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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route8・外された仮面/ 宵守・桜華

 白い線を引きながら地面に落ちて行く雨。
 次々と降り注ぐ雨がまるで別世界の様に目に映る中、宵守・桜華は溜息のような息を吐いて、古い神社の社に腰を下した。
 携帯を取り出して、時計の表示を見る。それがしめす時刻は深夜一時の少し前。どうにか目的の時間には到着できた。
「さて、今日はどうだろうな……」
 鳴らない携帯を眺めて零す。
 桜華がここに来るのは今日が初めてではない。ここ数日、何度か足を運んでいる。
 その理由は彼が数日前に送ったメールにあった。

――深夜一時、何時もの神社にて待つ。

 これは、蜂須賀・菜々美に宛てに送ったメールで、時間以外の日付の指定はない。故に、彼女が時間通りに来る保証は何処にもないし、そもそも来る保証もなかった。
 その証拠に、メールを送信してからだいぶ経つが、返信のメールも来ていない。
 元々、彼女の性格上返信の期待はしていなかったのだが、やはり寂しいものだ。
「……立ち直ったんかね」
 ぼんやり零す声。それと共に思い出されるのは、桜華が彼女と最後に会った日の事だ。
 彼は菜々美にとんでも無い事をした。それこそ、彼女が一生許さない程の事を。
 桜華は長い息を吐き出すと、クシャリと前髪を掻き上げた。
「……まあ、立ち直ってると信じてはいる。いるんだが……」
 零した息が激しい雨音に消えて行く。
 別に返事はなくても良い。なくても良いが、彼女があれからどうなったのか。その情報くらいは欲しい。そう、思ってしまう。
「十中八九、嫌われただろうなぁ」
 所業を悔いる訳ではないが、気が重いのは確か。
 桜華は何度目かの重い溜息を零すと、土砂降りの空を見上げた。
 夜半過ぎからの雨は止む気配を見せない。
 如何してこうもタイミングが悪いのだろう。否な事は重なると言うが、これもその部類に入るだろうか。
 そんな事をぼんやりと考える。
 だってそうだろう?
 普通の女の子ならこんな時間のこんな土砂降りの中、外を出歩くなど有り得ない。
 ああ見えて、あの性格でも、菜々美も女の子である事に変わりはないのだ。そうだ、そうに違いない。
 桜華はずれかけた眼鏡を指で押し上げると、おもむろに腰を上げた。
「店に言付けと、物の受け渡しを頼んでだな――……いや待てよ。強引に渡して即刻撤収する方向でも」
 既に彼女が来る事は期待薄。
 ならばと捻りだすのは次の案だ。
「どう自然に近付くか……蜂須賀の場合、裏から変える可能性もあるしな。となると、裏で待ち伏せして……」
 ぶつぶつと零す声が、何処か他人事のように耳に響いてくる。
 その声に心の中の自分が問う。
 本来の自分はこんなだっただろうか、と。
 答えは「否」。
 では何故、こんなにも思考を巡らしているのだろう。
 そう思った時、境内に人影が見えた。
 参拝客だろうか? この時間だと牛の刻参りとかそう言った物騒な物の可能性がある。
 桜華は訝しげに目を凝らすと、不意にそれを見開いた。
「お、おい……まさか……」
 ドクンッと心臓が跳ね上がった。
 徐々に近付く人影が鮮明になるにつれて、全身の筋肉が硬直して行くような錯覚を覚える。
 表情も、言葉も失って見詰める先。
 そこにある人影は、桜華の前で足を止めると、不機嫌そうに口を開いた。
「何をしているんだ、貴様は」
 随分と久しぶりに耳にする声だ。
 ビニール傘を差して、光の加減が瞳が見えない眼鏡をこちらに向ける菜々美に、桜華の口が動く。
「あ、いや……良い、お日柄で……」
「……雨だ。それも豪雨のな」
 アホだろ。そう零された声に、うっと言葉に詰まる。
 自分でもアホだな、とか、馬鹿だな、とか思うが、仕方がないだろ。
 まさか菜々美が来ると思っていなかったんだ。
 だから彼女が来た時の言葉も考えていないし、どう振る舞うかも決めてない。
