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ドリルドルは誰だと思ってやがる玲奈!
1.
そこがどこなのかよくわからない。
ただ、みんながそこを『茸の山の竹の子の里のさらに奥にある』場所だといってた。
暗闇がどこまでも続くモヤシ洞穴の中にある集落。
そこがあたしの知る世界の全て。
湿度100%。光なんてない。いつだって青白くモヤシのように痩せ細った人々がかろうじて生えてくる草の根を掘り起こしては生きながらえている。
貧しい。暗い。でも、生きていくしかない。
細々と白く生えてくる草はモヤシ。ここに住む人たちと同じ。…あたしも同じ。
三島玲奈(みしま・れいな)は洞穴の天井を見上げた。
「どうしたの、玲奈ちゃん」
ハッと振り向くと、瀬名雫(せな・しずく)が青白い顔でこちらを見つめていた。
「う、ううん。なんでもない。さ、モヤシ。摘まなきゃね」
モヤシの生える場所を探そうと、玲奈は移動しようと足を踏み出した。
とたん!
「きゃっ!?」
「大丈夫!? 玲奈ちゃん」
駆け寄る雫に玲奈は足首を押さえた。
「何かが足に引っかかって…?」
玲奈が後ろを振り向くと、奇妙な出っ張りがある。
どうやらこれに足を引っ掛けられたようだ。
「なんだろう?」
「掘り起こしてみよう」
柔らかな手が傷つくのも恐れず、玲奈はその出っ張りを掘り起こした。
何かが始まりそうな予感がした。
「こ、これは…ドリル型のブラ!?」
「しかも、ドリンプ製って書いてあるわ。玲奈ちゃん!」
ブラに魅入られるように玲奈はドリル型ブラを試着した。
「まるでしつらえたようにぴったり!」
感動する玲奈。
しかし、その時声は突然聞こえた。
『あーあー、ただいまマイクのテスト中…うぇっほん! こちら、ドリル女王である! くりかえす、こちらドリル女王! 大事なことだから2回言った! 今しがたドリル型ブラをご試着になりました三島玲奈様〜三島玲奈様〜。ドリル女王がドリル王女・ドリルドル玲奈を任命いたしますので至急、ドリル王国までお越しください〜。ぴんぽんぱんぽーん』
奇妙なアナウンスが洞穴に響き渡ると人々はざわめきたった。
「天変地異じゃ! 天変地異の前触れじゃ!」
…まぁ、気持ちはわからないでもない。
呆気にとられた玲奈と雫の手元にヒラヒラと1枚の紙が落ちてきた。
覗き込むとそれは日本地図と呼ばれるもので、島根県辺りに矢印があり『この辺』とだけ書き込まれていた。
「う、胡散臭い…」
玲奈のその言葉に、雫はきゅっと顔を引き締めた。
「何言ってるの! 玲奈ちゃん。ドリルは女子の浪漫よ!!」
「ナンダッテーーーーー!!」
「今こそ、ここを出るときなのよ! 行くよ!」
「あ、行くんだ。やっぱ行くんだね」
軽く身支度をして少女達は旅に出る。
暗い光の差さぬ生活にサヨナラを告げて、明るい日の光の下へ…!
外に出ると、ドリル女王の使いなのかドリルの馬車が2人を待っていた。
ネズミの御者が2人を優しくエスコートする。
まさか、外の世界でネズミがこんなことをしてくれるなんて思ってもみなかった。
…いざゆかん! ドリル王国!!
2.
「これは…なんだろう?」
一方そのころ、昆布の貴族・昆布冠者たちが支配する冒険ドリル洞ではマンドリルたちが、あるひとつのものを中心に頭を捻っていた。
一見ただのドリルに見えるそれ。
しかし、主人である昆布冠者には「触れてはならぬ」ときつく申し渡されていた。
だが、今はその昆布冠者は留守である。
触れてはならぬといわれれば、その正体を突き止めたくなる。
古来よりの危険フラグだ。
「開けてみないか?」
「いや、しかし…ご主人様に知られたら…」
「大丈夫。きちんと元に戻して知らん振りをしておけばいいのさ」
悪魔の囁き。ウマの耳に念仏。知らぬが仏。
そうして、彼らは禁断のドリルについに手を出してしまった。
中から出てきたのはらせん状にうねるチョコをクッキーに纏わせて竹の子に似せた、それはそれは美味しそうなお菓子じゃった。
ごくり。
ひとりのマンドリルが喉を鳴らした。あまりにも…あまりにも美味そうだ。
思わず手が伸びた。だが、それを他のマンドリルが静止した。
「ご主人様は毒だと言っておった!」
「し、しかし…こんな美味そうなものを目の前にして…えぇい! 我慢ならん!」
ついに同僚の手を振り切り、鷲づかみに菓子を取るとポイっと口に放り込んだ。
「あぁ!?」
同僚が見守る中、マンドリルは大変に美味そうにそれを咀嚼し、飲み込んだ。
「…な、なんともないのか」
「あぁ、なんともない。そして大変美味い。皆も食え」
それを合図に、瞬く間に菓子はマンドリルたちの胃袋に消えた。
残ったのは空のドリルだけになった。
「ど、どうする? さすがに全部食べたらまずかったんじゃ…」
「主人が毒だと言ったが…。そうか! それを逆手に取ればよいのじゃ」
ヒソヒソと密談をするマンドリルたち。
その顔は悪の顔そのもの。
ニヒヒっと笑うと、マンドリルたちはいそいそと戦いの準備を始めた。
敵は…ドリル王国にあり!
