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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


+ 二人が困った問題―押し掛け少女― +



「以前は私の迷いを断ち切って下さって真に有難う御座います。心からお礼を申し上げたいと思い、こうしてスガタ様に会いに参りました」


 深々とお辞儀をする少女。
 彼女はスガタの前に立ち、にっこりと微笑む。だが、スガタの方は「はぁ……」などと気の抜けた返事をする。隣に居たカガミの方をちらっと見遣ると、彼はむぅーっと眉を寄せて機嫌が悪そうだった。


「あの、僕だけじゃなくてカガミも君の案内をしたんだけど」
「あら、そうでしたわね。私スガタ様しか目に入っておりませんでしたわ。申し訳御座いません。ついでにカガミ様も有難う御座いました」
「俺はついでかよ……」


 むっすぅー! と更に機嫌が良くないカガミをよしよしとスガタは宥める。
 少女はスガタの手をぱしっと掴み、唇を綻ばせた。そしてうっとりとした目で見つめる。スガタは自身の唇がひくっと引きあがるのを感じた。


「スガタ様。私、考えましたの」
「な、何を?」
「私、貴方様のお傍に居たいのですわ!」
「「はぁ!?」」


 二人の声がハモる。
 良く分からない展開に二人して首を傾げた。


「私が父との不仲のことを悩んでいた時に与えてくださった的確なアドバイス、案内して下さった時の心優しいお言葉、そして気配り……何よりその私のお好みにジャストフィーットなお顔!」
「俺も同じ顔なんだけど……」
「いえいえいえ、同じ顔付きでもやはりスガタ様とカガミ様は滲み出るものが違っておられますわ」


 少女はきっぱり言い切った。
 何となく腑に落ちないその理由にカガミの不機嫌ゲージがぐぐぐぐぐっとあがっていく。いつ切れるか分からないその状態に冷や汗をかいたスガタは、取り合えず彼の背中を撫でて落ち着かせようとする。
 だが。


「と、言うわけでこの肖子 霞(あやかし かすみ)。本日より、スガタ様の身辺のお世話をさせて頂きますわー!」
「お前、いい加減にしろぉおおおおお!!!」
「か、カガミ落ち着いてぇえええ!!!」


 きゃっと可愛らしく宣言した少女ぶち切れてしまったカガミ。
 どうしようと引き攣り笑いするスガタはこの先を想像して……思わず泣きそうになった。


「スガタ、カガミー♪ あっそびに来たにゃー♪」


 だがそこに現れたのは一人の救いの天使――ではなく、黒耳黒尻尾、猫の手足をもった可愛らしいチビ猫獣人。その獣人の名前は工藤 勇太(くどう ゆうた)。現実世界では立派に高校生として過ごしている彼だが、夢の世界限定で「チビ猫獣人化」が可能な超能力者であったりする。
 そんな風に暢気な調子で登場した彼だが先客もとい霞がいる事に首を傾げ、しかもいつもと違う雰囲気である二人に目を瞬かせた。


「にゃ? お客さんにゃ?」
「勇太、丁度いいところに来た!!」
「にゃー!? にゃんの事にゃー!?」
「ちょっと事態を説明してやるから俺の癒しになれ!」
「わけわかんにゃいにゃー!!」


 そう言われ、カガミによって勇太は腰に抱えられ霞には決して聞こえない場所まで走る。
 そのため来たばかりで何がなんだか分かっていない勇太は頭に疑問符を大量に浮かべるしかないわけで。だが、霞はポジティブだった。それはもう前向きに「これはカガミ様が私のために下さった二人きりのチャンスですわ!」と思い込み、スガタに今まで以上のアプローチを開始した事を二人は知らない。


 一方、それはもう疲労しきったカガミに癒しと言う名の抱擁を真正面から受けた勇太はそのまま事態の説明を聞く。
 つまり少女は勇太同様<迷い子(まよいご)>。
 問題自体は解決したのだが、スガタに惚れてしまった事によりこの異界で暮らしたいと言い出した。その結果「本人に拒まれているために強制送還が行えなくて困っている」……と。
 勇太はぽふぽふと猫手でカガミの背中を叩く。カガミは口調は乱暴でアレなタイプだが基本的に優しい事を勇太は知っている。もちろんスガタだってそうだが、今回霞にとってスガタが恋愛対象になってカガミに関してはおまけ扱いされている事よりも、『相手が帰らないこと』が案内人としては失格だと言われている様でガリガリと精神的ダメージを削ってくれている。


