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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.4 ■ 発作的暴走






 ガラガラと音を奏でながらゆっくりとしたペースで台車を引く。





 アリアが“日常”に戻って来て、既に二日が経った。アリアにとっては春の訪れを感じる事もなく、既に気温は初夏の様な陽気に包まれている。ここぞとばかりにアリア用の小さな台車を引っ張り出し、行商を開始する。商売人としては良い意気込みではあるが、やはり未だ夏程の蒸し暑さはない。興味深そうにアリアを見つめる通行人がいるぐらいで、売れ行きは全くない。


 それでもアリアは考え事をするかの様にボーっと景色を見つめてただ静かに呟いた。


「…雪女ちゃん達の着てた着物、着てみたかったかも…」少し残念な気持ちに眉をひそめ、アリアはふぅっとため息を吐いた。




 再び、台車がガラガラと音を鳴らす。




 春から夏、更には秋にかけて、アリアの住むこの地はアリア達の様な氷の妖魔にとっては非常に不愉快な季節だ。しかし、商売をする為に最も適している時期はこのアリアの嫌っている季節から。アリアのジレンマはいつも春になるほど強くなる。そんなアリア達とは違い、雪山に暮らしていた雪女達は自分達の縄張りを妖気によって覆いながら、いつでも涼しく心地良い気温の中で暮らしていられる。そんな彼女達の暮らしがアリアにとっては羨ましくも映っていた。
「元気にしてるかな…」
 大した時間の経過はしていないにも関わらず、アリアが他人にそんな思いを馳せる事など、これまではほぼ皆無だった。アイス屋には毎年夏になると人が通う事はあるが、印象的なお客に対しても、アリアの印象は千差万別なく“お客さん”だ。特定の関わり合いを自らは持とうとした事がないアリアには非常に珍しい。




 再び台車の引く音がピタっと止む。




「…私のコレクション…」
 アリアは思い出したかの様に呟いて口元を静かに緩ませた。母親には内緒で、新しいコレクションを作る事が出来た。まるで、秘密基地に自分だけの宝物を隠している様な、そんな淡い喜びがアリアの胸に広がる。
 ふと、アリアはエヴァを思い出した。金色の髪に紅い瞳。整った顔立ち。彼女を氷のコレクションにするのもまた、アリアにとっては希望の一つだ。




