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<Dream Wedding・祝福のドリームノベル>
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水無月の華 〜宵守・桜華〜
シトシトと落ちる雨。
鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。
――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。
女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?
貴女と、君と……
――水無月の華の祝福を……。
* * *
電車で走ること約2時間半。
人里離れた山の中、都会から隔離されたかのような場所に、宵守・桜華の姿はあった。
「蜂須賀、そっちに行ったぞ!」
草の根を掻き分けて叫ぶ桜華に、蜂須賀・菜々美は冷静な表情で銃を構えて振り返った。
彼女の視線の先に居るのは、真っ赤な子鬼とそれを追いかける桜華の2人。
「これで最後だな」
呟き、銃に九字の法を刻みこんだ弾を装填する。そうして銃口を子鬼に向けると、彼女の目が眇められた。
「一緒に始末されたくなければ退け」
忠告と同時に放たれた弾が、白い螺旋文字を描き始めた。これは不動明王の力を持つ外縛印の弾で、対象の奪い、呪縛の元に消滅へと誘う陣が展開される。
案の定、子鬼は動きを封じられもがくばかり。
そして一気に印を強めて締め上げると、瞬く間に子鬼は姿を消した。
それを見て菜々美が息を吐く。
「……随分と弾を無駄にしたな。この代償はあの馬鹿に支払わせるとするか」
「それって、俺のこ――……と?」
ヒヤリと冷たい感触が額に触れる。
間違いなく、菜々美の言った「馬鹿」とは桜華の事だ。彼女は冷めた視線を向けながら、桜華の事を仰ぎ見る。
「文句があるか?」
「……いえ、ないです」
当然だな。
そんな勢いで銃を下げると、菜々美はそれを懐に仕舞った。
いつも思うんですが、懐のどの部分にそれは仕舞ってあるんでしょう。邪魔じゃないんでしょうか。
とは言え、そんなことは口が裂けても言えない。
もし言ったら、口以外のありとあらゆる場所が裂けかねないからだ。
「しっかし、流石に50匹の子鬼を始末するのは時間がかかったな。とは言え、蜂須賀に助っ人を頼んで良かった。思った以上に早く終わったしな」
さんきゅう♪
そう笑顔で顔を覗き込むと、若干照れた顔が見える。この辺りもある意味役得だ♪
桜華はニコニコと笑顔で空を見上げると、大きく伸びをした。
そもそも菜々美がこうして手伝ってくれる仕事など滅多にない。だからこそ、子鬼50匹を退治して欲しいとの依頼を受けた時、菜々美を誘うチャンスだと思ったのだ。
――実験の言い材料になるぞ。
この言葉が菜々美を大きく動かしたらしい。
「いやあ、我ながら良い案だった。さて、これからデートへと洒落こみ……ませ、ん」
さっきまで照れてたのに、なんでそこで睨むんですか!
キツイ視線が刺さる中、桜華の目が遠くに飛ぶ。こういう時、菜々美のツンデレ(?)具合が妙に悩ましい。
けどまあ、これも菜々美の良い所だ。
そう思い直して歩き出した足が、直ぐに止まった。
別に道が無いから止まった訳じゃない。この先少し行くと、獣道があるのは知っている。
そうではなくて、さっきまで青空が……
「あれ、晴れてるな」
見上げた先には青い空。
しかも気持ちが良いくらいに陽が照っている。でも、確かにさっき
「雨だな」
そう、雨が降っていたんだ。
ん? 雨???
