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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


+ 互いに愛を、二人に絆を +


 ―― ぴちゃ、……ぴりゃり。――


 それは『第三者』の視点。
 私が見ている私の行動。


 地面に座っているのは傀儡の彼。
 その腕に抱くのは美しき姫。
 女の唇は紅によって赤く。
 男の唇は血によって紅く。
 口元は細い首に埋まり、長く伸びた犬歯がより深く血液を求めるかのように食い込んだ。


 これは『第三者』の視点。
 美しき姫は彼の妻。
 夫である彼は涙を零しながらも飢餓に抗えず、妻の血を啜る。
 唇を紅く染めて血を求める『主人公(かれ)』の名前はヴィルヘルム・ハスロ。
 そして傍観者の名前も――ヴィルヘルム・ハスロ。


 これは夢だ。
 夢なんだ。そう傍観者は知っていた。だけどそれを止める術は傍観者には許されていない。だが『出演者(かれら)』は違った。傍観者の存在を知って尚、行為は続けられる。むしろ演劇を見せる事こそ至福とでも言うように。


 主人公である『吸血鬼(かれ)』は絶望に身を落としながらも嗤った。
 意識を失ってしまっている姫君(つま)を抱きしめながら嗤った。
 そして一通り吸血行為を行い満足すると、人差し指をゆるりと緩慢な動きで持ち上げると、傍観者を指差す。


 『私(かれ)』は唇に付いた血を舌で舐めとりながら狂気に満ちた瞳を傍観者に向け、そして言った。


「君はいずれ私になるよ」


 その瞬間響いた高笑い。
 大胆不敵に宣言されるその声を、誰が忘れられようか。



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「――っ!? ぅ、ぁ!」
「ヴィル!」
「……ぁ……や、よい?」
「凄く魘されていたのよ。大丈夫?」
「あ、……ああ……やっぱり、夢、だったか」


 夫婦部屋にてヴィルの妻、弥生・ハスロが心配そうにヴィルを覗き込む。
 ヴィルの身体は全身汗まみれで、それだけでも彼がどれほどの苦痛を夢で味わっていたのか察する事が出来る。彼はぜぇぜぇと荒くなった呼吸を何とか整えようとパジャマの胸元を掴み深呼吸を何度か繰り返す。弥生は一旦ベッドから下り、そして洗面台にてタオルを濡らし、乾いたタオルと共にそれらを持ってくるとヴィルの顔を拭くようにそっと押し当てた。ただそれだけの行為だが、ヴィルにとっては安定剤のように不思議と気分が落ち着いていく。


「風邪、じゃないわよね」
「君の風邪は完全に治っただろ。私には移っていないよ」
「……そう。でもヴィルが凄く魘されていたの……心配だわ」
「私はどれくらい魘されていたのかな? いや、今何時だい?」
「今は夜中の三時くらいよ。私が気付いたのはヴィルが目覚める十分くらい前ね。最初は風邪かと思ったのだけど、ヴィルの様子が明らかに可笑しかったから」
「……ああ、起こしてしまったんだね。すまない」
「馬鹿ね。悪夢を見たなら仕方ない事よ」


 水で濡らしたタオルで汗をふき取れば肌を撫でる空気が冷えた温度を感じさせ心地よい。
 ヴィルは弥生の気遣いに感謝しながらベッドから上半身を起こし、そして片膝を立てながら溜息を吐いた。そんな夫の異変に妻である弥生が何もせず、このまま寝れるはずがない。彼女は夫の手を掴み、そして安心させるように微笑みかける。


「悪い夢なら私に話して。そしてもう忘れてしまいましょ、ね?」
「弥生……」
「大丈夫。私が此処に居るわ。現実はこっちよ、それさえ忘れなければヴィルはもう二度と悪夢なんて見ない」
「君は強いね」
「貴方の妻ですもの」
「――そうだね、君は私の妻だ。知る権利もあるし、知っていて欲しい事でもある。聞いてくれるかい? おろかな夢の話を」


 そしてヴィルは語りだす。
 夢の中で自分が血の誘惑に負けて完全に吸血鬼と化してしまった自分が身近な人間――弥生に危害を加えていた、と。それを第三者の視線で見ていた自分には愛する妻が衰弱していくのを止められず、ただただ見ているしか出来なかった。もちろんヴィル自身はそれを望んでなどいない。
 自身が持つある特殊な能力を満月の夜に使用した際に、薄くなってしまった己の中の吸血鬼の血が覚醒し、吸血衝動に襲われる事は自覚済みだ。だがその能力を使う機会などそうそう有り得ないのだし、ましてや愛する妻に襲い掛かるなんて持ってのほか。


 ただ軍人時代は違った。
 軍人である以上、どうしても人を武器で制しなければいけない時が訪れる。その時に咄嗟の判断で死を回避する為に人智を超える能力を使用しなければ、味方や己が殺される状況に立った事があった。だが先程も述べたようにその能力は満月の夜でなければ発動しない。
 しかし、運命は残酷だ。満月の夜でさえ任務は遂行される時があった。その時の自分の事など今はもう――思い出したくない。
 衝動に抗えず、生きた敵を敵としてではなく捕食対象として人の目に付かぬ場所で血を啜ったあの日々。戦場は喉の渇いた彼にとってメリットでもあり、デメリットでもある場所だった。


