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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ ある集落の訪問者【綻び結び4】 +



―― 殺さずに済む方法など、どこにあるんだい?



 男の声が俺を意識の深層へと誘う。
 プ ツ リ 。
 そして『暗転』。


 意識が途切れる音がこんなにも鮮明に聞こえたのは初めてだった。


「スガタ、お前は莚を護れ」
「分かったよ」
「莚、お前は案内人としての務めを果たせ」
「しゃーねーな。……死ぬなよ? まだガキなんだから」
「てめえより年上だっつーの」


 俺が俺ではなくなっていく。
 彼らの前にあるのは既に工藤 勇太(くどう ゆうた)と言う名前の人形。意識の淵へと深く沈まされ、『害悪』の侵食されていく。何が原因でこうなったのか――それを考える術は俺にはない。あるのは目の前の『敵』を倒す事だけ。


 そうだ。倒さなきゃ。
 俺は倒さなきゃいけないんだった。
 研究所に繋がる者を、一人も残さずに……。


 フッ……と手の中に宿る力を剣に変えた透明の刃<サイコクリアソード>。それを一振りし、きちんと形作れているか確かめる。洞穴の壁を衝撃波で軽く削ると俺は満足げに唇を持ち上げる。それに呼応するように、俺の中の『誰か』が哂っていた。
 そうだ、殺さなきゃ。
 殺さなきゃ、俺が殺されてしまう。
 俺は構えを取ると一気に目の前の一人の少年――カガミへと剣の切っ先を突き出した。


「勇太っ! 何乗っ取られてんだよ、ぼけ!」
「殺さなきゃ……」
「はぁあ?」
「誰も殺さずに済む方法なんてない。だから俺は殺す。殺すんだ。お前もあの研究所に目をつけられた人間だろう? ほら、あいつらに滅茶苦茶にされる前に俺がこの手であの世に送ってやるよっ!!」
「ちっ、こりゃ中途半端に記憶を利用されてやがるな」


 以前カガミは俺と一緒に居たせいでその能力を研究員達に見られ、そして同じ「能力者」だと認定されてしまっている。俺はそれを覚えていて、救う道は彼を殺す以外ないと何故か思い込む。その時の姿は青年だったが今俺の道を塞ぐのは少年。しかし俺の中の『誰か』――コネクトで俺の精神を乗っ取っている『男』は徐々に記憶回路にまでその触手を伸ばし、俺を混乱に導き始めていた。


「おい、カガミ。そいつ例の取引で失った大事な記憶の隙間を狙われたみてーだぞ」
「更に言えばそれを埋めるように都合のいい記憶を埋め込み、工藤さんを困惑させているみたいです。特にカガミの事に関しては工藤さんの中で強く根付いているから――っ」
「スガタ、もう少し下がるぞ。……まずいな。ソイツを乗っ取ってる男はソイツの所持する記憶を介して力を増幅させてる……スガタ、『読める』か?」
「やってみる!」
「こっちは別方向から探ってやるよ」


 スガタは莚を護りながら俺へと視線をキッと向けた。
 現実世界では若干弱まってしまうカガミとスガタの能力だが、それでも探る事くらいは出来る。俺はカガミに刃をつきつけ、カガミは見えない壁を作りながらそれを弾く。攻防でいうなら俺は攻で、彼は防。カガミは決して俺へと攻撃を繰り出そうとしない。力を失った透明の刃<サイコクリアソード>がゆらりと手の中から消えるとまた力を固め、新しい剣を作り出す。
 何度でも切り掛かる俺。
 何度でも防ぎに掛かるカガミ。
 力と力のぶつかり合いによって生じる衝撃波が洞穴の中で風を巻き起こし、そして力を受け止めているカガミの足をずずっと後方に追いやっていく。その強さは残った足の食い込み痕を見れば一発である。


―― そうだ。殺せ。殺してしまえ。
    そいつは俺を滅しようとしたんだ。お前だってその内殺される。
    生かしておく理由なんてどこにもないだろう?


