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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SOl】Strayer

 時刻は、午前一時を少し過ぎた頃。
 その日の、あるいは前日からの仕事を終えて、深沢美香(ふかざわ・みか)は勤め先の店を出た。
 すでに日付が変わっていても、「眠らない街」には、まだまだ行き交う人々の姿がある。
 そんな中に、美香は見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「SOl」副長官、鷺沼譲次。
「SOl」のメンバーに知人の多い美香にとっては、「友達の父親」的な存在でもあり。
 また、先日の歓楽街での事件の際には、一度危ないところを助けられていた。

「……あ」
 そう言えば、結局あの後いろいろバタバタしていたこともあり、まだちゃんと助けてもらったお礼も言えていない。
 そのことに気づいた美香は、少し歩みを早めて鷺沼の方へと向かい……そこで、ふと「あること」を思い出した。

 少しずつ、前を行く鷺沼との距離が縮まる。
 その距離が、腕を伸ばせば届くくらいになったところで、美香はその背中に向かって呼びかけてみた。
「ジョーさん」
 その呼びかけに、鷺沼は驚いたように立ち止まり。
 やがて、おそるおそるといった感じでゆっくりとこちらを振り向いた。
「……って、何だ、美香ちゃんか。驚かすなよ」
 美香の姿を認めて、半分ほっとしたような、そしてもう半分は残念そうな様子で苦笑する鷺沼。
「すみません、つい」
 少し悪い事をしたかと思って、美香は一度頭を下げる。
 すると、鷺沼は笑顔のままでこう尋ねてきた。
「いや、いいって。美香ちゃんも今帰りか?」
「はい。鷺沼さんもですか?」
「ああ。飲んだ帰りじゃ運転もできねぇからな。どうせ今日休みだし、暇つぶして始発で帰ろうと思ってな」
 相変わらず、「遊び人を装っている」のか、それとも「本当に根は遊び人である」のかがわかりにくい人物であるが……ともあれ、これは彼とゆっくり話をするいい機会でもある。
「それなら、少しお話でもしませんか? まだこの前のお礼も言っていませんでしたし」
 美香がそう言うと、鷺沼もすぐにそれを快諾した。
「お、いいね。美香ちゃんみたいな美人のお誘いなら大歓迎さ」

〜〜〜〜〜

「眠らない街」には、こんな時間でもまだ開いている飲食店がいくつかある。
 二人が向かったのは、そんな店の一つだった。
 個室を備えた和食料理店。
 もちろん、この店を紹介したのは鷺沼である。
「ひょっとしたら、俺の方がこの辺りは詳しいかもな」
 冗談めかして笑う鷺沼だったが、恐らく実際その通りであろう。

 案内された席に着き、いくつか注文を済ませる。
 まずはこの前のお礼から、と美香が思った時、先に鷺沼が口を開いた。
「悪いな。結局、店行ってなくてさ」
 そういえば、あの時そんなことも少し言っていたような気がする。
「いえ。冗談なのはわかってましたから」
 美香がそう答えると、鷺沼は少し困ったように苦笑した。
「俺は半分本気だったんだけどな。
 仕事であれなんであれ、俺が美香ちゃんに手出したりしたら、多分あの二人に半殺しにされる」
 あの二人、というのは、多分MINAと亜里砂のことだろう。
 どこまで本気で言っているかはわからないが、確かにあの二人が相手ではいかな鷺沼でも分が悪そうだ。
 そんなことを考えていると、鷺沼がぽつりとこう言った。
「まあ、でも、その危険を冒す価値はあるかもな」
「えっ?」
 予想外の言葉に戸惑う美香の目を、鷺沼は少しの間じっと見つめ……やがて、にやりと笑った。
「冗談だよ。やっぱり、俺としても『娘の友達』に手を出すのは気が引けるからな」
 これは……もしかしなくても、完全にからかわれている。
「鷺沼さん……せっかく、この前助けてもらったお礼を言おうと思ってたのに」
 そうぼやいてから、美香はふとあることに気がついた。
「……そういえば、私の仕事の話って、確かしてませんよね?」
 こうした歓楽街ではバニーガールの姿など比較的ありふれている以上、あの時の状況から推定できることは、せいぜい「美香がこの歓楽街のどこかで働いている」ということくらいで、「詳しい仕事の内容」までは特定できないはずだ。
 それなのに、先ほどからの鷺沼の口ぶりは、まるで美香が何の仕事をしているかを詳しく知っているかのようだ。
 まさかMINAが話したとも思えないし、だとすればどういうことだろう?
 美香が怪訝に思っていると、鷺沼はさも当たり前のことのようにこう答えた。
「そのくらい、聞かなくてもわかるさ。
 『言葉と演技だけじゃ稼げない』ところの方が、スレてない娘が多いからな」

