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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 乱れる心-T 







 放課後の校内に、吹奏楽部の練習する楽器の音が鳴り響く。閑散とした校内に響く音は、風と共に校内を吹き抜ける様に流れていく。
「…さて、今日の練習はここまでにしましょう」
 吹奏楽部が集まる音楽室で、眼鏡をかけた若い音楽の先生が手を叩いて告げる。「はーい」と返事をしてそれぞれに楽器をしまう生徒達の中、叔父からもらったトランペットをいそいそと手入れして片付ける。
「工藤、帰ろうぜ!」
「ん! ちょっと待ってー」



 ――小学六年生。勇太の叔父の勧めによって吹奏楽を始めた勇太は、次第に周囲とも打ち解けられる様になったせいか、随分と明るい少年になっていた。叔父が心の中で自分の教育方針に満足する様に頷いて話を聞いていた叔父の顔は、笑顔だった。
 そんな勇太にも、親友と呼べる様な友達が出来た。同じ吹奏楽部で同じクラスの少年だ。彼はホルンを担当している少年で、どちらかと言うと仕切りたがる積極的な性格をしている少年だった。




「工藤、明後日の日曜暇?」
「え? 暇だけど、何で?」
 校舎から寮へと続く帰り道、不意に少年に声をかけられた勇太はキョトンとした表情で尋ね返した。
「俺のお父さんがテレビ局で働いてんだけど、収録の見学に連れてってくれるんだ」少年が嬉しそうに勇太に話す。「マジシャンが色々なマジックショーするんだってさ! 見たくねぇ!?」
「…あ、ごめん…」勇太の表情が曇る。「今度の日曜日、俺叔父さんと出掛ける約束があるんだった…」
「ちぇー、なんだ〜」少年が残念そうに呟く。「じゃあさ、お土産買って来てやるよ!」
「う、うん! ありがとう」
「じゃ、俺こっちだから。また月曜日な!」
「うん、じゃあなー!」
 少年が正門へと続く道を歩いて行く。勇太は振っていた手を降ろし、そのまま俯いた。
「…テレビなんて…」勇太がギュっと拳を握る。
 幼い頃の事なんて、細かい部分まで憶えていなかった。だが、テレビに出て、ちやほやされていたと思ったら、インチキだ何だと弾圧され、勇太の母はそれが原因で心を傷つけてしまった。それ以来、勇太はあまりテレビを見ない。寮の自室にはテレビなど無く、わざわざテレビを観る為に食堂広間に集まる生徒達を横目に、勇太はいつも自室に真っ直ぐと戻っていた。
「…アイツには悪い事したけど、しょうがないよな…」勇太は自分に言い聞かせる様に呟いた。
 彼との関係を壊したくない。だから、なるべくなら一緒に遊んだりもする。それでも今回だけは勇太も曲げる事が出来ない事情だ。過去を思い出したせいで、勇太の表情から明るさが消える。勇太も明るくはなった。とは言え、まだ小学生の少年だ。不安定な育ち盛りの心は、僅かなブレにも耐えれない程に脆い一面を持っているのも無理はないかもしれない。だからこそ、叔父はいつも電話をして勇太と話をする。その日も、夕食と風呂を済ませた勇太の持たされている携帯電話に電話がかかってくる。
『勇太、今日も学校は楽しかったか?』
「…うん、いつも通り」心配かけまいと明るく振舞う。「今日さ、吹奏楽部の練習で、新しい曲やったんだ」
『そうか』叔父が小さく笑いながらそう言った。『勇太』
「何?」
『何かあったら、遠慮なく言うんだぞ。私はお前の父親だ。親子なのに――』
「―遠慮する必要はないんだぞ、でしょ?」勇太がクスっと笑って叔父の言葉を遮ってそう言う。「大丈夫だよ」
『…そうか、なら良いんだ』
「うん。じゃあ、俺新しい曲ちょっと練習するから切るね」
『あぁ。早く寝るんだぞ』
「叔父さんも、ね」
『大人の時間はこれからなんだ』叔父が電話越しに笑う。『冗談はさて置き、明日と明後日は私も仕事だから会えないが、また夜に電話する』
「うん、おやすみ」

 携帯電話を閉じて、叔父は小さく溜め息を吐いた
「…何かあった、か…」
 僅かな変化にも気付いている。昔の仕事柄、そういう部分には敏感な叔父ではあるが、勇太が話さないなら、無理に聞き出す必要はない。“父”として、見守ってやろうと小さく胸の中で誓っていた。






「工藤が行けないってさー」
 少年が家で父に告げる。広々としたリビングのソファーの上でつまらなそうに彼は足をバタバタと動かしながらテレビを見つめていた。
「そうか、用事があるなら仕方ないさ」少年の父が優しく告げる。
「でもさー…」
「やれやれ、しょうがないな…。お父さんの部屋にある好きなテープを特別に見せてあげよう」
「ホントに!? やった!」
 少年の父は少年を連れて自室へと向かう。普段は勝手に立ち入ってはいけない部屋に入れる少年は、まるで探検でもしているかの様な気分で父の部屋を見回した。
「すっげぇ…」
 一面に並べられたラベルの貼られたテープを見つめて少年は眼を輝かせる。
「今度観に行く為に、マジックでも観るか?」
「あ、そうする!」少年が綺麗に五十音順に並べられた棚のマ行を見つめる。「超能力少年…? マ行じゃないよ?」
「あぁ、それか」少年の父がテープを手に取る。「ちょうどお前と同い年ぐらいの男の子が、昔テレビで超能力を披露した事があるんだ」
「超能力って?」
「ガラスの中の物を指示された通りに動かしたり、色々だったなぁ…。まぁ、その少年はインチキだったかもしれないと世間から弾かれてしまったけどね…」
「インチキだったの? お父さんも観た事あるんでしょ?」
「あぁ。もうそのテープは他じゃ観れない。全てのテープを処分する様に言われていたからね。ただ、彼は本物だったよ。当時私もこの番組の収録に携わっていたんだけどね。誰も何も仕掛ける事もしなかった。あれには驚かされたよ」
「じゃあこれ観たい!」
「よし、約束だからな」少年の父がビデオデッキにテープを差し込み、再生する。
「…あれ…、これって…」