 桜華の思考は完全ストップ寸前。
 そんな彼に菜々美は緩く首を傾げると、大仰に息を吐いて彼の立つ軒下に立った。
「よもや、呼び出しておいて用が無い……そんなふざけた事は言わないな?」
「も、勿論です!」
 慌てて何度も頷く。
 その様子に一瞬だが菜々美の口角が上がった気がした。
 よく見れば、佇まいこそ不機嫌そうだが、彼女の纏う雰囲気は怒っているのとは違う。普段と変わらないくらいに落ち着いており、居心地も悪くない。
「それで、用件は何だ」
 傘を閉じて桜華の顔を見上げる菜々美。
 彼女の顔を見下ろして、桜華はピシッと固まった。
 用件はある。あるにはあるのだが、まだ心の準備が出来ていない。それに、どう渡すかも決めてない。
 思わず口をパクパクさせて狼狽える彼に、菜々美はつと視線を外して溜息を吐いた。
「意味の分からない男だ」
 独白の様に零された声に、桜華の眉が上がる。
「確か、宵守桜華、とか言ったか?」
 今まで何度言葉を交わした事か。
 ここにきて名前を問われるとは思っていなかった桜華の表情は驚き一色。そんな所だろう。
 それでも頷きを返すと、菜々美は「そうか」と呟いて服のポケットに手を突っ込んだ。
 そしてそれを取り出して桜華の前に差し出す。
「手を出せ」
「?」
「貴様が残した物だ」
 手の中に落されたのは、粉々にしたはずの銃の残骸。それを目にした桜華の背に冷たい物が走った。
「たいした道化だな。私を騙すつもりだったのか? だとしたら、相当なアホか馬鹿か……お人好しか、だな」
 呆れているのとも、怒っているのとも違う。
 柔らかな声音が耳の中へ溶けて行く。
 菜々美は怒っていないのだろうか? 何故?
 そう自問自答する中で、彼女自身がその答えをくれた。
「貴様の仕出かした所業。道化。私が見破れないとでも思ったか」
「まさか、気付いたのか……?」
 随分と良く出来た芝居だと思っていた。
 証拠も残さないよう善処したし、何より菜々美もあの時あんなに怒っていたではないか。
「貴様が去った後で気付いた。本来の冷静な状態であればもっと早く気付けたがな」
 すまない。
 初めて、菜々美の口から謝罪に近い言葉が漏れた。
 その事に桜華は再び驚く。
「貴様が冷静になる切っ掛けを与えた。そして私はその切っ掛けを掴む事が出来た。これは正しい事だろう?」
 桜華が思い描いたシナリオ通りに事は進んでいるか。そう問いたいのだろう。
 確かに、桜華は菜々美が立ち直る事を望んだ。その為に嫌な男も演じたし、彼女のために出来る事もしてきたつもりだ。
 だが、菜々美がこうして傍に居て、桜華の演技に気付き、普通に喋ってくれる事は想像していなかった。
「まあ、何処までが予想の範囲で、何処までが範囲外か、だいたいの予想はつく。それよりも、貴様に言っておきたい事がある」
「な、なんでしょう」
 思わず畏まった桜華に、菜々美の口角が上がった。
 今度こそ確かに、彼女は笑んでいる。
 そしてそのままの表情で桜華を見ている。この事に桜華の心臓は高鳴っていた。
 何を言われるのか。微妙な期待と不安が、胸中を占めて行く。
 だが――
「倒れろッ!」
 怒声が響く頃、桜華は凄まじい勢いで吹き飛んでいた。
 幸いなのは、泥水溢れる境内に飛ばされなかった事だけだろうか。
 社に激突して崩れ落ちた彼の目に、足を振り下ろす菜々美の姿が見える。
「……多少、スッキリしたか」
 ふむ。そう首を傾げる菜々美に、苦笑しか出て来ない。
「貴様の仕出かした事への代償だ。有り難く受け取れ」
「はは……相変わらずだな……」
 口より先に手が出るのは変わらないらしい。
 それでもこうした事をする元気があるのは幸いだ。
 桜華はのっそり起き上がると、懐に仕舞っていた銃を取り出した。そしてそれを菜々美に差し出す。
「蜂須賀、やる」
「……何だ、それは」
 見れば一目瞭然だった。
 差し出されたのは、以前壊れた銃。
 これは何日もかけて桜華が直した代物で、外見上は何も変わっていない。
