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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.8 ■ 十年越しの約束 






「この娘はワシが預かろう」
 ホッホッホと飄々とした笑みを浮かべた老人の一言に、その場に集まっていた幹部達は思わず騒然とする。
「なりません!」一人の男が立ち上がる。「命令違反に勝手な行動! 能力応用法の隠蔽! 何よりあの子は組織を危険に晒したんですよ!?」
「そうですとも」その横に座っていた他の男が口を開く。「いくら生ける伝説、仙人と言われた武術の達人である貴方の言葉と言えど、我々は組織である以上、規律を乱す訳にはいきません。我々の磐石の態勢を整えるにはもう数年は必要である事は明白。故に屈する決断を、苦渋を飲むと判断した我々の総意を、暗殺の道具でしかない小娘の裏切りに近い行為が、結果的に組織に不利益をもたらす事に…―」
「―じゃが、結果的には組織を救ったろうに」不意に老人の目付きが鋭く光る。思わず息を呑む幹部達に、老人は再びホッホッホと笑みを浮かべた。「苦渋の決断とは思えんなぁ…。正直な所、ワシにはお主らが“虚無の境界”とやらに恐れを成した決断にしか見えぬのぅ」
「…っ!」一同が押し黙る。
「…それとも、お主らにとっての門外顧問とやらは、小娘一匹預かる事もままならぬのかのぅ…?」
「い、いえ…。決してその様な事は…」
「なら、ワシが育てよう」
 ざわつき出す周囲を尻目に、老人は立ち上がり、冥月の眠っている部屋へと向かって歩き出した。



「……ん…」
「気が付いたかの?」
 見慣れない天井に、嗅ぎ慣れない匂い。冥月が思わず顔を覗き込んでいる老人を見て身体を起こそうとするが、痛みに顔を歪める。
「コレ、まだ無理に起きようとしてはいかん」
「……老師様…」
「ホッホッホ、おぬしの様な幼子がワシの顔を見てすぐに解るとはのぅ。新たな孫でも生まれた様な気分じゃのぅ」老師は自分の隣に置いていた煎じ薬を差し出した。「良薬口に苦し。飲んでみなされ」
「……はい…」冥月は口元に運ばれた薬を口に運ぶ。「……意外と平気」
「ホッホッホ、大地の味を愉しめる舌を持つか」老師が更に薬を口へと運ぶ。「あやつにも見習わせたいものじゃのぅ」
「……誰?」
「ワシの元で修行しておる青年がおる。お主からすれば、兄弟子といった所じゃろうか?」
「……組織は…?」
「お主は今日からワシの教え子じゃ。組織の仕事に駆り出される事もあるじゃろうが、お主の帰るべき家はここじゃ。そして、ワシが師としてお主を鍛えよう」
「……師…」
「老師様」突如老師の後ろから若い男性の声がする。「目が覚めた様ですね。あとは私が面倒を看ますので、老師様はお休み下さい」
「ホッホ、まるで老体じゃの」
「いえ、その様な事は…―」
「―解っておる。お主の好意に甘えさせてもらうかの」老師が冥月を見る。「黒 冥月。こやつがお主の兄弟子として、兄としてお主の面倒を看てくれる。解らない事があれば何でも聞いてみなさい」
「……はい」





                        ――それから十年…
                      私は師の元で修行を過ごしながら

                      兄弟子であったあの人に恋を…







「…コホン」冥月が不意に顔を赤くして咳払いをした。「兎も角、私が昏睡状態にあった時、私の師と組織の間ではそんなやり取りがあったらしい」
「…初めてお前の過去をこんなに聞いたな…」武彦が呟く。
「…そうだな。私は、武彦に話す事が怖かったのかもしれない…」冥月が胸元に光るロケットをギュっと握り締める。「別れの言葉もケーキも忘れていたな…」
 思わず冥月の表情に武彦の心臓が一瞬強く脈打つ。今までに見せた事のない優しく微笑む冥月の表情。
「…まぁ、それがお前と“虚無の境界”との因縁って訳か…」
「仕方ない、かつての師として弟子は躾けてやらんとな。私に手を挙げた事、後悔させてやるか」
「あぁ。正面衝突にはおあつらえ向きな舞台が用意されている訳だしな」武彦が煙草に火を点ける。「これが終わったら、ケーキぐらい買ってやるから仲直りでもしろ」
「なっ…!?」武彦の言葉に冥月が顔を真っ赤にして振り返る。「な、なな何でケーキを買う必要がある!?」
「ん、ケーキはお前も好きなんだろ?」武彦が尋ねる。「だから、可愛がってた弟子と一緒に食べようって言ったんだろ?」
「うっ…」
「まぁ良いじゃねぇか。甘いモン好きなんて、女の子らしくてよ」
「なっ、バ、バカ! わ、私はあの子達が好きだろうから、だなぁ…!」
「そうなのか?」
「そっ、そうに決まっている! だ、だいたい私が甘い食べ物なんて…その…、に、似合わない…だろ?」
「そうか? あまりそうも思わないけどな」
「…っ、だ、だったらそう思ってれば良いが…」
「否定しないんだな?」ニヤっと笑う武彦に、冥月の表情の紅潮が最高潮に達する。
「バッ、バカ!」
「な、殴るなよ…」武彦が腹を抑えながらその場で蹲る。
「た、武彦が悪ふざけをするからだからな! いくぞ!」
「はいはい…」