「もしかして、こいつは」
思わず口にした声に、菜々美の目が細められる。
その目は注意深く辺りを探っており、彼女自身、深い警戒の色が浮かんでいる。
「霧も出て来たな。まさか、まだ何か潜んでいるのか?」
次第に白くなる視界。
暖かい中に冷たい空気を纏って迫ってくる霧に、菜々美は懐に手を伸ばした。
だがそれを、桜華の手が引き止める。
「これは敵じゃない」
「何だと?」
「んふふ♪ ちょーっと良いもの見れるかもよーん♪」
ニッと笑って気を巡らす。
注意深く探って、目的のものを見つけようと意識を巡らす。そうして霧の奥深く。皿に司会が悪くなるその場所に目的のものを見つけた。
「やっぱりなぁ」
彼が見つけたのは、楽しげにステップを踏んで歩く一行の姿。思い思いの荷物を持ち、中央の輿に白無垢の花嫁を添えた――そう、狐の嫁入り行列だ。
それは徐々に降り出す雨と共に近付いて来る。
「何の行列だ?」
「狐の嫁入り行列だな」
「狐?」
訝しむように返る声。それに頷きを反して桜華は彼女の腕を取った。
「行こうぜ」
「は? 何故、私が行かねばならない! 貴様1人で行けばいいだろ!」
「こう言う事は、皆でお祝いするのが良いんだって。ほら、来い!」
「ちょっ、離せ、馬鹿者っ!!!」
やっぱりというか、案の定と言うか、菜々美は予想通りに拒否してきた。
だがこうめでたい席は一緒に祝いたいじゃないか。
「おや、人間のお客さん?」
「俺らも祝いたいんだが、一緒に混ぜて貰っても良いか?」
「ええ、もちろんですとも♪」
ホクホク応える紋付き袴の狐は、花嫁の父親だろうか。大きな荷物は持たずに、行列のやや後ろを感慨深げに歩いている。
「しかし、人間の夫婦にも祝って貰えるとは、幸先の良い嫁入りですなぁ」
この声に桜華はパアッと表情を明るくして菜々美を振り返った。
「蜂須賀、夫婦だってよ。そう見えるんかね?」
「あ?」
ギロリと睨まれて口元が引き攣る。
想像以上にご機嫌斜めですか?
いや、大丈夫だ。何せこれだけ華やかで賑やかで幸せな行列。ここに混じれば菜々美だって笑顔になる筈。
そう信じて行列に参加したのだが……
「……」
「……蜂須賀さん……ちっとも、笑顔が見えないんですが……」
「……笑う必要がないからな」
腕を組んで仏頂面。
そりゃあ、菜々美の意見を無視して行列に参加したのは悪かったが、ここまで機嫌を害すこともないだろう。
それとも何か嫌な事でもあるのだろうか。
「うーん、わからんなぁ」
「ねえねえ、兄ちゃん」
「ん?」
不意に袖を引かれて目を落とすと、そこには正装をした小狐が1人。ニコニコと笑顔で桜華と菜々美を見比べている。
「どうした、坊主」
「兄ちゃんのお嫁さん、なんで怒ってるの?」
「あー……怒って、なぁ……」
子供でもわかるくらいの仏頂面か。
思わず苦笑して小狐の頭を撫でる。
「兄ちゃんにもよくわからん。良ければ坊主が聞いてくれるか?」
「え……良いけど……」
チラリと見た菜々美の表情は険しい。
ちょっと……というか、かなり近寄り辛い雰囲気に小狐もタジタジだ。
しかし意を決して近付いた彼は、菜々美の袖を引くと、遠慮気味に彼女を見上げた。
「……何だ」
小さく問いかける声に、小狐の耳がピンッと立つ。
「あ、あの……なんで、兄ちゃんのお嫁さんは怒ってるの?」
「…………」
ピクリと眉が動いた。
だが一言も言葉を返さない。
小狐は困ったように目をウロウロさせて、さっき立てたばかりの耳を下げた。
「……あの……お嫁さん、あの……」
どうしたらいいか。小狐限界。
ここまできて、菜々美の口から長い息が吐き出された。
「……誰が嫁だ」
「え?」
ボソッと零された声に、小狐の目が瞬かれる。
「私は結婚したつもりも、今後するつもりもない。誰が誰の嫁かと聞いている」
「兄ちゃんの、お嫁さん……?」
桜華を指差した小狐に、菜々美は盛大に息を吐く。
そして桜華を見ること一瞬。
すぐさま小狐に視線を戻すと、彼と視線を合わせて言った。
「よく覚えておけ。あの馬鹿と私は実験する者とされる者の間柄だ。それ以上もそれ以下も存在しない」
「じっけんするものと、されるもの……?」
首カックン。
ええ、そうでしょう、そうでしょうとも。
子供に菜々美の理屈なんぞ通用する筈もなく。小狐はどうしていいか迷うばかり。
そうしている間に、行列はどんどん先に進んでいる。
かくして一行は、森の奥へ。
生い茂る木々の向こう。突然視界が開けるように木々が無くなると、広場のような景色の中央に大きな桜の樹が立っているのが見えた。
「こいつはすげぇ」
思わず声を上げた桜華と同じく、菜々美が頷く。
