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<東京怪談・PCゲームノベル>


Another One
 放課後、いつものように古書肆淡雪へとやってきた海原・みなも (うなばら・みなも)は「こんにちはー」と元気に挨拶をし、古書店に踏み込む。
 普段はあまり客は居ないものの、この日は珍しく人が居た。
 その人物は、女性だった。女性だったが「彼女」はあまりに異質であった。
 怪奇の類には慣れているみなもが目を見開き息を呑む程だ。
 髪の色こそはみなもと似た青色をしているが、人の耳にあたる部分には鰓のようなものがある。それどころか、透明がかった鱗が皮膚の所どころに散見される状態だ。
 近いものを挙げるならば、その姿は人魚に似ているのだろう。
 だが彼女は人魚にもなりきれていなかった。
 寧ろ、普通の人魚よりも持った力が強すぎたのかもしれない。彼女の姿はあまりに異形の存在に近すぎた。
 そんな彼女はみなもの姿を認めるなり険しい視線を投げかけ、そして店外へと滑るように立ち去った。
「あの人……」
「どうかしたかな?」
 突然の事態に呆然と見送ったみなも。そこにひょっこり顔を出した古書店店主、仁科・雪久が心配そうに声をかける。
「いえ、今のお客さん……」
「誰か居た?」
 雪久は彼女の存在自体気づいて居なかったらしい。
 見間違いかとみなもは一瞬自分の認識を疑った。だが、あの憎悪に満ちた視線は、間違い無くホンモノだった。
「……『私』でした」
 思い切って彼女は雪久に、遭遇した存在について話す事にした。

「アナザーワン……ですか?」
 聞き覚えの無い言葉にみなもは首を傾げて見せるが、目前の雪久は力強く「そう」と頷く。
 雪久が語る所によれば、遭遇した存在はそう呼ばれるものであるらしい。
 別の次元を生きる、もう一人のみなも。それがアナザーワンの正体だ。
 アナザーワンはこの世界にいるもう一人の自分に嫉妬や羨望を持って、その強い執念によりこちらがわに出現する。
『彼女』はみなもが察したとおり、凄まじいまでの敵意を持っているのだと。
 だがみなもが察したのはそれだけではなかった。
(「彼女は……間違い無くあたしより強い……」)
 間近で目にし、そして、同じ水妖に属するものだからそれが分かる。
『彼女』が向かったであろう場所は概ね予想はつく。問題は、止める為の手段だ。
 自分より強い以上、力で押さえ込む事は不可能。
 そして、みなも自身がそうであるように、彼女も頑固な部分が強いであろう事は想像に難くない。みなも自身からの――心から憎んでいる相手からの、説得は受け入れようとしない事だろう。
(「でも、根本があたしと同じ存在なら……」)
 雪久から預けられた魔道書を手に、みなもは恐らくアナザーワンが居るであろう場所を目指す。
 いじめにあったという彼女自身にとっても苦い記憶を持つ場所へと。