 そしてまた、台車が音を奏でる。




 武彦はあれからアリアの前に姿を現す事がなかった。エヴァの名を聞いて走り去った武彦。アリアにとってはあまり関心はないが、あの時の武彦の表情は今までにアリアが見てきた姿とは異なっていた。
 そしてまた、アリアは改めて雪山に住む雪女達の事を思い出していた。
 何も考えずに歩いていた矢先、以前通ってきた道をふと思い出す。すると、強い既視感に眩暈を感じ、アリアは足元をフラつかせながら立ち止まった。心臓をきつく握り締める様な、それでいてぽっかりと穴でも空いてしまったかの様な何とも言い難い感覚。アリアはそれを“寂しさ”とは思えず、突然巻き起こった自分の身体の異常な事態に息を切らした。向かいから歩いて来る子連れの親子がアリアを見つめて怪訝そうに顔をしかめた。
「…っ!」
 アリアの身体がビクっと跳ねる様に動くと、子供がその場でバリバリと音を立てながら現れた氷に包まれる。
「え…、キャー!」母が大声で叫び声あげる。子供の名をしきりに叫びながら、突如起きた異常な事態に何も出来ず、ただ叫んでいた。
 アリアは自分の胸をギュッと掴む様に息を荒くしながら歩き出す。一歩踏み出すと同時にアリアの足から妖気が放たれ、真正面にあった電柱が一瞬にして氷に覆われる。倒れ込みそうになりながら、アリアが壁にもたれると、壁に氷が走り出し、再び急な痛みが訪れ、眼を閉じる。すると今度は触れてもいない電信柱の上にいたカラスが凍りつく。
「…苦しい…」アリアがそう呟き、また前へ一歩踏み出す。
 子供が凍ってしまった母の叫び声を聞いて次々と集まってくる人々。そんな人達の横を歩き抜けようとした所で、再びアリアの妖気が暴走する。壁や地面、人。見境なく暴走したアリアの妖気がその場で凍らせていく。
 突如人や物が目の前で氷に覆われる。そんな異様な光景を目の当たりにした人々の反応は様々だった。大声をあげて声をかける者もいれば、走って逃げる者もいる。困惑にただうろたえるだけの者に、その混沌とした状況に泣き出す子供も。アリアはそんな光景に目を向ける余裕もなく、壁に手を付いて倒れそうになる自分の身体を何とか持ち堪える。
「大丈夫かい?」
 不意にアリアの目の前に手を差し出された。苦しみながら狭まる視界を手を差し伸べた一人の男へと向けた。
「…誰…?」
 アリアの問いかけに、男はただ静かに微笑む事しかしようとしない。
「随分と苦しそうだね。楽になるまで手を貸してあげるよ」男は真っ直ぐアリアを見つめる。「さぁ、行こう…」不意に男の目が怪しい輝きを放った。
「何を、するつもり…?」
「…チッ」先程までの穏やかな表情を一転させ、男が舌打ちする。「失敗か…」
 突如現れた男の不思議な言動がアリアの奇妙な暴走状態を落ち着かせる。アリアの表情が苦しんでいた歪んだ表情から、いつもの涼しげなおっとりとした表情に戻る。男は後ろに一歩下がり、アリアを見つめた。
「随分と警戒心が強いらしいな…」男が嫌味な笑いを浮かべてアリアへと言葉を続けた。「チャンスだと思ったんだがなぁ」
「チャンス…?」
「あぁ。随分苦しそうな表情を浮かべながら妖力を暴走させていたみたいだからな…。今なら呪術にかかり易いとは思ったんだがな…」
 どうやら先程の苦しみと力の暴走はこの呪術師と思われる男による所業ではないらしい。アリアは改めて凍ってしまった人や周囲を見つめる。
「…涼しい…」アリアが小さく微笑む。
「…化け物め…」呪術師が苦々しげに吐き棄てる様に呟いた。
「…でも、人を凍らせたら、怒られるよね…」アリアが少しばかり困った様な表情をした後で指をパチンと鳴らす。
 すると、氷に覆われていた人々の氷だけが割れ落ちる。きらきらと太陽の光に照らされた銀色の氷の粉塵が舞う。何が起こったのかも解らないまま、人々が散っていく。
「…さすがは氷の種族。自在に操れる訳だ…」
「…そう。だから、私に危害を加えようとしたあなたは逃がさない…」
「…っ! クソ!」
 アリアの言葉と共に、アリアの足元からバキバキと激しい音を立てて柱を突き出しながら氷が呪術師目掛けて走り出す。男が急いで横へ飛ぶ。
「逃げれないよ…」アリアの言葉を表すかの様に、氷が向きを変えて呪術師に襲い掛かる。更にアリアが手を翳し、凍りついた壁面からも氷が襲い掛かる。
「…っ!」呪術師の男が逃げ場を失った、その瞬間だった。
 突如、けたたましい音を立てながら呪術師の周囲に火柱があがる。
「熱い…」ムっとした表情を浮かべながらアリアが火柱に向かって静かに文句を呟く。
 火柱は一瞬にして消え去ったが、呪術師は既に走り出していた。アリアはキョロキョロと周りを見回し、再び走り去っっていく呪術師を見つめた。
「…今の、誰がやったんだろ…」
 恐らくあの呪術師による仕業ではない。アリアはそう思いながら、静かに台車を引いて呪術師を追いかけた。






                                 Episode.4 FIN





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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。


雪山に住む雪の一族に想いを馳せながら、
突如感じた“寂しさ”が解らずに力を暴走させてしまった所、
不意に現れた呪術師と、謎の炎の使い手。

今後の流れが楽しみです。

それでは、これからも宜しくお願い致します。


白神 怜司