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<Dream Wedding・祝福のドリームノベル>


+ 結婚しようか、例えひと時の夢だとしても +



 晴天の日曜日。
 飯屋 由聖(めしや よしあき)と阿隈 零一(あくま れいいち)はいつもの如く悪魔との一戦を終え、気がつけば教会が見下ろせる丘の上へと来ていた。


「見てみて、零一!」
「んぁ?」
「ほら、あそこの教会。今結婚式をやってるみたいだよ。綺麗だよねぇ」


 疲れ、木陰のベンチに座っていた零一に由聖が教会を指差し、朗らかな笑顔を見せる。それは先程まで命を狙われていた人間とは到底思えない優しげな笑みだった。
 友人達に声を掛けられ、祝福される花嫁に花婿。投げられる数々の花びらなどが二人の舞台を装飾し、とても美しい景観を見せる。
 一方悪魔との交戦で非常に疲れていた零一は由聖の指の先、つまり教会へと視線を向けるがあまり興味はないらしい。どちらかというと由聖がちょっと疲れているように見える事の方が気にかかり、休んでいた身体を起こす。そして由聖の傍にあるベンチに指を突きつけた。


「何か飲み物買ってくる。お前ちょっとそこで休んどけ」
「あ、お金渡すよ」
「いいよ、別に奢りで」


 そう言うと零一は場を立ち、自販機がある方へと足を運ばせる。
 そこはベンチよりやや遠くかつ死角になる場所にある為、僅かな時間由聖を一人にする事になるが、さすがの悪魔達も今日はもうやってこないだろうと踏んでの事だった。
 自販機に向かう零一を見送りながら由聖は指定されたベンチに腰掛ける。そしてそこから見える教会の光景を楽しそうに目を細めてみていた。


 この瞬間、誰よりも一番幸福を感じているであろう新郎新婦。
 他人ではあったが、由聖も両手を叩き合わせて祝いの拍手を送ろうとした――が。


―― あ、れ……?


 不意に身体の中の力が漲るような感覚に襲われる。
 くらりと意識が揺さぶられるのを感じ、額に手を当てた。自分は何もしていない。正しくそうであるのだが、教会の……それも人々の手によって増長された神気にあてられ、由聖の中の『聖』の部分がゆっくりを目を覚ます。
 それと同時に目覚める別の気配。それは交代する人格。由聖の中に普段なら眠っているはずの存在だ。それも人間よりもより高度な――。
 交代する。
 それは結婚式のお色直しのように、艶やかに。
 目覚めたそれの姿は金髪金眼に六枚の翼を広げ『天使』として覚醒した由聖だった。


「由聖!?」


 戻ってきた零一はその存在が何であるかすぐに察する事が出来た。
 だが、その存在が零一へと視線を向けると彼は買ってきたばかりの缶ジュースを手に周囲を警戒する。そもそも由聖が天使へと覚醒している事態が異常なのだ。緊急事態を疑わずにはいられない。それに姿自体が人間ではないのだ、他の一般人に見られた場合でも困るというもの。
 雰囲気こそは由聖に似ているし、近い。……だが零一はこの天使は決して由聖ではないと思っている。
 天使は自分を睨むかのように視線を向けてくる零一にふわりとした笑みを見せる。ああ、その笑顔さえ、由聖に似ていた。


「君はいつも悪魔と戦い、『私』を護ってくれているね。有難う」
「――お前を守ってんじゃねぇ。由聖を守っているんだ」
「それでもありがとう。『私』は素直じゃないけど感謝だけはいつも胸いっぱいに抱えているんだよ。たまには君に感謝の花束を贈りたいんだ」
「何、言ってんだよ……っ」


 ギリっと零一は歯を噛み締める。買ったばかりのジュースを持つ手に無駄に力が入ってしまった。


「何言ってんだよ、お前! 元はと言えば前が由聖の中にいるからその浄化能力やオーラのせいで由聖が狙われてんじゃねーか!! お前が由聖から出て行きさえすりゃアイツは普通の生活を送れてっかもしんねーのにっ!」
「……それは違うね」
「何がだ! 事実だろ!」
「君は何故『私』がこうなったのか本当に覚えていないんだね……」


 天使は寂しそうに目を伏せながら最後に言葉を区切った。
 『覚えていない』と言われてしまうと、零一もまた口を閉じる。感情が高ぶり一方的に相手を責めてしまったが、そうならざるを得ない事態が過去にあったと天使は暗に言っている。ならば説明を零一は必要とし、言葉を待った。
 やがて天使は瞼をゆるりと持ち上げ、そして悲しそうに微笑んだ。次いで語り出されるのは子供の頃の記憶……――。


「君と『私』が子供だった頃、立ち入り禁止の場所で遊んでいた事を覚えているかい?」
「……ああ、覚えてる。そこは古びた工場で、俺がうっかり大量の鉄板が置かれているある一角に入り込んじまってそれらの下敷きになっちまった時の事だよな。古びていたから物は生理整頓されていなかったし、俺は俺で何も考えずに……当時は立ち入り禁止の場所に何か隠されてんじゃねーかって子供染みた考えで潜り込んだっけ」
「そう。あの時鉄板に潰された君は死を迎える運命だった。そんな君を見つけたのは当然一緒に遊んでいた『私』だった」