3.
やがて、玲奈と雫は島根のどっかにあるドリル王国へと辿りついた。
見渡す限りのドリル。屋根からドリル。柱からドリル。帽子からドリル。下からドリル。上からドリル。
まさにドリル王国ここにあり!
「よく来ましたね、玲奈」
凛とした美しい声が聞こえ、玲奈と雫はおもわず「あっ」と声を上げた。
「わらわがこの国の女王・ドリル女王である」
ドリル状のドレスにドリルを被った顔を突き出した、いかんとも形容しがたい女性が佇んでいた。
「早速で悪いのですが、この国に今昆布冠者の手のものが攻め込んできておる。ドリルドル玲奈よ。これを持って出撃せよ!」
急展開でドリル剣を渡されて、玲奈はすこしドリル剣を眺めたあと流れに乗ることにした。
「玲奈ちゃん。賢明だね」
何を悟っているのか、雫はうんうんと玲奈の代わりに涙した。
敵は昆布冠者の手下、マンドリル。
顔はサルみたいだが、頭が昆布みたいだ。
「サルみたいっていうか…マンドリル、サルだから」
マンドリルたちは手に手にドリルを持ち、猛威を振るっている。
サルのクセに武器を使うとは生意気な。
「だが、所詮サル知恵よ! はぁあああ!!!」
敵に突っ込む玲奈。ドリル剣を派手に振り回してマンドリルを次から次へと倒していく。
「な、なんて強さだ…強さが違いすぎる!」
マンドリルたちは一斉に怯えた。
マンドリルの振るうドリルはドリル剣に一寸の傷すら与えられない。
勝ち目は…ない。
「私を誰だと思ってるの? ドリルドル玲奈よ!」
きらんと太陽を背にドリル剣の切っ先が光る。
玲奈は…いや、ドリルドル玲奈は最高のドヤ顔でマンドリルたちを制圧した。
「王女かっけー」
ひゅーひゅーだよ! と言いかけて雫はやめた。
年齢詐称疑惑が浮上しそうだ。
「よ! ドリルドル玲奈、日本一!」
「それを言うならドリル王国一だろ!?」
まぁ、その辺はけっこーアバウトでどっちでもいいんじゃないかな?
4.
「作戦通りだ」
マンドリルたちは玲奈に平伏しながら、ほくそ笑んだ。
すべては彼らのシナリオどおり。玲奈に負けることが目的だった。
「な、なんだと!? マンドリルどもがドリル王国に戦争を仕掛けて負けただと!?」
各地からレアアイテムを転売して暴利を貪り、豪遊から戻ってきた昆布冠者は青ざめた。
別にマンドリルたちがどうなろうと知ったことではなかった。
だが、マンドリルたちはドリル菓子の入ったドリルを持ち出していた。
アレを持ち出すとは…なんてサルどもだ!
「今すぐドリル王国に向かうぞよ!」
「すいません、ご主人様! 負けてしまいました」
マンドリルたちは怒髪天をついた主人に対面すると土下座した。
それはもう頭がドリルのように地下に潜っていくんじゃないかと思うくらいに深く深く。
「うるさい! 口答えは許さんぞよ!」
「自決覚悟でご主人様の毒を持ち出し、結果負けてしまったのでお詫びに死のうと思ったのですが、この毒をいくら食べても死にません…」
おーいおーいと泣き崩れるマンドリルたち。
そして差し出された空のドリル。
「そ…そのドリルは…!?」
昆布冠者は次の言葉を探したが、どこにも落ちていなかった。
ハメられた。すべてはマンドリルのサル知恵によって計画されたものなのだ。
「お、お前たちは……!!」
「あ、ご主人様。お怒りはごもっともだと思いますので、私ども本日付にて依願退職という形でお願いいたします。退職金は指定口座のほうにお願いします」
「がっ!?」
かくて、マンドリルたちは菓子を無断で食べたことを一切謝らず、かつ、身勝手な昆布冠者から退職金をせしめることに成功した。
そして、大量の退職金を支払うことになった昆布冠者の冒険ドリル洞は、あえなく滅亡した…。
「ドリルドル玲奈、ばんざーい! ばんざーい!」
茫然自失となった昆布冠者の横で、ドリル王国王女の即位式が華やかに行われる。
「ねぇ、あの人さっきまで赤かったのに、今青くない?」
昆布冠者を指差して、雫はドリルの冠を被った玲奈に囁く。
「あたしのドリルが天を突いたのよ!」
そう言ってドリルドル玲奈はドリル剣を高々と天へ掲げ持ったのだった。
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