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<東京怪談ノベル(シングル)>


彼女と彼女の想い
 薄暗い石牢の中、海原・みなも (うなばら・みなも)はじっと時が経つのを待った。
 いや、待つ以外に出来る事が無かった。
 薄暗い中一筋差し込む光の先にはごくごく小さな小窓がある。流石に人間の姿のままで通り抜ける事は不可能。白竜の力を借りたとしたならば、なおの事。何故ならこの石牢には白竜の力が通じないよう術士達が結界を張っているという。
 それでも、もしかしたら逃げ出す事は可能だったかもしれない。だが逃げようとしなかったのには理由がある。
(「……彼女に真実を伝えたい」)
 自身でも未熟だった、力量を過信しすぎたと思う部分はある。また、意志を伝えようとするにも、自分の言葉はあまりに甘すぎたと。それでも、みなもにとってはあの騎士――姫君の妹の存在は気に掛かるものだった。
 あの妹姫は恐ろしいまでにみなも――厳密にいえば、彼女が力を借り受ける事になった「白竜」への敵意を持っていた。復讐心に駆られた彼女は言った。
「あと3日」と。
 3日後、みなもはこの国の広場で処罰されるという。あの女性騎士の手で。
 彼女にとって意外だった事は、刑が執行されるまでの間はあの女性騎士がみなもの世話をするという。
 実際先ほど食事として与えられた黒パンと粗末なスープは彼女が運んできた。
 そして彼女はこう告げた。
「殺された姉姫の苦しみを、死がやってくるまでの恐怖をこの石牢で味わうがいい」と。
 だがみなもにとって彼女がやってくる事はある意味で幸いだった。
 自分に切られた命の期限はあまりに近い。それでも、その数日とはいえ時間が与えられたという事は、それだけ彼女に真実を伝える時間が出来たという事に他ならないからだ。
 しかしみなもにとって彼女の言葉には分からない部分があまりに多かった。
 静寂の時間を過ごす間、彼女は一つ一つ考えをまとめていく。
(「たしか、姉姫って、白竜さんに逃がされ、殺されてない……よね」)
 みなもの知る事実はそうだ。
 だが白竜によって救われはしたものの、強国の者達によって「死んだ事にされている」可能性は高い。実際には生きていても強国の者達は「帰ってくる事は出来ない」と踏んでいるだろう。生きて帰れば間違い無く暗殺の危険にさらされる。命が惜しければ戻る事はありえないからだ。強国の者から考えたなら、みすみす長らえた命を捨てるような事をするのは余程の愚か者という事になるだろう。
 ――尤も、みなもの知る姫君は決して命惜しさに逃げるような事はしない。同時に捨て鉢になって命を無駄に捨てるような事もしない。愚かなわけではなく、恐怖にも立ち向かう勇気を持った強い人だった。
 そんな彼女を知っているからこそ、みなもの中には「殺す、そして殺される」という選択肢は無い。
(「絶対、妹姫さんと殺し合って答えを得る事なんて出来ない!」)
 両手をぎゅっと握りしめ、みなもは弱りかけた自分の心を改めて奮起させる。
 殺されるかもしれない、という事は確かに怖いし、考えれば考える程に心は萎える。期限付きとなればなおのこと。諦めてしまった方が楽かもしれないとすら思う。
 それでも――。
(「仁科さんだって、あたしがこの試煉から無事戻れるって信じてるからこの本を勧めてくれたんだろうし……あたしは負けるわけにはいかない……!」)
 あの本を開いた時点で、みなもの覚悟は決まっていたのだから。
 もうすこしだけ頑張ってみよう。そんな思いが芽生えた所でみなもは再び思索に入る。
 少なくとも白竜は「姫君を浚った悪いドラゴン」という扱いになっている。それは間違いない。
 ふと。
(「そういえばあの妹姫さんは……どういう立場なんだろう?」)
 疑問が芽吹いた。
 あの姉姫の妹だと言うならば、白竜がどのような存在なのか本当に知らないのだろうか? みなもが知る限り、白竜はもともとはこの国を守っていた存在のようだった。強国に併呑されてからは少々扱いが悪かったようだが。そんな存在をどうして国家の上部に存在する妹姫が悪し様に言うのだろう?
