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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


File.3 ■ 一夜の出来事 






「社長、今からデートしましょ〜」
 数回のコールの後、聞き慣れた声が返事をした所で私は第一声でそう言った。
『…解った。何処へ行きたい?』
「そーですねぇ、銀座でお寿司食べて、バーでワイン! 年代は1900年物のシャトーワインなんて良いかもです。その後は大人なお楽しみ…ムフフ…」
『成程。随分と“高価”なデートになりそうだ』電話越し、あの人の声はクスっと小さく笑っている。『私ももう手が空く。すぐにいつもの店で落ち合おう』
「はーい」浮かれた様に電話を切る。
 が、そのまま顔を落とした私の表情はさっきまでの口調とは裏腹に、随分と沈み込んだ表情をしている事だろう。絶対的な敵の強さと、その言動。そして、自分の知らない情報。ふと自分の手を見つめる。私はまだ、あの人の横に立てていない。そんな事を実感させられてしまった私の視界が歪む。私は込み上げた涙が零れない様に、ギュっと目を閉じて意識を奮い起こした。
「…(解ってるハズ…。私は、あの人の都合の良い存在でいられれば、それで良い…。でも、今回はそうも言ってらんない…!)」
 前を見つめ、私は再び人混みの雑踏の中へと歩み出した。





――。





 落ち合う寿司屋。ここは、私とあの人の“デート”の定番とも言える場所だ。私が一人で入ろうものなら、せいぜい二貫程食せば私の財布が悲鳴を上げる程の高級寿司屋。私は入り口に面したカウンターではなく、奥の個室へと入っていく。この寿司屋もまた、あの人が裏で手を貸した店の一つ。私とあの人がここで会う事は誰にも知られない様に、わざわざ私は裏の勝手口から出入りする。
「…ふぅ。まだ来てないか…」
 私はいつもの個室へと腰を降ろした。これから始まる“デート”は私にとっては仕事の一つでもある。“デート”という言葉は、二人きりで報告しなくてはいけない内容がある事。バーは危険な仕事であるというワード。そして、年代物のワイン。これは高額なワインであればある程、その内容の極秘性を指し示す。まぁホテルというのは私の個人的な希望だったりもするが、社長はそこに何も言わない。
「…いーじゃん、怖かったんだもん…。触れて安心するぐらい…―」
「―何も言ってないんだが?」
「うぇ!? いつの間に!?」
 思わず私が驚いて声を上げる。目の前には社長が立っていた。
「…まったく、独り言も程々にしろよ、桜乃」ネクタイを片手で緩めながら、溜息混じりに社長はそう言って私の向かいに腰を降ろした。
「もう、声ぐらいかけてくださいよっ」私は頬を膨らませてブーブーと文句を言う。
 端整な顔立ち。スっと整った身体に、細い特徴的な銀フレームの眼鏡をかけている。髪の毛は長くサラサラとしている。私と十五前後歳が違うが、この人はいつまで経っても変わらない。昔から私の視線を釘付けにしてしまう。
「すまないな。性分なんだ」クスっと小さく笑って社長が私を見つめた。「何か頼んだのか?」
「まだですよー。待ってたからお腹空きましたー」
「ハハ、解ったよ。お前はいつも自分から何も頼もうとしないな」
「…むぅ」
 社長は昔から変わらない。私の事を歳の離れた妹の様に接する。私はそれが悔しくて、いつもこの人の前では背伸びしようと必死だった。








 ――初めて出会った頃、私は彼の事が怖かった。
 何もかもを見透かし、私の頭を撫でる様な彼はまだ若い青年だった。既に代々紡がれてきた会社経営に手を出し、彼は専門の勉学を身につけていた。帝王学を学びながら、彼は若くして既に巨万の富みと、計り知れない程の名声を一身に背負っていた。
 出来心なのか、それとも私のこの“能力”を知っていたからか、彼は私を救い、生活を支援してくれていた。小学生の頃には彼は頭を撫で、中学生になった私を兄の様に祝い、高校生になった私を父の様に見守ってくれた。
 だからこそ、私は高校を卒業してすぐに彼の力になって恩返しする為に彼の持つ組織へと入った。少しでも、背を追いかける自分ではなく、隣りに立てる自分になりたかった。






