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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 最愛なる家族 







「―工藤主任、いました!」
 武力行使は正直好かない。抵抗されれば死傷者が生まれ、抵抗されずとも憎まれ役を買って出なくてはならない。私はそんな事を思いながら、普段は強行突破の任務を行う。だが、あの日だけは違った。
「…この子が…?」
 今でも憶えている。虚ろな表情を浮かべながら、緑色の瞳をした少年が私を見つめた。そして、その表情は寒気がする程、私の兄の幼い頃と瓜二つな顔をしている。まるでタイムスリップをして過去に渡ってきてしまった様な、そんな気分にすら陥る。
「工藤主任、事務手続きや医療検査がありますので、暫くこの子は施設に送る予定になりますが、宜しいですか?」
「あ、あぁ。勿論だ…。連れ出せ」
「ハッ!」
 正直、この時の部下の言葉は私を安堵させた。あまりにも兄に瓜二つな顔。私の心を見透かす様な、あの目つき。私は思わず胸を抑えながら、溜息を吐いた。
「…兄さん…」







 朝の陽射しがカーテンの隙間を縫う様に部屋を明るく照らし出す。随分と懐かしい夢を見た。私はそんな事を思いながら、身体をベッドから起こした。カーテンを開け、身体に朝陽を浴びる。雀の囀りや、揺らめく陽の光を身体に浴びながら、私は窓を開けた。東京とは違う、澄み切る様な朝の静けさが心地良い。

 季節は初夏。これから鬱陶しい梅雨に入ると思うと憂鬱な気分にもなるが、長い冬を抜けた事を実感するには丁度良い。
 早々にスーツを身に纏う。私は今、IO2の機関を離れて一般の警備会社に就職している。IO2は“虚無の境界”と呼ばれる危険な組織を危惧し、その息のかかった施設にいた勇太を危険視している。私は勇太を引き取り、守る為にもIO2を離れた。とは言え、IO2への定期連絡を怠る事は出来ず、今でも勇太を危険視するIO2の体勢には慣れているが…。それでも私は勇太と共に生きる事を選んだ。そこに、後悔はしていない。
「…これで三度目の転校、か」
 どうにも順風満帆とはいかないらしい。私はそんな事を思いながら顔を洗った。
 この日、勇太は寮付きの小学校に三度目の転校が決まっていた。原因はそう、能力使用による騒動だ。うまく誤魔化す事は出来るが、IO2にも報告をしなくてはならない。私はその度に、数少ない寮付きの学校にコンタクトを取り、勇太を転校させてきた。今日もまた、その慣れつつある作業を行う。


 勇太は既に小学校四年生。十歳にもなれば、自分が特異である事にも気付く。しかし、持って生まれた能力を使う事を禁止する私の意見を理解するというのは簡単な事ではないらしい。勇太にとっては非常に理不尽な話だろう。己の身の上に降りかかる理不尽な転校。その理由を勇太自身はあまり理解していない。



「何で? 別に能力使ったっていいじゃん」
 三度目の転校を決定したあの日、私は勇太と能力の使用に対して話をした。正直私も焦っているのかもしれないが、勇太はふて腐れる様に私にそう告げた。
「力のない者は未知の力を恐れるものなんだ」
「俺は怖がられる様な事してないよ」勇太が私の顔を見ずに呟く。「ジャングルジムから落ちそうになったアイツを助けただけじゃんか」
「それでも、なんだ」この時の私は随分と困った表情を浮かべていただろう。「勇太がやろうとした事は間違っていない。友達を助ける事が出来るのは、勇太だけにしか出来ない事だったろう」
「だったら良いじゃん!」
「それでも、能力を人前で使ってはいけない」
「意味解らないよ!」
 ジレンマだ。私は勇太が人を助ける為に能力を駆使した事を知っている。私だって、本当は褒めてやりたい。だが、私は一人の男ではなく、勇太の父だ。教えるべき事を教える為なら、私は強引にでも話をするしかない。葛藤が続く心を必死に堪えながら、私は部屋を走って出て行く勇太を見つめていた。

 なるべくなら東京という街には住みたくなかった。私はなるべく都心から離れ、勇太をかくまう様な生活をしてきた。しかし、寮付きの小学校はそうそう存在しない。私は意を決し、再び東京の街へ戻る事にした。幸い、仕事の関係上、私も東京への転勤を希望するチャンスがあった。荷物を整理した私と勇太の普通より少なめの荷物を引越し業者に委ね、私達は再び東京の街へと戻ってきた。
 道中の勇太ときたら、私からすれば随分困った拗ね方をしてくれたものだ。私の言葉に口を開かずに指をさして答えたり、頷いてみせたり。昔の勇太に比べれば、今の方が可愛げがある気すらするが、勇太は東京までの車の中、道中は一言も喋ろうとはせずにムスっと外を見つめていた。






