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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.9 ■ 師として、姉として







「かかって来い。久しぶりに稽古してやる」
 冥月の眼は真っ直ぐに百合を睨み付けていた。その姿は、百合の中で十年前を彷彿とさせる。だが、明らかに違う。瞳は輝きを増し、表情が優しい。無に等しかった表情の欠片でさえ、今の冥月には見て取る事すら出来ない。
「…変わったのは、お姉様だけじゃありませんよ…!」刹那、百合が姿を消して冥月の背後から銃を向ける。だが、冥月の姿が一瞬で消える。「―早い…!」
「こっちだ」
 冥月の手刀が百合の持っていた銃を弾く。百合が再び冥月と距離を置く様に姿を消す。
「…さすが、ですね」再び冥月から距離を置いた百合が呟く。
「姿を消していても、気配を絶たなければ意味がない」冥月がそう告げて百合を見つめる。「まして、戦闘という特殊な状況下で、私に察知されない様に動ける程ではない様だな」
「…くっ…!」百合の表情が苦々しげに歪む。
「いちいち感情に惑わされ過ぎだ」冥月が一瞬で百合へと距離を詰め、足を振り上げる。が、その冥月の攻撃を寸前で避けた百合が再び姿を消した。
「…(…空間接続をしなければ、逃げれない…)」
 百合が身を潜めながら思考を巡らせる。目の前にいる憧れの人。そんな相手の実力を見誤り、慢心していた。そんな事を感じてしまう。下手に攻撃をしようとすれば、それを逆手に取って反撃される。ただの暗殺者風情なら何人でも相手にしてきたが、今自分の目の前にいる相手は、それらとは格が違い過ぎる。
「姿を消して、気配を絶って思考を巡らせる。それなりに冷静な戦い方も出来るみたいだな」冥月がクスっと笑って口を開く。「だが――」
「…っ!」百合の視界から冥月が消える。
「―時間をかけ過ぎだ」
 冥月の言葉と共に百合の身体に蹴りが食い込む。背後に現れていた冥月が百合の身体を蹴飛ばし、髪に指を通して再び百合を睨む。
「が…ぐっ…」吹き飛ばされた百合が傷みに顔を歪めながら冥月を見つめる。
「空間接続能力…。随分と私の能力と同じ様な使い方をする様だが…」冥月が小さく笑って続けた。「…あぁ、私の影の能力に一番憧れを抱いていたのはお前だったな…」
「…っ!」百合が思わず言葉を詰まらせる。「うるさい…うるさいっ!」
 百合が再び姿を消す。が、冥月は背後に集中しながら微動だにせず、気配を読んでいた。百合は冥月の読み通り、背後から冥月へと攻撃を加えようとするが、冥月の反射速度がそれを拒む。百合が手に持っていたナイフは冥月によって腕ごと弾かれる。
「…何も言わず消えて悪かった」
「―っ! い、今更…!」百合が冥月から離れる様に後ろへと飛ぶ。「今更そんな事を言っても…!」
「信じられないだろうな」冥月が小さく呟いた。「お前達の事を気にかけていた私は、お前達のその後の情報を探っていたんだけどな…。腹いせのつもりか、お前達の情報は私の元へ入って来なかった」
「う…嘘言わないで…!」百合の肩が震える。「そんな事言って、信じられると思ってるの!?」
 百合が距離を詰めて冥月へと攻撃を仕掛ける。が、冥月は百合の腕を掴み、顔を見つめた。
「…あぁ、信じてもらえない事ぐらい解っている」
「…くっ!」
「あの日、お前達を手放したくないと願った私の想いが、今を生んでしまったのだからな…。結果として、私は私自身の手でお前達と別れる事になってしまった」
「離せ、離せ…っ!」冥月の言葉を聞きたくないかの様に、百合が冥月の手から逃れようと必死に暴れる。
「…百合、お前のその能力はどうやって手に入れた?」
「そ、そんな事関係ないっ!」冥月の手を払い、百合が能力を使って冥月との距離を再び取る様に離れた。「この能力はお姉様に負けない…!」
 再び空間を開き、その中へと入り込もうとした百合を、一瞬にして間合いを詰めた冥月が当身をしてそのまま投げ飛ばす。
「面白い能力だが、例え能力がどれだけ強力だったとしても、能力に頼る様な戦い方は危険だと教えた筈だぞ」
「ぐっ…」
 圧倒的なスピードと能力を使おうともしない冥月との実力差に百合は自分で気付いていた。幼い頃から何年もの時間が経ち、今こうして戦う舞台が訪れたと言うにも関わらず、その実力差は自分が過去に見て想像してきた、予想の範疇を大きくかけ離れている。
「言うつもりはない、か…」冥月の目目が一瞬鋭くなる。「まさかとは思うが、聞かせてもらうぞ…」






