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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− 幸せの対価 −

1.
「荷物は影に入れてっと。忘れ物はない?」
 レンタカーを返し、いつもの黒いスーツに着替えた黒冥月(ヘイ・ミンユェ)は夜に包まれた伊豆の駅前で草間武彦(くさま・たけひこ)に微笑んだ。
「それは入れていかなくていいのか?」
 草間はそう言うと冥月の手に握られたパンフレットのような紙を指差した。
「これは…手で持っていくわ。大事なものだから」
 そう優しく微笑んで、冥月はぎゅっと草間の腕にしがみついた。
「…そうか」
 くしゃっと冥月の髪を撫でて、草間は微笑んだ。
 旅行の終わりに発行してもらった恋人証明書には、2人の少しぎこちないけれど幸せそうな笑顔が写っている。
 何よりの宝物…私の一生の宝物。
 帰りの電車の中で何度も見返して、武彦には苦笑いされたけど…。
 いいの。だって嬉しいんだもの。
 こみ上げてくる感情は嬉しさであり、愛しさであり、それ以上の激情。
 バラバラになりそうな感情の渦を武彦にぶつけてしまいたい思い。
 武彦なら受け止めてくれるという確かな絆。
 旅行にこれてよかった。武彦が一緒でよかった。
 でも、東京に着けばまた少しの間、お別れ…?
「ねぇ…」
「ん?」
 草間の肩にもたれかかると、冥月は少し顔を赤くして呟いた。
「今夜も…一緒にいちゃ…ダメ?」
 静かな電車の中で、まるで2人だけの時間が止まったようだ。
「そうだな。いったん事務所に帰ってからでもいいか? 零に一言言っておかないとな」
 冥月の脳裏に草間零(くさま・れい)の顔が浮かぶ。
「そうね。お土産も渡したいし…」
 携帯で一報入れるだけでもいい話だったが、依頼の調査と偽って旅行に来ている手前、何かトラブルがあったと誤解されるのもさらに心苦しい。
 冥月は一度草間興信所に戻ることに同意した。

 それが、悪夢の一滴だとも知らずに…。


2.
「な…んだ!?」
 事務所の下に群がる人ごみ。草間は状況が飲み込めなかった。
 人々は一様に上を見上げる。そして何かを口々に喚いている。
「!?」
 視線を追った冥月が見たものは、粉々に砕かれた興信所の窓。
「零!?」
 駆け出した冥月に草間も続いて事務所への階段を駆け上がる。カシャカシャとガラスの触れ合う音が興信所から聞こえる。
「無事か!?」
 バンッと勢いよく開け放った扉の向こうで、いつものように箒を片手に草間零はニッコリと笑った。
「おかえりなさい、冥月さん、お兄さん」
 部屋の中はガラスが一面に飛び散り、事務所机も応接のソファもぐちゃぐちゃになっているというのに…それでも零の笑顔はいつもと同じだ。
「調査のほうは上手くいきましたか?」
「それどころじゃないだろ!? これはいったい何があったんだ!」
 草間がやや怒ったように零の肩を掴んだ。
 零はきょとんとしたように目を数回瞬かせたが「えっと…」とポツリポツリと語りだした。


3.
「邪魔するぞ」
 夕闇に紛れるように静かに扉が開くと、流れるような水の勢いで数十名の男達が興信所へとなだれ込んだ。
 一見して穏やかな顔つきの彼らであったが、零にはすぐにわかった。
 彼らが敵意のあるものだと。
 リーダーと思われる男は優雅な物腰で零に話しかけた。
「ここは草間興信所だな? …所長さんはいるかい?」
「いえ、現在所長は調査で外出しております」
 ニッコリと答えた零に、男達は耳打ちをしあい確認するように頷いた。
「それじゃ、ちょっと依頼を頼みたいんでね。小姐でもかまわない。一緒に来てくれないか?」
「私、留守番をおおせつかってますので、ご一緒することができません。再度所長の在所時にお越しください」
 柔和な表情の男に、零は姿勢を崩さずニッコリと応対する。
 この男が、一番危ない。そう直感した。
「…そうですか。それではしょうがない。小姐に手荒なまねはしたくないが、こちらも仕事なんでね」
 その言葉を皮切りに、背後の男達がいっせいに動き出す。
 零はぎゅっと箒を握り締めた。
「おらああ!!!」
 巨漢の男が零に襲い掛かる。それをひらりとかわし箒の柄でこつんと首筋を殴る。
「ご近所迷惑になりますから、大声はやめてください」
「なんだとゴルアァ!」
 違う男が零を捕まえようと勢いよく手を伸ばす。
 だが…
「がっ!?」
「できれば、バタバタと大きな物音を出されるのも困ります。大家さんからクレームが来ますから」
 くるっと男の腕を抱え込み、最小限の力で最大の苦痛を与える。
「ふざけやがって!」
 小さな娘と侮って、男達は次々と零に襲い掛かるが零はそれを軽くいなしていく。
「…これは予想外だ」
 リーダーらしき男がそう呟くと、突然パン!と興信所の窓が割れた。
 突風が吹いた。零にはそう感じられた。
 だけど、そんな偶然があるのだろうか?
 これは…この人の能力?
「小姐のいうとおり、出直したほうがよさそうだ」
 男はそう言うとさっさと踵を返した。
「大兄!」
 零にのされた大男たちも、体を引きずるように興信所から去っていった。
「…はぁ」
 一息ついた零があたりを見回すと、散々荒らされた興信所には転がったソファや机、ガラスの破片が散らばっていた。


