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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ ある集落の訪問者【綻び結び5】 +



『いやだあぁああああ! 殺さないで!』
『次は上手くやるから、止めて、殴らないで、蹴らないで!』
『失敗作じゃない、失敗なんてしてないから。ほら、見てよ。ねえ、俺を見てっ!!』
『ぅ、う、う……どうして殺さなきゃ殺されるんだ。もう嫌だ、嫌だ嫌だ!』
『なあ、なんで、なんでこんな場所に連れて来たんだよ、父さんっ!』
『俺を見て、ほら、上手く出来てるでしょう? だからまだ失敗作なんかじゃないからっ』
『お願いだから……お願いだから…………、俺は死にたくないよぉ』


 ある一人の男の目線で「俺」は泣き叫んでいた。
 俺にこんな記憶はない。目の前でぐちゃりと倒れていく実験動物。男はそれらから逃げるように実験部屋の隅に寄り、攻撃能力を持った他の能力者達が薬物を打たれ攻撃性を増した動物を殺していくのを涙の溜まった目で見ていた。
 役に立たない能力者。
 『コネクト』――空間と空間を繋ぐ能力は戦闘時の使用には向かない。それでも男は足掻き続けていた。同じ能力者達と相談し、タイミングを合わせて空間移動能力を所有しない者達を飛ばして攻撃させる。その反動の大きさに頭にダメージを喰らい何度吐き戻したか分からない。
 だけど。
 殺らなきゃ殺られる。
 研究所の戦闘実験ではいつもそうだった。実験が終わると白壁に最低限の家具しか置かれていない室内へと戻されて男は一人狂いそうな己と戦っている。両手を頭にあて、がちがちと歯を噛み鳴らしながら、自分を売った父親を呪い、いつか訪れるのであろう死への恐怖を耐えていた。


―― あぁ、こいつもそうだったんだ。


 俺は生粋の「オリジナル」だった。
 だけど薬物投入で無理やり脳から力を引き出された「イミテーション」達は研究実験の成果に応えられなければ、命令に従わなければ廃棄されていく。それは死ではない。まるで命の吹き込まれていない人形をゴミ箱の中に棄て去る様に研究所の人間の目は冷たく、「こっちへおいで」と言われる度にイミテーション達は死に物狂いで声を荒げ、暴れていた事を思い出す。


 俺は繋がった『男』――莚曰く集落の『害悪』の原因である人物の記憶を垣間見ながらぎりっと奥歯を噛む。
 そうだった。
 思い出した。


 俺も、   母親に連れられて、   此処に、   来たんだった。
     彼も   父親に連れられて、     研究所に、     来たのだ。



■■■■■



 俺は自分の手にある透明の刃<サイコクリアソード>を構え、少年――ミラーへと襲いかかる。
 ミラーは素早くその場を強く蹴り勢いよく斜め後ろへと下がる。それは先程俺がのサイコキネシスによって木の幹に打ち付けられたカガミから気を逸らせる為だろう。実際カガミよりもミラーの方が能力が上だという事を俺は知っている。
 スガタがカガミの傍に寄り、彼を支えている状況を可笑しく思い俺は笑みを浮かべた。


「悪いけど、手を抜いていると僕の方が厳しいからね。本気でいかせて貰うよ」
「殺さなきゃ殺される……そうだよな、それが特殊な能力を持った俺達の定めだよ。そんなの最初っから分かってたさ。来いよ。さあ、さあ! お前を殺して、次はそっちの奴らを殺すんだからさぁあ!!」
「君がそれまで男からの精神圧迫に耐えられたならね――『歪手(ゆがみて)』」


 ミラーが左手を動かし己の前の空間を歪ませる。
 どこまでも冷静沈着のまま彼が自分と対峙する事に癪で俺は彼に切り掛かるが、『歪手』によって歪められた空間は俺の傍に開かれた。自分の剣が消えた瞬間、それは真横から自分を切り裂く。自業自得の事態に俺は慌てて透明の刃<サイコクリアソード>を手放しつつ、また後ろへと下がった。
 傷が付いたのは腕だ。咄嗟の判断で剣を手放した事が幸いし、怪我は大きくない。かすり傷といっても良いだろう。皮膚を裂き血が流れ落ちてくる。痛みがまだ自分の中にあることに何故か驚く。
 ――そうか、まだ俺は人形ではなかったのか。傀儡と化していたと、もう既にこの身は己の欲望に侵食され、暴走していたと思い込んでいたから意外だった。
 くくっ、と喉で笑う。ミラーはそんな俺を目を細めて眺め見ると今度は彼の方から距離を詰めてきた。


「――貫手(つらぬきて)!」
「っ!」


 右手を滑らかな動きで動かしそこから衝撃波を繰り出す少年。
 そんなミラーからの攻撃には俺は力の壁を張って攻撃を無力化させる。まるで先程のカガミと俺の攻防を思い出す。あの時は俺は攻撃手だったのになぁ、なんて笑ってしまうのはどうしてだろう。もう分からない。何も分からない。


 だけど確かなことがある。
 ミラーは強い。
 この中の誰よりも攻撃能力が高く、一歩間違えれば俺は即死させられてしまうだろう。ミラーは何度も何度も腕を振るい、俺は壁を何度も張りなおす。次第に能力により疲労が溜まり始め、俺は息が荒れるのを感じた。


「悪いけど、攻撃は最大の防御だというしね。君には攻撃する時間を与えない事を選ぶよ」
「ち、っくしょー!」
「まだ叫べるなら力を削っておかないと――貫手!」
「ぅ、ぁあああ――!」


