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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


忘却の手鏡



「おや、こいつは…―」
 不思議な品の中で、一つの鏡が光を放っていた。派手な装飾によって縁を飾られた由緒ある手鏡として蓮の元へと辿り着いた物。
「…“忘却の手鏡”。所有者の過去を視る事が出来る神秘の鏡…。この子も役目を終えようとしている」蓮は縁を撫でながらそう呟いた。「最期の過去は、誰を映し出そうとしているんだろうね…」
 ここ、アンティークショップ・レンへと廻り着く物はこうした不思議な現象を生み出す物は珍しくない。
「この子に残された時間は少ないみたいだね…」蓮はそう呟きながらある人物の顔を思い出していた。

 蓮の思い付きは大胆な物だった。先日、偶然店を訪れた一人の来客者。特に何を手にする訳でもなく帰ったが、蓮にとっては印象の強い客だった。容姿などが特殊な訳ではないが、頭に浮かんだ人物。蓮はクスっと笑い、“忘却の手鏡”を手に取った。
「“思い付き”というのもまた、一つの廻り合わせ…」

 蓮はそう呟き、手鏡をある場所へと送った。いつもの“ツテ”を使い、何処とも誰とも知らぬ、ただ偶然に訪れた“ある人物”へと…――。
 蓮から添えられたメッセージカードはたった一言。

       『gift to you』





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「…なんやろ?」
 突如届いたダンボールの小箱。セレシュはとりあえず中身を開けてカードを取り出した。
「…うちのファンでも出来たんかな?」
 そう言って『gift to you』のカードを見つめた後、セレシュは一緒に入っていた手鏡を取り出した。
 すると、手鏡が突如光を放ち出す。セレシュは光の中に飲み込まれていった…。




――。




「愚かな人間よ、この…神殿? いや、もう遺跡だよねぇ…? まぁいっか…」金髪の髪は蛇となり、蛇が舌を出している。腰まで伸びた髪と、そこには黄金の翼が畳まれている。青色の瞳をした少女、“セレシュ・ウィーラー”がたった一人で腕を組んで小首を傾げながら独り言を呟いていた。「立ち入った事を後悔するが良い!」
 無人の遺跡にセレシュの声が響き渡る。声の反響が収まり、セレシュが溜め息を吐いてその場にペタっと座り込む。
「…むぅ…」
 不機嫌なセレシュが頬を膨らませる様にムスっとする。その理由は幾つもある。


 彼女は由緒正しき、かの“ゴルゴーン”。かの有名なメドゥーサと言うべきだろうか。見た者を石と化す異世界の住人。そんな彼女は、この神殿。もとい、今となっては無人の遺跡となってしまったが、この場所の守護者として生み出され、その命によって縛られ、この場に来る侵入者を追い払う役割を担っていた。
 が、ここは既に遺跡である。人々はいなくなり、遺跡となってしまったこの場所に縛られたセレシュはもう何百年もこんな毎日を繰り返しているのだった。


「つーまーらーなーいー…」セレシュが髪の蛇をウネウネと動かしながら呟く。幻獣や魔獣の様な彼女は不死である故に時間の単位が極端に疎い。だからこそその一言に尽きるのかもしれない。
「誰か来ないかなぁ…。でも来たら石にしちゃうし、そしたらまた護り続けるんだよね…って」セレシュの独り言が、気配によって遮られる。「…侵入者…!」
 何百年ぶりの来客に、正直な所心が躍る。セレシュは先程の“練習”と同じ体勢を取って入り口を見つめる。
「フフフ、愚かな人間よ…―」
「―ゲッホゲッホ! 何やねん、この遺跡! 埃まみれになるわ!」
「……」せっかく練習していたセリフを遮られ、セレシュは何だかどうしようもなく残念な気持ちになった。「こら、人間!」
「おぉ!」一人の男がセレシュを見つめる。「やっと最深部か、ここ!」と思いきや、セレシュを素通りして神殿の遺跡を見つめる。
「こらー! あたしを無視するなぁー!」ムキーっと怒るセレシュが叫ぶ。
「おぉ、なんや? 守護者っちゅーやっちゃな」
「フフフ…愚かな人間よ、この場所を荒らすというなら…」ようやく気付いたと実感したセレシュが仕切り直す。
「なんや、嬢ちゃん。髪の毛が蛇になっとるし、黄金の羽。まるで神話のメドゥーサやな」
「…人のセリフを邪魔しないでよね!」セレシュの瞳が輝き、男の眼を見つめる。石化させる条件は揃った。
「…? あぁ、石化しようとしても無駄やで」男が思い出した様に護符を取り出す。「ここの昔話にもメドゥーサの存在は出とったからなぁ。持って来て正解やな」
「そんな相手には…えっと…何だっけ…。あ、そうそう。警備隊が対処するんだ…けど、誰もいないし…」セレシュがガックリ肩を落とす。
「なんや、嬢ちゃん。天然か?」
「う、うるさい! 何しに来た、人間!」セレシュが顔を赤くして怒る。
「あぁ、せやった。ちょっとこの遺跡を調べに来ただけや。別に何かしようって訳ちゃうで」
「…へ? 調べるだけなの?」
「何でいきなり友達感覚のタメ口やねんな」男が笑ってツッコミを入れる。
「む…、調べるだけ…なのか?」
「いや、言い直す意味ないやろ、それやったら」
「良いから答えなさいよっ!」
「短気やなぁ。そや、調べに来ただけやで。危害を与えるとか壊すとか、そないな事これっぽっちも考えてないわ」
「…むぅ…」セレシュが少し考え込む。「疑わしい…。言葉変だし」
「失礼なやっちゃなぁ。で、どないしたら信じてくれんの?」
「へ?」
「せやから、自分ここの守護者なんやろ? せやったら自分の許可なかったら調べるの邪魔するって事やろ?」
「そ、そうだ! あたしはここの守護者、偉大なるゴルゴーンだぞ!」
「いや、解っとるわ」男が笑う。「調べてえぇんか?」
「…むぅ…」セレシュが少し考え込む。「…良いよ。但し、変な事したら蛇が噛む! あたしが監視するからね!」
「へいへい」
 男の返事と共に、セレシュが人間の姿に魔術で変化して男の近くへ歩み寄る。
「さぁ、良いぞ、人間」
「おおきに。ほんなら、まずは外周から調べてみなあかんなぁ。メインディッシュは最後まで取っておかんと」
「何をするのだ?」セレシュが興味を持ってないフリをしながら尋ねる。
「ここは今から何百年も前にあった神殿やからな。まずは細かい写真を撮ったり、広さを測ったりやな」
「…しゃしん?」
「なんや、嬢ちゃん。こないな所にずっとおったから常識っちゅうモンがないんか?」
「む…、なんかバカにされた気がする…」じとっとセレシュが男を睨む。
「まぁえぇ。写真でこの場所の風景を絵みたいに写すんや。それを持って帰って、色々やらなあかん。これがカメラやで」
「…?」差し出されたカメラをセレシュが手に取る。
「ほれ、ここ覗いて、こっから見える位置を絵に写すから、そうと決めたら上のボタン押してみ」
「…これか?」セレシュがシャッターボタンを押すと、フラッシュをたいてカシャっと音が鳴り出す。セレシュが思わずカメラを投げる。「な、何だ今の! 罠か!?」
「あぁぁぁ、何すんねん自分!」男が投げられたカメラを追いかけて走る。「はぁ、壊れてへんから良かったものの、これ壊れたら大変なんやぞ」
「…だって、罠…」
「アホか。罠やったらもっとうまくやっとるわ」



