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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SOl】As a Professional

「この写真は?」

 久しぶりに訪ねた、亜里砂の部屋。
 そこに、いつの間にか新しい写真が増えていた。
 写っているのは、困惑したような表情の亜里砂と、そんな彼女を後ろから抱きしめている黒髪の少女。

「黒須宵子さん。私たちの仲間のような、そうでないような」
 亜里砂が口にしたその名前に、深沢美香は少しだけ聞き覚えがあった。
「天才美少女呪術師」を自称する人物で、ネット上ではそこそこの有名人だ。

「組織にハクをつけるためにも、ってことで、サポートメンバー的な扱いで参加してもらってるんです」
 MINAの言葉が正しければ、要は名義貸しということか。
 それでも実際にこうして他のメンバーと交流があるあたり、名前だけでなくある程度は活動に協力もしてくれているのだろう。

 そんなことを考えていると、亜里砂がぽつりとこう言った。
「……私は、あの人は苦手」
 その様子を見て、MINAが苦笑する。
「亜里砂ちゃん、気に入られちゃったみたいで。本人は至って可愛らしい感じの人ですし、悪い人じゃないんですけどね」
 確かに、やや迷惑そうな亜里砂とはうらはらに、宵子の方は実に嬉しそうな笑みを浮かべている。
「嫌い、とまでは言わないけど……あんまりくっつかれるのは、苦手」
 そうぼやいた亜里砂の表情は、まさに写真に写った彼女と同じものだった。

〜〜〜〜〜

 その数日後。

 美香は、仕事場の近くのとある喫茶店で軽食をとっていた。
 時間帯の割には人は少なく、美香の他には仕事前のキャバ嬢らしき女性一人しかいない。
 誰かと待ち合わせでもしているのか、相当落ち着かない様子だったので、美香は彼女からは少し離れた場所に席を取っていた。

 と、そこへ、もう一人新しい客がやってきた。
 真っ黒なフードを目深くかぶった小柄な人物。
 先日あんなことがあった後だけに、こんななりでは警戒されてもおかしくないと思うのだが、その人物はそういったことには無頓着らしい。
 その人物は少しフードを上げてきょろきょろと店内を見回すと、女のいる席へと向かった。

「どうなったの?」
 待ちわびた、とでも言うように、女がその人物に話しかける。
「私を誰だと思ってるんです?」
 その人物は、可愛らしい声でそう応えると――フードを外して、小さく一息ついた。

 間違いなく、黒須宵子その人である。

「あなたに呪いをかけていた相手も、その依頼主も、動機も。
 これくらい調べるのは雑作もないことです」
 宵子は自信にあふれた笑みを浮かべながら、女の向かいの席に腰を降ろす。
 どうやら、何者かに呪いをかけられたこの女が、彼女にそれをどうにかしてくれるように依頼していたらしい。
「それじゃ、何とかしてもらえるのよね?」
 一秒でも早く何とかしてほしい、という様子の女に、宵子は微笑みを浮かべたまま続ける。
「もちろんです。ですが、料金の方は詳細を調べてみてから、とも言いましたよね?」
「ええ、覚えてるわ。いくら? 五万、それとも十万?」
 五万や十万なら惜しくない、と思うほどの呪いとは、一体どのようなものだろう。
 あまり盗み聞きのような真似はよくない、とも思うのだが、まだ美香は食事を終えていないし、向こうは向こうで美香に気づいていないのか、それとも興奮しすぎて目に入っていないのかは知らないが、声を落とすようなことも一切していない。
「聞いている」つもりはなくても「聞こえてしまう」のだから、これはもう不可抗力であろう。
「まさか、そんな額じゃないですよ」
 焦る彼女を宥めるかのように、宵子はそう言ってから……きっぱりと、その「価格」を告げた。
「二百万円です。お支払いいただけますか?」

 そのあまりの金額に、さすがの女も一瞬言葉を失い。
 ややあって、引きつった笑みでこう尋ねた。
「……冗談、よね?」
「こんなたちの悪い冗談は言いません」
 にこやかに、しかしあくまで淡々と応じる宵子。
「安いものなんじゃないですか? あなたが前のお得意様に貢がせた金額の半分程度ですよ?」
「なんでそんなことを……」
「言ったはずです。今回の事件の背景まで、全て調べはついている、って」
 大きな瞳をすっと細めながら、宵子が続ける。
「あなたは結婚までにおわせながら、そのお客さんに多額のお金を貢がせた。
 そして、もうそれ以上お金がないと知ると、手のひらを返してあっさり捨てた」
 結婚をにおわせただけで、明確にその意志を示したのでなければ、結婚詐欺は成立しない。
 まして、「そういった場」であるなら、ある程度までは営業トークで認められてしまうものなのである。
 そういったことを理解せずに彼女にのめり込んでしまった男が愚かすぎたのか、あるいは純朴すぎたのか。