 そこまで考えた所で、荒々しく石牢の戸が開いた。
「命乞いの準備は出来たか? とはいえ全く聞く気は無いがな」
 冷徹な言葉を浴びせ、甲冑を纏った女性――妹姫がやってくる。
 みなもにそっくりな顔。恐らく、この恐ろしいまでの敵意に彩られてさえいなければ、彼女は可憐な少女だっただろう。
「姉姫様の苦しみが少しは分かったか?」
 彼女の問いに答えずみなもは語りかける。
「あたしはあなたの手で殺されるんですよね」
 みなもの言葉に妹姫の顔に笑みが浮かぶ。
「ようやく死を認める気になったか!?」
「……それは、本当にあなたの意志なんですか? 併呑した国の叛意を摘み取りたいという強国の意志じゃないですか?」
 僅かに笑んだ妹姫の表情が即座に怒りに染まった。
「それとも、あなたも事情を知った上で、自国民を人質にされ、術士など監視役をつけられ、事態を強要されているんですか?」
 淡々と、問いをみなもは並べていく。
「……姉姫さんと同じ姿をしたあたしを、あなたの手で殺すという事は、姉妹姫を貶めて王家の権威を失墜させる行為になるんじゃないですか?」
 ドン、とその場に刃が振り下ろされる。あまりの勢いにみなもは目をつぶった。
 痛みがやってこないのを確かめ恐る恐る目をあけると、鋼鉄の塊のような剣がみなもと妹姫の間に突き立っていた。
 一瞬おくれてみなもはそれが妹姫が怒りと共に力任せに地へと叩きつけたものだと知る。
「貴様に何が分かる!? あの国の方々は我々を援助してくれている。未熟な私に代わり政、食料面、兵力、技術、医療その他多岐に渡ってだ……!」
 憤怒の形相で妹姫はまくし立てる。
「現に貴様では我々をあの国から守りきれなかったではないか! それどころか姉姫様を手にかけるなど……! そんな貴様の代わりに、あの国は我々に力を貸してくれているのだ!」
「……何故私が殺したと思っているんです?」
 みなもはただ冷静に問いかける。
「白々しい! あの国の人々は言った『姉姫は白竜の手にかかって殺された。我々には救う事は出来なかった。ただし、仇を討つ為の力はいくらでも援助する』と……! だからこそ私は剣の腕を磨いた! 自らの意志で!! 貴様を殺す為だけに!」
 彼女の瞳には苛烈な怒りがあった。
「あたしは……いえ、白竜は姫君を殺していません」
「嘘を言うな!」
「白竜は強国から姫君を守る為に、彼女を逃したんです。白竜と仲が良く、力を持った彼女が狙われている事を知っていたから!」
「黙れ! 信じるものか!」
「あなたは確かに自分の意志で剣をとったかも知れない……でも、強国の言っている事は全部本当……? 以前はこの国みんなが白竜を慕っていて、白竜も、姫君もあんなに仲良く……」
「黙れ!! それ以上喋るな!!」
 凄まじい剣幕の叫びにみなももつい押し黙る。
「……貴様の処刑の為に、態々かの国の重鎮が足を運んで下さる。その日を心して待つがいい」
 それだけを言い捨て、妹姫は踵をかえし石牢の外へと足早に歩みを進める。
 荒々しく扉が閉められるのを見やり、みなもは再び牢の端で膝を抱えて座り込んだ。
(「ちゃんと伝わったかな……」)
 俯きつつみなもは考える。
 妹姫の動揺はかなりのものだった。正直、哀れみすら覚える程に。
 逆を言えばみなもの言葉は彼女の心に一石を投じたと言ってもいい。あとは彼女が「誰を信じるか」だ。
 膝を抱えて暫し。石牢の天辺付近にある明かり取りから、何かの影が差した。
 何だろうと顔を上げると1羽の真っ白な鳩が止まっている。
(「あそこまで行けたらきっと逃げ出せるよね」)
 ちょっとだけ羨む気持ちを込めてみなもは鳩を見上げる。鳥にでもなれたら、いや、ブラックドッグでもいい。今の姿以外のものになれたなら、逃げ出す事も出来るに違い無い。
 でも――まだそれは出来ない。あの妹姫が真実に至れなければ、白竜への怒りを抱えたままで彼女は生きていく事になる。きっと、それは辛い事だ。
 そう考えていた所、鳩は石牢の中へと舞い降りた。
 それどころかみなもの手元へと止まり――そしてほどけた。
「えっ……!?」
 突如目前で起った事態にみなもは目を瞬かせたが、鳩だったものは次第に一枚の白い紙となっていく。そしてその中央部分には赤いちびた色鉛筆。
 手の中で広がった紙には何かが書かれていた。
「帰りが遅いようだから少々心配になって手紙を送らせてもらったよ。
(とはいえ、現実の世界では物語の世界より時間がゆっくり進んでいるから安心して欲しい)
 ところで、もし何か問題が起っているようなら、私も極力手助けしよう。
 何か私に出来る事があるならば、その紙に同封した鉛筆で用件を書いて送り返して欲しい。何なら私もその地へと向かおう」
 文字には見覚えがある。まだ一日も経っていないのに、なんだか懐かしく思える文字。
 雪久からの手紙だ。
 ――何を頼もう? それとも、何も頼まないで自分の力を信じてみようか?
 心配されている以上、どちらにせよ返信は必要だろう。
 どうしたものかと悩みつつ、みなもは赤鉛筆を手に取った。
 そして書かれた返事は――。