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【D・A・N 〜First〜】
「ああ、もう! しつこいって言ってるでしょう!」
苛立った声が雑踏に響いて、何となくセレシュ・ウィーラーはそちらに視線を向けた。
(……また随分と、典型的な図やなぁ)
視線の先には、不機嫌そうな少女と、恐らくそれをナンパしているのだろう軽そうな雰囲気の男が二人。見た目で言えばセレシュと同い年か少し上程度に見える少女は、どうやら掴まれた腕を振り払ったところのようだった。
「だから、わたしはあなたたちに付き合ってる暇なんてないの! いい加減に――」
不自然に言葉が途切れる。……何故か少女がセレシュを見ていた。誤解しようもないくらいにばっちり目が合う。
僅かに動いた唇が形作った言葉はわからなかったし――その瞳に一瞬過ぎった驚愕の理由も、セレシュには見当もつかなかった。
(知り合い……っちゅーわけでもないはずやけど)
内心首を傾げるセレシュをよそに、驚愕の色を即座に消した少女は、ぱあっと華やかな笑みを浮かべて。
「やっと見つけた! もう、どこに行ってたの?」
そんな歓喜の声をあげ、男達に「連れが来たから」などとおざなりに告げて、セレシュの元へと走り寄ってきた。
(え、この流れ……『連れ』ってうちのこと?)
自分が忘れているだけでどこかで会ったことがあったのかと記憶を探れども、やっぱり見覚えがない。というかまず「どこに行ってたの」などと言われるような立場なら忘れるなんてありえない。
少しばかり混乱気味のセレシュの元に辿りついた少女は、浮かべていた笑みを申し訳なさそうな表情に変え、声を潜めて言う。
「ごめんなさい。無関係なあなたを巻き込むのもどうかと思ったのだけど、あの人たちがしつこくて。少し付き合ってもらえないかしら。あの人たちが見えなくなるまででいいから」
言われて、自分が体よく口実に使われたのだと理解した。なんとも言えない気分にはなるが、状況的に仕方なかったのだろう。何故自分に目をつけたのかは謎だが。
「…別にええよ。困った時はお互い様や」
「――ありがとう」
はにかむように笑った少女と連れ立って、早足でその場から離れる。その最中、セレシュはなんとなく彼女を観察してみることにした。
(綺麗な金髪やなぁ……顔は東洋系っぽいけど、日本人やないんやろうか。にしては日本語上手やけど)
典型的な西洋人の見た目で関西弁の自分のことを棚に上げてそんなことを思う。色味は少々違うが、金髪に青い瞳という自分と似た色彩を持った少女に、何となく親近感のようなものを覚えた。
「……そろそろ良いかしら。ありがとう。助かったわ」
思ったより思考に没頭していたらしい。少女が立ち止まったのに合わせてセレシュも足を止めれば、そう言って軽く頭を下げられた。
「ええってええって。さっきも言うたけど、困った時はお互い様やろ?」
「そう言うけれど、実際見ず知らずの人を助けられる人は多くないと思うわ。自発的でなく巻き込まれたなら尚更、ね」
「そうやろか」
(その気の無かったうちを巻き込んだ自覚はあるんやな……可愛い顔してええ根性しとるな。状況は理解できるけど、普通やったら他人巻き込んで逃げようとか思わんやろ)
少女はナンパされるだけあって可愛らしい風貌をしているが、中身はそれを少々裏切っているようだ。ナンパ男に対する姿勢も強気だったことだし。
「――それにしても、どうしようかしら」
「? どうかしたんか?」
「あの人達のせいで、こんな時間になってしまったから――どうしようかと思って」
「こんな時間って……そんな言うような時間か? まだ夕方やろ。もしかして門限とかあるん?」
今はちょうど太陽が沈み始めたくらいの時間だ。少女は良いところのお嬢さんと言われても納得できる容貌ではあるが、話した感じから、外見で推測したより年齢が上なのかもしれないと思い始めていた。自己責任で済みそうな気がするのだが。
「門限っていうのは無いのだけど……まあ、あなたなら大丈夫そうね。少し『近い』感じもするし」
「近いって、何が――」
問いかけようとしたセレシュは、何の気なしに目線を向けた先の情景に言葉を失った。
隣を歩いていた少女の輪郭が、――揺らいでいた。見間違いかと目を擦れど、それは変わりなく。
揺らぎ、滲んだ色彩が褪せて、薄れる。空気に溶ける。
そして極限まで薄れたそれは、陽が完全に沈むと同時、再構築される。
揺らいだ輪郭は、先ほどよりもやや長身の身体を形作り。
褪せて薄れた色彩は、色を変え、鮮やかに。
先ほどまで少女が居た場所に――…明らかに別の人物が立っていた。
日に当たったことがないような白い肌。綺麗に切り揃えられた、夜闇の如き黒髪。
