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【SOl】ゴスロリ娘とメカ娘
妙に人気のない町を、人形屋・英里(ひとかたや・えいり)は歩いていた。
より正確に言うなら、普通に町を歩いていたら、いつの間にか周囲の人通りが急になくなったのだ。
英里もそれに気づいたときは少し不思議に思ったが、すぐに「こういうこともあるだろう」と割り切ってしまった。
そして実際、ほとんどの場合は「こういうこともあるだろう」で済むのだが……残念ながら、今回はそうではなかった。
展開されていたはずの人払いの結界を、英里は無意識のうちにすり抜けてしまっていたのである。
不意に、横合いの路地から、何者かが英里の目の前に飛び出してきた。
短い金髪の若い女性――MINAである。
何事だろう、と思いつつ、少し驚きながらその女性を見ていると、彼女もまた英里に気づき、英里の比ではないほど驚いたような表情を浮かべた。
しかし、それも一瞬のこと。
MINAはすぐに自分の飛び出してきた路地の方に視線をやると、そちらを向いたままこう言った。
「そこのゴスロリのあなた! 民間人はすぐにこの場から退避してください!」
名前がわからない状況で、はたして相手に何と呼びかけたらいいか。
もちろん呼びかけの内容やTPOによっても変わるだろうが、ことが急を要し、まずは相手に気づいてもらわなければならない、となると、「相手も自覚しているであろう、わかりやすい特徴」を使って呼びかけるというのはそこそこ有効な手段のはずである。
そういった意味では、MINAの判断そのものは決して間違ってはいなかった。
問題は、当の英里が「ゴスロリ」の意味を理解していなかったことである。
「まさか自分が着ているものが何と呼ばれているか知らないはずはないだろう」などという極めて常識的な思い込みは、霊能者やら幽霊やら妖怪やらが闊歩するこの世界においては全く役に立たなかったのである。
……いや、この世界のせいではないかもしれない、ひょっとしたら。
ともあれ、その呼びかけが誰に対するものか、英里にはすぐには判断できなかった。
そこで彼女はまず辺りを見回し、呼びかけの対象となり得るものが自分しかいないことを確認して、一言MINAに尋ね返した。
「……すまない。私に言っていたのか?」
もちろん、これはMINAにしてみれば完全に予想外の対応である。
MINAはぎょっとしたような表情で英里の方を振り返ると、慌てた様子で叫んだ。
「そうです、っていうか他に誰がいるんですか! ここは危険なので速やかに――」
そこまで口にして、MINAははっとしたように路地の方に視線を戻したが、もう手遅れだった。
いかに英里のリアクションに驚いたとはいえ、自分が警戒していた相手から完全に目を切ってしまったことは大きすぎるミスである。
「――っ!?」
突然、路地から真っ黒な岩のような何かが飛び出してきた。
その「何か」は、一切速度を落とすことなくMINAにぶつかり、彼女を通りの反対側まで吹っ飛ばすと、その場でぴたりと止まった。
「おい、おい、おい、おいィ……?」
動きを止めた「それ」は、一見真っ黒な球体のような姿をしていた。
その中から声が響き、やがて、側面から手が、そして足が出てくる。
そうして「立ち上がった」それは、人間とダンゴムシの中間のような姿をしていた。
「俺様と戦ってる最中によそ見かよ? そりゃァねェんじゃねェのォ?」
人間のままの顔に、いかにも凶暴そうな笑みを浮かべたそれは、どう考えても危険な存在だった。
「……そうか。だから避難しろということか」
ひとまず理由はわかったものの、さて、この状況をどうすべきか。
「俺様の邪魔をするヤツはァ! 誰だろうとブッ壊すゥゥッ!!」
再び、ダンゴムシ男が身体を丸くする。
MINAも多少ふらつきつつ立ち上がりはしたが、体勢を立て直すにはまだ少し時間がかかりそうだ。
厄介事に関わりあうのは、正直なところ面倒くさい。
彼女も避難しろと言っていたことだし、速やかに回れ右して避難するのが最善だろう。
……とも思うのだが、彼女が窮地に追い込まれてしまった原因の一端は、自分にもある。
それを見捨てて逃げたとあっては、あとあと寝覚めが悪かろう。
「仕方ない……」
そう呟きながら、英里は手にしていた大きなトランクを開いた。
トランクの中から出てきたものは、腕だった。
筋骨隆々の、巨大な、紫色の腕。
それが、トランクの中から「生えてきて」いた。
実のところ、こんなことが起きるのはこれが初めてではない。
英里のトランクは開けるたびに中身が変わる魔法のトランクであり、必要なものが出てきたり、わけのわからないものが出てきたりするだけでなく、時々こうしてどこかの変な世界とつながってしまったりもするのである。
今回も、この腕の持ち主を「中途半端に」召喚してしまった結果が、これなのだろう。
身体を丸め終わったダンゴムシ男が、MINAに向かって転がっていく。
急激に加速していくそれを、トランクから生えてきた腕が横合いから殴りつける。
当然、それで回転の方向が変わり……ダンゴムシ男は、そのまま明後日の方向に転がっていって、反対側の路地に飛び込んでいった。
その直後、路地裏から断続的な破壊音が聞こえ……そのまま、静かになったのだった。
「おお……」
自分の招いた結果に自分でも驚きつつ、英里がトランクの蓋を閉じる。
魔法のトランクの中身は、実は英里本人にも開けるまでよくわからないのである。
そこへ、一部始終を見ていたMINAが歩み寄ってきた。
「助かりました。サポート感謝します」
その言葉に、英里はこう聞き返した。
「サポ……何?」
