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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


乱れる心-U








「ば…化け物…っ!」
 唐突に起こった勇太の心の暴走に、周囲は沈黙に包まれていた。そんな沈黙を砕く様に少年の一言が響き渡る。
「きゃー!」
「アイツ、何かしやがった!」
「化け物だっ!」
 周囲の生徒達の恐怖の入り混じった叫び声が一斉に響き始める。勇太はハっと我に返って周囲を見回した。非難や罵声の入り混じる声を気にも止めず、周囲の倒れた木々を見つめる。
「…(こ、これを俺がやった…?)」
 背筋を走る悪寒。もしも能力の矛先が周囲の木々ではなく、同じクラスの生徒や先生だったら…。そんな事を思うと、手が震えている事に気付く。
「…(…怖い…! 嫌だ…!)」勇太の顔が青ざめていく。「ご、ごめん…」
 勇太が近寄ろうとした瞬間、生徒達が泣き出し、逃げる様に距離を取った。勇太はそんな生徒達を見つめて足を止めた。
「く、来るな! 化け物!」
「そうだよ…、どっか行けよ…!」
「…うっ…ひっく…」
 次々に湧き出る負の感情。声なき心の声ですら、勇太の心に直接聞こえて来てしまう。痛い。勇太はそんな事を思いながらギュっと自分の胸を握った。
「や…めてよ…」勇太が頭を抑える。
「来るな…来るなぁ!」
 歩み寄ろうとした勇太に、親友だった少年の表情が歪んでいく。叫び声が胸を突き刺す。
「…(嫌だ…! こんな所にいたくない…っ!)」
 勇太の心に応じるかの様に、能力が発動する。勇太はその場から空間転移を使って消え去ってしまった。
「も、もしもし…! 警察ですか…!」
 教師の一人が携帯電話を手に電話をかけていた。








――。








「お疲れ様です!」
 周囲が勝手に道を開いていく。相変わらずのサングラスに冷たい雰囲気を放つディテクター。そんな彼が周囲の違和感に気付き、足を止めた。
「事件か?」
「え、ハイ」思わずディテクターと呼ばれるエージェント最強の男が声をかけてきた事に身を強張らせながら一人の男が答える。「何でも、巨大な力を持った子供が姿を消したとかで…」
「…子供が?」ディテクターが少し考え込む。「場所と通報人は?」
「はい、都立の小学校の教師でして、遠足中だそうです」
「遠足、か…」
「ハイ。情報が曖昧ではありますが、急ぎバスターズを送り出し、記憶操作と能力者の保護に当たらせていますが…」
「資料をもらおうか」
「は…? しかし、わざわざこの様な小さな案件、ディテクターさんの手を煩わせる必要は…―」
「―二度も言うつもりはない」
「は、はい! どうぞ!」
 男から資料を受け取ったディテクターは何も言わずにその場を去った。
「通報時刻は十時台…。もう保護されていても良い頃だが…」自室に戻ったディテクターは資料を見つめながら呟いた。既に時刻は二十時を過ぎている。「バスターズに勘付くだけの実力か、相応の能力か…」
 過ぎる少しばかり懐かしい記憶。
「元・特殊銃火器武装部隊、第一中隊隊長及び特殊銃火器武装部隊主任、工藤…。あの男の甥も、確かこれぐらいの年だったな」
 ディテクターが立ち上がり、歩き出す。

 ディテクターは基本的に危険ランクの高い仕事をこなす、ジーンキャリアや実戦部隊と共に動く。能力者の確保に実戦部隊のバスターズが動く事もあるが、基本的にはディテクターやジーンキャリアが動く事は特殊な例を除けば皆無だ。


 そんな彼がこんな小さな案件を気にかけていたのは、昔いたある男のせいかもしれない。


 部下の面倒を見る人柄としても温厚な男、工藤 弦也。彼の存在は、少なからず名前すら捨てた“ディテクター”の心を揺さぶっていた。

 ディテクターとして生きている一人の男が、唯一自らこのIO2で声をかけていた。工藤はそんなディテクターに対しても、まるで若い後輩を見ているかの様に接してきていた。口調は敬語で、物腰も柔らかいが、そんな気すらディテクターは感じていた。




