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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route1・隠された顔 / 藤郷・弓月

 澄んだ空がきれいで、なんだか心も踊り出しそうな今日。
 弾む足取りで藤郷・弓月が向かうのは、握り締めた名刺の先――執事&メイド喫茶「りあ☆こい」。
 通い慣れた通学路を抜けて、辺りを見回して、まるで探検でもするみたいに、少しだけ楽しい。
「えっと、あとはここを曲がって、っと♪」
 喫茶店に向かう目的は、この名刺をくれた「鹿ノ戸・千里」って人に会いに行くこと。
 もちろん、ただ会いに行くだけが目的じゃないよ。大きな目的は、お礼をすることなんだから!
「今日のためにお金も溜めたし、バッチリ!」
 とは言え、こういったお店の相場を知らないから、足りるか不安だけど、まあなんとかなるでしょう。
 事前に調べた路地を曲がって、あとは一直線。
「確か、この辺りに……あ、あった!」
 住宅街にコッソリ佇む民家のようなお店。その前に置かれた看板には、執事&メイド喫茶「りあ☆こい」の文字がある。
「うわ……緊張してきた。大丈夫、大丈夫よ。鹿ノ戸さんにお礼をするだけなんだから」
 すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。
 早まる鼓動を抑えるように深呼吸をして、いざ出陣! と、その前に。
「いなきゃ困るよね。メールしておこう」
 肝心のお礼の相手がいなかったら意味ないもの。
 べ、別に行く勇気がないとか、そういう理由じゃないんだから。だって、こういうお店は気になってたし、今後のためにも見ておきたいし。
「確か、名刺の後ろに……あ、あった」
 ひっくり返した名刺の裏。
 そこに書かれたメールアドレスに安堵の息が零れる。
 ここにメールをすれば完璧だろう。
「私ってば冴えてる♪」
 そう言って打ち込んだメールの内容は「これから行きますので!」の一言だけ。
 だって、他に何を書いたら良いかわからないんだもの。仕方ないでしょ?
 そう自分に言い聞かせて今度こそ。
 そもそもあの時あれだけ無愛想だった人が、送ったメールに返事をくれるとは思わない。
 だから返事は期待してない。
「それにしても、見た目は本当に普通なのね。もっとゴテゴテした感じを想像してたんだけど」
 質素な見た目に拍子抜けしそうだが、調べた話によれば、中は外観とは相当違うと言う。
 それも実は楽しみだったり♪
「よし、行こう」
 意を決して足を踏み出す。と、扉に触れる直前で動きが止まった。
「まったく君は……もう少しオーナーの気持ちも考えるべきだ」
 店の裏側から聞こえてくる声に、小さく首を傾げる。
 もめごとか、それともお説教か。どちらにせよ関わらない方が良い部類の声ね。
「どこのお店も大変――」
「へいへい、わかったから戻れ」
 ピクッと手が止まった。
「今の声……」
 適当に還していたあの声はもしかして。
 弓月は咄嗟に扉から離れると、声のした方に向かった。
 向かったのはお店のちょうど側面に位置する場所。お店の入り口からは死角になるその場所に、燕尾服を着た男の子が2人見える。
