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<東京怪談ノベル(シングル)>


全来客を覚える簡単なお仕事です

●接客人の面の皮の厚さ、侮ることなかれ

 営業マン然り、販売員然り、そして受付嬢もまた然り。
 ――受付。ひと昔前は一般職などと呼ばれ、結婚までの腰掛け正社員も多かったとか。

 しかし平成大不況、どこの企業も経費節減は目下最大の企業目標だ。
 世間的にはそれなりに儲かっている部類に入る当社も、それは同様の課題で。
 現に今、飛び込みの営業マンを笑顔で切り捨てている美人受付嬢も、専門の派遣会社から来たスタッフである。

 巨大企業の看板に恥じない、ちょっとしたホテルのエントランスのような受付。
 午後6時の定時までは、常時少なくとも2人の受付担当が控えている。
 片方は派遣スタッフ。そしてもう片方は、龍宮寺・桜乃だ。
「いらっしゃいませ、ご用件をお伺いします」
 とびきりの笑顔を浮かべ、愛想を振りまく桜乃。あたかもこれが本職であるかのように振舞っている。
 彼女の真の所属は『特殊情報部』だ。
 しかし、その存在――そしてその業務内容は、公にされているものではない。
 社外は勿論のこと、社内の人間でも、一部の人間のみが知る極秘部署。
 それゆえに、対外的な桜乃の身分は秘書課にあり、人手の足りない時間帯などはこうして受付にも借り出されるのである。

 とはいえこの仕事も、特殊情報部と全く関係のない仕事というわけではないのだ。
 手前味噌だが、なにせ人の出入りの激しい、天下の大企業様である。
 よからぬ事を企んで訪問してくる、いわば招かれざる客も数多く存在する。
 その多くは、一般のガードマンによって侵入を阻止されるが、中には彼らの警戒をくぐり抜ける者もいる。
 所謂、特殊能力を持つ者達だ。
 この日本、大都市東京では、今日も数多くの怪奇現象・超常現象が断続的に確認されている。
 それらの多くは、卓越した能力を持つ超人……いわば超能力者の暗躍によるものだと、桜乃達は認識している。
 そのような結論に至る理由はただ一つ。桜乃自身もまた、常人とは一線を画した能力を行使する者だからだ。

 あらゆるものを記憶する能力。
 勘を凌駕する直感。

 その能力を以て、桜乃は、毎日押し寄せる多数の訪問客達をふるい分けているのだ。


●とはいえ、雑念も多分に存在しますゆえ

 機械的にマルバツを付けていくことも出来なくはない、が。
 いくら機械より正確に作業をこなせるからといって、毎日そんな風に仕事をしていたのでは、すぐに飽きてしまう。
 あくまで桜乃も人間。サボりたい時もあるし、いい男を見つければ注意力が寸断されることだってある。

 笑顔で頭を下げるのが、彼女にとって通常業務のひとつであるのと同じように、訪問してくる客もほとんどが業務中。
 だからだろうか、毎度同じ口上で名乗り、同じ歩調で応接スペースへ向かっていく。
 そんな規則的な動きの中に、わずかな違いを見出すのが、桜乃のひとつの楽しみでもあった。

「いらっしゃいませ、お疲れ様でございます」

 見知った顔の男性が足早に過ぎ去っていく。桜乃と隣の女性は同時に頭を下げた。
 今のは、子会社の部長だ。近々孫会社の社長に……なんて噂もある期待株だそうで。
 きっちりと整えた髪が印象的な、まじめな雰囲気の渋イケメン。実は笑った顔が可愛かったりもする。
 ちなみに思春期真っ只中の娘さんがいて、扱いに困っているらしい。
 そんなどうでもいい豆知識は、本人から仕入れることもあるし、噂で聞く事もあるけれど。
 どちらにせよ一度聞いたら忘れない。いや忘れられない。そういう性分なのだ。

