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<Dream Wedding・祝福のドリームノベル>
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●待ち続ける花嫁
『あそこのお堂には、若くして死んだ女性が居ってなァ。今でも夫を待ってるって話さェ』
そこのお堂に今、尾神・七重(2557)はいる。
だが、誰も彼女の夫になる事は出来ない――そう、言おうとしては七重は口をつぐんだ。
目の前に立つ、白無垢の姐さんと呼ばれた人物に害意には感じられず。
ただただ、寂寥とした雰囲気を醸し出しているのみ。
誰も誰かの代わりには成れない、それは姐さんと呼ばれた花嫁も理解しているのであろう。
だからこそ、童を止めている。
しかしながら、その諦めが彼女を此処に閉じ込めてしまっている原因の一つではないだろうか……?
「すんまへんなぁ」
申し訳なさげに口にした彼女の言葉はやはり、哀しげに、それでいて童達を責める気は無いのであろう。
どこまでも無邪気な童達、少し接しただけであるが、それは七重にも伝わって来る。
「いえ、お構いなく……それより、お名前を窺っても?」
「名乗る程の者じゃぁ、ござんせん。ですが呼んで下さるなら、小鳥、と……小鳥のように愛らしい云うて、可愛がって貰ったんどす」
『小鳥』と言う言葉を慈しむように、目の前の花嫁はゆっくりと口にする。
まるでそれは、硝子細工を扱うかのような、繊細なものだった。
「僕は、尾神・七重です。――小鳥さん、僕に出来る事を考えました」
名前を噛みしめるように呟いた七重は、傍でクリクリした瞳で此方を見てくる童達に視線を移す。
不安そうにその瞳は揺れており、小さな手は着物の袖を固く握りしめていた。
握りしめた拳は白くなり、童達の緊張を訴えていた……心なしか、瞳が揺れて涙を湛えているかのように見える。
「婚礼の宴を披きましょう」
花嫁が、息を飲んだ――童達は嬉しそうにはしゃぎながら、ぎゅ、と七重に抱きついてくる。
その無邪気であどけない表情を見れば、此れが最善の選択でない事があろうか?
「姐さん、婚礼」
「姐さん、嬉しい」
「おおきに……嬉しゅうござんす」
花嫁の言葉は震え、恐らく角隠しの下で彼女は泣いているのだろう、彼女は震えていた。
泣かないでください、と手を伸ばしたその手、いつも自分の見ているものよりも大きく、しっかりしている事に気づき彼は瞬いた。
不思議そうな表情に童達は気付いたのか、相変わらず周囲をクルクルと回りながら、嬉しそうに口ずさむ。
「此処は夢か現か」
「現実でなく、夢でも無し」
はしゃぎまわる童達に、困ったように花嫁は感嘆とも苦笑ともつかぬ息を吐き、七重の顔を見、朱の唇を開いた。
「あんさんは、あの人にとても……似ていらっしゃる」
優しげな面立ちと、優しげな瞳は――。
口元を抑えながら、ふっくらと笑う花嫁に恐らく、これが解き放たれる為に必要であるのだと、七重は確信した。
そう言えば、何の本であったか……強い思念に捕らわれた者はその場に束縛され、輪廻の輪に旅立てぬのだと書いてあった。
どのような不幸が彼女の身に遭ったのかは分からぬが、決して疎まれた訳ではないであろう。
愛された者特有の、白無垢に負けぬほど無垢の雰囲気を彼女は纏っている。
この童達も、如何様な存在かは、七重には判らなかったが……決して、害悪を為すものではない、其れだけは確信できた。
現世とは違い、この夢か現か曖昧である精神界では、思念の強さ――所謂、思いの強さがその存在を決める。
「姐さん、ささ、お色直し」
「七重さん、ささ、準備準備」
童は七重の心が変わらぬ事を見てとったのか、パタパタと走ってはぐいぐいと七重を押してくる。
紙垂や木綿を結うた榊の葉―玉串―を手に何度か祓う真似をした。
その真似事が姿に見合わぬチグハグな様子に、七重は少し口元をほころばせた。
それに些か、ムッとしたのか童は下唇を尖らせてみせる。
花嫁が席を外した時に、声をひそめて彼は問いかけた。
「小鳥さんの夫は、何故――?」
「……姐さん、待っていた。あにさん、薬探した」
「――ごめんなんし、待たせてしもぅて」
花嫁は少しだけくたびれてしまった角隠しと、剥げてしまった化粧を施され、七重の前に戻って来る。
彼女の登場で会話は途切れ、七重も彼女へ視線を向けた。
「綺麗ですよ、とても」
思いに捕らわれた哀れな花嫁を、輪廻の輪に戻す為の儀式であったが贔屓目に見ても、その花嫁は美しいと言えた。
決して、徒人ではないのであろうが清楚な美しさは、白く輝き無垢な姿を晒す満月の如し。
紡いだ七重の言葉は、嘘でも憐れみでもなく。
「ささ、契を結びましょ」
「ささ、婚礼を行いましょ」
暗闇の奥の、神聖なる扉に手を掛け童達は唄った。
●
朱の盃に満たされるは、清き神の酒なり。
今こそ契を結び、現世から解き放たれよ。
やや俯いてその朱の盃を交換する、花嫁の瞳こそ視る事は出来ぬがあちらからは視えているのであろう。
視線が合えば、そっと恥ずかしげに視線を外す。
桜貝の爪を持つ手が、少しだけ緊張で震えている。
「このような席にいられて、とても嬉しく思います」