 自分がこの仕事をしている事情を言い当てられたようで、美香はどきりとした。
「言葉と演技だけ」では稼げない、あるいはそれに耐えられないから、「それ以外のもの」も使うしかない。
 そういう決断をする、もしくはそういう決断を強いられる女性は、実は意外と多いのだろうか。

「お見通しなんですね」
「そこまでは、な」
 根っからの遊び人であるかどうかはともかく、遊び慣れているのは本当らしい。

 ともあれ、せっかく落ち着いて話す機会を得られたのに、相手のことについて何も聞けないと言うのはつまらない。
「鷺沼さんにはいろいろお見通しなのに、私は鷺沼さんのことをあまり知りません。鷺沼さんのことも、少し聞かせてもらってもいいですか?」
 美香がそう尋ねると、鷺沼は不思議そうな顔をした。
「俺の話か? 別にいいけど、大して面白くないぜ?」
「いいんです。私が聞きたいんですから」
「変わってんな、俺なんかに興味持つなんて。で、何が聞きたい?」
 相変わらずの様子で笑う鷺沼に、美香はまずこう尋ねてみる。
「鷺沼さんは、どうして『SOl』に?」
「IO2日本支部から辞令を受けて出向。それだけさ」
 思っていたよりも普通の、と言うより、むしろ普通すぎて逆に意外な答えが返ってくる。
 あっけにとられる美香に、鷺沼は運ばれてきた料理を一口口にしてから話し始めた。
「『SOl』にいるやつのほとんどは、二通りに分けられる。
 ヒーローになりたくて自分から来たヤツと、長官がよそから引き抜いてきたヤツとだ」
「鷺沼さんは、後者なんですか?」
「いや、俺と山脇はそのどっちにも属さない貴重な例外だ」
 そう言って、鷺沼は自分の喉元を指す。
「俺はある種の安全装置で、そして猫の首につけられた鈴だ。
 こんなヒーロー組織を本気で作ろうとする長官と、それに共感したヒーロー志望者なんかを野放しにしておいたら、何をしでかすかわかったもんじゃないからな」
 なるほど、確かにそれにも一理ある。
 行動力がありすぎて暴走しかねない面々を暴走させないため、あるいは暴走が防ぎ得ない場合にもその事実を可及的速やかに報告させるために、大元のIO2から鷺沼が副長官として送り込まれた、というわけか。
「ちなみに山脇はこっちに来る以前からの俺の部下だ。こっちに飛ばされてきた時に、手伝わせようと思って俺が引っこ抜いてきた」
「それで、山脇さんは鷺沼さんのことをよくわかっているんですね」
 美香が頷くと、鷺沼は少し考えて、それから軽く苦笑する。
「……あの時か。何言ってた、あいつ」
 そう聞かれると、美香は言葉に詰まってしまう。
 まさか、「鷺沼は『いい人』だと思われるのは苦手らしい」と言っていた、などと正直に話すわけにもいくまい。
 どう答えたものか、と考えていると、先に鷺沼が小さく肩をすくめた。
「あいつは何を考えてるのか知らないが、ときどき勝手に俺の評価を上げようとするからな。
 俺にしてみりゃありがた迷惑もいいところだ」
 言うまでもなく、だいたいのところはすでにわかっているようだ。
「評価が下がるならともかく、上がるならいいことじゃないですか」
「そんな単純な話でもないんだな、これが」
 美香の言葉に、鷺沼が一つため息をつく。
「仕事はできるヤツのところに集まってくる。
 だから、下手にできるヤツだと思われると、とんでもなく忙しくなる」
 確かに、必要な仕事であれば、できない人間よりはできる人間に回したい。
 しかし、それが全ての仕事に適用されてしまうと、「できない人間」は暇を持て余し、「できる人間」は仕事で忙殺されてしまうだろう。
「それが嫌なんですね」
「ああ。別に仕事が嫌いってほどじゃないが、モノには限度がある。
 それを超えてまでがむしゃらに働くなんてのは、俺はまっぴらごめんだね」
 そう笑った鷺沼は、結局どこまでも「普通の人」なのかもしれない。
「働くときはよく働き、遊ぶときはパッと遊ぶ。そのバランスが取れてこそのいい人生、ってな」

