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<東京怪談ノベル(シングル)>


 手を繋ごう 






「特殊銃火器武装部隊、第一中隊隊長及び特殊銃火器武装部隊主任、工藤主任」背後から突如声をかけられる。
「よしてくれませんか。その長い呼び名は私には不釣合いな程に堅苦しい」笑う様に振り返る。「ディテクター」
「実験動物の経過はどうか、報告書を提出する様にとの上層部の指示です」
「ははは…、実験動物ですか…」困った様に笑う。「元気ですよ。ただ、私の言葉に返事もせず、部屋の隅からじっとこっちを窺っているので、接し方には困りますが…」
「俺はそんな事に興味はない。用向きは伝えた。上層部を怒らせると面倒だぞ」カツカツと踵を踏み鳴らしながら、ディテクターと呼ばれる男は歩いて行った。
 相変わらず不気味な雰囲気を持った男だ。私は溜息混じりに自分のデスクへと戻って行く。IO2エージェント最強の男。彼の素性を知る者は我々の様な末端の兵には知らされる事はない。何処か不思議な男で、いつも煙草の臭いを身に纏っている。

 私は自分のデスクに戻り、パソコンを起動させた。デスクトップ左に位置するアイコンの群れから、『経過観察報告書』と書かれたファイルを開く。
 “工藤 勇太”。それが、ディテクターが実験動物と称した私の甥っ子。本当の事を言えば、私はこの作戦に参加するべきではなかった。何故なら、私は最初知らなかったのだ。私自身に、まだ“家族”がいるとは。ついデスクに座って天井へと顔を向け、考え込む。





――。





「今回の実験施設は今までに類を見ない規模と資金で人体実験を行っていると思われる。よって、特殊銃火器武装部隊の諸君には武力制圧を以って、これを制圧する!」
 主任として全銃火器武装部隊集会で私はそう叫び、声を荒げた。
「ご苦労、主任」
「ハッ!」私に一声かけた若いエリート。不本意でも我々は立場が上の者に服従しなくてはならない。
「尚、今回の作戦には工藤主任“以外”の者に参加をしてもらいます」男の言葉に会場内は騒然とする。
「…っ!? どういう事ですか?」
「工藤主任の血縁者が施設にいるとの情報が入っています。工藤主任の甥っ子になるそうですが…、事実関係は取れていないのですか?」
「…っ! …確かに私には兄がいましたが、今は連絡も取れず、消息を絶っていますが、それと私は…っ!」
「そのお兄さんの子供だと有力視されている子供がいるんですよ」男がそう言い放つ。「その事については後程、召喚尋問がかけられるでしょう。では諸君、予定通り明日の決行に備え、今日はゆっくり休んで下さい」
 男の一礼と共に、部下達が何かを言いたげな表情をしながら会場を後にしていく。無理もない。ここで私を行かせてあげてくれとでも言おうものなら、自分の首を切ってくれと差し出す様な物。IO2はその秘密主義のシステムによって、その秘密を守れない可能性のある者、言わば反乱分子を切って捨てる。合理的且つ徹底された管理が根付いているのだ。私は思わず歯を食い縛った。
「工藤主任、二時間後に第三会議室へ来て下さいね」若いエリートの男が嘲笑うかの様に肩を叩く。
「…はい…〜っ」