 大広間の扉を開く。冥月と武彦が周囲を警戒して気配を探る。
「ここには私達しかいませんよ、お姉様」
 大広間の最深部に百合が姿を現す。そしてその横で腕を組んで立っている一人の男。
「…フ、どうやら古い知り合いにばかり縁があるらしいな」冥月が小さく笑って呟く。「あの日以来だな、ファング」
「…会いたくないと言われた気がするがな…」ファングが振り向く。「だが、生憎俺が今日会いに来たのは貴様だ、草間 武彦」
「…俺も、お前みたいなヤツとは会いたくはないんだけどな」武彦が呟く。
「百合」冥月が百合に声をかける。「お前の望みは昔の私に戻る事、だったがそれは出来ない。諦めてもらうぞ」
「…お姉様…―」
「―だが、少々懐かしいが手合わせはしてやる。その後で、ケーキでも食おう」
「…っ!」
「私は十年前、お前達とケーキを食べる約束をしていた…。その約束ぐらいは果たしてやるぞ」
「…それだけでは、私の想いは晴れません…」百合がそう言いながらも、少し表情が緩んでいる様だ。
「武彦。ファングと戦った事はあるのか?」
「あぁ、昔な」武彦が口を開く。「心配されなくても、お前が弟子を躾けている間にやられる様な事はないだろ」
「…いつになく頼もしいな」冥月が小さく微笑む。「ファングは武彦に任せる。私は百合に教えてやらなくちゃいけない事が随分多いらしい」
「やれやれ、だな。久々に本気で戦うってのに、相手があの化け物か」武彦が煙草に火を点ける。
「柴村、黒 冥月は貴様に任せるぞ」
「あら、意外。てっきり、お姉様と戦いたがると思ってましたけど」
「フン、貴様に花を持たせるだけだ。俺は草間に用があるからな」
「…即席のコンビネーションでは分が悪いですね。解りました」
 四人が動こうともせずに対峙する。ジリジリと武彦の咥えていた煙草から灰が生まれる。武彦は煙草を手に取り、紫煙を吐いた。そして煙草を上に投げ、地面に落ちる。
「行くぞ、百合!」
 冥月と百合が一斉に真っ直ぐ走り出す。武彦もまたファング目掛けて走り出した。


 冥月の視界から突如百合が姿を消す。冥月は違和感に気付き、その場で足を止めた。
「…そこか!」冥月の足元から影が幾重もの槍となって冥月の背後に襲い掛かる。
「…さすがですね」
 百合の目の前で影の槍が突如消え去る。冥月は影の槍を消し去り、百合に向かって回し蹴りを入れようとする。が、百合はその蹴りを飛んでかわし、そのまま冥月から再び距離を取る。
「…おかしな能力を手に入れた様だな、百合」
「お姉様の“影”には遠く及びませんけど、なかなか便利です」百合が銃を手に取る。「これならいかがです?」
「…っ!」冥月は一瞬目を疑った。真正面にいる百合の肘から先が一瞬で消え去る。
「空間接続能力、対象の空間を繋げられるんですよ」
「…まさか…!」冥月が後ろを振り向くと、武彦の背後に百合の腕が浮かび上がる。「武…―!」
 銃声が鳴り響く。が、武彦は身体を逸らして百合の放った銃弾をあっさりとかわし、ファングを睨む。
「心配するな。俺だって本気でやる時はやる」
「フ、相変わらずの“嗅覚”だな」ファングがニヤりと笑いながら武彦に告げる。
「百合、私をそんなに怒らせたいのか?」冥月がホっと肩を撫で下ろした後で百合を見つめて告げた。
「えぇ。あの頃のお姉様を倒す事。それが私の目標ですから」百合が挑発する様に冥月へと答える。
「案ずるな。何もしなくても、本気でやってやる」冥月が影の中へと潜り込む。
「影の能力…。実際に目の前で見れる日が来るなんて…」百合の表情が狂気に満ちた笑みで染まる。





 遂にぶつかり合う百合と冥月、武彦とファング。四人の戦いが激化していく。





                                        Episode.8 Fin





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いつもご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

ついにぶつかり合う四人、
次話の流れがどうにも気になりますね…w

今後、どう繋がっていくのか&武彦との関係が
どうなっていくのか、楽しみです(笑)


気に入って頂けたら幸いです。


それでは、今後とも是非宜しくお願い致します。