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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


●邪智悪逆の王

「やれやれ、面倒なものを仕入れちまったねぇ」
 面倒、と言うよりかは楽しそうな口調で碧摩・蓮は目の前にある大きな甕の縁に手を滑らせた。
 煙管をふかしながら、あなたに向かって蓮は口を開く。
「おや、興味があるのかい?随分昔の国で流行った遊戯でねぇ。奴隷を死ぬまで戦わせる」
 そして、敗者はこの甕に入れられ、首切られたと言う。
 王は、民は、その血に興奮し、更にその遊戯は続いていった。
「奴隷たちの怨恨が深い。興味があるならあんたに託すよ――何なら、この甕が当時へと引き寄せてくれるだろうさ」
 砂に塗れた国土――乾いた風が吹き荒び、支配する者と支配される者がハッキリと分かれていた時代。
 そこに君臨する王は邪智悪逆の王、そして民達にもまた、心は無かった。
「じゃあ、任せたよ」
 そう言って、アンティークショップ・レンの店主の姿は奥へと消えて行く。
 ――そして、あなたと甕だけが残された。



「……ふぅん、面白そうだね」
 城ヶ崎・由代(2839)は理知的な黒の瞳の中に静かな好奇心を湛えて一人、呟いた。
 魔術的な歴史のある甕――そこに見える、塗り込められた負の感情。
 甕に描かれた、国を守護する存在であったと思われる、獅子の顔は厳めしく。
 そして、力を増幅させる様な文様がハッキリと刻まれていた。
「成程。これも魔術の『核』の一つかもしれないね」

 怨嗟が、由代を呼ぶ――暗闇が、手を伸ばす。
 其れに逆らう事も無く、そして、彼の姿は甕の中に消えた。

 砂がゴォ、と音を立て吹き荒ぶ――生産力のない、貧しすぎる土地。
 それに反比例し、人は増え、食料の奪い合いが起き、土地の奪い合いが起きる。
 巻き戻される事無く、甕の中で繰り返される歴史。
 それは渦巻く砂嵐の如く。
「此れは……いや、僕自身を引きずり込んでいるのではないのだろうね」
 それ程に強大な力であれば、何も犠牲者を出さずして甕が存在していたと言うのも不自然である。
 つまり、強力過ぎない程度には曰くのある物ではあるが、少なくとも由代の生命を脅かす様なものではない。
「(だとすれば、意識のみを引きずり込んでいるのか。どちらにせよ、この中に一度入ってしまったら力技を使って抜けださねばならない)」
 ――僕は好まないところだけどね。
 砂色の城に向け、由代は歩を進める……未知を求める研究者肌故か、その口元は綻んでいた。

 王も嘗ては善政を布いた王であった、決して根からの悪人ではない。
 だがそれが、我々に何をもたらすのであろうか?
 ただただ、今は砂漠の悪魔に魂を売り渡した傀儡ぞ……だとて市民の声は恐ろしい。
 王よりも更に、その腹は楽しみを喰う事を求めている。
「あんたが?――旅人、にしては随分と簡素だが。悪い事は言わぬ、この土地から離れた方が良い」
 節介焼きの兵士は、顔をしかめて由代の『遊戯』に参加したいと言う言葉に首を振る。
 だが、由代とて此処まで来て退く訳もなし首を振ってはその意思が固い事を示す。
 やがて兵士は、勧めはしないが――と苦い顔をしたまま、赤く錆の浮いた城門を解放した。
 暑い日差しから身を守るショールを借り、由代は珍しげに国の様子を観察する。
 確かに奴隷身分と思われる人物は、この暑い最中、ショールも貰えず灼熱の太陽の下に肌を晒されていた。
 遠目にもその、皮膚が乾燥しひび割れているのが見える。

「号外号外、今からコロッセウムで奴隷同士の決闘が始まるそうだ!」
「おお、しては先程2回戦をあっという間に片付けたアントニウスと、貴族から押収したグレアスの戦いか?」
 どっとその場が沸く、楽しみに飢えた市民達に奴隷が人(同種)であると言う認識など存在しない。
「少し訪ねたいのだが、コロッセウムは何処にあるのかわかるかい?」
「おう、あんたも見に行くのか?コロッセウムなら、俺達と一緒に来ると良い」
 ショールを被った男は、人懐っこそうな顔でコロッセウムの方を指差す。
「いや、その奴隷たちと王に、用事があるのだがね」
 そう言って低くも穏やかに響き渡る、バリトンの声。
 それに包まれた男は、不思議そうな顔をしてコロッセウムへの案内を買って出た。