4.
「無事で良かった…ごめん」
 まさかこんなことになっていただなんて…。
 ぎゅっと抱きしめた零の体。冥月は心がずたずたにされたような気持ちになった。
 私が武彦と楽しく旅行なんてしている間にこんな危険な目に…。嘘と偽って…。
 懺悔したい気持ちでいっぱいだったが、それは冥月の自己満足であることは明白だった。
 零はきっと調査が嘘だったといっても笑って許してくれる。それを知っているから、懺悔したいなんて思うのだ。
「大丈夫ですよ、冥月さん」
 知ってか知らずか、冥月の背中を零はぽんぽんと優しく叩いた。
「そいつらの特徴、覚えてるか?」
 散乱したガラスを集めながら、草間は真剣な面持ちで零を見つめた。
 零はかわらずの笑顔でうーんと小首を捻った。
 零を襲ったヤツラを特定したら…カタはきっちりつける。
 そう思っていた。だから、ゆっくりと零から体を離すと冥月は零の顔を真剣に見つめた。
「何でもいいの。ゆっくり…でもちゃんと思い出して」
 零はゆっくりと思い出すように語りだした。
「年齢は10代から30代まで様々でした。1人1人の顔を思い出せといわれると…ちょっと難しいのですが、時々日本語のイントネーションがおかしくて…そう、あれは多分中国系の方かと。『大兄』とおっしゃってましたし…あ、あと」
 そう言って、零は自分の左手首辺りを指差した。

「このあたりに、翼の生えた虎のような刺青をしていました」

 翼の…生えた虎…!?
 氷のような冷たいものが、記憶をえぐるように深く突き刺さる。
「冥月さん?」
「どうした、冥月?」
 冥月の異変に、零と草間は慌てた。
 グラグラと地面が揺れるような感覚がして、足元から崩れ落ちそうだった。
 けれど、それを草間たちに気付かれるわけにいかない。
 冥月は顔を上げた。微笑んで。
「片付けは明日にして、今夜は場所を移しましょう。私の隠れ家なら安全よ」
「大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
「大丈夫。それよりも、またヤツラが来ないとも限らないわ。態勢を立て直しましょう」
 影を開くと、草間と零を導きながら隠れ家の一室であるマンションへと影を移動させる。
「ここなら安全だから。武彦は、零を守ってあげて」
 2人をマンションに案内すると、冥月は再び影に戻ろうとした。
「待て! お前は…お前はどこに行くんだ!?」
 引き止めた草間の腕が、強く冥月を引っ張った。
「私は別の所にする……少し1人になりたいの」
「…俺のところに、戻ってくるんだよな?」
 草間の言葉に、冥月は返事の代わりにキスをした。

 それは、軽く羽のようにフワフワとした掴みどころのない…キス…。

 草間はこのとき、冥月の腕を離すべきではなかった。
 だが、後悔はいつだってそのときにはわからないものだ。
 そして草間は、その手を離してしまった。
 掻き消えるかのように、草間のその手から冥月はすり抜ける。
 冥月は消え入りそうな微笑を草間の脳裏に焼き付けて、暗い影に飲み込まれていった。

 これは罰だ。私が幸せになってしまった罰だ。
 私は罰を受けなければいけないの…。

『現在、この携帯電話は電波の届かないところか、電源を切っておられます』
 翌日、草間が冥月の携帯電話に何度かけても繋がることはなかった。



■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼くださいましてありがとうございます。
 旅行から一転、シリアス一直線な感じで!どうなるんでしょうか!?
 しかし、障害あってこそ燃え上がる愛もある!期待してます!
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。