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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− 俺と零と普通の依頼 −

1.
 けたたましいブザーの音が、静かだった所長不在の草間興信所に響き渡った。
「お客…か」
 ノートパソコンを開いて副業のWEBデザインを弄っていた椎名佑樹(しいな・ゆうき)は保存ボタンを押すとぱたりとそれを閉めた。
「はーい、今行きまーす」
 パタパタと掃除をしていた草間零(くさま・れい)が玄関へと向かう。
 扉を開ければ、そこにはくそ暑いのにもかかわらずミンクのコートを着た太っちょのご婦人が立っていた。
「ここは暑いざますね。クーラーを入れてくださる?」
 クーラーこそ入れてはいないが、窓からの風は比較的涼しく、湿度もそれほど高くはない。
 要はこのご婦人だけが暑い。コートを脱げば済む話なのだ。
「申し訳ないですが、クーラーは今故障中で…」
 やんわりと佑樹がそう言うと「まぁ!」とご婦人はしかめっ面をした。
「なんて貧乏な…こんな事務所に頼んで大丈夫かしら…」
「ひとまず話を聞かせてください。お力になれると思います」
 ご婦人をソファに座らせると、タイミングよく零がコーヒーを持ってきた。
 あいにく佑樹の好きなホットコーヒーではなく、暑いというご婦人に合わせてアイスコーヒーである。
「それでは、話を聞きましょうか」
「娘が家出をしたざます。…塾のお迎えにいったら、姿を消していたざます。それが昨日の午後6時の出来事。一昼夜私設警備を使って探させましたけども見つけられず、誘拐かとも思いましたけれど何も連絡は来ておりませんの。家の恥は晒したくないざますから、警察には届けておりませんの。あなた方も内密にお願いするざます」
 そこまで一気にまくし立てて、ご婦人はずずずっとアイスコーヒーを飲んだ。
「あら、美味しい。これどこのブランドかしら?」
「あ、それ私が入れました。オリジナルです」
「………」
 なぜか黙ってしまったご婦人に、佑樹は塾の場所、娘の写真、心当たり、学校の場所など手がかりになりそうなものを訊いた。
「全く…家出なんてする野蛮な子に育てたつもりはないのざますけど…」
 ほぅっと溜息をついたご婦人は、不服そうにそう言った。

「あの、調査に私もついていってもいいでしょうか?」
 依頼者のご婦人が帰った後で、零は佑樹にそう申し出た。
「…俺と?」
 珍しい申し出に、佑樹はきょとんとした。
「私も探偵の見習いとして、お仕事を覚えたいんです…その、いつもは怪奇的なものが多いのでお手伝いできないことが多くて…」
 もじもじと言い訳する零に、佑樹はにこっと笑った。
「いいよ。一緒に調査しよう」
 こうして、2人は家出娘の捜索依頼に乗り出した。
 
2.
 捜索対象の娘は13歳の中学生。
「塾は…ここか。ガードマンまでいるな」
 大きなビル丸ごとに入った塾を眺めながら、佑樹はキョロキョロと辺りを見回した。
 時は午後6時にさしかかろうとしている。
 昨日、娘がいなくなったという時刻にわざわざやってきた。
 人通りの多い場所だな、というのが最初の印象だった。
「なにか、わかるんですか??」
 零が不思議そうに佑樹に訊いたので、佑樹はこう答えた。
「そうだな。まず塾から出るにはガードマンの目をくらませる必要があった。けれど、外に出てしまえば人ごみにまぎれることは簡単な場所…っていうことがわかった」
「…そんなことまでわかってしまったんですか?」
 きょろきょろと零はおもわず辺りを見回した。
「さて、零。零ならガードマンの目をくらませる為にどうしたらいいと思う?」
「目をくらませる…ですか? うーん…やっぱり煙幕を使って…」
「いや、そういう目くらましじゃなくて…そうだな…人はどうしたら人に見つからずに移動することが出来るだろう?」
 そう言うと、佑樹は塾の入り口を指差した。
 丁度女の子のグループがワイワイと塾から出てくるところだった。
「…??」
 頭を抱える零に佑樹はふっと笑った。
「葉を隠すなら木の葉の中に。じゃあ、人を隠すなら人の中だ。おそらく彼女もそうやって塾から出てきたんだろうな」
 佑樹は零を連れて、塾から出てくる子供たちに娘に関する情報を集めた。
 すると、貴重な証言を得ることができた。
「あの子、昨日は珍しく友達を一緒だったよ」
 友達…娘は、その友達と結託して家出を敢行したに違いない。
 その友達についてさらに聞くと、面白い事実がわかった。
「捜索対象の友達の親は夜の仕事で、夜の間は家に帰ってこないらしい」
「それがどう関係あるんですか? …あ、待って。考えますから」
 う〜んと零が悩み始めた。零は零なりに一生懸命この依頼について考えているようだ。
 努力するということは非常に素晴らしいことである。
 佑樹は少しの間待つことにした。
 そして零は答えを出した。
「わかった! 捜索対象の娘さんはそのお友達のところに泊まったという可能性があるんですね!?」


