コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Route7・要らない / 宵守・桜華

 陽が落ち、一日の終わりを告げる月が頭上に差し掛かる頃、宵守・桜華は片手をズボンのポケットに突っ込んで歩いてきた。
 彼が目指すのは喫茶『りあ☆こい』。
 もう閉店の時間だが、その辺は問題ない。寧ろ閉店の方が、都合が良い。
「さて、そろそろだな」
 そう言って腕の時計に目を留ると、同時に店の灯りが落ちた。
 桜華の読み通り、店は閉店の時刻を迎えたようだ。
 店から出てくる客の姿を見つつ、耳にした話を思い出す。
 先の窮奇との一件。
 それ以降、菜々美が店に姿を見せる事は無かった。
 店を訪れる客も、彼女が姿を見せない理由を聞いたが、店側としては「体調不良」と嘘の理由を伝えるしかなかったと言う。
 だが今日、彼女は店に顔を出した。
 とは言っても、文字通り、出したのは顔だけ。
 客の前には姿を見せず、店の奥で店長と話をしていただけ。
 何故、この話を彼が知っているか。
 それは、彼の人脈と、意外な菜々美の交友関係にあるだろう。
 その噂をくれた人物は、菜々美が店を辞めてしまう事を危惧していたが、
「まだだ」
 そう零し、店を見る。
 すると、そこから出てくる者が見えた。
 細いシルエットと、長い脚。
 短い髪が特徴の少女は、手に何かの荷物を持って歩いてくる。
 そう、菜々美が出て来たのだ。
 彼女は神妙な面持ちで道路に出てくると、店を振り返り、一礼を向けようとして、止まった。
「ハハ、正に負け犬そのものの行動だな」
「……何をしに来た」
 背を向けたまま。
 互いに店を見る形で掛ける声に、桜華の首が緩やかに傾げられる。
 この位置からでは菜々美の表情は見えない。
 だが、彼女がどの様な想いでここに居るのか、どの様な想いで店に頭を下げようとしていたのか、それはわかる。
 きっと、店を辞めるつもりでここにきて、世話になったその気持ちを現そうとしたのだろう。
 だがそんな事は関係ない。
「負け犬の顔を見に来たんだよ」
 鼻で笑って肩を竦める。
 これに、菜々美の肩が揺れた。
 握り締めた手が、小さく揺れている。
「さぞ情けない顔してるんだろうな。もしそうでないならこっち向けるもんなぁ?」
 カラリと笑ってもう一度肩を竦める。
 勿論、後ろを向いたままの菜々美には見えない。それでもこうして動作を着ける事で、耳に届く音はあるだろう。
 言葉の本気具合、それを動作でも示さなければ、菜々美はこちらを向かない。
 それがわかるから、敢えて言う。
「そんな情けない奴に掛ける言葉は無いやな。その内一発位ヤラセテくれるかもと期待してたが付き合うのはもう止めだ」
 ヤメヤメ。
 そう繰り返して鼻で笑う――と、その頬が盛大に叩かれた。
 凄まじい衝撃に一瞬だが素に戻る。
 目を見開き、まじまじと目の前の相手を見て、ハッと息を呑んだ。
「何をしに来た……そう、聞いたんだが……?」
 若干腫れた目が睨み付けてくる。
 きっと散々泣いて、隠せないほど腫れあがってしまったのだろう。
 窮奇が彼女の闘う力を奪ったこと。それは気の強い彼女をここまで追い詰める結果となっていたのだ。
 もしかすると、あの銃自体が彼女のプライドだったのかもしれない。
 師を越え、師を滅する為の力。
 自分で作り上げた唯一頼るべき『モノ』。それが窮奇に壊された銃の役割。だとしたら、彼女が失意に陥る理由も合点いく。
 しかし、合点いくからと言って、認められるものと認められないものがある。
 桜華は睨む菜々美の目を見ると、緩やかに口角を上げた。
 ニヤニヤと歪めた唇と、笑みを含んだ目。
 今度はそれを見た菜々美の目が見開かれる。
「本当に情けない顔だな」
「!」
 覇気もない。
 睨み付けても怒気すら感じない。
 完全に気力を失った菜々美に放たれたのは、情も何もない言葉。それは菜々美の予想を越えた言葉だったのだろう。
 彼女の顔に驚きと、戸惑いが浮かんでいる。
「その荷物、これから逃げ出すんだったか? だったら、逃げ出す奴に『コイツ』も必要ないね」
「それは……っ!」
 掲げられた銃。それが地面に落下してゆく。

 コツンッ。

 乾いたアスファルトに響く音。
 咄嗟に掴もうと菜々美の手が伸びるが、それより先に、桜華の足が銃を踏んだ。
「いやー、直す時間を潰した」
 空から聞こえるような声。
 伸ばしかけた手を彷徨わせて見上げれば、ニヤニヤと蔑む顔が見える。それを睨み付け、再び銃に手を伸ばそうとした。
 しかし――

