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<Dream Wedding・祝福のドリームノベル>
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愛の花咲く時
白いアジサイが覆い隠すように咲き乱れるなか、道を進むと小さな教会が見えてくる。
教会では、今日、1組のカップルが挙式を予定していた。
新郎の名は草間武彦(くさま・たけひこ)。しがない探偵である。
そして、新婦の名は黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)。
教会の少し古臭い木の扉の前で、草間はうろうろと行ったり来たりとしていた。
扉の奥は新婦の控え室。
この扉の向こうで今、俺の恋人が…いや妻になる女性がウェディングドレスを着ている。
俺が選んだ、シンプルだがいいドレスだ。
あの豊満な体をより際立たせる…コホン…いい女をもっとよく魅せるデザインだ。
早く見てみたい。入るべきか入らざるべきか…。
さっきからうろうろとしている理由はそれだった。
「新郎は新婦のウェディングドレスを結婚式当日まで見てはいけないそうですよ? オランダの言い伝えですけどね」
くすくすと笑いながら、教会の中を忙しげに走り回るウェディングプランナーは草間に声をかけた。
「み、見ちゃだめなのか…?」
心中を見透かされたような気分で、草間は少々罰の悪そうな顔をした。
「あくまでも言い伝えですよ。お気持ちはわかりますし、花嫁さんのお支度が終わるまでもう少しお待ちになってみては?」
ふふっと笑って去っていったウェディングプランナーは、少しだけ意地悪そうだった。
ちくしょう。なんだか手玉に取られた気分だ。
近くにあった小さな椅子に腰掛け、草間はタバコを取り出した…が、いつもの服装ではなかったためタバコは見つからなかった。
彼もまた、結婚式にふさわしいシルバーグレーのタキシードを着ていた。
…しょうがねぇな。結婚式に煙草臭い新郎として出て行くわけにもいかないだろう。
草間は煙草を諦めた。
小さな教会には結婚式の進行をしてくれるウェディングプランナーなどのスタッフ以外姿は見えない。
2人の結婚式は極身内…草間の妹である草間零(くさま・れい)のみが出席者である。
冥月の立場上、大勢で祝ってやれないのは致し方ないことだったが、残念だった。
一番綺麗な花嫁の姿を誰にも見せ付けることが出来ないなんて…。
しかし、ここまでの道のりを考えれば当然とも言えた。
ドレスを買ってやると約束してから数年。やっと辿り着いた結婚式。
彼女自身は本当にいい女だ。なにせ俺が惚れた女だからな。
けれど、背負ってるものはとても大きく重い物だった。
彼女が暗殺組織に組し、そしてそこで恋人を殺されたこと。
追われるように日本に逃げてきたこと。
そして俺と出会い、俺たちが惹かれあったこと。
俺はそのこの世にはいない恋敵に俺たちの仲を認めさせたこともある。
あの時の桜は、未だに不可解だが、きっとやつが認めたのだと俺は思っている。
それから組織の残党が冥月を追ってきたり、冥月を倒して名を馳せようとするバカヤロウどもの襲撃…。
数え切れないほどの修羅場が襲ってきた。
…あぁ、なんかあんなバカヤロウどもの話を考えるのはよそう。
今日はせっかくの晴れ舞台だ。
誰にも邪魔はさせないさ。
それに彼女を手に入れる為に必要な障害なら寧ろ願ったりさ。
「兄さん、終わりましたよ」
零の声に扉開けると…そこには純白のベールをまとい、純白のマーメイドラインのウェディングドレスを着た冥月が照れたように少し頬を赤くして静かに佇んでいた。
髪は右側にみつあみで纏められて、白いリボンが一緒に編みこまれていた。
胸には大切なロケットペンダントが飾られている。
「……」
言葉を失う…っていうのは、このことだった。
筆舌に尽くしがたく、どんな表現も彼女のこの姿を表すには足りない。
「武彦」
いつもより華やかな化粧も、冥月の白い肌によく似合って美しく見えた。
「武彦ったら」
「…あ?」
おもわず間抜けな声を出して、草間はしまったと思った。
冥月が呆れた顔をして、不満そうに眉根を寄せている。
「そんなに変? 私の声聞こえなくなっちゃうくらい…」
そっと零が気を利かせて、退室した。
草間と冥月はそんなことは気がつかない。
「綺麗だよ、すごく綺麗だ」
「…ホントに? 無理して言ってる?」
「ば…ホントだよ。いつも美人だと思ってたけど、今日は女神みたいだ」
草間の目が優しくまっすぐに冥月を捉える。
冥月はその瞳に、顔を赤くしてうつむいた。
「武彦も…とても似合ってる」
「そうか? いつもと変わらん気がするがな」
「ううん。だって、私の…ダンナ様だもの」
俯いたまま微笑んだ冥月の顔は、とても幸せそうで儚げに見えた。
「なぁ、冥月」
「ん?」
草間は冥月をぐいっと引き寄せた。
「…すまん辛抱堪らん、押し倒していいか」
「え!? ちょ、た、武彦!? 武彦…武彦…!」
「武彦! 武彦ったら!」
ぐいっと顔を無理やり横に向かされて、首に衝撃が走った。