 今時、仕事第一・仕事命の生き方なんて流行らない。
 それは一つの事実かもしれないが、それでも、そういった考え方と相容れない職業はやはり存在する。
「ヒーロー」などというのは――そもそも、実在する職業であったこと自体が驚きだが――まさにそういった職業の一つではないだろうか。
 だが、鷺沼はそれをよしとせず、あくまで自分の、恐らく「普通の人」に近いと思われる感覚を保ち続けている。
 そんな彼だからこそ、万一「SOl」という組織そのものが度を超して暴走しそうになっても、その中で一人冷静さを保ちうる人物として、白羽の矢が立ったのだろう。
 そう考えれば、「あまり優秀だと思われたくない」というスタンスを貫いたせいで、結果的には「ただ者ではない」と認識されてしまったということになり――まさに、皮肉もいいところである。

「能ある鷹は爪を隠す、ですか」
「まさにそんなところだな。美香ちゃん、いいこと言うな」
 上機嫌に笑う鷺沼に、美香は心の中でこう続けた。
(残念ながら、あまり隠し切れてないみたいですけど)





 その後しばらく、二人はいろいろな話をした。
 鷺沼は職業さえ除けば「少し斜に構えた普通の人」で、一見いい加減に振る舞っていても、根はそうではないことが言葉の端々から感じられた。
 一方で、彼が聞いてくることは、たわいないようなことばかりだった。
 いろいろな事情を抱える人の中で生きているからこそ、むやみに他人の領域に踏み込まない習慣ができているのかもしれない。
 むしろ、何かを聞きたいというよりも、話すときも、聞くときも、会話そのものを楽しんでいる、という感じだった。

 おそらく、それが彼の望む生き方なのだろう。
 何にも、結果にさえもこだわらず、その一瞬、一瞬を楽しむ。
 ただ、本当にそんな浮き草のような生き方をするには、彼の性根は真面目すぎ、また、優しすぎるのだろう。
 だから、いろいろ言いつつも、無関係・無関心を貫けずに、流され、振り回されてしまう。
 それでも、精一杯斜に構えて、強がってみせる。
 それが、彼なりの意地、もしくは「美学」なのかもしれない。





「それじゃ、そろそろ行くか」
 食事を終え、話が一段落したところで、鷺沼がひょいと伝票をとる。
「あ、あの」
「いいって。ここは俺が払っとくから」
 さっさと会計を済ませようとする鷺沼を、美香は慌てて止める。
「でも、誘ったのは私ですし、この前のお礼も……」
 すると、鷺沼は苦笑しながらこう答えた。
「それなら、なおのことだ。
 女の子に払わせるなんてカッコ悪い、って思うヤツもまだいるんだよ。
 そういうヤツには気持ちよく払わせてやる方が相手も喜ぶ。そういうモンさ」
 男のプライド、あるいはちょっとした見栄のようなものなのだろうか。
「その辺、やっぱ美香ちゃんは世渡り下手だよな」
 それは自覚しているが、呆れたように言われるのは面白くない。
 むっとする美香に、鷺沼は笑いながらくるりと背を向け、一言こう言った。
「……ま、そこがいいところなんだけどな」

〜〜〜〜〜

 そうして、店を出たところで二人は別れた。
「送ろうか?」
「ありがとうございます。でも、そこまでしてもらうのも申し訳ないですから」
 美香は自分の部屋へ、そして鷺沼は恐らくまた別のどこかへ。
「そうか。それじゃ、これからもあいつらのことをよろしくな」
 最後まで、自分のことより仲間のことを気にかける鷺沼。
 彼が仲間のことを「家族」と呼ぶのは、決して誇張でも何でもなく、彼の本心なのだろう。

 そういえば、と美香は思った。
 鷺沼の「いい加減なフリ」に騙される人間がどれだけいるのかはわからないが、少なくともMINAと亜里砂は見事に騙されているようだった。
 そんな二人だからこそ、鷺沼はますますあの二人のことを気にかけているのかもしれない。

 いつか、本当の事に気づく日が来るのだろうか。

 そんなことを考えながら、美香は家路を急ぐのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 6855 / 深沢・美香 / 女性 / 20 / ソープ嬢

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■         ライター通信          ■
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 西東慶三です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、完成の方が大幅に遅れてしまいまして、大変申し訳ございませんでした。
 もう一作ご依頼をいただいておりますが、そちらもややお待たせしてしまうことになるかと思います。

 さて、今回のノベルですが、こんな感じでいかがでしたでしょうか。
 鷺沼は、実は「SOl」では一、二を争う常識人で苦労人です。
 それだけに、わりと普通な感じになってしまったかと思いますが……。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。