 みなもがその場所にたどり着いたのは夜が訪れてからであった。
 コンクリートで出来た白い建物――学舎は、今は人気は全く無い。
 日中ならばこの場所は無邪気にはしゃぐ子供達で溢れていたことだろう。
 大人の目にはその光景は恐らく微笑ましいものにうつるだろう。
 実際は異質なものを排除しようとその無邪気さ故に非寛容極まりないいじめを行う事もあるのだが。
 みなももその標的となった事がある。
 思い出すと身が竦むような日々だった。
 同じ年頃の子供達が、みなもの青みがかった黒髪を見て、そして彼女の持つ内在的な力を「なんとなく」察して日々嫌がらせを続けた。
 そうしてしまえば異質な「何か」を祓う事が出来る、等というまじないのように。
 実際はどれだけ行おうとも「それ」を祓う事などあり得ず、ただ単に相手を苦しめる以外の意味は持たないと言うのに。
 大多数による言葉や物理的な嫌がらせは最早いじめと呼ぶのも生温い程だった。
 暴力。それが恐らく正しいのだろう。
 数にものを言わせるうちに、自分達は正しいを思い込み、彼らは異端を狩ろうと更に暴力を振るうのだ。
 彼らは数で勝っている以上みなもに抗う術など無いとたかをくくっていたのだろう。
 しかし、追い詰められた者は時に予想外の力をもって牙を剥く。
 度重なるいじめの末、みなもははじめて自身の力に目ざめた。
 臨まない覚醒はその後も彼女を苛んだ。
「こんな力が無ければ、こんなに苦しむ事も無かったのに」と。
 過去への追想は彼女の思考をネガティブな方へと向ける。このまま考え続ければ再び苦しみに潰されてしまいそうになる、そんな考えを。
 そんな彼女の思考を、凄まじい力の接近が断ち切った。
(「……来た……」)
 みなもは慌てて接近する力の方向を臨む。
 水のない筈のグラウンドに、大量の水が押し寄せた。
 ざばん、と凄まじい音と共に押し寄せたうねりをみなもは抑えこもうとする。
 人魚の末裔としての力。それを使えば凄まじい量の水でも容易に操る事が出来るはずだった。
 しかし予想以上の勢いを伴った水は、みなもを呑もうと猛り狂う。
 何故操れないのか。その理由は考えるまでもなかった。
(「この水は『彼女』の支配下にあるんだ……」)
 自分より強い力を持つ人魚。アナザーワンの彼女。
 その力の下では同じく人魚とはいえいくら何でも不利だ。
 せめてと自身の回りの僅かな水を、彼女の力から解放し、身に纏う。普段ならばスーツ形状にする所だが、今回は身をつつむ球体のイメージに。
 そのまま勢いでみなもは流される。途中、鉄塔にぶつけられそうになったものの、球体へと変化させた僅かな水がクッションとなり彼女の身を守った。
 怪我一つ無く済んだ事を安堵したみなもに、少女の声がかけられる。
「……何故」
 青の髪。そして若干青みがかった肌。両足がある筈の場所は、魚の尾鰭。
 みなもと同じ青の双眸に、凄まじいまでの敵意を漲らせた『彼女』。
「何故あなたは平穏な日常を送れているの?」
 本来ならば、人魚は陸へは上がれはしない。だが彼女はその化け物じみた力によりそれを可能とした。
 大気中の僅かな水分を操る事により、彼女は二足を持たずとも地の上を容易に移動する。
「平穏な日常を過ごせているあなたが、とても妬ましい」
 彼女はみなもへとそう告げ、ゆっくりと近づいてくる。
「あたしはこの姿と力の為、平穏に暮らす事を奪われた……なのに、あなたは何で普通に『人のように』生きているの?」
「あたしは……っ!」
 つい言い返そうとしてみなもは堪える。
 彼女を激昂させるような事を言えば、このあたり一帯は彼女の能力により壊滅させられる可能性が高い。
 なら、少しでも堪えて「時空の歪み」へと彼女を誘いこまねばならない。
 僅かに過ぎった「こんな校舎見捨ててしまえばいい」という思いは必死で呑み込んだ。
 この建物を見ただけでも当時の辛い思い出が胸の内へと涌き、気分まで悪くなる。
 それでも、これを見のがしてしまったら。
 このまま放置して、東京が壊滅してしまったら。
 学校には辛い事も沢山あった。だが、東京には今の彼女の無事を願う人も居る。そして、楽しかった思い出だってある。
 だから。
(「そんな世界を壊させるわけにはいかない……!」)
 決意を固め、みなもは時空の歪みがある場所へと移動する。
 その場所とは――。

