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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route3・幻なんかじゃない! / 葛城・深墨

 ゴシック調に整えられた店内。
 動き回る執事とメイドを眺め見ながら、葛城・深墨は目の前に置かれたアンティークのお皿にあるケーキにフォークを落とした。
 見た目にも綺麗なケーキは、この店の自慢。
 そして自慢と言うだけあって、その味は甘さを抑え、ほんのりとした優しさと安心感を与える不思議な味をしている。
 はっきり言って、そこらの店よりも美味しい。
 もしこの店が執事&メイド喫茶と言う特異な店でなければ、かなりな割合で繁盛している筈だ。
「今度はランチも食べてみたいな。講義が早く終わったら考えてみるか」
 呟いて、もうひと口分のフォークを動かす。
 やはり美味しい。
 今日は普段よりも遅い時間のせいか、店内のお客もまばらだ。だからこそ、いつも以上に長居して落ち着いてしまうのだが。
「あ……もう直ぐ閉店か。ちょっと長居し過ぎたかな」
 ケーキ1つと、紅茶が1杯。
 それで1時間越えとは、本も読んでいないのに寛ぎ過ぎだ。
 思わず苦笑を零して立ち上がる。
 そうして会計に向かおうとした所で深墨の足が止まった。
「あれ、葎子ちゃん」
 店内でまだ働いている葎子。
 いつもの様に笑顔を振り撒いて働く彼女の衣装は、ミニのメイド服だ。
 小柄な彼女に合わせた衣装なのだろうが、うん。可愛いと思います。
「いや、そうじゃなくて……何か、元気ない?」
 口にして改めて彼女を見る。
 確かに笑顔は笑顔だが、その笑顔に陰りがみえるような。
 いや、気のせいなら良いのだが、普段笑顔で無邪気な彼女だからこそ、僅かな差が気になると言うか。
「……」
「ご主人様、お会計されますか?」
「あ、ごめんなさい」
 会計の直前で立ち止まった彼に、メイドが困ったように問いかける。
 それに慌てて頭を下げると、深墨は会計を済まして店の外に出た。

