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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 吸血鬼に永遠の眠りを








 廃墟のビルの中、満月の輝く夜に似合わない激しい爆音が鳴り響く。

「―ぐっ…こんな仕事、引き受けるべきじゃなかったな…」
 左肩に受けた傷を右手で止血しながら、武彦は生温かい自分の血の感触を味わっていた。

「フ…、人間風情がこの私と戦おう等とは嗤わせる」
 ツカツカと革靴の音を鳴らしながら、おおよそ人とは思えない恐ろしい形相をした
吸血鬼が武彦へと歩み寄る。

「…あぁ…、全くだ…。吸血鬼なんて、常人が勝てる様な相手じゃねぇよ」
 諦めたかの様に笑みを浮かべた武彦が吸血鬼たる相手へと告げた。
「伝説上の生き物退治なんて依頼、受けなきゃ良かったと後悔してるさ」


「ならば後悔と共に血肉を屠ってくれる」
 吸血鬼が詰め寄り、鋭い爪を振り翳す。

 高額な資金を積まれ、武彦が引き受けた吸血鬼退治。やはり一筋縄で片付く様な
相手ではない。
「…とまぁ、一人だったら無理な仕事だったろうな」
 武彦は自分の背後に立つ人物の気配を感じ、静かに呟いた。
「やれやれ、遅かったじゃねぇか…――





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「お助け致します、草間様」
 スラっと伸びた背に、金色の真っ直ぐと降りた腰にもかかる程の髪。そして、独特のメイド服に身を包んだ“エリヴィア・クリュチコワ”が静かに告げる。
「西洋の使用人風情がまさかこの私と対峙する、と?」吸血鬼が嘲笑を浮かべてエリヴィアに告げる。
「わたくしはエリヴィアと申します。以後お見知りおきを…」そう言ってエリヴィアが深々とお辞儀する。
「以後、などあると思っているのか?」
「…フフ、そうでしたわね」エリヴィアがそう言って小さく笑う。
 その瞬間、周囲から一斉に何人もの武装した部隊が吸血鬼目掛けて銃撃を行う。銃弾の嵐を避ける様に吸血鬼が後ろへと飛び退いた。
「草間様、傷の手当を致します。どうぞこちらへ」
「へ? あ、あぁ…」
 激しい銃撃の雨の中、エリヴィアに連れられて後ろに下がらされる武彦はその光景に思わず言葉を失っていた。
「どうぞこちらへ」エリヴァアに連れられ、武彦が後ろに下がると、エリヴィアがスッと手を上げる。
 そのエリヴィアの動きに合わせる様に武装した集団が武彦とエリヴィアを守る様にその道を封鎖し、弾幕を張って更に吸血鬼を牽制する。
「すごいな…」思わず武彦が呟いた。
「さぁ、草間様。服を」
「あぁ、すまないな…」
 手際良く傷口を消毒し、エリヴィアが傷口の処置を済ませた。その手際の良さは、やはりプロ。仕込まれた実力故に出来る速さと判断がそれを可能にさせている。
「終わりました。少々傷に不安な点はあると思いますが、腕等にも後遺症は残らないでしょう」エリヴィアが相変わらず眼を閉じたまま静かに告げた。
「さすが、だな…」腕に残っていた刺す様な痛みがなくなっている事に武彦は気づき、自分の処置され包帯の巻かれた腕を見つめた。
「草間様はそのままお休み下さいませ。あとはわたくしめが処理致します」
「まぁこれだけの兵力があれば、さすがに吸血鬼と言えどな…。いったい何人いるんだ、この連中」武彦が呟く。
「そうですね、1500程度ではないでしょうか?」
「せっ、1500!?」
「えぇ。戦闘部隊と、外の見張り。万が一逃がした時の為にも、しっかりと配置させて頂きましたから」ニッコリと穏やかな表情を浮かべてエリヴィアが武彦へと告げる。
「…やれやれ、用意周到と言うべきか、容赦ないと言うべきか…」
「お褒め頂いて光栄ですわ」
「…もう良いよ」武彦が溜め息混じりに呟くと、エリヴィアは口に手を当ててクスクスと笑っていた。
「…先行部隊、状況を」エリヴィアの表情から笑みが消え、エリヴィアが呟いた。
「吸血鬼は依然として銃撃を避けています。動きは封じれますが、やはり人間の作った兵器では限界があります」先行部隊の一人が銃を撃ちながら呟く。
「…やはり、伝説上の生き物というだけはありますね」武彦の横でエリヴィアが呟いた。
「どうぞ」
「…なんだ、分身か…」武彦が思わずお茶を出したエリヴィアに向かって告げる。「確か、お前の能力だったな…」
「《夢幻分身》ですわ」お茶を渡したエリヴィアが告げる。「ここにいる先行部隊も私も、本体が作った分身ですから」
「成程な」武彦がお茶を手に取り、口に注ぐ。
「草間様」最初に武彦の前に現れた本体と思しきエリヴィアが口を開く。「銃器では吸血鬼を牽制する程度にしか至れない様です。ここからは魔術を用います。最悪の場合はお先にここから脱して下さいませ」
「馬鹿言うな」武彦が答える。「これは俺が引き受けて、お前に協力をさせてる仕事だ。俺が逃げるなんて出来るかっつの」
「…頑固な方ですわね」エリヴィアがクスっと笑う。「では、少々激しい戦闘になりますが…。先行部隊、魔術使用を許可します」
「了解」
 先行部隊が重火器をその場に投げ捨て、一斉に吸血鬼へと手を翳す。赤い魔法陣が浮かび上がり、吸血鬼へとめがけて炎の矢を一斉に放った。
「フン、煩わしい鉄の雨の次は炎とはな。どうやら黒魔術にも心得があるらしいな、小娘」吸血鬼が迫り来る炎を腕の一振りでなぎ払う。強烈な風が、エリヴィアの夢幻分身の放った炎をかき消す。「だが、この程度で私をどうにか出来るとでも思ったのか!?」
「思ってませんわ」クスりと笑った先行部隊が一斉に飛び退くと、赤い巨大な魔法陣を囲む様に五人のエリヴィアが地面に手を当て、その中心に一人のエリヴィアが立っている。「呪いなど、いかがです?」
 突如真っ赤に輝く魔法陣の中から鎖がジャラジャラとけたたましい音を立てて中心に立っていたエリヴィアの右腕に巻きつく。すると、同時に吸血鬼の足元にも同じ魔法陣が現れ、右腕に同じ様に鎖が巻きつく。
「…っ! 災厄の呪い…!」
「そうです。術者と同じ苦しみを対象に犯させる、禁忌とされた魔術。味わった事でもおありですか?」魔法陣の中央にいるエリヴィアがそう言うと、再びジャラジャラと音を立てながら地面から鎖が飛び出てエリヴィアの首に巻き付く。
「願い下げだな…」吸血鬼の体にも同じく鎖が襲い掛かる。鎖の呪縛から抜け出そうと力を入れてみるが、多少の余裕があった鎖の締め付けが強くなる一方だ。
「逃れようとすれば災厄を。受け入れるのなら安息を」エリヴィアの言葉と共に更に二本の鎖が残った左腕と腹部へと巻き付く。
「面倒な真似を…!」吸血鬼が妖気を放ち、鎖に身体を縛られたまま口を開く。急速に集められた妖気が真っ黒な球体を生み出す。
「させません!」エリヴィアが危険を察し、急いで鎖を新たに召還させようとする。
「遅い!」
 吸血鬼から放たれた黒球がエリヴィアの夢幻分身の先行部隊へと真っ直ぐに向かっていく。激しい爆発によって先行部隊の役半数程を薙ぎ払い、廃墟と化したビルがグラグラと揺れる。
「なんて威力だ…」本営から戦況を見つめていた武彦が思わず固唾を呑む。
「あんな危険な能力を隠し持っているとは思いませんでしたわ」武彦の横でエリヴィアが呟いた。「ですが…」
「…っ! 馬鹿な…、無事だと…!?」
 舞い上がる砂塵が突如煌々と赤い光に染まる。砂塵が振り払われ、エリヴィアの冷静さを表すかの様に、魔方陣によってその場だけが何事もなかった様に守られている。
「この禁忌を、その様な力技で捻じ伏せようとするだけでは消せませんよ」魔方陣の中のエリヴィアが嘲笑を浮かべる。「さぁ、共に堕ちましょう」
「バ…バカな…」吸血鬼の表情が青ざめる。その瞬間、鎖がジャラジャラと音を立てて地面へとゆっくりと沈み込んでいく。「ぐっ! や、やめろ…!」
 同じく、魔方陣の中にいるエリヴィアも徐々に魔方陣の中へ飲まれていく。お互いの顔が鼻まで沈んでいった瞬間、エリヴィアの夢幻分身が消え去る。
「共に堕ちるなど、わたくしも願い下げですわ」武彦の隣にいたエリヴィアがスッと深くお辞儀する。「安らかに、とは行きませんが…。お眠り下さいませ…」
 吸血鬼が魔方陣の中へと完全に飲み込まれると、エリヴィアが身体を起こし、武彦へと振り返った。
「終わった、のか…?」
「はい。草間様の依頼通り、排除致しました」そう言うと同時にエリヴィアの夢幻分身が一斉に消えていく。「その傷の具合もあります。帰路は同行致しますわ」
「本来なら、俺が送るべきなんだがな…」武彦がポリポリと頭を掻いてため息を吐いた。「頼むわ」
「はい」エリヴィアの表情が薄っすらと笑顔を浮かべた。