  『助け、て……やだぁ、やだ……零一、やだよぉ……!』
  『よ……し……、ぁ』
  『お願い神様、零一を助けてよぉ! なんでもする。なんでもしますからぁ……!』


 子供でも確実に零一が死へと近付いている事を察せたあの瞬間。
 大人を呼びに行く時間すら惜しいと由聖は思い、軽い鉄板はどかす事が出来たが一番零一を押し潰していたものから彼を引っ張り出す事は不可能だった。
 だから彼は神に祈った。子供心に必死に零一の手を掴み両手を組んで涙をボロボロ零し、泣きながら祈り続けた。


「「 そして奇跡は起こった 」」


 零一と天使の声が重なる。
 それは『周囲からの評価』。あの事故の時、周囲の大人達が物音の異常に気付き二人を探しに来たが、それはもう酷い有様だったという。呆然とした表情で零一の傍に倒れ込んでいる由聖。鉄板に押し潰され、大量の血を流して肌を青く染めていた零一の姿。救急車を即呼ばれ、もう助からないとすら大人達に言われながらもなんとか大人達数人の力で零一の上にある鉄板を退けた。
 重量を考えれば子供の内臓など簡単に押し潰されているだろう。それだけでなく、一体どれくらいの時間彼は潰されていたのか考えたくもないと当時の大人達は口を揃えて言ったと言う。
 「死んでいると思っていた」と駆けつけてきた救急隊員もそう述べた。伝えられてきた情報からして子供の生存率は非常に低いものだと予想していたからこその言葉だ。


 だが奇跡的に零一は命を取り留め、更に言えば後遺症もなく、彼は社会に戻る事が出来たのだ。
 だから零一の事故の悲惨さを知っている皆は言う。「奇跡が起こった」んだと。


「あの時、私は『私』の願いを受け入れ、同化するという条件の下君を生存へと導いた。人間達に君が搬送されるまで、決して不自然ではないように繋いだ手から生体エネルギーを送り続け、君を助けたんだ。だから後遺症も無く、今君は此処に存在している」
「――由聖が今狙われるのはアレのせい、だって……?」
「元々はね、『私』は力天使(バーチャーズ)と呼ばれる人間に悪魔を討伐する力を与える役目を持つ天使なんだ。子供だったから覚醒こそしていなかったものの、あの事故が無くてもいずれは目覚めていただろう。そうなれば生活は同じ……いや、多少こそ何か変わっていたかもしれないが悪魔に狙われるという点では似たような生活を送る事になっていたと思うよ。だからそこは零一、自分を責めないで欲しい」
「っ――」
「さっきも説明したように力天使(バーチャーズ)は『人間』に『悪魔』と対抗出来る力を与える存在だ。だからあの時の事故で君に力を与えた――それは理に適った行為だったため問題はなかったのだが……」
「何かまだ問題があるのかよ!?」
「――いや、違うよ」


 今にも天使に掴みかかりそうな零一の発言に天使がくすっと息を漏らす。
 首を左右に振って顎に手先を沿え、そして一歩、また一歩零一の方へと足を進める。ただしそれは地に着いたものではなく、地面から僅かに浮いた状態ではあったが。


「あのね、本来ならば同化した時点で私は表に立てるはずだったんだ。ところが同化した少年……つまり『私』の意思が強くて逆に私は再びこの身体の中で眠る事になってしまった。――『私』は自分が何故悪魔に狙われているのかも知っているし、そして君が何故悪魔に対抗出来る力を得たのかも知っている。だけどそのせいで君が傷付くのを見るのが嫌で、そして君に嫌われたくない一心なんだよ。なんせ『私』は誰よりも君の事が好きで一緒にいたいと思っているからね」
「――え!?」
「君は今まで天使の私が人間の『私』に寄生しているような形だと思っていたかもしれないけど、これで誤解は解けたかな」


 それはちょっとした秘密をばらす子供のように純粋かつ悪戯な笑み。
 楽しげに話す天使を見て零一は口をぱくぱくと上下に開いては閉じるという間抜けな姿を晒してしまう。零一は今まで自分だけが由聖の事を慕っていたと思っていた。だがそれは違うのだと、由聖の方こそもっと深い次元で零一の事を考えて色々行動してくれていたのだと思うと無性に気恥ずかしくなり、かぁっと頬を染めた。
 その様子を見て天使はあまりにも整った表情を緩め、そして遠くから結婚式のベルが鳴るのを聞くとそちらへと視線を向けた。


「増幅された教会の神気のお陰で出てこれたけど、そろそろお別れの時間だね。君と話せてよかったよ」
「おい、お前――」
「私はもう眠るよ。次また逢ったらその時はまた穏やかな話でもしようね」