 二時間後、私は言われた通りに第三会議室の前へと足を進めていた。特殊銃火器武装部隊のメンバーは上層部の目が届かない所では私の肩を持ってくれたが、私の憤りは収まる事はなかった。
「失礼します」暗く重い空気に包まれた室内へ私は通された。
 ここは通称、尋問部屋。第三会議室とは名ばかりの、罪を犯した隊員を裁く為に呼び出す部屋。呼ばれる事はあるまいと思っていた私が、この場所へと呼び出された。
「特殊銃火器武装部隊、第一中隊隊長及び特殊銃火器武装部隊主任、工藤。キミがここへ呼ばれた理由は他でもない。キミの兄の件だ」先程の壇上での男が再び私の前に立っていた。「我々は社会の体裁などは気にしないが、キミの兄がこの人体実験を行っている組織と関係を持っているのではないかと危惧している」
「…どういう…事ですか…!」ギリっと拳を握り締めた。
「キミの兄をこの施設で見たという目撃情報もあがっているのだよ。キミの近親者なら、キミもこの組織と関係があるのではないか?」嘲笑う様に私に向かって言い捨てる。「だからこそ、我々はキミをこの任務から…――」
「―疑うというなら構わない!」私は立ち上がり、辞表を叩き付けた。「私に甥がいるのなら、私が救ってみせる! もしもそれが気に入らないと言うなら、これをこの場で受理し、私を追い出してみせるがいい!」
 私の言葉にしばしの沈黙が流れた。男は驚き、言葉にならない様な顔をして私を見ていた。
「好きにさせてやれば良い」不意に背後から声をかけられた。
 気配もなく暗闇の中に座っていた男が煙草に火を点け、天井へと紫煙を吐き出した。
「ディテクター、キミまで何を…」
「ディテクター?」その名に私は覚えがあった。若くしてIO2最強のエージェントとして名を知らしめた男の呼び名。極度のスモーカーで、人との関わりを気嫌うと言われる謎の男。
「下手な真似をして、事件を闇に葬ると言うつもりならその場で俺が撃ち抜いてやる」サングラス越しに冷たい殺気を感じる。「好きにやらせてやれば良い」
「しかし…っ!」
「どうせこの男はここを辞めてでも行くだろうよ」
「…っ! あぁ…」
「…〜〜っ! 解りました…。ディテクター、キミの措置に任せよう…」
 ディテクターが部屋を後にし、私はディテクターを追った。一言、挨拶を言うつもりだった。
「有難う御座いました、ディテクター」
「礼を言われる事はしていない。下手な真似をすれば俺がお前を撃つ。それだけだ」






 ―これが、ディテクターと初めて会った日の事だった。あの時から不意に姿を見せては何かを言って彼は私の前から姿を消す。理解するには至らないが、彼なりに私を気に入ってくれているのかもしれない。




 勇太は酷い状態で発見された。身体は痩せ細り、注射のせいか傷だらけにされた腕と、身体に点々と広がる痣の数々。後の検査によると、薬物投与によって瞳が緑に変色し、信じられない事かもしれないが、性的虐待の実態が判明した。私が勇太に触れる度に極端に身体を強張らせる理由は、性的虐待によるものだそうだ。




 ―私は、勇太を助けたい。それは、兄という存在に振り回される私と同じ様な苦しみを、あの子にまで味あわせたくないからだ…。






 あくる日、私はやっと休暇を取り、勇太を連れて遊園地へと遊びに向かった。が、勇太はどうやら全然楽しくないらしい。私は勇太を楽しませようと必死に色々な場所へと連れて歩いた。そんな折、穏やかだった天気が一変し、強風が吹き始め、観覧車が止まってしまった。
「乗り込む前で良かったな」私が勇太にそう言った瞬間、再び突風が襲い掛かった。
 その瞬間、止まっていた観覧車が強風に煽られ、子供が外へ放り出されてしまった。落ちる寸前の所で何とか子供がしがみつく。
「…っ! 勇太、ここで待ってるんだぞ!」勇太にそう告げ、私は一目散に観覧車へと登っていった。
 大勢の観衆の中、私は子供の元へ辿り着き、子供を抱き上げた。ホっとしたのも束の間、再び突風が私達を襲い、吹き飛ばした。
「くそ…っ!」私は手を伸ばすが、子供を抱いたまま外へと投げ出された。せめて子供だけは守らなくては、と思いながら私は子供を抱き締め、勇太を見つめた。その瞬間、勇太が手を伸ばす。
 二人が地面に直撃する寸前、ふわりと二人の身体が浮き上がり、地面へと降り立った。周囲からは騒然とした叫び声やら拍手やらが巻き起こり、幼い子供の両親が駆け寄ってきて私に何度も頭を下げた。私はすぐに勇太の元へと駆け寄った。
「…助けてくれたのか?」私の問いに、勇太は何も言わずに小さく頷いた。「ありがとう」
 何処となく、勇太が微かに笑った様に見えた。
「帰ろうか。晩御飯は何がいい?」いつも聞くが、返事の返らない問い。私が前を見て歩き出そうとした瞬間、勇太が私の手を取った。
「…エビフライ…」
 どうしようもなく、だらしもなく泣いてしまいそうだった。私と勇太はその日、初めて手を繋いで帰路へとついた…。




                                    FIN