「弥生。私はいつか自分がただの化け物になってしまうのではないだろうか?」
「ヴィル」
「今の生活を続けている限りは恐らく平穏な日々を送れると思う。だけどもし、もしもだよ。私が化け物になって君を襲うようになったら、遠慮なく私を殺しなさい」
「ヴィルっ!!」
「私は、怖いんだよ――君を失いたくない」


 そう言って弱音を吐き出す夫を弥生は唇を噛んで見守る。
 だが、その細い腕を振り上げると彼女は夫の顔を思い切り叩いた。バシンッ! と、とても綺麗な音が響く。叩かれた本人はその痛みに目を丸めながら妻へと視線を向ける。弥生の表情は怒りを現しており、そして叩いたばかりの頬をその両手で掴むと強制的に自分と目が合うように仕向ける。


「ヴィルの不安は分かったわ。そしてどんな夢を見ていたのかも今聞いた。でもね、ヴィル。私は貴方がどんな人でも愛すると誓った女よ」
「……弥生?」
「結婚式場で私達は生涯夫婦でいると誓い合った事を忘れたの? 忘れたなら思い出して。夫が健やかなる時も病める時も――私、弥生・ハスロは貴方の妻よ」


 それは儀式の一節。
 彼女はそれを復唱し、そしてヴィルの頭を引き寄せると己の胸元に寄せて抱き込んだ。彼女は誓っている。この胸に。誰よりも愛しい夫を愛し続けるために背負わなければいけない責、隣に居るための危険性。その全てを両手で抱きながらも彼女は彼の妻で居る事を選んだのだ。


「仮にヴィルが吸血鬼と化しても暴走なんてさせないし、私が守って見せる!」


 それはとても清らかな宣言。
 ヴィルは妻の背中にそっと腕を回し、そしてその細い身体を抱きしめる。強い女性だと彼は思う。こんなにも彼女は自分を恐れず、真っ直ぐ対峙し、そして認めてくれるのだ。叩かれた頬は鈍い痛みを教えてくれるけど、それは自分を正気に戻すに充分な衝撃だった。ヴィルはこの腕の中に居る女性を何故妻としたのか思い出し、そして笑った。


「そうだね。そんな風に私の心を護ってくれる君だから、私は君を妻にしたんだった」
「女は精神的に強いのよ。当然肉体的には男には敵わないわ。だからこそ、貴方の心は私が護るの」
「ならば君が危険な時は私が護るよ」
「私達は夫婦。お互いに補い合って一つになるの――そうでしょ?」


 不思議な会話だとヴィルは思った。先程まであんなにも不安に満ちていた心が今はこんなにも安心感に抱かれている。もう大丈夫だろうと弥生もまた判断し、そっとヴィルを腕から解放した。


「さてっと、ヴィルはまずパジャマを着替えてしまいましょう。いや、それよりシャワーで汗を流した方はいいかしら」
「そうだね。さっとシャワーを浴びてくるよ。君は先に寝てて」


 立ち上がりながらヴィルはバスルームへと移動する。もちろんその際着替えを持って行く事も忘れない。そして五分ほど経過した頃だろうか。口に出した通り、汗を流すだけで戻ってきたヴィルは寝室に漂う香りに気付いた。
 扉を開けばより濃厚なそれが鼻先を擽る。見れば弥生がアロマを炊いているのが目に入った。


「おかえりなさい、ヴィル」
「ただいま。これは何の香りだい?」
「ローズをベースに配合されたアロマよ。貴方がリラックス出来るように炊いてみたのだけど、どうかしら?」
「良い香りだね。まるで弥生みたいだ」
「でも、本物の方がいいと思わない?」
「当然だね」


 短い髪をタオルで拭きながらヴィルはベッドへと戻る。
 その際、弥生は両腕を広げ彼を迎え入れた。そんな愛しい妻を抱きしめながらヴィルは目を伏せる。この愛しい女性の細い首に自分の醜い歯が食い込むなんてもう今は考えない。ヴィルの背中に腕を回した弥生もまた彼が落ち着くまで背中を優しく叩いたり、手を繋いで自分の存在を知らせる。
 やがてヴィルはまた睡魔に襲われ、夢の世界へと落ちていく。


―― 君はいずれ私になるよ。


 そう告げた夢の中の『吸血鬼(わたし)』。
 だけど君は知らないだろう。何故なら私の麗しき妻は――決してあの女性のように大人しくはないのだから。
 対峙する時が来ても彼女は戦うだろう。そして私を護ってくれると誓ってくれた。ならば返す言葉は一つだけ。


―― 私は君にはならないよ。


 『傍観者(わたし)』は決してその悲劇の舞台には上がらない。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ) / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、またの発注有難うございました!

 今回はヴィル様の不安をシリアスで描きつつ、夫婦の絆を書いてみましたがどうでしょうか?
 夢の世界と『演劇』と見立て、魘されて頂きましたが希望と違っておりましたら申し訳有りません;
 しかし弥生様のヴィル様への愛が凄く眩しいです!

 ではでは、またお逢いできる事を楽しみにしつつv