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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


+ 愛しい君の為に――を +



「三十八度五分……か」


 茶髪の短髪の青年、ヴィルヘルム・ハスロは己の手に持っている電子体温計に刻まれたデジタル数字を見て溜息を付く。その傍には夫婦のベッドで臥せっている愛妻、弥生 ハスロの姿があった。意識は若干朦朧としており、吐く息は当然熱が篭っている。苦しげに呼吸をする妻の姿を見てヴィルヘルムはケースの中に体温計を仕舞い込んだ。


「君が朝ちょっと具合が悪いと言っていたのを覚えているのだけど、その時私が言った事を覚えているかな」
「……『病院にいきなさい』」
「それで、君は行ったのかい?」
「…………少し用事があったからそれを終わらせてからにしようと思って……そうしたらうっかり一日経ってしまって」
「私はね、そこまで無理をしてまで用事を優先すべきではないと思っているのだけれど、弥生……君はそうじゃなかったんだね」


 妻の発言よりはっきりとヴィルヘルム、通称ヴィルは己の額に手を押し当て溜息を吐き出す。
 仕方が無いといえば仕方が無い。この妻が頑張り屋なのは夫である自分が誰よりも良く知っているのだから。だけど決して無理をして欲しくなかったというのも本音である。自分が仕事に行っている間に病院に行ってくれたかと信じてはいたが、帰ってきてぐったりとソファーに臥せっている彼女の姿を見た時は流石に肝が冷えた。すぐに彼女をベッドに運びパジャマに着替えさせてから寝かせ、体温計で熱を計った……その結果がこれである。


「明日は朝一番に病院に連れて行くよ。これに対して反論は決して認めない、いいね?」
「勿論よ。貴方が心配してくれるのは嬉しいけれど、本当に情けないとも思っているんですもの」
「私は何か君が食べれそうなものを作ってくるよ。その間はきちんと目を伏せて休む事。私が帰宅した時の様に変な体勢では決して寝ないようにしなさい」
「背もたれに頭を寄りかかっていただけなのに……」


 本当に心配性ね、と弥生は微笑む。
 しかしその笑みは普段より弱く、病人である事をヴィルに確かに伝えてきた。彼は立ち上がるとサイドテーブルに体温計を置き、その場を後にする。もちろん愛妻が食べれる何かを作るためだ。ヴィルはルーマニア人とスウェーデン人とのハーフで、日本食には少々疎い。だが今はネット検索をかければ病人食のレシピも出てくるような時代なのだし、何とかなるだろうと心に決めた。


 一方、夫が去った後の部屋に残された弥生は一人天井を見上げる。
 ぐらりと世界が揺れたのは夕方頃だった。朝頃確かに微熱があるなぁと思い、夫に釘を刺されたようにきちんと病院にいこうと思っていたのだ。だがまずこのマンションに引っ越してきてから日が浅く慣れていない部分が多くあった。周辺の地図もそれなりに覚え始めたが、地元の人達ほど詳しくなく外に出ても迷う事がしばしばあったし、何をするにも時間が掛かった。
 マンションに入った為、近所付き合いやマンション独自のルールもあったし、それなりに気を配らなければいけない場面が多々あったことは認める。それに気を張り詰めていた事も今なら素直に認めようと彼女は思う。


「気付かぬうちに疲労を溜め込んでいたのね……」


 自分も仕事をしていないわけではない。だがメインはあくまで主婦業で、仕事自体も夫のサポートだ。部屋の外、きっとキッチンにて夫は今自分の為に何かと戦っている事は間違いない。結婚してから滅多にキッチンに立つことのない夫の事を思うと、なんだか無駄に頑張ってしまっていた自分が情けなくなる。彼は彼でこのまだ慣れない土地で頑張ろうとしている最中だというのに。


「本当、もう少し健康管理には気をつけなきゃ。こんなんじゃ妻としてヴィルの事支えられないわ」


 熱のある頭でもしっかりと彼女は先を考える。
 だが回復を求める身体が睡魔に襲われ始め、瞼が自然落ちてくる。それに抗う意思は今はなく、弥生は大人しく養生に努める事にした。



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「……い。弥生。起きれるかい?」
「ん……んぅ。ヴィ、ル……」
「一応おかゆというものを作ってみたのだけれど、食べれるかな」


 夫の声により意識を浮上させた弥生は、彼に支えられながら上半身を起こす。座る位置を少し変え、枕を背に敷くような形にしながらベッドへと寄りかかって、目を擦る。ふわんっと彼女の鼻先を擽ってきたのは確かに何かの料理の香り。風邪の症状が鼻に出ているのか、臭いに対して少し鈍くなっているようで夫がトレイの上に乗せたおかゆを出してくれるまできちんとそれを認識出来ずにいた。
 サイドテーブルの上には風邪薬と水が既に用意されており、食後の準備も万全のよう。しっかりした夫だと内心弥生は感動を覚えた。だが問題のおかゆを見た瞬間、弥生は少しだけ首を傾げた。