「あ、ええっと……つまり、助けてくださってありがとうございました、と」
そう言い直してもらって、やっと言わんとすることを理解する。
先ほどのゴスロリに限らず、英里はカタカナ言葉自体があまり得意ではなかったりするのだ。
「いや、私のせいもあったようだし。ともあれ、無事ならよかった」
英里の答えに、MINAはにこりと笑う。
「あ、あたしは『SOl』所属のヒーローで、MINAと言います」
「……ヒーロー?」
これまた英里にはピンとこない単語である。
「あー……厳密には女性なのでヒロインと言うか」
「…………?」
今度は、言い直してもらっても謎の横文字の単語が増えただけである。
「ええと……要するに、ええっと……」
そんな風に、MINAはしばし考え込み、やがてようやく思いついたようにこう言った。
「つまり、正義の味方と言うか、さっきのヤツみたいなのを退治する仕事をしています」
この説明で、英里もようやく納得し、こう名乗り返した。
「そうか、大変そうだな。私は人形屋英里、ただのどこにでもいる一般ピーポーだ」
「いや……その服装と言い、そのトランクと言い、どこにでもはいないと思いますけど」
MINAの至極もっともなツッコミにも、英里の主張は揺らぐことはない。
「些細なことだ。気にするほどのことじゃない」
「そうでしょうか……でもまあ、何にしても助かりました」
これであっさり納得してしまう辺り、どれだけ単純なんだ、という話だが……まあ、納得してしまったものは仕方ない。
そんなこんなで、MINAはもう一度英里に礼を言って、その場を去って……行こうとした、まさにその時だった。
不意に、先ほどのダンゴムシ男が再び路地から転がり出た。
転がる巨大な黒い球体はスピードを落とすことなく強引に曲がると、MINAではなく、英里の方へと向かってきた。
おそらく、先ほど横から邪魔したことで、怒りの矛先がこちらを向いてしまったのだろう。
とっさにトランクを開けた英里だったが、こんな時に限って、中に入っていたのは大量の煮干し。
こんなものどうしたら、と考える暇もなく、球体は一直線に英里へと迫り。
轢かれる、と思った、まさにその時。
不意に、英里の背後に「誰か」の気配が生まれ――それと同時に、目の前に迫った球体がぴたりと止まった。
そして、次の瞬間。
青白く輝く刃が、その球体をまっ二つに両断した。
黒い球体が、二つの半球に分かれてごろりと転がり――その向こう側に見えたのは、高周波振動ブレードを構え、なぜか服が燃えているMINAの姿だった。
「すみません、あたしの確認ミスで危険な目に遭わせてしまいました」
平謝りするMINAに、英里は何事もなかったかのようにこう答えた。
「いや、結果的に何もなかったのだから気にしなくていい。むしろ、助けてくれてありがとう」
「そう言ってもらえると、あたしも少し気が楽になります」
安心したようにそう言ってから、MINAは焼けこげた服の残骸を払いのけて小さくため息をついた。
……と言っても別に裸なわけではなく、しっかり耐熱素材のボディスーツを下に着ていたりはするのだが。
「それはそうと、さっきのは?」
英里の問いに、MINAは苦笑した。
「あー……ええと、あたし、実はサイボーグで……。
今みたいにリミッターを解除すれば、一時的にパワーアップできるんです。
かなり熱くなるせいで服は燃えちゃいますし、あとでメンテが必要になるんですけどね」
もちろん、横文字だらけなのでさっぱりわからないのだが、ちょっと今回はあまり聞ける雰囲気にない。
ただ、何だかいろいろと無理をしたらしい、と言うことだけは、何となくではあるが伝わっていた。
少し考えて、英里は懐から小さな狐の飾りのついたストラップを取り出し、MINAの手に握らせた。
「これは?」
「そこまでして、助けてくれたお礼」
その言葉に、MINAが驚いたような顔をする。
「いいんですか? 先に助けてもらったのはあたしの方なのに」
「私は、そんなに大したことはしていない」
実際、英里がしたのはトランクを開けたことだけなので、その言葉は謙遜というよりも単なる事実である。
「ありがとうございます。大切にしますね」
ストラップを受け取って、MINAが元の笑顔に戻る。
「それでは、またいつか、お会いする機会があれば」
「ああ。また、縁があれば」
そう言って別れた後で、英里はふと思った。
常に厄介事と隣り合わせにいそうな彼女と縁があるということは、また厄介事に巻き込まれるということではないか、と。
「……まあ、多少ならそれもいいか」
そう考えて、英里はまた歩き出した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8583 / 人形屋・英里 / 女性 / 999 / 人形師
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■ ライター通信 ■
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西東慶三です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
そして、納品の方が大変遅くなってしまいまして申し訳ございませんでした。
さて、今回のノベルですが、こんな感じでいかがでしたでしょうか。
カタカナ語、トランクなど、抑えるべきポイントは一通り網羅できたと思っております。
それでは、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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