「あんたも、賭けをやるかい?」
「遠慮しておくよ、キミは強そうだ」
 由代の言葉に違いない、そう言って笑った男は身分証を差し出しコロッセウムの内部へと入る。
 男の口利きで中に入った由代は、素早く目を動かし赤い石を切り出して作られた堅牢と言えるコロッセウムの中から、王の姿を探す。
 王は鈍く光る石を切り出した椅子に座っていた。
 厳めしい獅子の顔が彫刻され、それと瓜二つのように王の顔も厳めしい。
 審判の声が飛び、野次が飛ぶ、熱気に気圧される事も無く二人の奴隷は肉厚の刃をぶつけ合う。
 足に着いた足枷が、ジャラリと音を立てた……逃げ出さないようにする為の策なのだろう、命を賭した奴隷達は雄たけびを上げると一気に襲いかかる。
「いけ、アントニウス!」
「グレアス何かに負けるな!」
 市民の野次が飛び、それに勇気づけられたかのようにアントニウスと呼ばれた青年が大きく踏み込んだ。
 グレアスと呼ばれた男の頬がパックリと赤く、割れる。
 王が身を乗り出し――その瞬間。

 指先が宙にシジルと呼ばれる魔術的な意味を持つ、絵文字を描いた。
 同時に現れるのは、異世界の住人。
 ――この世の存在ではない『もの』
 その存在は三つの眼を持ち、四対の角、そして三対の翼をもつ、異形――それは太陽の光さえ吸収したかと思うと、一息に王のもとへと宙を翔ける。
「甕の中の記憶は、あくまで記憶でしか無い。仮想である脆い存在の王、それが倒れれば――」
 王の姿が生きたまま、腐り、朽ちては灰塵に還る。
 ひび割れる音、そして響き渡る奴隷達の声――王が死んだ、王が死んだ、王が死んだ!
 確かに彼等の表情に、喜色は浮かんだ、だが直ぐにそれは市民達への怒りとなって爆発する。
 抑圧された感情は、歪に形を変えて支配していた者へと襲いかかるのだ。
「だが、本来ならば既に、灰塵に還っているのだから……怨嗟も既に留めるのは難しいだろう」
 此れは、甕の記憶――不浄とも言える怨念は『あるべきところに還りなさい』そう告げた、由代の言葉と力によって徐々に消滅していく。
「空っぽの玉座、か。此れも壊しておこう」
 厳めしい獅子の顔が、真っ二つに割れる――それは光を放ち。
「やはり、此れが『核』だったのか」
 意識は現世へと、移る。

 自室に『戻ってきた』由代の目の前には、厳めしい文様が描かれた甕がある。
 描かれた文様の内、獅子は真っ二つに割れ、ハッキリと刻まれていた文様も薄く読み取る事は難しい。
「ただの甕、に戻ったか」
 此れで良いのだろう、由代はメモを取っておいた文様を見、そして甕を見、微笑んだ。
 さあ、過去に存在した砂漠の国の、魔術を込める文様の技術は、彼の手に入るのか――。
 その日は遅くまで、彼の部屋の明かりが灯っていた。



 それが、彼の手にした甕の持つ記憶である。
 奴隷の怨嗟は酷く辛く、そして王の残虐の記憶は強烈で。
 それでも尚『形』を保っていたのは、ただただ、忘れる事が出来なかったからにしか他ならない。
「段々と、薄くなってきたようだね」
 元は、存在すら出来ぬはずであった、甕――それは思念と言う意思の『形』が作り上げた『現世』にあらざらぬもの。
「まあ僕は、文様のメモも終わったし……この甕も、役目を終えたと言う事かな」
 ただ、一つだけこの記憶に、改竄――否、訂正を加えるのであれば。
 遥か昔、まだまだ王が善政を布いていた頃の話。

「悪い悪い王様は、未来から来た魔術師に、滅ぼされ――その魔術師は全ての民の壁を取り払い、また新たな国が生まれた」

 そう、全ては『貴方』が来るまで、その為の『甕』の記憶。
 解放された奴隷は、新たな国を作りあげていたのだろう……砂漠の民は、強い。
「全く、不可思議な記述だね」
 そう言って、由代は笑う――文様について調べた文献に乗っていた、小さな伝承。
 それがまるで、自らに酷似していて。
「まだまだ、僕は退屈しそうにないな」
 ユラリ、原形をとどめ無くなった甕は、静かにその役目を終え、その場にはあの懐かしい色をした、赤い砂だけが、残された。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男性 / 42 / 魔術師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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城ヶ崎・由代様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

頂いた文章を読み、まるで由代様がバリトンの声で語りかけているような錯覚を覚え、この様な文章になりました。
渦巻く砂嵐の様に――甕の中で記録が続いていくのであれば。
歴史もまた、然り。
何処が出発点で、何処が終着点なのか――其れを知っているのは。
そして、其れを知る事が出来るのは、由代様だけでしょう。
願わくば、彼等の存在が少しでもあなたの心に残りますように……。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。