鋭い対の瞳は、髪色よりなお深い漆黒。
夜を纏ったその人は、セレシュを見て溜息をついた。
「全く……何を考えているんだ、イリスは」
(……ええ? なんやの、今の)
少女の異変に気づいてから、今目の前にいる人物が現れるまで、一度も少女から目を逸らさなかった自信がある。だというのに、少女の姿はどこにもなく、見知らぬ人物――少女より少し年嵩に見える女性が立っているだけなんて。
同一人物か確認しようにも、そういえば自分は少女の名前も知らなかった。何といって声をかけようかと少しばかり躊躇した隙に、目の前の人物が口を開く。
「驚いただろう。すまない。……イリスが――ああ、イリスというのは先程まで貴女と共にいた者の名前なんだが――何を思ったか、この瞬間まで貴女の傍にいたものだから、こんなものを見せる羽目になってしまった。……本当に、何を考えているんだか」
「えーっと……その『こんなもの』っちゅうんは、さっきの子――イリスさんがあんたになったことを言ってるんか?」
「そのようなものだ。だが、『イリスが私になった』という表現は、間違ってはいないが正確ではない。見られてしまったからには一応説明しておくが、私とイリスは元々は別の人間だったのだが、今は……何というか、記憶と身体――存在、と言い換えても良いかもしれないな――とにかくそういったものを共有している。全くの別人であると同時に、現在は同一と言っても良い。太陽が出ている間はイリスが、太陽が沈んでからは私が存在できる。……そうだな、外見変化を伴う二重人格のようなものだと考えればいいだろう。厳密には違うんだが、理解の上ではそれでも問題無いはずだ」
(……太陽の有無によって切り替わる、外見含んだ二重人格もどき? そんな体質もあるんやな……。まあうちも結構非常識な存在やから、人のことは言えんけど。……けど今の説明からすると、なんやもっと複雑な事情がありそうやな。さっきの変化の仕方も気になる感じやったし――)
無意識に状況を解析しようとしていた自分を自覚して、初対面で踏み込むことでもないなと止める。彼女達だって、ああやって詳しい内容を濁したということは、話したくないのだろうし。
「……あ、そういえば名乗ってなかったな。うちはセレシュ。セレシュ・ウィーラーや。よろしゅうな」
「こちらこそ気がつかずすまない。私は深月という。先程も言ったが、最初に貴女に会ったのがイリスだ」
しかし元は別人だったというだけあって、深月はイリスと大分違う性格のようだ。喋り方からして生真面目で堅そうな感じだし、他人を利用したりということも苦手そうだ。勘だが。
不意に空を見上げた深月が、セレシュに視線を移す。数瞬意味ありげに見つめた後、なんでもないように口を開いた。
「そろそろ暗くなってきた。私は行くが、貴女も早く帰った方がいい。夕闇時はあまりよくないものも現れやすい。――まあ、貴女には余計な心配かもしれないが」
(え、今のってどういう……)
疑問が声になる前に、深月は眉間に皺を寄せて呟くように続ける。
「恣意的にだが『縁』が結ばれたようだからな、また会うこともあるだろう。ああ、イリスにはきちんと貴女に礼をするよう言っておく。……それではな」
そう告げて――まるでそこに最初から誰もいなかったように、深月の姿は消えた。
「……せめて、さよならくらい言わせてくれたってええのに……」
せっかちやなぁ、などと思いつつ、そのまま雑踏に紛れて歩く。
(まぁ、『縁』が結ばれたとか言うてたし、また会うこともあるやろ。どっちの時かはわからんけど)
そう思考に区切りをつけて、セレシュは深月の忠告通り、家路に着くことにしたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【8538/セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー)/女性/21歳/鍼灸マッサージ師】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、セレシュ様。ライターの遊月と申します。
「D・A・N 〜First〜」にご参加下さりありがとうございました。
専用NPC・イリスと深月、如何でしたでしょうか。
イリスはマイペースというかなんというかで、深月は常識人ですがどちらも場合によりけりな感じです。
そしてまだ二人とも猫かぶっている部分が無きにしもあらず。特にイリス。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
それでは、本当にありがとうございました。
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