   ***

 満月に近い月が空に浮かび、少しだけ冷たい風が吹く。
 深墨は灯りの落ちる店を眺め見ながら、腕を組んで吹く風から体を守った。
「今日は少し冷えるな……もう直ぐ夏なのに、なんなんだろう」
 葎子と出会った春が終わり、季節は夏に差し掛かろうとしている。
 新緑も、今ではすっかり濃い青葉となり、夏の日差しを受ける準備は万端だ。
 ただ、夜は時折、こんな風に寒い風が吹く。
 もうじきこの風も暖かく、温くなっていくのだろう。
 そしてそんなことを考えていると、店の影から出てくる人物が見えた。
 ツインテールを小さく揺らして出てくるのは葎子だ。彼女も腕を小さく組むようにして出て来る。
 きっと、深墨と同じで寒さを感じているだろう。
「葎子ちゃん、お疲れさま」
 深墨の目的は葎子だ。
 だから彼女の姿が見えたと同時に声を掛けた。
 しかし、それが間違いだったと気付く。
 驚いた様に見開かれた目と、下がった眉。
 いつもなら笑顔で迎えてくれる顔に陰りが見える。
 やはり、店の中で見えた表情は見間違いなどではなかった。
 そう思った時、彼女の表情が変化した。
「深墨ちゃん……お疲れさま♪」
 にっこり笑顔で小首を傾げる姿に、今度は深墨の目が見開かれた。
 奇妙な違和感。
 落ち込んだ直後に、人はこんなにもあっさり笑えるものだろうか。それも、陰りも何もなく、違和感すら残さずに。
 違和感が無い事が、更に違和感をもたらす。
 そんな感じだった。
「元気がないように見えたから、どうしたのかなって……なにかあった?」
「え」
 深墨に悪気はなかった。
 ただ、思ったこと、気になったことを聞いただけだった。
 だが、その問いに葎子は止まった。
 笑顔を固まらせて、どう反応して良いのかわからないように止まってしまったのだ。
「あ、いや……気のせいなら良いんだ。ちょっと気になっただけだから」
 ごめんね。
 そう言って、頭を下げる。そんな深墨の耳に、葎子の不思議そうな声が降ってきた。
「……葎子、笑ってなかった?」
「え……いや、笑ってたけど、なんだろう。笑顔の中に、寂しそうな気配があった。そんな、感じだったから」
「……」
――笑ってなかった?
 この言葉も、違和感。
 自分では笑っているつもりだった。それはつまり、笑うように努力していたと言うことだろう。
 笑顔でいることを意識する。
 それは何かがあって生み出されるもの。だが詳細を聞くつもりはない。
 例えどんなに気になっても。
「ごめんね、話したくないなら無理には聞かないから。葎子ちゃんが大丈夫なら良いんだ」
 そう言って、笑って別れようとした。
 だが彼が動きより先に、葎子の目が、深墨の目が上空を捉えて止まった。
「アレは……」
「……鳥鬼ちゃん」
「鳥鬼?」
 夜空に浮かび上がる黒い影。
 月を完全に覆い隠した巨大な鳥は、大きな嘴を開けてこちらを見下ろしている。
「黒鬼ちゃんの一種で、すごく素早いの」
 言いながら眉を寄せた葎子の表情に、深墨はハッとなった。
 慌てて手を伸ばすが遅い。
「葎子ちゃ――……!」
 空を掻いた手。
 虚しく踊る様に空振りした手を引き寄せ、深墨は飛び出した葎子を振り返る。
 彼女は鳥鬼を睨み付けるように見据えて、布袋を取り出している。その表情はいつもの彼女とは違う。
 現れた無数の蝶も、鳥鬼の動きを遮るそれらも、全てがいつも通りの葎子。
 けれど、やはり違和感が付きまとう。
「……なんて顔で、闘ってるんだ」
 辛そうに歪められた顔がいつもの笑顔と重ならない。
 鳥鬼を傷付けるたびに唇を噛み締める様子も、腕を振るう度に泣きそうになる顔も、全てがおかしい。
「葎子ちゃん、止めるんだ!」
 今の彼女では駄目だ。
 そう本能が告げ、次の瞬間には叫んでいた。
 だが葎子は止まらない。
 どうにかして鳥鬼を倒そうと躍起になっている。
「どうすれば……ん? これは」
 深墨の目が彼の足元に落ちた頃、葎子は塀に飛び乗って鳥鬼との幅を詰めていた。
 どんなに素早い相手でも、蝶の壁に阻まれて動きを封じられてはひとたまりもない。
「っ……悪い子は、お仕置き!」
 空に舞わす粉に合わせて舞い上がる蝶。
 それが鳥鬼の翼を撃って、飛翔力を奪おうとする。
 敵は葎子の手の内だった。彼女は、完全に動きを封じた鳥鬼を見て、大きな弧を描く。
 そして、
「蝶野家秘伝の舞い、――」
「待って!」
 突然の声に葎子の動きが止まった。
 直後、彼女の視界に何かが飛び込む。
 それは壊れたモップだ。
 確か従業員の1人が不注意で壊してしまったモップがあったはず。確かそれは、店の外のゴミ捨て場に捨てたはずだ。
 何故それが飛んで来るのか。
 その理由は深墨だった。
「そんな辛そうな顔して闘っちゃダメだ!」
「深墨ちゃ――ッ、きゃあ!」
「葎子ちゃん!」
 一瞬の隙を突いて訪れた攻撃。
 これに葎子の体が落ちる。
「ッ、……大丈夫……?」
 地面にスレスレでキャッチした体。
 顔を覗き込むと、驚いて目を見開く顔が見える。
 その顔に笑みを向けて地面に下すと、今度は「なぜ」という表情が飛び込んできた。
「武器は無いけど、護る事は出来るから……何があったのか、言いたくない事なら聞くつもりもない。でも、そんな顔して闘っちゃダメだよ」
 闘う時に笑って欲しいとか、そういうことじゃない。
 ただ辛そうな顔をして闘って欲しくない。そう思う。
 それに、今の顔は辛いと言うよりも、なにかを憎むような、そんな印象があった。
「時間は俺が稼ぐから、その間に逃げ……って、葎子ちゃん!?」
 葎子に背を向け、彼女を庇うように立った背にぬくもりを感じる。
 どうやら葎子が彼の背に抱きついたようだ。
「ありがとう、深墨ちゃん」
 囁いて、息を吸い込む音が聞こえる。
 その音を聞きながら固まっていると、不意に温もりが離れた。
「もう、大丈夫」
 そう言って笑った葎子の顔に陰りはない。
 いや、もしかしたら陰りはあったかもしれないが、迷いはないように見えた。
 深墨は彼女に道を譲ると、今度こそ葎子の手から蝶の粉が舞い上がった。
「――蝶野家秘伝の舞い、幻影蝶舞!」
 手を打つと同時に舞い上がった蝶の光。
 それが円を描き、踊る様に鳥鬼に向かって飛んでゆく。
――ギャアアアアアア!!
 空を裂くような、近所迷惑な叫び。
 それを耳にしながら息を吐くと、深墨は直ぐ傍で崩れ落ちた葎子の体を抱き止めた。

