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グアンタナモ解放大作戦!
ヤダ嘘、死にたくない!
洋上を走る生体戦艦「玲奈号」の艦橋で、あたしは思わず泣き崩れた。
総選挙による政権交代、予算削減の煽りを喰らって廃艦処分となった生体戦艦。それがあたし・三島玲奈の乗る玲奈号だ。
今も艦橋の通信機からは、自衛隊の通信ががんがん鳴り響いていた。やれ『玲奈号を逃すな』『撃沈しろ』と大の男がみっともなく叫びあっている。
自分たちで造っておいて、何とも勝手な話だ。
そう考えたとき、不意にあたしの心の中に何とも言えない怒りの感情が芽生えてきた。
だから、あたしは立ち上がって空を見上げて。
「べ〜だ! 絶対航空優勢は握ったわ! 見てなさい!」
思いっきり、あっかんべーをしてやった。こうなったら、絶対に逃げ切ってやるんだから!
キューバ奪還多国籍軍の一員として、グアンタナモ奪回作戦を実施せよ。
それが、逃亡の末に行き着いたオランダのキュラソー島で、女王陛下が「玲奈号」の亡命に際して付けた条件。
確かに今、キューバでは鋼の神テスカトリポカとその眷属、妖蟲軍団が降臨して猛威を振るっている。市民は南部のグアンタナモ米軍基地に避難しているが、そこも陥落寸前だと聞いた。
それが条件ならば、あたしとしては是非も無い。テスカトリポカの軍勢を蹴散らしてグアンタナモを救援するだけ。生体戦艦の力を見せてあげるわ。
東京湾を縮小化したかのような地形のグアンタナモ湾。その沖合いに玲奈号は進出していた。
「対空霊探に感あり!」
レーダーに映る敵影は素早い。これは恐らく戦闘ヘリ型の雀蜂だろう。
あたしは即座に命令していた。
「嬢翔綺龍戦を下令します! 綺龍嬢総員戦闘配置!」
「綺龍嬢総員戦闘配置!」
部下があたしの言葉を復唱するや否や、にカーンカーンという甲高い音……警報が鳴り響く。その音を聞いた乗員がすぐさま自分の持ち場に向かい、二分とかからず玲奈号の戦闘準備を終えるだろう。
警報が鳴り響く中、あたしはおもむろに艦長席から立ち上がり、艦内へ続くラッタルへと向かった。
「綺龍の指揮を執るわ。あとよろしく!」
「綺龍爆装完了、誘導弾諸元入力了!」
鋼鉄の甲板上に並ぶは、爆装済のワイバーン。
あたしや他の綺龍嬢たちは、海風に髪を靡かせながら龍へと駆け寄る。
『戦闘蜂接近!』
『準備完了次第、順次発艦されたい』
CIC(戦闘情報中枢)やLSO(発着艦管制官)管制室からの無線がを耳にしながら、あたしは自分の乗騎に跨って羽ばたかせた。
「発艦始め、いくよっ!」
刹那、身体の前面に急激な風圧を感じる。
あたしを乗せた龍が、カタパルトに打ち出されたのだ。完全に洋上に出たところであたしは乗騎を上昇させ、龍の頭をグアンタナモ湾へ向ける。
それを皮切りに他の綺龍も射出を始め、あたしと同じようにグアンタナモ湾を目指す。
……あたしを撫でる潮風が心地良い。龍に乗って駆けるこの感覚は嫌いではないから。
『戦闘蜂を殲滅し綺龍隊の進路を開く。右対空戦闘、CIC指示の目標!』
『綺龍隊は当たるなよ! 対空銀弾、撃ち〜方始め!』
玲奈号のCICが無線で警告を送ってきた。あたしは合図で他の綺龍の高度を下げさせながら、対空銀弾の追い越しを待つ。
次の瞬間、あたしらの頭上を銀色に煌くものが通過したかと思うと、それは目の前に展開していた敵の戦闘蜂へと降り注ぎ爆発した。
砲撃成功!
「各騎散開。アターック!」
すぐさま、綺龍隊へ命令を下す。敵が砲撃に崩れた今がチャンス、一気に殲滅してやるわ!