 実のところ、美香がホステスを辞めた理由も、その辺りにある。
 明らかな嘘ではないにせよ、嘘とスレスレの言葉を弄し。
 明らかに害する意思があるわけではないにせよ、相手の正常な判断力を鈍らせる。
 そういったやり取りを当たり前のように行うには、美香は優しすぎたのだろう。

「それがどうしたっていうのよ」
 不意に、女の側が声を荒げた。
「結婚なんてアタシは一言も言ってないし、アイツが勝手に勘違いしただけ。
 そもそも、これがアタシの仕事なのよ」
 完全に居直った女に、宵子はあくまで落ち着いた様子でこう言った。
「ご立派です。
 それなら、その結果も――つまり、貢がせた相手が自殺して、その遺族から恨まれたりするのも、つまりは仕事の結果であり、仕事のうちですね」
「――自殺!?」
「ええ。それすら知らなかったということは、あなたは完全にその人から興味を失っていたか……あるいは、最初から興味なんてなかったのか、ですね」

 傍目八目、という言葉がある。
 傍から見ている美香の目からすれば、すでに「勝敗」は完全に明らかだった。
 事件の全貌をよりよく把握しているのも、この事態をどう動かすかの決定権を持っているのも宵子の側である。
 それに気づいていないのか、あるいは認めたくないのか。
「そんなの知らないわよ! アイツが勝手に勘違いして、勝手に自殺したんじゃない!」
「はい、そしてあなたは勝手に恨まれて、勝手に呪われた。
 それだけですから、後は勝手に対処してください」
 なおも食い下がる女に、これ以上話しても無駄と考えてか、宵子は席を立とうとする。
「ちょっと待ってよ!
 仕事のたびに全身がひどく痛んで、これじゃ仕事にならないのよ!!」
 慌てて、女が宵子の腕を掴んだその時。

「ああ。やっぱり、そういうお仕事をしていたんですね」
 今までよりもさらに冷たい声で、宵子がぽつりと言った。
「……え?」
 驚いて手を離した女を、宵子は険しい表情で見つめた。
「もう一度言いますが、今回の事件、私には全て調べがついているんです。
 全て――そう、例えば、あなたがかけられている呪いの正体なんかも」
「断続的に激痛が走る呪い、じゃないの?」
「いいえ。『どんな時に痛みを感じたか』、それを思い出してもらえれば、見当はつくはずです」
 宵子のその言葉に、女は少し考えるような様子を見せ……やがて、はっとしたような表情を浮かべた。
「気づいたみたいですね。
 あなたにかけられているのは、『嘘をつくと全身に激痛が走る』呪いなんですよ」

 力が抜けたように、女がその場にへたり込む。

「二百万円お支払いいただければ、それをそっくりそのまま先方のご遺族に渡した上で、相手の呪術師とは私が話をつけてきます。
 どちらも納得はしないでしょうが引き下がってもらいます……最悪、力ずくでも。それが私のお仕事ですから」
 それだけ言うと、宵子は今度こそ席を立った。
「それが嫌なら……この呪いが効果を発揮しないように、正直に生きてください。
 どちらを選ぶのもあなたの自由、決まったらもう一度ご連絡ください。それでは」
 それだけ言うと、宵子はフードをかぶり直して店を出て行き、後には呆然とする女だけが残されたのだった。

〜〜〜〜〜

 その後、美香はそそくさと食事を終えて店を出た。
 まだ急ぐ必要のある時間ではなかったが、やはり、何となくその場にいづらかったのだ。
 いくら不可抗力とはいえ、聞いてはいけないことを聞いてしまったことへの気まずさもある。
 それに、あの写真で見た時には「可愛らしい少女」のように思えた宵子の、見た目に似合わぬシビアな一面を見てしまったことへの戸惑いもあった。