   ***

 月が斜めに落ち始めた頃、葎子は目を覚ました。
 以前とは真逆の光景。
 横になる葎子に膝を貸した深墨は、目を覚ました彼女の顔を覗き込む。
「おはよう。辛い所とかない?」
 なんとなく頭を撫でて問う。
 それに頷きが返ると、彼は笑みを零して口を開いた。
「俺、いつも葎子ちゃんに助けられてるね……だから、今度はきっと俺が助けるよ」
 葎子は強い。
 だが彼女は女の子だ。
 年齢は深墨よりも低く、背も低く、どうみても闘いには向いていない。
 それなのに、いつも助けてくれる。
 そんな彼女を護りたいと思うのは間違ってるだろうか。いや、間違ってるとは思わない。
「だから、あまり頑張らないで。どうしようもなくなったら一緒に悩んであげるから」
「……深墨ちゃん」
「……まあ、俺じゃ頼りないかもしれないけどね?」
 そう言って苦笑する。
 その顔に葎子の目が向くと、彼女は数度を瞬き、彼から目を外す事で唇を動かした。
「葎子、お姉ちゃんがいるの」
「へえ……葎子ちゃん、姉妹がいるんだね」
「うん。双子の、お姉ちゃん。ずっと、病院で寝てるの」
 葎子の話によれば、彼女の姉である光子は、生まれた時からずっと病院にいるらしい。
 一度も目を覚まさず、ただ眠るだけで過ごす日々。
 葎子は姉が大好きで、いつか目を覚ますと信じているという。
そして姉を目覚めさせることの出来る、幻の蝶を、葎子は探していると言うのだ。
「今日……お母さんが、言ったの……幻の蝶なんて、いないって……そんなのを探している暇があったら、稽古をしろって」
 でも……。
 そう言葉を切った葎子の瞼に手を添えた。
 今にも泣きそうな声を耳にしたから、笑顔を絶やさない彼女のソレを見たらいけないと思った。
 深墨は手に感じる僅かな湿り気に眉を寄せると、小さく、静かに囁いた。
「大丈夫……幻の蝶はいるよ。絶対に」
 慰めでも良い。
 今だけ、有り得ないかもしれない希望を口にする。
 それが、彼女の救いになると信じて……。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート3への参加ありがとうございました。
想像以上にシリアスで終わってしまった今回、大丈夫でしょうか;
もし何か疑問点や、こんなセリフは言わないよ! 的なことがありましたら、ぜひともお声掛け下さい。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
この度は本当にありがとうございました!!