する。
そして、こういった街で働く者に、人が抱く感情は千差万別である。
ある者はその華やかな表側に惹かれ、
またある者はその裏にある語られぬ現実に同情する。
ある者はこれも需要があるが故のことと冷たく割り切り、
またある者はそれでも「それ以上の何か」を期待し続ける。
だが、あの時美香に向けられた笑顔は、そのどれでもなかった。
「仕事がどうであろうと、美香さんは美香さんですよ」
見るものによって色を変える、玉虫色のフィルター。
それを通してなお、そんなものなど存在しないかのように、ありのままを見つめてくれた。
とんだ災難だったが、それでも、いいこともあった。
そんなことを思いながら、美香はあの日以来の仕事に向かったのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6855 / 深沢・美香 / 女性 / 20 / ソープ嬢
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■ ライター通信 ■
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西東慶三です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
さて、今回のノベルですが、こんな感じでいかがでしたでしょうか。
場所柄のこともあって鷺沼、未登場キャラ枠で野辺。
そしてメインの「知り合いと出会う」という部分でMINAを出してみました。
ちなみに、「SOl」は窓際機関なので、実はそんなに人数は多くありません。
「東京本部」で所属がせいぜい二十人弱、「支部」の建設予定は永遠に未定な感じです。
それでは、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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