「迷惑かとは思ったが直しておいた。これで窮奇を倒せ」
 菜々美が笑える日が来るために、彼女のために直した銃。彼女にはこれが必要だと、そう思っている。
 その声に、菜々美の目が顰められた。
 伺うように、桜華と銃、それぞれを目が行き来する。
「……裏はないな?」
「何?」
「貴様には前科がある。まだ何か企んでいるのではないだろうな」
 桜華はこの声にスッと目を細めた。
 鋭いのか、それともただの勘か。その辺の判断は付かないが、良い所を突いている。
 菜々美に渡すこの銃には特殊な加工を施していた。それは、桜華の目。
 自身の右目を代償に呪いを施した銃は、呪具としては恐るべき代物になっているはずだ。
 勿論、失った目は水晶から造った精巧な義眼で、見た目にも視力にも問題はない。
 けれど桜華は言う。
「何も企んでいない。蜂須賀に勝って、笑って欲しい。それだけだ」
「……笑う?」
「ああ。目標を達成して心から笑える日が来れば良い。そう思ってるからな」
 桜華はそう言って菜々美に銃を差し出した。
 言葉に嘘や偽りはない。ただ、彼女に告げていない真実があるだけ。
 そう、それだけだ。
「……そうか。笑う、か」
 何かを噛み締めるように零された声。
 そして伸ばされた手が銃を受け取ると、彼女はそのそれを桜華に向けた。
「ならば、これは受け取っておこう。そして、窮奇との一戦には付いて来るな」
 訝しげに桜華の眉が寄った。
「窮奇は貴様を欲している。貴様が来る事で足手纏いになる可能性がある。だから、付いて来るな」
 今の言葉で菜々美が言いたい事はだいたい理解した。
「俺なら大丈夫だぞ?」
 言い方には棘がある。それでも気遣う優しさが滲んでいるのは、少しの付き合いがある桜華だから分かるもの。
「べっ……別に、貴様の心配をしている訳ではない! 思い上がるなっ!!」
 慌てて否定する様子を見ると図星だろう。
 思わず緩んだ唇を隠すように咳払いをして、突き付けられた銃に指を添えた。
 自分が言うべき言葉は決まっている。
 元々、そうするつもりだったのだから。
「如何するかは蜂須賀が決めろ。俺はそれに従うだけだ。どんな決断を下しても後悔はしない」
 まあ、恨む事はあるかもしれないが。と、軽口を零して、彼はニッと笑んだ。
「……勝手にしろ」
――但し。
 彼女はそう言葉を切り、目の前の瞳を見詰めた。
 真っ直ぐに、何事も逃さないように、じっと。
「私に嘘を吐くな。嘘を吐けば二度と許さない。心得ておけ、桜華」
「!」
 初めて呼ばれた名に、桜華の目が見開かれた。
「蜂須賀、今――」
「試し撃ちもしたい所だが、流石にこの時間では近所迷惑だな」
 既に桜華から目を離し、銃の感触を足す噛めている彼女に苦笑が落ちる。
 まあ、菜々美からすれば愛用の銃が戻って来たのだ。喜ぶ以外の何があるだろう。

――嘘を吐くな。

 先に触れた言葉。これを思い出し、桜華は菜々美の姿を眺めながら思案する。
 銃に掛けた呪も嘘に入るだろうか。
 もしずっと黙ったままだったら、菜々美は何か言うだろうか。
 とは言え、今は窮奇を滅する事が先だ。それが、彼女の願いなのだから……。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 4663 / 宵守・桜華 / 男 / 25歳 / フリーター・蝕師 】

登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】



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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蜂須賀・菜々美のルートシナリオ8へご参加頂き有難うございました。
大変お待たせしました!
桜華PCの心遣いにキュンキュンしながら書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
御発注、有難うございました!