「にゃー……じゃあ、俺様がお話してくるにゃ!」
「マジか?」
「任せとけにゃ!」


 ぴょんっとカガミの腕の中から勇太は飛び降りるとスガタにアプローチしている霞の方へとちょこちょこと可愛らしい擬音つきで彼は寄る。
 霞は霞で勇太の存在に気付くとアプローチを止め、そして不思議な生き物としてマジマジと勇太を観察し始めた。


「えっとにゃ。俺は工藤 勇太って言うにゃ。でにゃ、今カガミからおはにゃし聞いたにゃん。かすみはスガタのこと好きでおうちに帰りたくにゃいって言ってるんだよにゃ?」
「スガタ様ほど素晴らしい方は現実にはいらっしゃらないですもの。スガタ様は案内人ですから私よりも多くの方と接するでしょう? その中に私同様スガタ様の事を好ましいと思う女性が居ても可笑しくありませんわ。だってこんなにも紳士的で、優しくて、気が付く所が沢山あって、女性に対する態度も柔らかく堅実かつ献身的で、私の理想の旦那様なんてスガタ様以外いらっしゃいませんわ。更に言えばスガタ様は私が迷っていた際に乱暴な口調のカガミ様とは違って私好みの顔で囁いてくださいましたの。『君の心は僕がちゃんと案内してあげるからね』って……!! これはむしろプロポーズ! 私の未来はもうスガタ様に預けてしまっても構いませんとあの時心底思いましたわっ! 更に言えば――」
「にゃ、にゃ、すとっぷにゃー!!」
「なんですの! 私のスガタ様への愛の語りをもっとお聞きなさい!」
「……にゃー……」


 一気にスガタに対しての思いを口にした霞の熱意に勇太は押され、別に押されたわけでもないのに思わず足が一歩下がってしまう。前に居るスガタ、そしていつの間にか後ろにいたカガミへと「へるぷみー」の視線を送ってみれば、むしろ「こっちが助けてと言った意味が分かるだろう?」と視線が返された。
 確かに霞の思いは強い。だからこそスガタとカガミは彼女を現実に返してあげられないのだ。ならば今出来るのは説得だけ。彼女の心を現実へと向けることだ。


「あのにゃ。かすみの気持ちはよくわかるにゃ。俺もカガミ大好きだにゃん。でもちゃんとおうちに帰ってるにゃよ。かすみもちゃんとおうちに帰ってまた会いたくなったら会いに来ればいいにゃ」


 ね、カガミー♪と勇太は振り返り、戻ってきていたカガミへとぽふんっと抱きつきすりすりと甘える。
 その様子を見ていた霞は両手を叩き合わせ、それはそれは幸せそうな笑みを浮かべた。


「あら、勇太様はカガミ様の事がお好きですのね。良かったですわ。男性でもそういう趣味の方がいらっしゃるのは一応知っておりましたが、これがもしスガタ様相手でしたら……」
「お、俺の相手はカガミにゃー!! カガミが好きにゃー!!」
「ですからライバルじゃなくて良かったと私は心底幸せですのよ」
「――こ、この子……強いにゃ……」


 だが此処で引いては男が廃る。というか、二人に頼られているのに男として引くわけにはいかない。
 勇太はカガミにぎゅうっと抱きつきながら更なる説得に試みる。格好としては幼児が少年にしがみ付いているようなものだが、勇太の中身は一応高校生男子。どれだけ精神年齢が低くなっていようが基盤は変わらないのだ。