3.
 捜索対象の友達の家は簡単に見つけられた。
 ぼろいアパート。軋む階段を上った2階にその部屋はあった。
 コンコン、とノックをすると「はーい」とあどけなさの残る声が返ってきた。
「どちら様ですか?」
 ドアの隙間から覗く少女と、奥にもう1人少女が座っているのが見えた。
「草間興信所のものですが、こちらに…この子が来ていませんか?」
 あくまでも礼儀正しく、しかし有無を言わせぬ微笑で佑樹は娘の写真を見せた。
「…アヤちゃん、見つかっちゃったみたいだよ…」
 ドアを開けた少女が奥の少女に向かっていうと、奥の少女は観念したようにドアへと進み出た。
「お母さんが雇ったのね?」
 眉間に皺を寄せて、泣き出しそうで怒り出しそうな複雑な表情を浮かべた娘。
「そう。きみを連れ戻すのが俺達の仕事だ」
「私、帰らないわよ! お母さんが認めてくれるまで帰らないから!」
 どうやら何か事情があるらしい。
「…まいったな。それは俺達じゃなくて、直接きみのお母さんに言うべきじゃないか?」
 佑樹はそう言った後に「俺たちが力、貸すぞ?」と囁いた。
 その微笑に、娘の頬が少し赤くなった。

「お母さん。友達と遊ぶこと、認めて」
 草間興信所で娘が見つかったと連絡を受けて駆けつけた依頼人は娘からの要求にほほっと一笑した。
「またその話ざますか。言ったでしょう? あなたとあの子達とは住む世界が違うざます。付き合う相手はわたくしが選定するざます」
 おほほっとまた笑うと依頼人は娘の手首を強引に掴んだ。
「さ、帰るざますよ」
「やだ! お母さんなんでそんなに分からず屋なのよ!」
 親子の会話は平行線を辿ろうとしている…その時、佑樹が動いた。
「無礼を承知で言いますが、貴女の見る目は本物ですか?」
「…!? ホントに無礼ざますね! 何を根拠に…!?」
 佑樹は静かに、しかし力強く言い切った。
「零が入れたコーヒーを『どこのブランドか』と聞いた貴女に、真の価値を見出す力があるとは思えません。真の価値とは『ブランド』でも『世界』でもない。個人個人が見つけるものです」
 そうして、佑樹はその端正な顔で極上の微笑を見せた。
「ご自身の娘さんを信じてみませんか? 貴女の娘さんならきっとよい友達を作れるはずです」


4.
「…そしたら、その依頼人のご夫人。赤い顔して『わかったざます』って! お兄さん、すごいと思いませんか!?」
 零がホットコーヒーを佑樹の前に置いた後、所長である草間武彦(くさま・たけひこ)の前にも置いた。
「…あぁ、すごいすごい。すごいなー」
 依頼人達が去った草間興信所に、草間が戻ってきて零はすごい勢いで佑樹の探偵っぷりを褒めちぎった。
「すごくすごく勉強に成りました」
 いたく感動する零に対し、草間は物凄く不満そうだ。
「どうかしたんですか? 武彦さん」
 零のホットコーヒーを飲みながら、佑樹はノートパソコンを開いた。
 今日の依頼を報告書として纏めておかなければならない。
「ど・う・か? おおありだ!」
 ガターン!と勢いよく草間が立ち上がった。
「俺が怪奇依頼を必死こいて片付けて帰ってみたら、普通の依頼がきてただと? しかももう解決済みだと!? 何で俺は…俺はあああああ!!!」
「お兄さん、落ち着いてください! あぁ! 佑樹さんも何とかしてください!」
 零が慌てて草間をなだめる。佑樹は苦笑して草間のフォローをした。
「武彦さんだから怪奇依頼は解決できるんですよ。俺なんかじゃまだまだ…」
「だからって怪奇探偵とか言われて、嬉しいヤツがどこにいる!?」
 草間の不満はとどまるところを知らなさそうだ。

 草間の不満にとことん付き合う覚悟をして、佑樹は零の入れてくれたホットコーヒーが冷める前にそれを飲み干した。
 


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男性 / 23歳 / 探偵


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い

■□         ライター通信          □■
 椎名・佑樹 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼ありがとうございました。
 素敵なPC様を書かせていただけて光栄です。イメージを崩していないといいのですが…。
 大人(依頼人や草間)と話すシーンが多かったので、すこし元気さが足りないかもしれません。
 あと、零の淹れるコーヒーが好きということで、勝手にホットコーヒー好きにしてしまいましたが…大丈夫でしたでしょうか?
 東京怪談の世界、少しでもお楽しみいただければ幸いです。