「あら、これは……」
「ごめんね。ネットで検索をかけながら作ってみたのだけれど、中々上手く水との配分が上手くいかなくて……軽く焦がしてしまったんだ」
「ふふ……ヴィルでもそういうミスはするのね」
「でも焦げた部分は無理に食べない事。変な味がしたらすぐに吐き出してくれて構わないから」
「ええ、無理せずに食べるわ。でも貴方の愛情料理ですもの。あまり残したくないわね」
「弥生……焦げた部分は私が責任を持って食べるから本当に止めておくれよ。次は私の手料理で具合を悪くしました、なんて事には絶対にしたくないんだ」
「はいはい。では愛しい旦那様の手料理を頂きます」


 両手を合わせ、添えられていたスプーンを使い弥生は卵で閉じられたおかゆを口へと運ぶ。
 だが寝起きだからか、それとも病気によるものだからか手先が何故か震えた。それを見かねたヴィルはそっと手を伸ばし、支える。無事彼女の口に卵とじおかゆを持っていくことに成功すると弥生はゆっくりと咀嚼し、そして笑った。


「ちょっと薄味かもしれないかな。けど、私の味覚が今おかしいのかもしれないわね」
「いや、私の不器用な点のせいかも。ほら、もう一口食べれるかい」
「え?」
「まだ君はゆっくりと休むべき人間だからね。今日は口に運んであげよう。えーっと、こういう時はあーんってしてって言うのだっけ」
「……なんだか恥ずかしいわ」


 弥生は病気の熱ではない温度を頬に感じる。
 だけどヴィルは改めて焦げていない部分を選び抜くと火傷しないよう息を吹きかけて弥生の口へと運んでくる。それを拒む理由もなく、弥生は気恥ずかしさを感じながらも夫の気遣いに心をときめかせながら食事を進めた。
 更に焦げた部分が出てくると宣言通り、ヴィルが躊躇なく口へと運ぶ。同じスプーンだったためこれには弥生が慌てたが、「君の風邪に負けるようなやわな身体はしていないよ」とヴィルはさらりと流してしまった。


 やがて食事の時を終えると弥生の手にはあらかじめ用意されていた水と薬が握らされる。
 それを飲んでいる間にヴィルは食器類を片付けに夫婦部屋を出て行く。弥生は上を向くと錠剤を喉の奥の方へと追いやり、水で一気に流し込む。そして一杯分の水を丁寧に飲みほすとそれが入っていたグラスを両手で持ち、ふぅっと一息ついた。


「弥生、まだ少し起きていられるかな」
「ヴィル?」
「君の身体に合えばいいと思ってこれを作ってきたのだけれど……」


 再度姿を見せた夫は手にティーカップを持っていた。
 何を作ってきたのかと弥生は瞬きを数回繰り返す。ヴィルはベッドの脇にそっと腰を下ろすと弥生の手からまずグラスを奪い、サイドテーブルへと置く。そして彼女の手にティーカップを握らせると口を改めて開いた。


「ルーマニアでは体調の悪い時にハーブティーを飲むんだよ。といっても民間療法程度だから、漢方ほどの効果はないと思うけど、今回はカモミールティーを作ってみたんだ」
「いい香り……」
「日本ではさゆ? だっけ。そういうものを飲むらしいね。良ければ私のこれも飲んでもらえると嬉しいよ」


 ティーカップの下には当然ソーサーが敷かれており、ヴィルが零れぬよう今はカップごとそれを支えている。弥生は大丈夫、という意思を見せるためそっと彼の手に手を重ねた。そしてゆっくりと口元へカップの縁を運び、良く冷ましてから一口分飲む。こくんっと細い喉が鳴り、夫はその間も心配げに妻の様子を見守る。やがて静かに息を吐き出し、身体中の緊張を抜くような形で弥生は寛ぎ、その様子を見ていたヴィルも無意識に入っていた力を抜いた。ゆっくり、ゆっくりと……弥生は回復を祈りながらカモミールティーを飲む。ヴィルはそれが本当に心から嬉しかった。そっと愛しい妻の頬へと彼は手を伸ばす。それを拒むことなく妻は頬を擦り寄らせた。


「早く元気にならないとキス一つ出来やしないのね」
「私は風邪を受け入れても構わないけど」
「私のことはあんなにも怒るくせに」
「だから今はキスをしないよ。……これで我慢」


 ちゅっと小さなリップ音を鳴らしながらヴィルは愛しい妻の額へと唇を落とす。
 離れていく夫の影が寂しくて弥生は表情を僅かに歪ませるが、彼が体勢を立て直す頃には既にいつもの自分の顔に戻す。――そしてやっぱり彼女は笑うのだ。


「風邪が治ったら唇にキスをしてね、約束よ」
「約束しなくても、私の方が我慢出来なくなっているよ」


 それは夫婦の労わり愛。
 静かに、静かに育む深い愛情。


 ヴィルは弥生の手から飲み終えたティーカップを受け取ると、入れ替わりにもう一つキスを彼女の頬に落とす。
 弥生は早く唇へのキスが訪れるよう、これから回復に努めようと心に誓った。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ) / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして!

 今回は風邪シチュエーションにて夫婦のいちゃいちゃを、という事でこんな感じでどうでしょうか!
 民間療法でお茶を、というところがヴィル様の心が優しくて良いですね。
 弥生様もどうかゆっくりと回復して下さいませ!

ではではまた機会がございましたら宜しくお願いいたしますv