 アナザーワンから繰り出される様々な攻撃を、ひたすらに回避し、そして解呪し、僅かながら自分の使える水として操る。
 時折あえて攻撃を加え、アナザーワンの意識を自らの方へと向け、みなもは堪え続けた。学校を壊させてはいけない、と。
 そして時間こそ掛かったものの、彼女は漸く目当ての場所にたどり着く。
 コンクリートで固められた、25メートルのプール。
 塩素の臭いがキツい為、みなもとしてはあまり好みな場所ではないが、それは恐らくアナザーワンも一緒。
「……こんな所に来てどうするつもりなの? 水は……水だけはあたしの味方。いくらあなたに縁の深い場所でも、全ての水はあたしの支配下にある。あなたに操る事は出来ない」
 アナザーワンはそう告げる。
「あなたの味方は、水だけなの?」
 改めてみなもは問いかける。考えればそれは寂しい事だ。
 何故なら、裏を返せば彼女には人魚の仲間すらいないのかも知れないのだから。
「だから、あたしはあなたが妬ましい。殺してしまいたい程に!」
 喉が張り裂けかねない勢いで、アナザーワンが叫ぶ。
「水さえ味方なら、あなたを殺す事は簡単なはず! だから……死んで!」
 プールの水がゆらり、と揺れた。
「でも、水『だけ』なら、あたしは負けない……!」
 みなもは自身の指先を僅かに噛んだ。痛みと共にぽたりと赤い血が零れる。
 その僅かな血液を操り、みなもはアナザーワンの操る水上へと円弧を描き出す。
 もう片方の手には雪久から預かった別世界への扉を開くと言われる魔道書。
 魔道書に描かれた通りに、彼女は血液の朱をもって魔方陣を描く。
 途端、アナザーワンが焦りの色を見せた。
「なんで……この水はあたしの支配下にあるのに、なんでたったあれだけの血が止められないの……!?」
 アナザーワンが分厚い水の壁を以てみなもの操る血液の動きを止めようとしていたのははっきりと分かった。
「あたしの一部である以上、あなたの力がどれだけ強大でも、あたしの血は止められない……!」
 みなもは言い切り魔方陣を完成させる。
「そしてここは……あたしに最も縁深く、そして、人の心を大きく歪ませる程に、異世界に近い場所!」
 魔方陣が光を放ち、アナザーワンを呑み込む。そのまま光は天を貫いた。
 光は次第に弱まり、夜闇の中へと溶けていく。
 残光が消え、アナザーワンの姿も無くなったのを確かめ、みなもは漸く大きく息を吐いた。
 ここは、過去にみなもがいじめられた場所。
 その日のいじめが普段以上にエスカレートしたのは、恐らくこの場所の持つ特殊性ゆえ。
 そしてみなもが一時とはいえ覚醒したのも、非日常に近い場所だったからだろう。
 ここならば、時空の歪みがあるに違い無い、とみなもは最初から踏んでいた。
 そして、その読みはあたった。
 無事アナザーワンを元の世界へと送り届けた事で、東京には平穏が戻るはずだ。
 しかし――。
「あたしもあなたの自由さが羨ましかった……」
 みなもは小さく空に向かって呟く。
 彼女の生活は、決して平穏ではなかった。
 どうしていじめられたのかを理解した彼女は、なんとか日常に自らを馴染ませようと、必死で自身の特殊性を押し込めた。
 窮屈な思いをする事もあったし、それ自体も楽な事ではなかった。
 アナザーワンがみなもを羨んだように、みなももまた日常に縛り付けられる事のないアナザーワンの自由さを羨ましく思う部分もあった。
 だがそんな思いに流されなかったのは――恐らく彼女の今が充実していたからだろう。
「帰ろう」
 みなもは自分自身に言い聞かせるようにそう呟き、手元の本を見つめる。
 雪久の貸してくれた魔術書。これを返すまで、きっと彼は店を閉めずに待っていてくれるに違い無い。
 待ってくれているのは、雪久だけではないだろう。
 だから、みなもは望む。平穏な日常へと帰る事を。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1252 / 海原・みなも (うなばら・みなも) / 女性 / 13歳 / 女学生

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■         ライター通信          ■
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 お世話になっております。小倉澄知です。
 色んな思い出を持っていて、辛い事も一生懸命乗り越えたという事実。
 そして待っている人が居るという事は、きっとみなもさんの力になるはず……と思い今回のお話となりました。
 思えばアナザーワンは少し寂しい人物だったのでしょう。
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。