穏やかな口調で七重は声をかけ、花嫁はそれに恥ずかしげに口元を押さえた。
「七重さん、格好いい」
「姐さん、口説かれた」
何処で覚えたのやら、参列者は童二人の決して豪華とは言えない婚礼の儀式、しかしながらそれで十分だ。
童の二人、茶化しながらも、興味深げに大きな丸い瞳で此方を見ている。
七重は、杯を満たす清酒を口に含み、嚥下する……喉を焼くようなアルコールに少しだけ、眉を顰めた。
「夫は……私の事をとても愛して下さんした」
「解ります、あなたは今も、幸せそうですから」
ポツリポツリ、懐かしむように花嫁は語る――廓にいた過去の事、決して不幸では無かったが幸福とも言えず。
苦界にいる身は、それなりには辛かったのだと花嫁は声を湿らせた。
現代日本、廓と言うものは既に廃れ、法によって事実上守られている。
……七重は廓と言うものは話でしか知らなかったが、花嫁の声を聞くにそれは良い日々ではなかったのだろう。
「それを、あにさんが水揚げしてくれはって。でも、私、病をもろうて」
言葉尻が震えるのを察し、七重は決して催促するでもなく、ゆるり、相槌を打つ。
花嫁は朱の盃の縁を白く繊細な指でなぞり、そして自嘲じみた笑みを零す。
「あの人、遠くまで――筑紫国にまで出かける云うて、そのまま」
つぅ―と、透明な涙が頬を伝い、零れ落ちる。
それはどのような宝石よりも美しく、見えた……そう見えるのは、一点の曇りも無く目の前の花嫁が、夫を愛しているからであろう。
「あの人がどうなったのかは、わかりんせんが。もう、生きてはいないのでありんしょう」
「――ですが。最期まで貴女を愛していた、僕はそう思います」
「そうどすなぁ……」
ぱたり、ぱたり、朱の盃に涙が落つる。
それは飲み残した神酒に波紋を描き、神酒に映る姿は酷く儚く寂寥としており。
「涙もろくて、あかんなぁ――」
「それ程、愛していたと言う事だと思います。もし、旦那さんがあちらにいらっしゃるのであれば――」
待っていても、仕方がないのではないか……?
言いかけてやはり、尾神は口をつぐんだ。
それは、彼女自身が気付くべき事だ。
――童達が、玉串を差し出してくる。
「玉串を供えましょうか」
「ええ」
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玉串を手にした花嫁の指先に、黒い瘴気が滲む。
「もう、神聖なものとは遠いと言う事でありんすなぁ――」
「そうでしょうか?」
成長して背の伸びた七重は、彼女の手から玉串を取り、彼女の代わりに捧げる。
願わくば、彼女の積み重なった哀しみが癒され、輪廻の輪に戻る事を――願う。
「姿形は変わったとしても、本質は変わっていない。そうではありませんか?」
七重自身、人ではあったが人ならざる魔王として蘇った事がある……だが、どれ程その存在が異端であったとしても七重そのものが変化する事は無い。
その言葉に首を傾げていた花嫁であったが、ふっくら、微笑んで口元を手で隠し。
「面白い人でありんす、七重はんは。ありがとう……」
すぅ、と目を閉じるのが何故か、感じられた――嗚呼、そろそろ迎えが来るのだろう。
やっと、彼女は解き放たれ、輪廻の輪に戻り、そしてまた愛しい人と相見える事が出来る。
「――私の話を聞いて、良くして下さって、嬉しゅうござんした。嗚呼、あの人が」
待っている……そう零して彼女は、遠くを見た。
「今度はあちらで、お幸せに」
そうして、彼女の姿はゆっくりと、消えた。
それと同時に、七重の意識も闇に包まれ――。
●
白く清潔なシーツと、そして薬品の臭い……病院の様だ。
担当医と思われる人物が、気分はどうだい、と気さくな様子で話しかけてくる。
「ええ、とても――良いです」
「良かった。あのお堂が崩れ落ちたみたいで、きみはそれに巻き込まれたんだよ」
その言葉に、七重は少しばかり驚き、瞬いた後、そうですか、と落ちついた声で返す。
掛け布団の上で握りしめた手は、何時もの通り小さな手――嗚呼、現世に戻って来たのだ。
「それでも、二つの地蔵が上手く瓦礫を支えていてね、それでもショックだっただろう」
「いえ。ショックな事は、何も――」
そう言って、七重は微笑んだのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2557 / 尾神・七重 / 男性 / 14 / 中学生】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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尾神・七重様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
とても優しく繊細な発注文に、目を奪われました。
そして夢と現を楽しみたいと思われました故、両方を取り入れております。
二つの対比。
そして、彼女達の正体や往く先に思いを馳せて頂ければ幸いにございます。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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