「工藤ってさ、超能力使えんだろ?」
「…え?」
 土曜日。突如寮の部屋まで来た少年が唐突に尋ねた。勇太の心臓が強く脈打つ。
「昨日、お父さんがビデオ見せてくれたんだ。超能力少年っての。あれお前だよな!?」興奮混じりに眼を輝かせて少年が問い詰める。
「……それは…」勇太が思わず戸惑う。能力を使ってまた転校する事になれば、目の前にいる彼との友情も、うまく行きだした学校生活も全てがダメになってしまう。それでも、目の前にいる親友の彼なら、或いは…。勇太の中に淡い期待にも似た感情が生まれた。「…誰にも言わないでくれるなら、教える」
「言わないから! やっぱお前なの!?」
「…うん」勇太が机に向かって手を翳す。すると、机に置いてあったシャーペンがフワフワと浮かび上がる。
「す、すげー!」大興奮とも言える少年を勇太は窺う様に見つめていた。「なぁなぁ、もっと大きい物とか浮かべらんないの!?」
「出来るよ」勇太が今度は机に手を翳す。すると、机にあった本が一斉に宙へ浮かぶ。
「すげーじゃん! お前、本物だな!」
「う、うん…」
 怖がられる。そう思っていた勇太の嬉しい予想外な反応。彼は勇太を見てまくし立てる様に次々と「あれは動かせる? あれは?」と注文をつける。勇太がそれに応える度に、彼は喜んでいた。それは、勇太が求めていた反応だったのかもしれない。



 ――包み隠す必要がない相手を、勇太は見つけた気がした…。







 だが、一週間と経たない内に勇太の能力は周知の事実となってしまっていた。学校での周囲の自分に対する反応が、おかしくなっている事を裏付けたのは、ある日の昼休みの出来事だった。
「工藤、ごめん!」
「え…?」
「俺さ、内緒だって言ってたお前の事、友達に喋っちゃって…。そしたら、いつの間にか皆に伝わっちゃったみたいなんだ」
「…そんな…」
「でさ、皆見たがってるんだよ。軽いので良いから、皆にも見せてやってよ」
 少年と勇太の会話に、クラス中の視線が集まる。渦中の勇太に自然と注目が集まるのも無理はない。
「…出来ない」
「え…?」
「教えちゃダメって言われてるから…」勇太が小声で言う。「だから、出来ないよ」
「ちょっとぐらい良いじゃん!」少年の雰囲気が変わる。「お前がやってくんないと、俺が嘘吐きって思われちゃうし…!」
「そうだよ、工藤」少年の横から他の少年が声をかけた。「力見せてくれれば、誰も嘘吐きなんて思わないんだからさ」
「…出来ないよ」
「なんだ。やっぱり嘘だったんじゃないか」
「アイツ、親がテレビ局で働いてるからってさ。嘘ばっか言うんだよなー」
「サイテーだね」
 教室中から非難が集まる。勇太はある意味慣れていた。やっぱりか、とでも言う様に勇太は何も言い返そうともしない。
「お前のせいだからな!」少年が勇太を睨んで教室を走り去る。
「……」
 勇太は何も言えず、少年を見つめている事しか出来なかった。





 噂は尾ひれをつけて駆け巡った。いつの間にか、勇太がグルだったとの話まで出始め、勇太までもがクラスの人間達から無視される様になっていた。親友だった少年もそうだ。勇太と一緒に嘘を吐いた。そう思われ、誰からも相手にされなくなった。
 そんな状態で行われる登山遠足は、勇太にとっても親友の少年にとっても、何も面白くはない。
「はぁ、工藤と同じ班なんてサイアク」女子の一人が口を開く。
「ホントだよね。まぁ嘘吐きなんて相手にしなくて良いし」他の女子が口を揃えて勇太を見つめる。
 人間なんて、そんなもんだ。勇太はそんな事すら思いながら何も言おうとせず、ただ遠足の最後尾を一人歩いていた。そんな勇太に向かって、一人の少年がズカズカと歩み寄った。
「お前のせいで、俺まで仲間外れにされて…」親友と呼んでいた少年。彼は涙を溜めながら汚れた服で勇太に叫んだ。「こんな事されるなら、お前なんかと友達にならなきゃ良かった!」
 何かされた事は明白だった。だが、勇太の中には怒りが生まれていた。元はと言えば、周りに言わなければ良かった。だが、そう責める事をしなかったのは、勇太が責めたくない一心で耐えていたからだ。
「…い…」勇太が俯いて何かを呟く。
「お前が力を見せてれば良かったんだ! そうすれば、俺も嘘吐きって言われたり、いじめられたりしなかった! 全部お前のせいだ!」
「…るさい…」勇太の拳が震え出す。それと同時に、周囲の木々がザワザワと騒ぎ出した。風も吹いていないのに木々が騒ぐ光景に怯える生徒もいる。周囲の生徒が笑いながら勇太達を見ている中、教師が駆け寄ろうとした。
「お前なんて…――」
「―うるさい! 黙れ!!」
 勇太の声と共に、とてつもない衝撃波が生まれ、周囲の木々が薙ぎ倒される。悲鳴が入り混じる中、勇太が少年を睨み付けた。




 勇太の心は、既に御せない所まで暴走を始めていた。





                                         to be continued....