「深沢美香さん、ですよね?」
 喫茶店を出てすぐのところで、誰かが美香を呼び止める。
 その、間違いなく「ついさっき聞いた声」に、美香が振り返ってみると――やはり、その声の主は宵子だった。
「さっきの話、聞いてましたよね」
 そう言った宵子の表情はフードに隠れて読み取れないが、口元を見る限りでは笑っているようにも見える。
「す、すみません。そんなつもりはなかったのですが……」
 慌てて美香が謝ろうとすると、宵子はくすりと笑った。
「いえ、別に責めてるわけじゃないですよ。
 ただ、亜里砂ちゃんのお友達に、『怖い人だ』って誤解されたらイヤだな、って思っただけです」
 そう言ってフードをとった彼女は、間違いなくあの写真の中の宵子だった。

〜〜〜〜〜

『あ、宵子さんに会ったんですか?』

 その翌日。
 たまたまMINAから電話がかかってきたので、美香は昨日宵子に会ったことを彼女に話してみた。

『あー、お仕事モードの宵子さんだったんですね。
 職業柄、その辺りは結構シビアですから、普段とはだいぶ印象違うんですよね』
 確かに、「呪術師」などという仕事は、いい加減な心構えで勤まるものではあるまい。
『「恨まれるのも仕事のうち」っていうのも、きっと自分の経験からなんだと思います』
 人を呪えば、もちろんその呪った相手に恨まれる。
 逆に呪いを解けば、その呪いをかけていた相手や、それを依頼した相手に恨まれる。
 そう考えてみると、結局どっちに転んだところで、誰かしらには恨まれる仕事なのだろう。
『まあ、どんな仕事でも大なり小なり利害の衝突はありますから、その辺りは一緒なんでしょうけどね』
 MINAたちのような「ヒーロー/ヒロイン」だって、鎮圧される側からすれば邪魔な存在以外の何者でもないし、IO2内部にも「SOl」の動きを面白く思っていない者もいるかもしれない。
 利害の衝突するところに感情のもつれが生まれるのだとすれば、結局のところ、誰もそれと無縁ではいられないのだろう。
『だからこそ、あたしたちもそうですけど、「自分が正しくあること」にこだわるんだと思いますよ。
 少なくとも、自分は正しいことをしてる、って思えれば、それも全部受け止められますから』

 他人を傷つけたいと思って生きている人間は、おそらくそうはいないだろう。
 けれども、傷つけたいという意志がなくても、生きていく中で、きっと人は人を傷つけてしまう。
 自覚的にであれ、あるいは無自覚にであれ。
 そして、それはきっと、宵子やMINAほどではないとしても、美香自身もそうなのだろう。

 できることなら、誰も傷つけたくはないと思う。
 でも、もし、それが避けられないことなのだとしたら。
 今の自分は、その結果をちゃんと受け止められるだろうか。

「強いんですね」
 思ったままの言葉が、口を衝いて出る。
 ところが、返ってきた返事は、美香の予想とは違うものだった。
『そうですね……でも、あたしは、美香さんも強いと思いますけど』
「え?」
『だって、美香さん、優しいじゃないですか』
 驚いて尋ね返す美香に、MINAはこう続けた。
『優しくあり続けるって、すごく強さがいることなんですよ。
 それを自然にできている美香さんは、やっぱり強いんだと思います。
 強さのタイプが違うから、普段は気づきにくいのかもしれませんけど』

 その言葉は、すぐに納得できるものではなかったけれど。
「そのままでいいんだ」と言ってくれているようで、そのことが嬉しかった。

『そうだ、今度どこか遊びにいくときは宵子さんも呼びませんか?
 普段は結構ぽやっとしてるんで、多分印象変わりますよ』
 約束と呼ぶには漠然としすぎた約束をして、美香は電話を終えた。

 また一つ、少し楽しみなことが増えた。
 そう思うと、自然と笑みが浮かんでくるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 6855 / 深沢・美香 / 女性 / 20 / ソープ嬢

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■         ライター通信          ■
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 西東慶三です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、今回のノベルですが、こんな感じでいかがでしたでしょうか。
 宵子だとどんな接点が「らしい」感じになりそうかな、と考えた結果、こんな感じの展開になりました。
 オフの日の宵子はまただいぶ違う感じなのですが、美香さんだと宵子より年上にあたるため、亜里砂のようにくっつかれることはあまりなさそうです。

 それでは、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。