 こうして、セレシュは男について調査を監視していった。どうやら男には本当に壊す気もないらしく、写真を撮っては色々な事をメモ書きしたりとしているだけの様だった。セレシュは男が何かを取り出す度に「これは何?」とか「何してるんだ?」と尋ね続けていた。男はセレシュの行動に、その度に笑って色々な事を話して教えてくれる。セレシュにとって、これ程楽しいと思ったのは随分と久しぶりだった。

「嬢ちゃん、何百年もここを護り続けてんのか?」
 神殿内部で不意に男が尋ねた。
「…あたしは、ここを護る為に生み出された。あたしが外に出たいと思ったとしても、ここを離れる事は命によって縛られているもの」セレシュが答える。「昔、外の世界を見たくて、ここを離れようとした事もあったわ…。でも、それは出来なかった」
「何かあったんか?」
「あたしを縛っている術式に、酷い痛みと一緒に引き戻されたわ」セレシュが呟く。「それ以来あたしはここを出ようと思った事もないもの」
「…術式…」男が呟き、少し考え込む様に顎に手を当てた。
「…どうかしたの?」
「いや、何でもないわ」男がセレシュを見つめる。






「それじゃ、調べさせてもろうておおきにな、嬢ちゃん」
 数時間か調べた後、再び遺跡の外に戻って来て男がそう告げた。
「あ…、帰るんだ…?」セレシュの表情が明らかに寂しさに染まる。
「あぁ。ついて来るか?」
「…無理だよ。さっきも言ったけど、あたしはここから出れない」
「せやったら、これをやる」男がゴソゴソと鞄を漁って眼鏡を取り出した。「これは魔具や。自分、人を石化させてまうやろ。それつけとったら自分の能力は抑えれるハズやしな。それでその格好なら、人間と一緒や」
「…有難う」セレシュが眼鏡を受け取ってかけて見せる。「…どう?」
「おう、似合っとる。べっぴんさんやな」男が笑う。「ほな行こか」
「…え?」
「さっき、自分と一緒に遺跡の中の祭壇に行ったやろ? あそこの術式はもうとっくに効力を失っとった。一応術式破棄も施しておいたんやけどな。つまり、自分はもうここに縛られる術式にかかってへんのや」
「…出れる…って事…?」
「せや。まぁ残りたいんやったら無理にとは言わんけど、どないする?」
「…うん、行く…!」





――…。




「…完成っと」
 手鏡によって自分の過去を見た後、九十九神化を促進させるというけったいな機能を取り付けて手鏡を修復したセレシュが溜め息を吐く。
「フフフ…、人様の過去をほじくり返すっちゅー事が如何に悶絶ものかって事、その身をもって解らせたるわ…」
 セレシュがそう呟いて手鏡をダンボールに詰めて外を見つめた。初夏の陽気と太陽が眩しく照らし出す。
「…ま、懐かしいっちゃ懐かしい夢やったけど、な…」
 そう呟いたセレシュは、優しく微笑んでいた。





                                            Fin



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この度はご依頼有難う御座いました、白神 怜司です。

セレシュさんの過去編、
プレイングの内容から、私も楽しんで書かせて
頂きました。

気に入って頂ければ幸いです。

今後もまた、機会がありましたら
是非宜しくお願い致します。


白神 怜司