彼等の目に見えるのはただの桜ではない。
蒼白く幻想的に光る桜の樹。まるで降り注ぐ雨と踊る様に舞う花弁。蝶が複数舞っているかのようなそんな景色に、2人は魅入った。
「あの樹の下で、宴会するんだって」
小狐はそう言うと、親の元に駆けて行った。
それを見送り、桜華が菜々美を見る。
「行くのだろう?」
「え」
狐の新郎新婦は樹の下で粛々と婚儀を勧めて行く。そして辺りが宴会の色に染まると、菜々美は桜華を振り返って呟いた。
「こう言う事は、皆でお祝いするのが良いんだろ?」
「お、おう!」
まさか菜々美からこうした言葉が返ってこようとは。
それだけでも嬉しいと言うのに、菜々美と一緒に狐の酒宴に参加。涙が出そうな程、嬉しさが込み上げる。
「そう言やぁ、結婚するつもりはないとか言ってたが、もしするなら蜂須賀は何派だ?」
「……何の話だ?」
いきなり何派と言われてもわからない。
そう返す彼女に、思わず咳払い。
「いや、だから。白無垢派か、ウェディングドレス派か、とだな……」
もごもごと口篭る。
良く考えたら菜々美にこうした質問はタブーじゃないか? そんな事を思ったからだ。
しかし意外や意外。
菜々美はきちんとした答えを返してくれた。
「万が一があれば白無垢だな」
「ほお?」
何か理由でもあるのだろうか。
そう思って目を向けるも、菜々美の視線は桜華に無かった。
狐の新郎新婦を見ている。その視線は何かを考えているようにも見えて、桜華は思わず口を開いた。
「蜂須賀――」
「盃、空いてますね。お注ぎします」
「え、あ……こりゃ、どうも♪」
思わずヘラッとしました。
だって声に視線を戻せばこりゃビックリ。
真っ白い毛並みの綺麗なお嬢さんがお酌を申し出ているんですからね。思わず笑っても仕方がない――と、次の瞬間、物凄い勢いで脇腹に衝撃が走った。
「ッ、ぐ……入った、ぞ……」
息が詰まって、涙目になって横を見る。
そこに見えたのは、引き金を引き終えたばかりの菜々美だ。
まさかこの至近距離で例のアレを撃ったのか!?
マジでありえん。
「不意打ちにも柔軟に対応できる、か。なかなかの性能だな」
おかしいだろそれ!
激しく突っ込みたかったが仕方がない。
お嬢さんに引き攣った笑みを浮かべながらお酌してもらうと、なんとか根性で立ち直った。
「口から胃液以外のもんが出そうだったぞ」
「出したら速攻で滅する」
にやりと笑ったその顔は本気だ。
冷や汗と苦笑いしか出ず、一気に盃の中身を飲み干す。
相変わらず菜々美は新郎新婦を見ているようで、桜華は改めて口を開いた。
「何か思う所でもあるのか?」
「……」
「ないなら良いけどな。つーか、この雰囲気良いよな。俺には縁遠いものだと思うと、余計に他人様のものでも嬉しくなっちまう」
自分は過去に起こした業がある。
それがある以上は幸せを望んではいけないのかもしれない。そんな僅かな考えがあってのことばか否か。
しみじみと呟き出した声に、予想外にも菜々美が頷いた。
「私も同じだ」
幸せそうに言葉を交わす新郎新婦。その姿に菜々美は目を細める。
「私は師を滅する事が目的。その先の事は考えていないし、考える必要もないと思っている」
「目的を達成した後はどうするんだ?」
「……」
向けられた問いに、息を呑む音が聞こえた。
彼女は静かに息を吐き、そして苦笑する。
「……わからん」
言葉を飲んだのか。それとも本当にわからないのか。それは彼女しか知らない。
それでも眩しそうに新郎新婦を見る姿は、どこか寂し気だ。
「蜂須賀」
「?」
「一緒に祝いを言いに行こうぜ。な?」
強引に腕を引っ張って歩き出す。
この先、彼女と自分の未来に何があるかはわからない。それでも誰かに祝福の言葉を口にする事は出来る。
もしかしたら、その言葉が言霊として返るかもしれない。
だから今は誰かのために祝いの言葉を言おう。彼女の今後のためにも……。
―――END...
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 4663 / 宵守・桜華 / 男 / 25歳 / フリーター・蝕師 】
登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『水無月・祝福のドリームノベル』のご発注、有難うございました。
かなり自由に動かさせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。
この度は、ご発注ありがとうございました!
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