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<東京怪談ノベル(シングル)>


幕間の出来事

 化粧を落とす間もなかったのか、楠木えりかは普段のぼんやりとした印象から一転、やけに見栄えのする顔立ちをしていた。もっとも、舞台化粧は遠目から判別できないと駄目なので、ぼんやりした顔立ちで舞台に建てる訳がないのだが。
 まじまじと眺めながら、工藤勇太はえりかに声をかける。

「随分急いでたみたいだけど、もしかして知り合いが出てるの?」
「えっと、はい」
「ふうん……音楽科に知り合いがいたんだねえ」
「あはは、工藤君は取材ですか?」
「んん? うん、そうだよ。時間が被ってるから、皆で分担分担」
「へえ……珍しいなあ、てっきり怪盗の取材してるからこっちに来ると思ったのに」
「んん?」

 えりかの言葉に、勇太はまじまじともう一度えりかを見直す。
 副会長が最後の秘宝を持っている可能性が高いのを知っているのは、少なくとも自分と秋也、恐らくは理事長位だと思っていた。何で一般生徒のはずの彼女がそんな事思うんだ。

「どうしてそんな事思ったの?」
「えっと……何回も副会長、怪盗捕まえたいみたいだったし、その……怪盗を嫌ってるみたいだったから」
「……えりかちゃん、副会長と知り合いなの?」
「そうですね……副会長とは」
「……」

 意外過ぎる言葉に、勇太は黙る。
 まさかこんな所で、えりかと副会長に接点があるなんて思いもしなかった。
 でも……新聞部でわざわざ取材しなかったら、副会長が怪盗を相当嫌っているなんて情報、こっちだって持ってなかったのに。
 ただの知り合い?
 それとも……。
 そう考えている間に、会場の灯りは少しずつ落ちてきた。

「始まるみたいですね」
「うん」

 そうひそっと声を掛けあった後、舞台の幕は開いた。

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 パンフレットの解説によると、「椿姫」と言うのはヴィオレッタとアルフレードの身分違いの恋の話だと言う。
 好き同士だったが、身分の高いアルフレードのために身を引き、周りから了承を得て再会できた時には、ヴィオレッタは既に結核で余命が幾ばくも無い時だった。
 それでも再会したアルフレードにヴィオレッタは満足げに「新しい力が沸いてくるよう」と伝えてこと切れる。
 そのヴィオレッタの友人フローラが、副会長の演じる役である。
 前奏曲が流れる。管楽器で奏でられる演奏が物悲しく、曲が終わると同時に、ゆっくりと幕が開いた。
 舞台のパーティーの中、和やかな雰囲気で歌が始まる。
 勇太はそっとテレパシーで何か拾えないかと、力を使い始めた。歌は声を張れば張るほどに、自分の中に溜まっている感情が露出しやすい。それを拾えないかと狙ったのである。

『悔しい』

 ん……?
 この華やかな舞台に似つかわしくない感情が拾えた。

『どうして』
  『どうして』
『脇役は嫌』
 『脇役は嫌』
   『見て欲しい』
『私だけを見て欲しい』
  『主役でなければ見てくれないの』

 それは、彼女自身の感情なのか、嫉妬に引き摺られてしまった感情なのかが分からなかった。
 ただ、その彼女の感情が、徐々にこの会場を包んでいくのが分かった。

『悔しい』
  『どうして自分は駄目なんだろう』
 『テストの点よくなかった』
   『フラれた』
『どうして自分だけ』
  『どうして自分だけ』

 これ……まずくないかな?
 その声は、もう彼女の声だけではなかった。会場にいる人達もまた、嫉妬に引き摺られ始めたのだ。
 勇太はおろおろして辺りを見回した。客席には光源はないが、舞台の華やかな光源のおかげで、充分事足りる。

「え……?」

 えりかの頬には涙が線を作り、アイメイクが少し崩れていた。

「えっと、大丈夫……?」

 勇太は思わずポケットをまさぐってハンカチを取り出すと、えりかは驚いた顔でそれを受け取った。

「すみません、ありがとうございます」

 舞台の邪魔にならないよう、声を潜めて会話をする。
 この場面の歌はこのパーティーに乾杯する歌だから、全く悲しい場面ではないはずなのだ。

「どうかしたの? いきなり泣き出して」
「すみません……ただ、悲しくなってきちゃって」
「ん? 確かにこの話は悲劇だってパンフレットにもあったけど……」
「いや、人の心ってままならないなあって」
「ん……?」
「すみません、舞台に集中しましょう」
「え、そうだね。ごめん……」

 まさか……。
 勇太はえりかがハンカチで涙を拭くのを見ながら思う。
 まさか、この子今会場で流れてる声、全部聞こえてた……? ありえないとは、言いきれなかった。

『何とかしないと……』

 ん……?
 勇太は拾った思念に戸惑う。これは、えりかの思念だ。
 何とかって、これを……?

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 舞台が終わった頃、勇太はどうにか気力を振り絞って携帯を取り出した。
 メールで報告しないといけない。

『副会長、やっぱり秘宝を持ってるみたい。秘宝の感情に会場の人達があてられててまずかったみたい。俺は大丈夫だったけど。
 そう言えば「椿姫」で楠木さんに会ったよ。』

 そう打って送信する。
 と、自分にメールが来ている事に気が付いた。新聞部からだ。

「あっちゃー……」

 言い訳考えないとなあ。

『椿姫見に行ってました。すごくいい舞台だったよー! 後でレポート送ります』

 何とかお茶を濁そうと、それだけ打って送信してみた。

<了>