 そう言った瞬間、ぱあっと淡い光が天使を包み込み、ぐらりと身体が揺れる。
 零一は慌てて両手を伸ばし、その身体を受け止めた。高校生の人間一人分の重さだったが、なんとか地面に倒れさせずには済み、零一はほっと息を吐く。腕の中の存在は既にいつもの由聖で、やがて彼は間もなく瞼を持ち上げた。


「あ、れ……零一? あれ、なんで僕……ベンチで座ってた、のに」
「ああ、ちょっとぼーっとしてたんだろ」
「零一」
「ん?」
「ジュースが落ちてるのは何故?」
「ぁあああああ!!」


 由聖を咄嗟に受け止めるため買ってきたばかりのジュースを地面に落としていた事に今気付き、零一は情けない声を上げる。由聖をベンチに座らせると、彼は落としてしまったそれらを拾い上げ土を払う。だが由聖は零一の顔がやけに赤いのに気付くと、きょとんとした顔を浮かべた。
 由聖にとって空白の時間。
 だが零一にとってはとても濃い時間だった事には違いなく、大分落ち着いたとはいえまだ天使から告げられた言葉が忘れられない。


―― 『私』は自分が何故悪魔に狙われているのかも知っているし、そして君が何故悪魔に対抗出来る力を得たのかも知っている。
    だけどそのせいで君が傷付くのを見るのが嫌で、そして君に嫌われたくない一心なんだよ。
    なんせ『私』は――。


「うわぁあああ!!」
「零一、零一。どうしたの急に叫んで!」
「な、なんでもない」


―― なんせ『私』は誰よりも君の事が好きで一緒にいたいと思っているからね。


 零一の脳内でリピートされる文章。
 天使のような……ではなくまさしく天使の声色で告げられたその事実は暫くは零一の中に嵐を呼びそうである。


「ねえ、零一。あそこの結婚式ちょっとだけ見に行こうよ!」
「え? 何で俺ら関係ねーじゃん」
「良いじゃない、幸せをおすそ分けして貰いに行きたいんだもの。それに綺麗な花嫁さんをもっとよく近くで見てみたい!」
「お前は女か」
「花婿さんだって見たいよ?」


 そういう意味じゃねえと内心突っ込みつつ、零一は既に歩き出した由聖の後を追う。
 途中落としてしまった缶を手渡し、それを開く。この時ほど炭酸でなくて良かったと本気で零一は思った。隣を見やれば天使ではない人間の由聖が存在する。それはいつもと変わらない光景。きっといつまでも続くであろう当たり前の日常。
 それが例え天使と悪魔の諍いに巻き込まれたとしても……だ。


―― しゃーねぇから『天使(お前)』もついでに守ってやるよ。


 決して零一は天使の存在と由聖を混合したりはしない。
 だけど同一の身体に収まっている二人を思い、これからも守護していこうと固く誓った。やがて教会の正門付近まで来ると彼らは歩みを止める。


「あ、見てみて。零一! ブーケトス始まるみたいだよ!!」
「お」
「次の花嫁さんになれるジンクスがある大事なシーンだからかな。これは本当に気合が入るよねぇ」
「……その言い方だとなんかお前もブーケが欲しいと思っているように聞こえるぜ」


 キャーキャーと黄色い声をあげているのは女性の招待客だ。
 主に独身女性だがそこに意味を知っている子供達も混ざり、そして男性陣はのどかに見守っているという光景。なんて平和で、幸せな空間。
 そして花嫁が後ろを振り向き、タイミングを見計らってそのブーケを思い切り投げた。


「次の花嫁さんにはなりたいとは思わないけど、――――だと良いなぁ」
「え、今なんて言った?」


 声にかき消されて由聖の言葉を聞き逃してしまう。
 視線の先にはブーケを受け取ったらしい女性が周りに祝福の拍手を送られており、その女性は心から嬉しそうに笑いながらブーケを抱きしめていた。
 だけど零一はそれよりも気になる事があって由聖に視線を向ける。当の彼は人差し指を自分の指先に置き、続いてその指を零一の唇へを押し当てた。
 その瞬間、彼が何を言ったのかなんとなく察する事が出来て零一は額に手を当てる。またしても顔が赤くなるような気がしたが、もうそれはどうでもいい。


 どうか幸せに。
 どうか二人で幸せになれますように。


 結婚式の前で願う互いの誓い。
 六月の花嫁はきっと幸せになれるだろう。いや、六月じゃなくても他の月でも二人が想いあってさえいればいつまでも。


 どうか幸せに。
 どうか幸せに。
 どうかいつまでも『君』と幸せに暮らせますように――。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7587 / 飯屋・由聖 (めしや・よしあき) / 男 / 17歳 / 高校生】
【7588 / 阿隈・零一 (あくま・れいいち) / 男 / 17歳 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ジューンブライドへの発注有難うございました!
 どう来るのかと思いつつ、プレイングを読ませていただけばなるほどと。
 では、と結婚式をこんな風に絡めてみましたがどうでしょうか?
 少しでも気に入って頂けると嬉しいですv