 ガシャンッ。

 直前で潰された銃に、菜々美の手が止まった。
 何度も、何度も踏まれてゆく。
 まるで自分自身が砕かれているような、そんな感覚にさえなる光景に、菜々美の肩から力が抜けた。
 ヘタリと場に座り込んだ彼女の顔を見ながら、桜華は出来るだけ細かく、出来るだけ部品が残らないように踏み付ける。
 そうして、銃であったモノが完全に粉々になるまで踏み付けると、桜華は漸く足を止めた。
 静寂、というのだろうか。
 何の音もしない空間に、若干の居心地の悪さを感じる。
 しかしそれも直ぐに終わった。
「……何を、しにきたんだ」
 擦れた声に桜華の眉が上がった。
「何をしにきたんだ!」
 声と共に見上げた目に鋭い光が宿っている。
 頬を伝う涙に思わず目が向かうが、ここは堪える。堪えて、敢えて、見ないフリをする。
「何もかも諦めた奴を笑いにきたんよ」
「ふざけるなっ!」
 胸倉を掴んで迫る顔は、今までに見た事がないほど怒っている。
 ふざけて、じゃれて、それで怒っていた顔ではなく、窮奇や敵に向けるような、そんな顔。
「私を笑うためにそれを壊したのか! 笑うためだけに直して壊したのか!!」
「ッ、……」
 首を絞めるように上げられた手に息が詰まる。いや、原因はそれだけではないのかもしれない。
 無防備に泣いて、怒るその顔が、息を、言葉を奪っているのだろう。
 桜華は自らの手を握り締めると、勢いよく彼女の手を振り払った。そして、出来るだけ彼女から距離を取る。が、距離は直ぐに詰められる。
「答えろ!」

 ガシャッ。

 詰めた距離。
 その間で残骸となった銃が鳴った。
 反射的に落ちた菜々美の目が、形の無い銃を見詰める。
「……要らないんだろ。もう逃げるんだから、そうだよな?」
「!」
「だったら何でそんなに固執する。そんなに怒る必要があるか?」
 わからんねぇ。
 そう首を摩りながら笑うと、膝を折って残骸に手を触れた彼女を見た。
 愛おしげに壊れた銃を撫でる姿は、全てを諦めた者の姿ではない。
 全てを捨てきれない、希望に縋る者の姿にしかみえない。
 桜華は暫くその姿を見詰め、そして踵を返した。
「さぁて、行くか。こんなことで時間が潰れるなんざ、惜しくて涙が出てくる」
 大仰に言って伸びをする。
 歩き出す足取りも出来るだけ軽やかに。
 そうでなければ、ここまでした意味がない。
 そもそも自分の知る蜂須賀菜々美という人物は、こうも簡単に全てを諦める人物ではないのだ。
 初めて会った時から、その片鱗はあった。
『九字法の術を極めるための実験――は、表向きだな。まあいろいろだ』
 そう言って、黒鬼を相手にしている最中にスカウトされ、挙句に本当に実験体にされて殺されかけた。
 そう、あの時から、菜々美は先を見て強く成ろうとしていた。
 それからも彼女の実験に付き合い、多くの闘いを経て、漸くわかったことも多くある。
「無駄に自信満々で勝手気侭で、なのに偶の柔らかい表情が綺麗で……」
 いつからなんて記憶はない。
 いつの間にかそんな彼女に惹かれていた。
 強く、無駄に自信満々で、強さや誇りを持っている。そんな彼女だからこそ、わかること、思う事がある。
「……蜂須賀は、簡単に挫ける奴じゃない」
 呟き、足を止めた。
 店は既に遠くにある。
 菜々美がその後どうしたかはわからない。店に戻ったかもしれないし、戻らずに何処かへ行ったかもしれない。
 それでもさっきの姿を思い出せばわかる。
 菜々美はまだ全てを諦めていない。
 今は目標だった何かに手が掛かりそうで、それが外れた。だから気分が沈んでいるだけだろう。
 桜華は少なくとも、そう思っている。
「お前にとって捨てようとしているモノが本当に要らないのか……それだけでも、考えてくれりゃあ、儲けもんだな」
 道化と言われても仕方がない。
 もしかしたら、今の出来事で菜々美に嫌われたかもしれない。
 それでも今は必要なことだと思う以上、ああする以外に他は無かった。
「さて、家で本物を直すか!」
 頭上には僅かに欠けた月がある。
 桜華はそれを見上げるように伸びをすると、時間を惜しむように家路を急いだ。

   ***

 遠退いてゆく足音。
 「追いかける」そんな選択肢もあったかもしれない。
 だが、今はそんなことをしている場合でないことは百も承知。今すべきことは、他にある。
 菜々美は手に掛かる銃の残骸を見て、低く乾いた笑いを零した。
「……道化、だな」
 押し上げた眼鏡の向こうの瞳は、少しだけ穏やかに笑んでいる。
 彼女はそれを隠すように息を吐くと、手にした粉のような残骸を引き寄せた。
 よく見ればわかる筈だった。
 だが、怒りや悲しみ、多くの感情に頭が正常に動いていなかった。
 だからこんな幼稚な罠に引っ掛かるのだ。
「次に会ったら、処刑確定だな」
 本当に桜華が銃を壊したと思った。
 その時の衝撃をどう表現したら良いかわからない。
 だがそのお陰でわかったこともある。
「早々に、片付けるぞ」
 窮奇は桜華を欲していた。
 そして銃がない今、窮奇は菜々美を無視して彼に向かう可能性がある。
 それだけは避けなければいけない。
 菜々美は先とは違う心持で店に向き直ると、しっかりとした面持ちで頭を下げ、店を後にした。

 END


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 4663 / 宵守・桜華 / 男 / 25歳 / フリーター・蝕師 】

登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蜂須賀・菜々美のルートシナリオ7へご参加頂き有難うございました。
大変お待たせしました!
物凄いシリアスだけど大丈夫かな……そんな思いもありますが、それだけ佳境に入ったという事でご容赦頂ければ;
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。