「学校は明日からだから、今日からここがウチだぞ」私の言葉に、勇太はマンションを見つめて興味津々といった顔をしながら私を見る。が、怒っているアピールはどうやら続くらしい。勇太はまたプイっと外へ顔を向けた。
 私の後に続く様に勇太がついてくる。が、部屋に入るなり靴を脱ぎ捨てて私の前を走り去る。やはり早く中が見たくてウズウズしていたらしい。勇太の表情がそれを物語っている。
 引越し業者が私達が来るより先に来て荷物を運び入れてくれていた。私と勇太がついたのは、事後の荷物チェックをしている最中だった。
「それでは、有難う御座いましたー」
 私に鍵を返し、引越し業者の面々はぞろぞろと帰っていく。私は勇太に勇太の部屋の場所を教え、私は私で自分の荷物を整理していた。勇太はとりあえず家の中を見回るだけ見回り、私が荷物を整理している横でプラプラと様子を見ていた。
「お、懐かしいな」私が不意に手を伸ばし、ケースを開ける。そこには金色に輝くトランペットが昔のままの姿で横たわっていた。「こんな事でもなければ、持っている事すら忘れていただろうなぁ」
「…ラッパ?」不意に勇太が近寄って来て尋ねる。
「トランペットだよ」私は笑いながら答えた。「興味あるのか?」
「べ、別に…」とは言いながら、勇太の目はチラチラとトランペットに向けられている。
「よし、勇太。今度の学校で吹奏楽部でも入ったらどうだ?」
「え? やだよ〜」
「そうか…。じゃあもうこのトランペットは吹かないし、処分してしまおうか…」
「え…?」
「勇太が吹いてくれるならこれをあげても良いんだがなぁ」
「勿体無いよ、捨てるの…」
「そうだがなぁ。楽器はどうしても使う人間がいないとダメになってしまう。私が使わないまま、勇太も使わないなら持っていても仕方ないからな」
「…ダメになっちゃうなら、やる」
「いや、楽器に興味ないなら無理にやれとは…―」
「―やる!」勇太がトランペットをふんだくり、声をあげる。
 私の方が一枚上手な様だ。私は勇太がどう言えば答えるか解っている。だからこそ、勇太はちょっとした興味を持っただけのトランペットを使わせられる。一つの楽器の音が合奏によって一つの音楽になる時の素晴らしさ。それを私は知っている。それは人間関係とさして変わらない。今の勇太にはそれを気付いてもらいたい。私は勇太にトランペットを押し付ける事に成功した。
 とは言え、勇太は練習する事はあまり好きではないらしい。最初は随分と嫌々やっている様な表情を浮かべていたが、その度に私が「嫌なら捨てるから辞めても良い」と言えば、その度に勇太は「やるってば!」と反論する。何でも卒なくこなしてきた幼い頃の兄とは、顔は似ていてもそういう所は似ていないらしい。そう思うと私は思わず笑ってしまった。



 新しい学校に入り、さほど離れていない寮に勇太が移った。やはり一人で暮らすには、このマンションの2LDKという造りは広く感じる。私はそんな事を思いながら、再び仕事に追われる日々を送る事となった。そんな折、私が休みの日、勇太が家へと帰ってきた。
「発表会?」
「うん。今度、吹奏楽部の発表会があって、俺も出るんだ」勇太が私に向かって自慢げに言う。
「へぇ〜、随分頑張ったじゃないか」私の言葉に勇太の顔がほころぶ。「来週の土曜日か…」
「うん…」何か言いたげに勇太が俯く。
「…仕事だが、二時なら抜けれるかもしれないな」私には解っていた。勇太がこんな表情をするのは、私に何か言いたい時だ。甘え下手な勇太だが、隠すのもどうやら下手らしい。「私も見に行くよ」
「…っ! で、でも仕事は…―」
「―大丈夫だ、何とかしよう」
「…うん!」
 とは言ったものの、果たしてどうなるものか…。





 そうして当日、私は仕事を無理言って途中抜けさせてもらい、発表会の会場へと向かって車を走らせた。既に開始時間から数十分経ってしまっているが、勇太のいる学校の演奏時間に間に合わせる事さえ出来れば、と私は急いだ。
 会場へ走る。どうやら勇太はこれから出番の様だが、緊張しているせいか私が間に合わなかったせいか、随分落ち込んだ表情をしている。
「はぁはぁ…!」息を切らしながら、整える。「勇太ぁ!」
 会場内が一斉に私を見る。勇太のクラスメイトも勇太も、私を見て驚いている様だ。
「頑張れ! 勇太ぁ!」
 私を見るなり恥ずかしそうに勇太が俯く。


 どうやら、私も随分お騒がせな性格らしい。勇太よりも目立っている私は、何も考えずにただ手を振って応援していた…。





                                          FIN