「山中での少年の捜索活動はどうなった?」
 数時間も経った頃、ディテクターが再び先程の部署を訪れた。時刻は既に日付も変わり、深夜となっている。
「ハッ! 少年の保護、生徒や各関係者の記憶操作は無事に完了。現在は能力の暴走状態も見られず、安定している模様です」
「収容したのか?」
「ハイ。名前も名乗らず、今身元を照会しているのですが、何しろ人との関わりを拒んでいる様で…」
「人との関わりを拒む?」
「ハイ。捜査官が部屋に入ろうとしても、強い力で扉を抑え付けている様でして…。人の力の範疇を超えて、能力を使役しているのではないかと思われます」
「…やれやれ、引きこもりか」
「催眠ガスで眠らせる事は可能ですが、今の精神状態では再び能力を暴走させる可能性も考えられます。そうなってしまったら、下手をすれば自殺にも似た行動をするのでは、と…」
「…監視室の映像は?」
「ノイズが走っていて、映りません。音声はお互いに届く様なんですが…」
「…俺が話そう」
「え…、ディテクター。子供と話すのは…」
「ガキは嫌いだがな。暫く誰も入れるな」
「は、ハイ!」
  IO2には特殊な能力を持った危険な存在、或いは人に害をなした能力者を取り調べる際に興奮状態を抑える為の独房がある。本来ならバスターズが一時的に気絶させて連れて来るケースもあるのだが、特例がある。それは、子供の能力者と身元不明能力者のケースだ。この両方は気絶させて目を覚ました場合、その場で混乱状態に陥る可能性がある。
「…モニターはやはり駄目か」
 独房を映し出すモニターは砂嵐の状態のままだ。ディテクターも想像はつく。能力による周囲への干渉。電子機器はこれだから面倒だ、と思いながらマイクに顔を近づけてスイッチを入れた。
『起きているのか?』
 突如室内に鳴り響いた、ボイスチェンジャーを通した野太い声。
「…誰…?」薄暗い独房の中で小さな影が答えた。
『我々はお前の様な能力者を保護している団体だ』ディテクターの声が室内に響き渡る。『特殊な能力を利用し、人前でそれを使ったな?』
「違う! あれは…っ」少年が顔をあげる。緑色の瞳が、絶望したかの様に暗く濁っている。「…俺が悪いんだ…」
『…幾つか質問させてもらう。答えなければ、そこから出れないと思え』
「……」
『名前は?』
「…工藤 勇太…」
 勇太の答えに、ディテクターはマイクをオフにして小さく溜息を漏らした。予想していた面倒な事態が起こっている。思わずディテクターは舌打ちをしてマイクを再びオンへと切り替えた。
『…工藤 弦也の息子、いや、甥だな?』
「っ! 何でそれを!」勇太が立ち上がる。
『心配するな、我々は敵ではない。が、もしもお前がここで何か問題を起こそうものなら、あの男にも責任を取ってもらう必要がある』
「…っ! お願いだから…、叔父さんには迷惑をかけないで…!」勇太が弱弱しく願う様に呟く。「もう二度と人前で使ったりしないよ…。もう二度と…」
 スピーカーから聞こえる勇太の声に、ディテクターは無表情のまま暫く黙って考え込んだ。
 能力者の実に大半は力を抑えきれず、暴走させてIO2に保護される。しかし、その半数が心の疲弊によって自らの命を絶つケースも少なくはない。まさに今、このスピーカーから聞こえる声の主は後者に当たる。ディテクターはそんな事を感じながら、再びマイクへと顔を近づける。
『…力を使った事、後悔するのは構わない。むしろその方がこっちとしては好都合だ』ディテクターが淡々と話しかける。『だが、お前が二度と使わないと口にするだけの言葉を、何を以って我々が信用出来る?』
「…それは…っ!」勇太が俯く。
『お前を引き取った男に言われなかったのか? それとも、お前はその現実を甘く捕らえていたのか?』
 ディテクターの痛い程の言葉が勇太の胸に突き刺さる。確かに叔父はいつも能力を使うなと言っていた。そんな叔父と擦れ違った事もあった。スピーカーから流れる声はそんな自分を見抜いたかの様に淡々と告げた。
「…もう…使わないよ…っ!」勇太の頬を一筋の涙が伝う。「信用してたのに…こうなっちゃうんだ…! もう、俺は使わない…、信用もしない…!」
 スピーカーから流れる勇太の声。泣いているのは明白だ。相変わらずのモニターには映らないが、声の震え方でディテクターは勇太の心を理解していた。
『…少し待っていろ』
 ディテクターが携帯電話を取り出す。

 数十分後、IO2東京本部の門の前で煙草を咥えているディテクターの元へ、一人の男がやってきた。
「…お久しぶりですね」
「挨拶はいらない」ディテクターが紫煙を吐き出して言葉を続けた。「解っているな? これは…―」
「―職務規定違反、ですね」
「あぁ。解っているならさっさと連れ出せ。これが俺のIDカードだ」
「…何故、そこまでしてくれるんです?」
「…俺はガキが嫌いだ。さっさとどっかに行ってくれた方が清々する。そんな厄介なガキがアンタの引き取った子供なら、連れ帰ってもらうのが一番手っ取り早い」
 弦也が小さく笑う。
「…有難う御座います、ディテクター」
「さっさと行け。IDカードは取りに行く」
 ディテクターに弦也が深く頭を下げる。が、そんな弦也に背を向けてディテクターはさっさと夜の闇の中へと歩いていった。







「……」
 独房の中、勇太は一人で考えていた。
「…(…俺は誰も信用しない…。誰とも関わらない…)」言い聞かせる様に勇太が心の中で呟く。「…(…信用しても裏切られる…。信じて話しても、意味なんてない…)」
 勇太の頬をまた一筋の涙が伝う。勇太は誰にも見られていないにも関わらず、そんな涙を自分から隠す様に顔を俯かせた。



「…もう何も、見たくない…」
「そんな事言うな、勇太」
 不意に呟いた一言に、勇太が顔を上げる。扉を開けて、息を切らせて目の前に現われた弦也が静かに笑っている。
「…あ…っ」
 隠して拭った筈の涙がボロボロと零れる。
「…帰ろう」弦也が手を差し出す。
「…っ! ごめん…なさい…っ! ごめんなさい…!」ボロボロと泣きながら、勇太が請う様に何度も謝った。


 弦也はそんな勇太を抱き締め、静かに頭を撫でていた。


FIN