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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


戦う君は美しい


■お客様は経営者

 やってきた客というのは……少しばかり怪しげであった。
 妙に周囲を伺うような仕草で店内に入り、誰も居ない事と、絢斗の視線に気づいたからか――姿勢を正して入ってくる。

「……いらっしゃいませ」
 店内は誰も客が居ないため、好きに座ってくださいと絢斗が応じるが、入ってきた女性……藤田あやこ(7061)は、彼を一瞥した後、銀髪の女性に向き直った。
「唐突だけど、ちょっと息抜きというか……相談があって来たのよ。占ってもらえるって訊いたから」
 立っていてはなんですからどうぞ、と言って寧々は隣の席を促し、あやこもそこへ座ると、寧々へ顔を近づけた。
「あなた、占い師なんでしょ?」
「生業にはしていませんけれど、時々占わせていただいています」
 寧々は微笑みを崩さずに答え、あやこはふぅん、と言って喉の鰓を指先でなぞりつつ思案していた。
「本業じゃないとはいえ、相談事も聞くは聞く――……って訳よね?」
「ここ……宵闇令堂にいらっしゃった方は、心に迷いを持つ方が多いのです。
あなたも、お悩みを抱え、なぜかこうして誘われてきましたでしょう?」
 もし良ければ、愚痴なら聞くわ――と寧々が付け加える。あやこは唇に手を当てて『愚痴、ねぇ……』とブツブツ呟いた。
「うん。まぁ、いいか……そうね、愚痴もあるわけだし」
 うん、と大きく頷いてから、あやこは絢斗にカクテルを注文して話し始めた。

「――私は、あなたの言ったとおり悩みというか不安というか……そういったものがあるのよ。
夫には二名とも先立たれて……今は養女が一人いるけれど、家族関係は円満だし、そこは問題ないの」
 絢斗はシェーカーに氷を入れながら、耳を傾けている。 あやこが寧々に左右の色が違う瞳を向けると、瞳の持つ意思を理解したのか、感じ取ってやんわりと先を話すよう首を傾けた。
「仕事も大きく当たって、今じゃ一大ブランドにもなったし、多角経営のバーや芸能プロダクションなんかもおかげさまでお客様には良くしてもらってるわ。
メディアからは『ホームレスからの叩き上げ人生』なんて書かれたりしたけど、その下地があったから踏ん張れたし、当然仕事もあるし、今じゃ衣食住も苦労はしていないものねー」
 コースターの上にグラスを置いた絢斗が、え、と小さな声を出した。
「――ホームレスからの華麗なる転身、とかって……その雑誌見たなぁ。もしかしてお客様は藤――」
「絢斗くん」
 だめよ、と寧々は首を横に振る。
 本人が名乗らない限りは、それを聞いては失礼になる。
「ごめんなさいね、お客様。教育不足で」
「ああ……別にいいわよ。お酒を作る腕前が良ければ、多少は目を瞑るわ」
 くすっと笑ったあやこは、シェーカーから注がれるピンク色の液体を眺めて目を細めた。
 ゆっくりとした速度でグラスを満たし、飾りにオレンジを添えて……できあがったばかりのカクテルを傾け、一口喉へと流し込むと絢斗を見つめる。
「……美味しいから、許してあげる」
 いたずらっぽく言われた口調に、思わず小さく息を吐いた絢斗。良かったわねと寧々は笑い、あやこにありがとうと囁いた。
「じゃ、話を続けさせてもらうわね。
仕事も家庭も円満なこの私が、何に不安を持っているかというと――大体予想がついているとは思うけど、そう、恋愛よ」
 そしてひと呼吸つくと、二人とも何もいっていないのにあやこは『あーっと! まだ何も言わないで!』と片手を二人の前に広げる。
「――恋愛と言っても、片思いじゃないの。もう許婚の関係よ。聞いてほしいのは、その結婚後の将来なのよ」
 ここからが本番らしい。あやこはカウンターに頬杖をつき、遠くを見つめるような目は、棚に入っている様々な酒瓶を映していた。