 そうだ。殺さなきゃ。
 カガミは以前俺を殺そうと襲い掛かってきた。未来の世界で哂いながら俺に攻撃を繰り出し、沢山傷付けられて、俺も沢山相手を傷付けた。そんな相手をどうして今まで信頼していたんだろう。どうしてあんなにも大事に思えたんだろう。<迷い子(まよいご)>だからって殺されない理由なんてない。いつだって俺は日常の中怯えて生きていかなきゃいけない存在だって――ほら、覚えてるじゃないか。
 早く殺さなきゃ。
 カガミを殺さなきゃ研究所の人間に奪われてしまう。スガタ達を殺さなきゃ俺が殺されてしまう。莚は俺を『害悪』だと呼んだ。それは――決して良いものの尊称じゃない。


「うあぁあああ!! 死ねよ、死ねって!」


 俺は一旦攻撃を止めるとその場に立って両手に力を込めてサイコキネシスを暴発させ、辺りの空間を一気に吹き飛ばす。それはカガミが張っている壁ごと弾き飛ばし、スガタと莚をも巻き込んで荒れる旋風と化す。油断していたカガミは地面に叩きつけられ、そのまま勢いよく地面に身体を擦らせながら最終的には木に思い切り背をぶつけ止まる。そのダメージが強かった事は彼がその場にくたりと倒れ込んだ事によって分かった。
 スガタは莚の手を掴み、反射的に木々の上へと飛び上がり事なきを得たが、それでも陣形で言うなら前衛であったカガミを負傷させた事は大きな成果だと俺は喜んでいた。


「ああ、もうっ! 『男』は工藤さんの記憶を読んで、どうして自分が呪い返しにあったのか思い出してしまった」
「ああ? 呪い返し?」
「工藤さんは今回の原因である男に呪具を使われて、生死の淵をさまよった事があるんです。その時に僕達の世界に飛ばされ、そして魂を其処に閉じ込められかけた。……結果として工藤さんが勝ち、男に呪い返しを行い彼が精神崩壊を起こした事で事態は収束したはずなんですが」
「なるほどな、精神崩壊を起こしても尚、抗えない『命令』にアイツに対する恐怖心が今回の事態を引き起こしてるっつーわけだな。超面倒くせー……」
「莚の方は何が読めた? 読んでいないはずがないでしょう。此処は貴方の管轄なんだから」
「――……確かにな。……こっちは男の思念体っつーのか、そういうもんの糸がおぼろげながら見える。あの工藤っていう男の頭に繋がっているほっそーい糸だ。集落の方へと向いているが途中で切れてやがるのは何か画策をしているとしか考えられない」
「工藤さんにだけ気を払っていられないという事?」
「もしくは罠でも仕掛けてるかもな」
「――カガミ、聞こえたよね。聞こえてるよね。そういう事だから、僕達は一旦集落の方へと行きたいんだけど……」


 木の枝の上で二人が見抜いた事実を語り合う。
 それは口に出されており、感応能力を持っている全ての人間が聞き取ってしまった。カガミは当然のこと。テレパシー能力を持つ俺にもそれは聞こえており、何故か舌打ちをしてしまう。どうしてだろう。俺のことじゃないのに、まるで自分自身の能力を暴かれた感じがするのだ。
 カガミは木の幹に手をかけながらゆっくりと立ち上がる。ぺっと唾液を吐き出せば彼は口内を切ったらしく、そこには赤みが混じっていた。


「流石に俺にコイツを引き付けておけっつーのは無理じゃね?」
「だよね、ごめん。……莚、貴方は先に行って下さい。流石にカガミ一人じゃ此処は抑えられないから僕が残――」