「……あの方、月1でいらっしゃいますけど、いつも同じネクタイですよね」

 渋メンが通り過ぎて暫く経ってから、隣の女性がぽつりと呟いた。
 桜乃は「そうかもね」と相槌を打ちながら、心の奥でなるほど普通の人間にはそう見えるか、と納得していた。
 人間の記憶というのは意外に曖昧なもので。
 ひとつふたつ目立つ要素があると、そこに気を取られて細部のディテールが霞んでしまう事も少なくない。
 彼のネクタイは、毎月同じブランド・同じ色ではあるが、多少デザインが違うもので二〜三種類ローテーションされている。
 よほどあのブランド、そしてあの色が好きなのだろうとは思うが。
 隣の彼女が示唆するような「あの一本しか持ってない」事実なんてものは存在しない。

 全てを記憶できる桜乃にとっては、相手のネクタイの色柄や、女性ならネイル、メイクの状態までが観察対象になる。
 なんとも恐ろしい能力だ。
 本当は桜乃、彼のネクタイより隣の彼女が毎日同じ靴を履いている事の方が、よほど気になっているのだけれど。
 ……その、なんだ。時には沈黙することも、円滑な人間関係には重要なのである。


●招かれざる客発見!

「いつもお世話になっておりま〜す、○×電機のO川です。システム部のI田さんお願いできますでしょうか!」

 来たなO川! 桜乃は反射的に身構える。
 現れたチャラ男、O川はシステム部に出入りする中堅メーカーの若手営業マンだ。
 何やら近々機材の入れ替えを予定しているとかで、ここ数ヶ月ほど何社か頻繁に来ているようだけど……。

「承っております。お取次ぎしますので、お掛けになって少々お待ちください」
「すいませ〜ん」

 一応仕事だから、と笑顔でソファへ案内する。けれど内心では苦笑い。
 I田さんいわく、O川の会社の製品は動作不良が多くて使い物にならない。
 甘い汁だけ吸われているってことに、早く気づけ鈍感チャラ男。
 ……もちろん言葉には出さないけれど、いいかげん気づけばいいのに、というオーラを込めてお茶を出す。

(あーっ、平和なのはいい事なんだけど、こうも何もないとココにいる意味を感じられない……!)

 いや、O川も、ある意味招かれざる客なのだが。
 残念ながら、本来桜乃が相手すべきという意味でのソレではない。
 桜乃が意図するソレというのは、つまり……。

 と、そこへ現れる新たな来客。
「いらっしゃいませ」
 初めて見る顔だ。桜乃は僅かに警戒心を持ったまま、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、私、株式会社☆★商事のA島と申します。開発部のY崎様とお約束させて頂いているのですが」
「かしこまりました……確認しますので少々お待ちください」
 笑顔で返事をする同僚。
 しかし、桜乃の目はごまかせなかった。
 挨拶と一緒に差し出された、出入り業者用の入館証に、妙な違和感を覚えたのだ。
(☆★商事のA島……? ☆★商事でここ半年の入館登録者にこんな顔の人いたかな……)
 A島という名前には聞き覚えがある。
 だが、確認した資料の写真はこんな岩のような大男ではなかった。もっと……そう、すらっとしたイケメンだった。
 ブサメンならまだしも、イケメンの顔を忘れる桜乃ではない。
 目を細めてじっと入館証を見つめ――気づいた。
(あー、なんだこのIDパス偽造じゃん)
 黒確定。
 開発部に内線をかけようとする同僚を押し止め、にっこり笑顔で男に告げる。
「A島様、お話は承っておりますので、あちらの第二応接室でお待ち下さいませ」

 ちょろいぜ、という顔をして奥へ向かう男の姿を見送りながら、桜乃はふう、とため息を零した。
 そして、それはコッチの台詞だよ、と言わんばかりの笑顔で。
(残念だったわね工作員さん、怖ーい特殊情報部の先輩達にたっぷりいびられるが良いわ!)

 そして再び、イケメン観察に戻る所存。