「私の恋人はね……前の夫の角膜を移植されているの」
「……どっちの旦那?」
 思わず聞いてしまった絢斗に、寧々は『絢斗くん』と再びたしなめる。
「……――で。角膜と一緒に、記憶まで転写されちゃったみたいね。再び私と再婚するんだって言っていたわ」
 肩をすくめたあやこだったが、その表情は嫌そうに見えない。
「私? ああ、それはいいのよ。確かに『何度死んでも必ず生まれ変わって、あやこと永遠に添い遂げ続けるんだー!』って強要されたけど、私もそれは承諾しているし、異論もないのよ」
 うふふ、と笑うあやこは、若干照れているのか、朗らかに笑う表情には恥じらいが見て取れる。
「暴力とかは振るわれていないの?」
「まさか!! そんな人じゃないわ?」
 私には優しくしてくれるわよ、と言ってまたはにかんでいる。
「とにかく、そういうことで……式はニューヨークで行おうと思っているの。愛し合うもの同士結婚できることは本当に幸せよ。でも、問題がね……相手が女性だって事なの」
「女性……!!」
 特に絢斗も寧々もそういったことに差別的な価値観は持っていないにしろ、この生きづらい世の中を鑑みると、無責任に『同性の結婚なんて全然大丈夫だよ!』とは……言いづらいものであった。
 その黙った雰囲気を察したらしいあやこ。そうなのよ、と深く頷いた。
「世間の風当たりがどうしてもね……。結婚するとなると、あいつらはどこからか嗅ぎつけてきては、尾ひれを付けて伝聞したり記事にするじゃない? 
しかも、大企業の経営者とあらば美味しいのね。由々しき事態……私が頭を抱えるのは、やっぱり『事業への影響』が大きい事なのよ」
 唇を湿らせるため、カクテルを半分ほど飲んでから額に手のひらをつけ、悩むような仕草をしながらあやこはため息混じりに答える。
「結果オーライ、って相手は気軽に言うけど……夫婦生活や経営にはお金が必要なのよねぇ……。
多角経営とはいえ、全部が大幅な黒字ってわけじゃないし。
いくら私の眼が危難衰運を退けることができるとはいえ、シャットアウトってわけでもないし」
「盛者必衰、とも言うしねぇ。いつかは多少下がったりもするでしょ」
「絢斗くんったら……もう。少し黙っていて」
 ついにはきつめに注意されてしまった。まぁ、当然である。
「はぁ……。そこのボーイさんにも言われちゃったけど、全くどうしたものかしらね。
こんなことで悩むなんて、いつもの元気で利発なあやこらしくないわ……!
……つまり、私の悩みはそういうことなワケ!」
「なるほど。お気持ちはお察しいたしますわ」
 寧々はこくりと頷くと、不安を宿すあやこの眼を見据えた。
「占い師は、自らの運命や行く末を明確には見通すことができませんものね……不安は無意識に転写され表面へと浮き上がってくる。それを防ぐ強さも、貴女は持ち合わせているはずです」
 占い師ということを看破され、あやこは少々目を見開いたものの――噂通りね、とニヒルに笑った。
「だから、占ってください!! 私の今後!」
「はい。ですが、私はあなたに枝分かれした道の一つを見せるだけ。切り開くのは、貴女自身の力……」
 言わなくても、大丈夫ですねと優しく笑った寧々は、
 重ねてあったタロットカードの山を手のひらで崩し、カードを綺麗にならすと……そこから一枚引き、あやこへ見せた。
「星のカード、正位置……貴女の道は、はじめは狭くて暗いけれど……最初から星に照らされている。
しっかりした足取りで進めば、問題も無事に解決して跳ね退けることができるわ。
それに、相手にもきちんと『事業』のことを理解してもらうこと。急に大金が入ると、邪気が入り込んで気が増長するのを防ぐためにも重要よ」
……でも、貴女なら大丈夫ねと寧々は微笑んでカードを再び綺麗に重ねていった。
「結婚に関しては注目が集まって騒がれたりするわ。だけど、人の噂はあっという間に霧散してしまう。
ただ、誤解する人も多いから……思い切って結婚する前にパーティーを開いてみてはどう?
人となりに触れれば、誤解や印象は変わると思うの……ただし、お金がかかってしまうけれど」
「金は天下の回りモノよ! いずれ帰ってくると考えれば、安い投資かもしれないわ……新規のお得意さまや協力者も増えるかもしれないし……いい考えね。前向きに考えてみるわ!」
 うん、と頷きながらも、あやこの頭の中には既にパチパチとそろばんが弾かれているのだろう。
 んふっ、と含み笑いをしながら、カクテルを飲み干すと立ち上がる。
「だいぶ気が晴れたわ! いや、持つべきモノは占い師よね!」
「頑張ってください。応援していますわ」
 ありがと、といって、あやこは紙幣をカウンターに置いて『釣りはいらないわ』と絢斗に手を振り、意気揚々と帰っていった。
「ありがとうございましたー……」
 グラスを片付けながら、絢斗は揺れるドアベルを視界に収めて、生気の満ち溢れた女経営者を思う。
「怒らせちゃったかな……もう来ないかもしれないね」
「もしそうなら残念だけれど……それでもいいの。お客様の悩みが吹っ切れたんですもの。
それに、どん底から、お客様はやってこれたんですもの。一時的に下がっても、また返り咲くことができるわ」

 それは占いかと尋ねると、勘よ、と……寧々は言って笑っていた。


-END-

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登場人物一覧

【7061 / 藤田あやこ / 女性 / 年齢24歳 / ブティックモスカジ創業者会長、女性投資家】
【NPC5405 / 鷹崎 絢斗 / 男性 / 年齢21歳 / 妖魔術師】
【NPC5406 / 久留栖 寧々 / 女性 / 年齢312歳 / 施設管理者】

■ライターより

この度はご発注いただき、誠にありがとうございます。
あやこさんの快闊な姿やポジティブさがイメージに近ければ幸いです。
また機会がありましたら、是非よろしくお願いいたします。