 スガタがそう言いながら枝から足を一歩踏み出す。その軽やかさはまるで枝の先に足場があるかのよう。だが当然そこにはそんなものは存在しておらず、彼は綺麗に落下し、そしてふわりと着地する。だがその視線はカガミや莚へではなく、丁度俺とカガミとの中間地点へと向けられていた。
 俺は古い透明の刃<サイコクリアソード>を捨て、新しく、そしてより凝固させた剣を出現させると其処にいる新たな『敵』を睨み付ける。


 ゴシックドレスシャツに七分丈の黒パンツ、それから編み上げブーツ姿のどうみても十五、六際程度にしか見えない少年は、それでも俺を黒と緑という色違いの瞳でまっすぐ見ていた。
 その腕の中には足の悪い少女が抱かれており、こちらもまた俺をその黒と灰色のヘテロクロミアで不安そうに見つめてくる。


「ミラーにフィギュア?」
「やあ、スガタにカガミに莚。戦闘中に邪魔をして悪いね。ちょっと彼に用事があって来させてもらったよ。――そうそう、莚。ちょっとフィギュアを預かってくれないかな?」
「おいおい、いいのかよ。お前のお姫様を他の男の手に渡してさ」
「そこの二人に渡すよりよっぽど安全だもの」


 ミラーは言うや否や莚の方へとフィギュアを転移させる。フィギュアはそれを心得ていたのか、座らされた場所――大きな木の枝の上でこけないようバランスを取った。彼女の身長よりも長い髪の毛が枝に絡みそうになりながらも重力に従い下へと垂れ下がる。莚はそんなフィギュアの様子を見ながらさり気無く彼女が安定するよう計らった。


「お前――、この中で一番俺を殺そうとしてるヤツ、だな」
「そうだね、僕がこの中で一番君が憎いよ。それはとても正しくて、けれど不正解」
「殺されるくらいなら殺してやる……っ!!」
「工藤 勇太。君から貰った取引材料は『母親の記憶』。それは母親を愛している君にとってとても重いカードだった。だからフィギュアは決して手を抜かずに君の敵の正体を、居場所を突き止めたんだ。でも僕は何もしていないからね。個人的にはフィギュアを苦しめた時点で君に接続している『男』をめった刺しにしてやりたいところなんだけど、取引材料の重さゆえのおまけも兼ねて此処は僕が相手になろうか」
「――誰だ。俺には母親なんていない。そうだ、研究所に渡したという母親ならいた。ふっ、あは、あはははは!! そうだ、その後にあの人がどうなったかなんて俺は知らない――何が母親の記憶だ、何が取引だ。――……お前が俺を殺すなら、それより先に」


   「『―― 殺してやる。』」


 どくんっと心臓が高鳴る。
 頭の中の声と俺の声が重なった瞬間、高揚していく精神。カガミよりも能力が強いミラーを相手に俺は戦わなければいけない。より戦略的に効率的に力を使用して相手を滅さなければいけない。スガタがカガミの傍へとじりじりと寄り、ダメージの具合を観察するが俺はそれよりも余裕の表情を浮かべたミラーへと目を細め、そして狂気的に口端を持ち上げた。


 誰が犠牲者で。
 誰が害悪の存在で。
 誰が被害者で。
 誰が正義を貫くのか。


 その答えを当て嵌まるピースは今もまだふわふわと形を変えて当て嵌まる先を探していた。





―― to be continued...










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、四話目です。
 今回の一件はVSカガミ! という事でやっぱり攻撃出来ないんですよね。感情攻撃的タイプと見せかけて実は一番状況を見るタイプでもあるので、時間稼ぎも兼ねてカガミと莚に工藤様の現状を視て貰う作戦に出ました。
 そして最後に次に繋がるであろうミラーの登場。
 片割れであるフィギュアを置いていくか迷った結果――流石にあれだけの状況下で目の届かない場所には置いていかないだろうと判断し、彼女も登場です。

 次がどうなるのかどきどきしながらお待ちしております。では!