「随分と酔ってしまったみたいだな」
 ホテルの部屋へと着いた。幼い頃からの事を、酔ったせいか随分と思い出してしまっていた。私は彼に支えられながら部屋へと足を踏み入れた。ベッドに連れて行かれ、私はそのまま腰を降ろしたまま彼を見つめた。
「……」
「どうした…?」
「…うっ…ひっく…」
「…桜乃?」
 彼の優しい声が、私の心をあまりにもあっさりと崩す。堪えてきた想いと、先程の恐怖が一気に溢れ出して、私はボロボロと泣き出してしまった。どうしようもなかった。泣き出す私に、彼はそれ以上何も言おうとはせず、私を抱き締めた。温もりがどうしようもなく私を弱くする。私はしがみ付く様に彼に抱き付きながら強く握り締めた。
 私の気持ちが不安定な状態になる事を、彼は知っている。私の身体を抱き締めながら、彼は静かに眼鏡を取り、口付け、顔を離した。泣いたままの私の頭を撫でながら、彼は静かに微笑む。卑怯なぐらい、優しい顔で。





――。





「…ん…」
「目、覚めたか?」
「…私…?」
「泣き疲れたんだろ。泣くだけ泣いたら、そのままスースー寝息立てていたよ」
 彼は私と自分の分のコーヒーを入れ、私に差し出した。
「…チッ、もったいない…」私は思わずコーヒーを受け取りながらボソっと呟いた。
「おいおい」苦笑いしながら彼は私の隣に腰かけた。
 どうやら私は眠ってしまったらしい。彼とゆっくり過ごせるのはこういう時だけだと言うのに、私は随分と惜しい事をした様な気がした。
「…社長。“東京計画”って何ですか?」
「…成程、それが今日の“デート”か」
「はい…」私はコーヒーを一口飲み、ギュっと紙コップを握り締めてその手を見つめていた。「“虚無の境界”が、接触してきました」
「…また随分と厄介な連中を担ぎ出してきたな…」彼が窓に歩み寄り、スイートルームから広がる夜景を見つめる。
「“東京計画”には彼らが関与しているそうです。無駄な抵抗をしない様に、と言伝をする様に言われました」私は社長に目を移した。「社長、私が聞いてもいい事、全部教えて下さい。社長が戦えと言われるなら奴等とも戦います。この身を差し出せと言われるなら、私は…―」
「―行くな」振り返って彼はそう言って近くにある椅子に腰かけた。「…何処から話せば良いか、迷う所だな…」
「…社長…」
「俺は、守りたいだけなんだ。守るべきものを…」
「守るべきもの…?」
「俺の祖父と、桜乃の祖父は親友だった」
「お祖父ちゃん…?」
「あぁ、そうだ。俺は彼らの遺した物を静かに、誰も手に届かない所で守りたい。それだけの為に、この立場を継いだ」
「……」
 知らなかった。私はただ、彼の力になり、彼の為にこの組織に身を投じた。彼の目的は、知りたくなかった訳ではないが、彼の心の内を初めて耳にした。あまりにも遠かった彼が、何だか近く感じる。
「だが、巨大に膨れ上がったそれを、周囲は放っておいてくれない…。異能の者も、恐らくはそれを利用する為に今回手を貸してきたんだろう」
「ちょっと待って下さい…。それじゃあ、今回の“虚無の境界”を利用しているのは、社長の…!?」
「あぁ、恐らくは俺の身内が手を引いているのだろうな」クスっと小さく笑う。
 壮絶な環境に、彼はいた。私はそう漠然と捕らえる事しか出来ずにいた。
「でも、あんな連中を手引きすれば、その後どうなるのか…―」
「―その危険性すら、“ビジネス”として見るのが俺達の一族だ」
「…っ!」
「…桜乃、俺はこの“東京計画”を成功させて、祖父達が遺した“ある物”を必ず守り通す。その為にも、俺の為にもお前は必要なんだ。だから行く事は許さない」
「…社長…」
「“東京計画”の細かい話はデータを見せながら話しをする必要がありそうだ。お前にデータを移したら、データは破棄する」
「そ、それじゃあ私以外にデータが残らない状態になってしまうんじゃ…」
「あぁ、そうなるな」
「そんな事したら、いざって時に私が死んだらデータが消え去ってしまうんですよ!?」
「お前が死んだら、この計画は何の意味も成さない」
「…え…?」
「祖父達の遺した物。それは、お前にも関係がある。そして、お前もまた、祖父達の遺した、俺が守るべきもの。一つとして欠けさせる訳にはいかない」
「…」
 不謹慎かもしれない。それでも、私はただ嬉しかった。彼にとって、自分は特別な存在だと実感出来た。それが、恋や愛とは違ったとしても…。
「桜乃、会社へ行くぞ」
「…はいっ」








                                           File.3 FIN



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いつもご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

腕枕、書きたかった…っ!←
一応描写が微妙になる可能性があったので、
今回はこういった形で書かせて頂きましたが…。

やはり社長イケメンで決定です←
いや、さすがにこればかりは完全に私の個人的な
趣味と言いますか…(笑)

気に入って頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司