「やれやれ、柴村にあの“黒 冥月”の相手はやはり無理か…」
 戦況を横目に見つめながらファングが呟いた。
「…余裕、か?」武彦がファングに向かって尋ねる。
「ディテクターを目の前に、余裕などあるものか」ファングが皮肉混じりの謙遜を返し、小さく笑う。「それにしても、随分と驚かせてくれるな」
「…何が言いたい?」
「IO2最強のエージェントが、“ある事件”をきっかけにIO2からも離れていたのは俺達の耳にも届いていた。が、まさか人とつるんで行動しているとはな。俺の古い記憶では、貴様は一匹狼。人と群れず、関わらず。そういう男だったと覚えているが?」
「古い記憶に縛られていると、ロクな事はないぞ」武彦がファングに銃口を向ける。「昔と今とじゃ違う」
「その腕も衰えてはいないか、見せてもらおうか」
 ファングと武彦が同時に駆け出す。ファングは相変わらずのその風貌に似合わないナイフを胸元に構え、武彦の動きを見極めようと速度を落とした。が、武彦が変則的にリズムを狂わせ、銃口から二発の銃弾を放った。多少の時間差を利用した、足元へと一発とそれを避ける為の上への一発。ファングは更にその上段への銃弾を跳んでかわしながら、武彦目掛けてナイフを振り下ろす。
「チッ」
「その程度か、ディテクター!」
 ファングの振り下ろしたナイフを後ろへ下がりながら武彦が躱す。そのまま銃口を再びファングに向けようとした瞬間、手に持っていたナイフが武彦目掛けて投げられる。武彦はそれを横によけ、ごろごろと回転して態勢を立て直した。
「相変わらず見た目に似合わない速さだな」
「フン、貴様も今の攻撃を避けるとはな。咄嗟の反射速度はやはり他の者とは比べ物にならない様だな」
 両者の睨み合いが始まる。次の一手を互いに探る様に、二人は対峙している。
「褒められている、とは思えないな」武彦がポリポリと頭を掻く。「あっちの二人がお互いに因果があるのは解ったが、俺にまで手を出す理由を聞いていなかったな。一体何が目的だ?」
「盟主様が貴様には御執心でな」
「盟主…、“巫浄 霧絵”…」
「あぁ、そうだ」ファングが小さく笑う。「貴様を今回の“物語”に是非招待してやりたいそうだ」
「…聞かなくても想像出来そうな“物語”だろうな。また世界を虚無へとかいう危険思想を強行しようとでもしているのか?」
「当たりと言えば当たりだろうが、少し違うな」ファングが相変わらず小さく笑う。
「…何だと?」
「続きが聞きたければ俺と戦え。俺には貴様がそれ程に買われている理由が解らん。貴様が本当に盟主様が言う程の者なのか、示してみせろ」
「話が見えないな。アイツが何を企んで俺を巻き込もうとしているのかなんて関係ないが、俺もお前を止めるだけの理由があるんでな」後ろで戦っている冥月の気配を感じながら武彦が小さく溜息を吐いた。「嫌でも戦ってやるさ」
 武彦がファングへと距離を詰めた―。




 冥月と百合の戦闘は、完全なる冥月の主導権となった戦いだった。能力を駆使しながらも攻勢に転じようとする百合の行動を悉く防いでみせた冥月に、百合は既に戦意を喪失しようとすらしていた。
「戦意を失った、か…」
 百合の心を誰よりも早く察知出来るのは、百合と直接戦闘をしていた冥月本人だった。一瞬の隙を突く様に冥月が百合の首を左手で締め上げ、そのまま持ち上げる。か細い腕からは想像出来ない程の力に、百合も思わず暴れ出す。
「ぐっ…がっ…!」
「空間接続能力と言ったな。酸素がロクに回らない状態じゃ、その座標の計算も出来ないだろう」冥月がそのまま百合へと告げる。「もう一つだけ聞かせてもらうぞ。私が消えた理由を知っているのか?」
 冥月の問いに、百合は最初は抵抗していたものの、息の出来ない状態になす術がない百合が首を横に振る。
「…利用されているだけか…」
「うっ…ゲホッゲホッ」
 手を離され、膝をついた百合が咳き込みながら喉を抑える。その瞬間だった―。




 ―その部屋にいる誰もが凍りついた。圧倒的な殺気が周囲を呑み込み、武彦とファングすら足を止める。ファングは何かによって胸をあっさりと貫かれた様な錯覚にさえ陥った。
「…冥月…?」武彦がその殺気の正体へと振り返り、弱弱しく尋ねた。
「武彦。こっちが終わる迄、そいつは殺すなよ」ファングを睨んだ冥月が武彦へと告げる。「それは私に譲れ」
 冥月が静かに振り返り、百合を見つめる。百合は冥月の放った殺意に恐怖のあまり、脱帽した表情を浮かべて冥月を見つめていた。
「百合、ついて来い」
 冥月の言葉に、百合は抗う事も出来ずに壁際へと連れられた。冥月の背を見つめる百合は、もはや背後から襲おう等とも思えず、ただ静かに冥月の言葉を待つ。
「後でゆっくり昔話をしよう」
 冥月が振り返り、百合の頭を撫でて微笑む。それは、十年前の最期の姿と同じ様な小さな笑顔だった。それに気付いた百合の首元を、冥月がトンと軽く叩いた。
「嫌…行かない…で…」
 百合が薄れゆく意識の中で冥月へと手を伸ばす。が、意識は断絶される。冥月は百合の身体を支え、壁にもたれかからせる様に静かに座らせた。
「…ファング…!」
 振り返った冥月から、再び強烈な殺気が生まれる。





                                          to be countinued...






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いつも有難う御座います、白神 怜司です。

まさかまさかの十年前の別れ際と同じシーンで、
書いている私がぶわっと来てしまいそうな勢いでした←


いやぁ、ファングさんご愁傷様です…←


次話が思わず気になってしまいますw

また今後とも、宜しくお願い致しますー。

白神 怜司