 やがて壁を張るのが遅れ、俺は真正面からミラーの攻撃を一気に受けてしまう。そのせいで着ていた衣服は真横に裂け、その下に潜む身体を切り裂いた。
 痛い。痛い。痛い。
 倒れなかった事が唯一の救いか……それとも不幸か。俺は自分の肌に手を這わせる。其処にはぬるりとした温かな赤い血液の温度が付着し、死を思わせた。恐怖の思想が俺を侵して行く。


 敵わない。
 敵うはずがない。
 相手は相手の護るものが有り、俺はそれを傷付けた。
 ――『俺』、が傷付けた? ああもう分からない。分からない。誰が彼の『大事な彼女』を傷付けたのか。それは俺だったのか、それとも俺じゃない誰かだったのか。
 でもミラーは俺を傷付けてくる。
 俺を敵と見なしている。
 氷のような視線が痛くて、俺はガチガチと歯を鳴らし始めた。ミラーはもう一撃とばかりに右手を用意し、更に左手を滑らせて目の前の空間を歪ませている。


 ほら、彼は本格的に俺を殺す気なんだ。そうに決まっている。
 恐怖を感じているのは誰だ。
 オリジナル?
 イミテーション?
 俺?
 男?
 接続された意識の中、二つの異端がぶつかり合って狂気が脳内で反響していく。


「これで――おしまいだよ。貫……」
「――っ、ミラー待った!!」
「カガミ!?」


 ミラーが振り上げた腕をカガミが掴み止めた。
 僅かな衝撃こそ起これどそれは今までの連続攻撃のものよりかは弱く、俺に辿り着く前までに消滅してしまう。カガミはミラーの腕を放り出すと俺の方へとやってくる。
 ……そうか、やっぱりお前も俺を殺そうとすんだよな。じゃあ俺もそれに応えよう。身体がふらふらでも最後まで戦って戦って死に終えるなら充分だろう?
 だけど、展開は意外な方向に流れる。


「こんの、どあほっ!!」


 攻撃されたのは頬だった。
 拳で殴られた顔は右を向き、俺は呆気に取られてしまう。


 ――そしてその一瞬の隙をフィギュアは見逃さない。
 素早く意識を集中させて『透眼』と呼ばれる彼女の灰色の目に宿る能力を発動させる。そして俺の中に『俺』を見つけると彼女は右手を前へと差し出す。その刹那、彼女の身体のバランスが危うくなるがそこは莚がしっかりと支え、事なきを得た。


「惹手(ひきて)! ――さあ、<迷い子(まよいご)>達。潔く自分の居場所へ戻っていらっしゃいな」


 優しげな少女の囁き。
 導かれる声に深層意識に堕ちていた『俺』は表層まで浮き上がり、自分の中に存在していた『誰か』がそんな俺を引きとめようと手のようなものを伸ばしたのを感じた。だがフィギュアの力に敵わないと手は諦めると次なる場所へと移動を始める。


―― この身体はもう使えない。


 それが最後に聞こえた俺の中にあった『男』の声。



■■■■■



 地面に座り込んだ身体、気付けば自分の肌は幾つかも傷を負っていた。
 いや、どうして付いたのか覚えてはいるのだけれど、その時は夢でも見ているかのような感覚で実感がなかったから仕方が無い。でもこうしてフィギュアに自分の身体の主導権を取り戻させてもらうと改めてミラーによって攻撃された自分の有様に肩が垂れる。


「もう少し加減しようとか思わなかったのかよ」
「悪いけど本気で僕を殺そうと思う相手に手を抜くのは失礼に値すると思うよ。それが例え君ではなく思念体の『男』だとしても」


 決して反省などしないと言うような素振りでミラーはつんっと顔を背ける。
 そして両手をフィギュアの方へと広げ、彼女には優しい笑みを浮かべると次の瞬間には少女はもう彼の腕の中。ああ、もう。この幸せカップルは自分だけの世界に浸りやがって。莚が呆れたように木から飛び降りてくる様子がなんだか寂しそうじゃないか。
 俺はカガミへと視線を上げると、彼はじっとその蒼と黒のヘテロクロミアで見下ろしてきた。


「ヘマしてごめん」
「ほんとにな」
「でもお前俺の事ぼけって言ったろ。どあほとも」
「言った。それの何が悪いんだ。実際問題色々暴れ捲くったじゃないか」
「ぐさ。おい、今思い切り言葉の矢が刺さったぞ」
「刺さっとけ」


 戻ってきた俺に容赦ない言葉。だけどその表情は安心しきったもので、俺も傷を負った痛みこそあるものの笑うことが出来た。


「おい、そろそろ行くぞ。『掴まえた』からな」
「へ?」
「見えるヤツには見えるけど、此処にソイツと繋がってた糸が絡んでる。追えば『害悪』まで案内してくれっかも」


 そう言って莚が己の人差し指を立てて見せる。
 残念ながら俺には見えないが、他の四人には見えているらしい。確かにいつまでも休んでなんかいられない。立ち上がってこの事態に決着をつけなければ。
 莚が何もしていなかったわけじゃない事が分かり、俺は感心する。さすがこの集落の案内人。カガミ達とは違う目線で物事を見ることが出来る俺と同じ人間だ。


 さあ、終わらせよう。


 ちくりと胸を痛めるのはカガミからの言葉によるものなのか。それとも『何か』を失った代償なのか。
 それすらも思い出せない俺は今はただ前を行く事にした。






―― to be continued...










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、五話目です。
 今回の一件はVSミラー! 容赦ない展開にちょっとドキドキしつつ、工藤様大丈夫かなと思ったりもしたり。
 彼はカガミと違って攻撃=最大の防御体質なのでガンガン行きます。でも周囲の人間に信用が無い訳ではないので、そこら辺の連係プレイなどはまたどこかで見れれば。

 次は糸の先、恐らく男との対峙となるでしょう。
 今後の展開を楽しみにお待ちしております。