――。





「それにしても、真夜中に抜け出させて悪かったな」
 帰路につく武彦がエリヴィアに支えられながら歩いていると、エリヴィアへとそう告げる。
「あら、そんな事を気になさっていたのですか?」
「そりゃあな」武彦は目の前に見えた草間興信所を見つめて足を止めた。「今度何か埋め合わせする」
「フフ、気になさらないで下さい」エリヴィアがそう言って小さく笑った。
「…まぁ、何かあったら言ってくれ」武彦が調子を崩された様に溜め息混じりにそう告げた。「悪いな、ここで大丈夫だ。助かった」
「いえ、殿方の腕を支えながら歩くという貴重な体験をさせて頂きましたので」
「ハハハ、何だそりゃ」
「今頃、わたくしめの本体は主人の就寝を確認してお休みしている頃ですから」
「…え」武彦が思わず呟く。「って事は、ここにいる“お前”は…」
「夢幻分身ですわ」ニッコリと笑ってエリヴィアが告げる。「それでは草間様。わたくしめも役目を果たさせて頂きました。では…」
「あ、あぁ…―」
 武彦の言葉と共に、先程まで目の前にいたエリヴィアが姿を消した。取り残された武彦は暫く呆然としてから、小さく笑って草間興信所へと入って行った。





                                               FIN





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ご依頼参加、有難う御座いました。白神 怜司です。

“夢幻分身”、便利そうで羨ましい能力ですね…(笑)

分身との情報の供給なども出来ているのかが
解らず、そこはちょっと濁して表現してしまいましたが、
独特な能力なので書いていて楽しませて頂きました。


気に入って頂ければ幸いです。


それでは、機会がありましたら、
是非また宜しくお願い致します。


白神 怜司