命令を受けた綺龍隊が加速して戦闘蜂へと襲い掛かっていくのを横目で見ながら、あたしも乗騎の速度を上げる。
火達磨となって落ちていく戦闘蜂が全滅するのに、十分とかからなかった。
敵の対空防御網を撃破したあたしたちは、すぐさまグアンタナモに攻め寄せる敵の地上部隊へ攻撃を開始した。
玲奈号からの焼夷弾による対地攻撃に蟻の歩兵が燃やされていく。
だが……。
『艦長! 敵要塞から増援のようです!』
洋上の玲奈号CICからの無線通信。
慌てて山のほうを見ると、そこには蜂の巣型の敵要塞が林立し、無数の戦闘蜂や蟻歩兵を湧き出させているではないか。
あいつら、あんなものまで持って来てたなんて。
「根元から断たないとダメみたいね……。各騎続きなさい!」
あの要塞を破壊しない限り、グアンタナモに平和は訪れない。あたしは号令を飛ばしつつ、龍を山へと向けた。
ずずん、と遠雷のような低い音が背後から聞こえてくる。
ややあって、敵要塞へ向かうあたしたちの頭上を越えていくのは、玲奈号からの支援……つまり焼夷弾の雨だ。
敵の要塞はその攻撃に次々と炎上していく……が、決定打とはなりえていない。
やはり綺龍による追撃は不可欠のようだ。
そう思惟を巡らせつつ飛ぶあたしの眼前に、戦闘蜂の集団が迫る。敵が発砲。
「遊んでられないの!」
あたしは戦闘蜂からの弾幕を龍を上昇させて回避しつつ、斜め45度くらいの角度から襲い掛かった。戦闘蜂は現代の戦闘ヘリと同じように、平面や下面への攻撃は出来ても、自分より上面の敵に対しては攻撃手段を持たないのだ。自分を相手と同じ高さにする以外には。
そして綺龍の速度は、上昇して高さを合わせて来ようとする敵に、その暇を与えない!
「ざっとこんなもん!」
集団のど真ん中を抜けつつ、爪ですれ違う蜂を薙いでいく。あとに残るのは、落ちて朽ちて肥料になるばかりの蜂だけだ。
その攻撃の速度を利用しながら、あたしは要塞へと肉薄する。
撃ち出される要塞の対空砲。目の前から飛んでくる弾、弾、弾!
でも、そんなんじゃあたしは捉えられない!
速度を上げながら要塞へと接近し、ミサイル発射のタイミングを見極める。
速度が乗り、最も近付いて撃てる位置……そう、ここ!
「いっけぇぇ!!」
要塞が目と鼻の先に迫った一瞬、あたしは全てのミサイルを解き放った。すぐさま衝突回避のため急上昇をかける。
龍の翼がたわみ、あたしの全身が軋む……っ。まだ、まだ……!
「ぅぅぅ!!」
歯を食いしばって衝撃に耐えつつ、あたしは要塞の上方へと抜ける。
そのあたしの背中から……爆発音が、聞こえた。
敵の要塞は玲奈号とあたしたち綺龍隊の総攻撃によって全滅し、また攻め寄せていた敵も殲滅された。
グアンタナモは解放されたのだ。
玲奈号に戻ったあたしを待っていたのは、割れんばかりの拍手だった。
「さすがは艦長!」
「これでグアンタナモも救われますね!」
「一生付いていきますよ!」
綺龍を甲板に着艦させるなり、乗員たちが飛び出してきてこの歓声。戦闘が終わった直後だというのに、あたしを囲んでいる余裕があるの? 事後の警戒だって大切なんじゃないの?
……そんなことを思いつつも、あたしの目は自然と潤んでいた。あ……いけない。
「かんちょーっ。緊急電です!」
そこに、通信兵が飛び込んでくる。
「オランダ女王陛下より……『貴殿の亡命を認める』。『オランダ名誉市民に任ずる』!」
通信兵の言葉が終わるや否や、再びわぁっと一層の歓声が上がった。
そっか……亡命、受理されたんだ。あたしは今日からオランダ人なんだ。
「それじゃ……行こうか、新天地へ! 取り舵30!」
『よーそろー取り舵30!』
涙を堪えて命令するあたしの言葉を皆で復唱する声が、夕暮れの海原に響いたのだった。
終
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