「あのにゃ、かすみ。スガタとカガミは求めればちゃんと応えてくれるにゃよ」
「<迷い子>限定で、ですわよね」
「そんにゃことにゃいにゃ! 二人はちゃんと呼べば現実世界にもやってきてくれるにゃ。俺様がそこは保証するにゃん!」
「まあ、勇太様。私が欲しいのはスガタ様だけですので、呼ぶのはスガタ様だけですわ。そこは間違われると拗ねたくなりますの」
「……にゃ、にゃにはともあれ、この世界に居たいというかすみの気持ちはわかるにゃ。でもかすみにはかすみの現実を大事にして欲しいにゃ。お父さんと仲直りしたというなら家族がいるんだよにゃ? じゃあ、そっちの生活も大事にしつつ、スガタの事を本気で想っているならスガタはちゃんと応えてくれると思うにゃ!」


 キラキラと純粋な瞳で勇太は訴える。
 まっすぐと霞を捕らえ、笑顔で口にするのは現実的なお話。現実とこの世界とを行き来している勇太だからこそ言える言葉だった。事実、霞には『家族』がいる。この世界に居るという事はその家族や友人らを捨ててしまう事に繋がってしまう。それは決して望ましくない事。
 スガタとカガミは異界の住人だ。だからこそこの場所で存在し続ける事が出来るが、何がきっかけで霞は現世に戻れなくなるか分からない。


 霞は勇太の言葉にうっと言葉を詰まらせる。
 やはり『家族』という言葉が効いたようで、スガタはその僅かな変化を見逃さなかった。


「あのね、霞ちゃん。工藤さんの言う通りだと僕も思うよ。ここで過ごす事を君が本気で望むなら僕らは――僕は止めることが出来ない。だけど案内した時にも言ったように『君には君だけの未来』がある。家族、友人、それに君が得るはずの幸せ……今の君にそれらを捨てさせて僕はこの世界に留まってもらっても僕は全然嬉しくないよ」
「スガタ様……」
「ごめんね。今の君は僕のせいで『迷って』しまっている。本来なら案内人である僕のために迷わせるなんてしてはいけない事だ。だから僕はちゃんと言うよ――霞ちゃん、辛い事があったら僕を呼んで。逢いたくなったら僕は君の傍に行くよ。だから君は君の世界でちゃんと幸せを探そう、ね?」
「……っ、スガタ様……!」


 少女はスガタの言葉に涙を溜め始め、そして両手を顔に当てて泣き出した。
 だがやがてその姿は薄くなっていく。説得が効き始めた証だ。彼女は自分の意思で現実に戻ろうとしている。しかしまだ決定打に欠けているのか、その姿はゆらゆらとした陽炎のよう。
 皆が見守る中、スガタはおぼろげな霞に手を伸ばす。そして彼にしか浮かべられない――霞が一番スガタを好きになった理由の一つである笑顔を浮かべた。


「また、逢おうね」
「――はいっ……!」


 そして霞は今度こそ残像も残さずに消えていく。
 向こうの世界では霞は涙を流しながら目覚める。その気配をスガタとカガミは感じながら事態が収まりを見せた事に対してほうっと息を吐き出す。唯一勇太だけが少女の様子が分からずに目をぱちぱち瞬かせた。そして。


「カガミ、すあま食べたいにゃ!」
「……ほれ」
「わーい!」


 ご褒美と言うかのようにカガミは空中から小皿に乗ったすあま三つを取り出し、勇太の前に差し出す。彼はそれを受け取ると嬉しそうにはむはむと頬張り、そして今は一人で霞が居た場所を真剣な表情で見つめるスガタを見る。そして一言。


「スガタは天然たらしにゃ?」
「あのなぁ……」


 その言葉に頭を痛めたのはスガタではなくカガミだったのは何故か。
 何はともあれ現実を大事にすると約束した霞がスガタを現実で想い、呼び出す機会が増えたかどうかは――今誰も知らない。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、久しぶりの依頼です。
 今回はご参加有難うございました!

 カガミとの仲良しを見せ付けて、現実に帰っても大丈夫だという事を知ってもらう計画にちょっと燃えました。めらめらと!
 霞はまだ子供です。残念ながら子供の考えで異界に留まりたいと考えたけど、現実を見たことによりそのうちスガタの存在は不要になり、忘れていく可能性の方が高いかなっと。

 今回は本当に説得の協力有難うございました!