「もう! 新郎新婦、来るわよ。ぼーっとしないの!」
冥月に怒られてハッと我に帰った草間は、キョロキョロと辺りを見回した。
冥月は…純白のドレスではなく、黒のイブニングドレスを纏っている。
教会の出入り口から下る階段の両サイドに見知らぬ男女がライスシャワーの入ったかごを持ち、待機中である。
…そうだった。今日は友人の結婚式に出席しているんだった。
こじんまりとした教会で、友人のみを集めて行われた小さな結婚式。
6月の結婚式。ポツリと冥月が「女の子の憧れよね」と漏らした。
…どうやら、白昼夢にとらわれていたようだ。
草間は苦笑いした。
まさか自分がそんな妄想を思い描くとは。
しかし…悪い夢じゃなかった。
そうさ。遠い未来じゃないのかもしれない。
新郎と新婦が出てきた。
友人たちは拍手喝采で彼らの新たなる門出を祝福する。
冥月も幸せそうに小さく手を叩いて彼らを祝福する。
「あれ? 草間。恋人か?」
草間に気がついた新郎が寄り添う冥月にニヤリと笑った。
「ああ…いや許婚?」
「へぇ。なら結婚式には呼んでくれよな」
新郎が笑顔でそう言って階段を下りていくと、冥月は真っ赤になって俯いた。
「もう…バカ」
「ホントのことだからいいだろ」
「さぁ、お待ちかねのブーケトスの時間ですよ〜」
その声に女性陣はわらわらと集まりだす。
花嫁の投げたブーケを受け取ると、次の花嫁になれるという。
そんな古い言い伝えだが、女性にとっては魅力的なジンクスである。
「…冥月は行かないのか?」
隣にいた冥月に、草間は尋ねた。
「私には…そんな資格ないから」
少し寂しそうに笑う冥月に草間は黙って冥月の背中を押した。
「え?」
「俺がいるんだから、冥月にもその資格、あるだろ?」
冥月は少し考えて「でも」と言いかけた。
その言葉を遮って、草間は言った。
「絶対にとって来いよ」
冥月は躊躇いながら、ブーケを待つ女性たちの中にまぎれた。
少しでも、普通の女性のように夢を見てもいいと思った。
夢が夢でなくなるように、俺がいくらでもお前を連れて行ってやる。
どこにだって。どうやったって。
「さぁ、ブーケは誰の手に!?」
花嫁が天高くブーケを投げる。
それは太陽の光を受け、一瞬行く先を見失わせた。
わぁっという歓声と共に、女性たちは闇雲に動き出す。
冥月はそれに押し流されるように動き出す。
太陽の光は眩しすぎて苦手だ。
ブーケは間もなく誰かの手に落ちる。
きっとそれは、私の手の中ではない。
「…は?」
間抜けな声がした。
何が起こったのか、全員が理解するのに時間を要した。
ブーケを受け取ったのは、草間武彦であった。
「…なんか落ちてきたぞ?」
断じて草間は落ちる箇所に動いたわけではなかった。
すべては花嫁の投げた方角が悪かった…としか言えなかった。
「ちょ、やり直し!」
参列者の女性から声が上がる。ブーイングの嵐だ。
「まぁ…これは予想外だなぁ」
花婿も困惑気味であったが、ふと何か考えたようで花嫁にこそっと何かを耳打ちした。
「えぇ!? …は、恥ずかしいんだけど…」
困ったような花嫁を差し置いて、花婿はおもむろに花嫁のウェディングドレスのスカートに潜り込んだ。
「おぉ!? なんだ!?」
びっくりしたのは会場の参列者。草間もまさか友人がそんな大胆なことをするとは思っていなかった。
すこしもぞもぞとスカートの中で動き、やがて新郎が顔を出した。
「よし。これでいい」
新郎は口に花嫁のガーターベルトを咥えていた。
「ブーケの代わりにこれをやろう。本来は『ガータートス』と言って投げるものなんだが…ブーケと引き換えだ」
ガータートスと言うのは、ブーケトスの男性版である。
ただし、少しだけ違うのは…
「それ、彼女にはめてやれよ」
花婿がそう言うとブーケを草間の手から取り戻し、花嫁に再度投げるように促した。
冥月は何が起こったのかわからずに、草間の下に近寄ってきた。
「どうしたの? それ、なに?」
草間はこほんっと咳払いをするとおもむろに冥月に向かって跪いた。
「え? な、なに!?」
「左足出せ…いや、出してください」
そう、ガータートスは受け取った男性に恋人や伴侶がいた場合、それを左足にはめる決まりがあるのだ。
「こ、ここで!?」
「そう。ここで」
焦る冥月に草間は半ば強引に冥月の左足を持ち上げ、受け取ったガーターをはめた。
花嫁のガーターはすらりとした冥月の足を飾った。
「恥ずかしい…」
そう言った冥月に、草間は囁いた。
「今度は冥月のガーターを投げる番だな」
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☆登場人物一覧
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
☆ライター通信
黒冥月様
こんにちは、三咲都李です。
ジューンブライド、綺麗な花嫁…たまりませんね!
幸せになってください。ぜひ幸せに!
草間氏の妄想が現実になりますように。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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