「やっぱり、鹿ノ戸さん……って、煙草吸ってる!?」
 対峙するように立っている男の子の内の1人、煙草を咥えて壁に背凭れる人物は間違いない。
 彼こそ、今回の目的の鹿ノ戸千里、その人だ。
「何歳なの……いや、考えないことにする、うん。これがワイルドというやつだから……!」
 きっとそう。そうに違いない!
 それに似合ってるし、大丈夫。大丈夫。
 そう自分に言い聞かせてると、また呆れた声が聞こえてきた。
「おめぇは何してんだ、コラ」
「え」
 ものすごく近くで聞こえた声に、呆けた顔を上げる。そこに見えたのは、呆れた表情の鹿ノ戸さんと、見覚えの無い綺麗な男の子が驚いた表情でこっちを見ている。
「梓。お前の鼻は相変わらず人間並みだな」
「……耳は、いいつもりなんだけどね」
 ごめん。
 そんな声を零して、金髪の男の子は肩を竦めてた。けど、私にそれを見ている余裕はなし!
 かあっと頬が上気するのを感じながら、なんとか言葉を絞り出そうと頭をフル回転。
 そもそもこんな再開は想定外だし、でも何か言わないと!
「い、良い天気ですね! 休憩ですか?」
「……アホだろ」
「えっ!?」
 頑張った精一杯の言葉になんて冷たい言葉っ!
 流石に驚いてると、たしか、梓さんって言ったかな。この人が助けてくれた。
「せいいっぱいで可愛いじゃない。君の知り合いかい?」
「知り合い……いや、知らない」
「知り合いですよ!」
 迷ったらしい挙句に否定されてちょっとショックなんですがっ!
 とにかく慌てて訂正すると、千里さんが息を吐くのが見えた。
 ものすごく面倒。そうとしか見えない雰囲気に、めげそうになる。でも負けないんだから!
「はじめまして。藤郷・弓月と言います。先日、危ない所を鹿ノ戸さんに助けてもらって、そのお礼に来たんです」
「へえ、千里が人助けを……」
 屈託のない笑顔で言うと、金髪の男の子は少し目を瞬いてからニッコリと笑った。
 この顔がお日様みたいですごくきれい♪
「明日は、空から槍か大魔王様でも降って来そうだね。でも本当ならオーナーも喜ぶかな」
 くすり。と笑って結構酷い。
 でも、鹿ノ戸さんならそんな感じかも知れない。
 同意するように少し笑って鹿ノ戸さんを見る――え。なんだか睨まれてる。
 もしかして、言ったらダメなことだったのかな。
「ごめんなさい。もしかして、言ったらダメだったでしょうか? もしダメだったら本当にごめんなさい!」
 そう言って、一気に頭を下げる。
 だってダメなことをしたら謝らないと。
「ずいぶんとズレた……いや、勇敢なお嬢さんだな。君はこのお嬢さんを少しは見習うべきだね」
 クルリと振り返った金髪の男の子。その声に、大きな舌打ちが聞こえた。
 どうやら鹿ノ戸さんの舌打ちみたい。
「千里、何処に行くんだ。まだ話は終わってないぞ」
「長ったらしい説教なんか、聞いてられるかよ。来い」
 金髪の男の子の声を遮って、鹿ノ戸さんが近付いて来る。そして、私の腕を取ると、強引に歩き出した。
「え。鹿ノ戸さん、お友達のお話がまだ――」
「友達じゃねえ!」
 少し黙ってろ。
 そう叫んだ声に反射的に口を噤む。
 それでもこちらを呆然と見送る男の子に頭を下げる余裕だけはあった。
 この辺の礼儀は大切に♪
 そうして前を見ると、何故だかキツイ鹿ノ戸さんの視線が突き刺さったのでした。

   ***

 鹿ノ戸さんが連れて来てくれたのは、子供連れの多い公園。場所は喫茶店からそう遠くない場所。
「こんな場所に公園があったのね」
 ベンチに座らされてかれこれ数分。
 はじめは混乱していたけど、今は周りを見る余裕が出て来た感じ。
 とは言え、なぜここに来たのかはいまだ不明だけど。
「ほら」
「え」
 目の前に差し出された見覚えのある紅茶の缶。反射的に受け取ると冷たい感触が掌に広がってく。
「あの、これ……」
「ここまで引っ張って来たからな。適当に飲んで帰れ」
 言って、隣に腰を下してくる。
 その動作はすごく投げやりで、どう見ても仕方なくやっているとしか見えない。
 でも、こうした気遣いは嬉しいかも。
「ありがとうございます」
 笑顔で缶を掲げてタブを開けると、紅茶の良い香りがしてきた。
 良い天気に、子供達の元気な声。その中で口にする冷たい紅茶は、どこかいつもと違う味がする。
「美味しい♪」
 ここに来た疑問とか、細かいことはどうでもよくなりそうなそんな味。
 ホッと息を吐くと当初の目的が飛んでしまいそうな……って、それじゃダメでしょ!
 当初の目的を忘れたらダメ。
 そうよ。今日ここに来たのは、鹿ノ戸さんにお礼をするためなんだから。
 とにかく、何か言わないと!
「あ、あの。またお会いできてうれしいです!」
「ぶっ!」
 ひねり出した言葉の、なんと芸のないことか。
 思わず珈琲を吹きだした鹿ノ戸さんも、面食らってこっちを見てる。
「な、なんだ、いきなり……つーか、今のどこにそういう言葉に繋がる流れがあったんだ?」
「え……特にないですけど、言わないとと思ったので」
「そ、そうか……」
 呆れた顔をしてるけど、怒ってはいないみたい。
 やっぱりいきなり今の言葉はなかったかな。と言うことは、もっと別のことを言わないと。と、そんなことを考えてると、鹿ノ戸さんの方から話題を振ってくれた。
「で……なんで、お前はあそこにいたんだ?」
「あ、それは鹿ノ戸さんにお礼を……って、鹿ノ戸さんが外にいるならお礼できないじゃないですか。それに、逆に驕って貰っちゃいましたし」
 当初の目的は鹿ノ戸さんに会うこと。
 会って、先日助けてもらったお礼をすること。
 そのためにお金を溜めて、ようやくお店に行けたのに。何があってここで紅茶を驕って貰っているのだろう。
「……ごめんなさい」
「別に謝ることはないだろ。しっかし、礼ねぇ。別に必要ねえよ」
 しれっと珈琲の缶を口に運ぶ姿に、思わず頬が膨らむ。
「それはだめです! 次は絶対にお礼しますよ!」
「いらねぇよ。邪魔」
「します!」
「いらねぇ」
「しーまーすーーーーっ!!!」
「……いらねぇっつってんのに、頑固な女だな」
 ボソッと呟く声に、再び弓月の頬が膨れた。
「礼儀は大事なんです。ありがとうも、ごめんなさいも、きちんと言わないと人間関係は直ぐに崩れちゃうんですよ?」
「いや、崩れても問題な――」
「あ、私、藤郷弓月っていいます!」
 よろしくおねがいします!
 礼儀正しく頭を下げたが、いや、うん。鹿ノ戸さん、思い切り変な顔してる。
「脈略なさ過ぎだろ。つーか、さっき梓に言ってたのを聞いてるっての。頑固な上に馬鹿だな」
 へっ。そう笑って、彼は空を見上げた。
 やはりこの人は口が悪い。
 でも悪く言いながらも、けっして最後まで突き放しはしない。ちゃんと話を聞いて、どんなに悪くても言葉を反してくれる。
「えへへ、優しいんだ」
 思わず笑って、紅茶をひとくち。
 さっきよりもなんだか甘い紅茶にほっぺが綻ぶ。
「そう言えば、あの時は刀持ってましたけどああいうふうに戦うのっていつもの事なんですか?」
 今更かもだけど、物体X(エックス)と闘ってた鹿ノ戸さんは、日本刀みたいな刀を持ってた。
 しかも闘ってる姿は慣れてる感じで、ああいうのもかっこ良かったな。
「銃刀法違反、って言葉知ってるか?」
「え……もちろん、知ってますよ」
「なら、答えは見えてるだろ」
 ニッと笑った顔に、「あ」と声が漏れる。
 そっか。
 日本では銃刀法違反って法律があるんだから、いつも闘ってても持ち歩いててもダメだよね。
 ということは、いつもは持ってないんだ。
「じゃあ、どうしてあの時は持ってたんですか?」
「……さあな」
 呟き、彼は立ち上がった。
 空の缶を遠くのゴミ箱に放り投げてインさせる。
 そうして振り返ると、緩く首を傾げてきた。
「そろそろ戻るが、お前はどうするんだ?」
「え」
 公園内の時計を見ると、夕暮れ間近、と言った所だろうか。
「それじゃあ、お店にお邪魔します。お礼、しないとですし!」
「まだ諦めてなかったのか」
「当然です!」
 ぐっと拳を作って見せると、鹿ノ戸さんは呆れたように笑って歩き出した。
 ダメって言わないってことは、付いて行って良いんだよね?
「鹿ノ戸さん、待ってください!」
「やなこった」
 もう!
 口ではなんだかんだと言いながら、やっぱり拒否はしない。
 弓月はそんな彼の背に追いつくと、お店で何を頼もうか、今から心躍らせていた。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17歳 / 高校生 】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

【 辰巳・梓 / 男 / 17歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】(ちょい役)


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里ルート1への参加ありがとうございました。
前回に引き続きご指名頂いた、千里とのお話をお届けします。

私は戦闘が出来ないなら出来ないなりに何か出来る事がある。そう思ってたりします。
なので弓月PCの場合には、そうできるように三人称と言うよりは一人称寄りで書かせて頂いている感じです。
これがPCさんの個性を引き出せているかどうか心配ですが、楽しんで読んでいただけているととても嬉しいです。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。